第一章 ハイスピードフェアリー③
超能力を持つ、少年少女たちの青春ストーリー
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「あ、だから剛山隊長、なんか不機嫌だったんだ」
そう言って、上坂香代が唐揚げを口に入れた。
「もぐもぐ……あの後、ひなたちゃんは、すぐに帰っちゃったけど、出動報告とか情報分析とかで、『第1』と『分析班』は残ってたんだよね。そこで剛山隊長、やたらぶっきらぼうだったの」
「きっと葉澄先輩に、さんざんイジられたんだろうね」
ひなたが、アイスティーを口にする。
「きっと、そうなんだよ」
香代はそう答えて、ウインナーにかじりついた。
二人は今、女子寮の最上階テラスで、夕食を取っている。
彼女たちの寮は、高レベル能力者用の施設で、60階建ての巨大なビルに、プールやテニスコート、室内遊戯場を完備し、食堂は洋食、和食、中華をそれぞれ専門のコックが調理しているという豪華な施設だ。
高レベル能力者は、国家レベルで保護・支援するべき対象とされている。そのため、学生地区でも、かなり優遇されていた。
「そう言えば、剛山隊長がひなたちゃんのこと、ほめてたよ。あいつは優秀だって。それに葉澄先輩も、ひなたちゃんがいてよかった、って言ってたし」
香代が、大盛りライスの残りを口に運ぶ。
「相手の能力と、相性がよかっただけだよ」
ひなたが謙遜すると香代が、ふーん、とうなずく。そしてデザートの攻略に取りかかった。
「わたし、戦闘のことはよく知らないから。でも、ひなたちゃんって高速移動を使える能力者の中でも、特別なんでしょ? えーっと、精密移動だか瞬間洞察だか……」
「あー、そう言う能力じゃないか、って言う人もいるけど、単に目が良いだけ。スペルで制御しているのは、高速移動だけだし」
ひなたが、高レベル能力者と認定されたのは、高速移動の扱いが同じ能力者と比べて、格段に秀でているからだ。
移動速度を加速するのは、使用者にとって大きな危険を伴う。
本人が制御できない速度で移動すれば、たちまち障害物に激突してしまうからだ。
ひなたは、そんな高速移動を入り組んだ建設中のビルで行い、逃げまどう違反者を捕獲した。人間離れした反射神経と空間認識力、それに抜群の判断力と動体視力が、備わっていなければ不可能だ。
高速移動と高い身体能力が合わさり、執行部のエースと呼ばれるような、強力な能力者になったのだ。
「つまり、ひなちゃんはすごいッ、ってことだよね」
香代は、ペロリとプリンを平らげ、二つ目のデザートにとりかかる。
「……呆れた、まだ食べるの?」
ひなたが話題を変える。あまり、この話は続けたくなかった。
「これでも押さえてます。シュークリームを見送ったんだから」
香代がスプーンをゼリーに突き刺す。それから、彼女の食に対する熱い講義が始まった。
ひなたは、その話に黙って相づちをうつ。だが、頭の片隅では、友人が言った、ひなたちゃんはすごい、という言葉が響いていた。
最上階テラスから、外を眺めると、美しい結波市の夜景が目に映る。
キラキラと瞬く景色は、まるで、ひなたを讃えているようだった。
(みんな、すごい能力だって言うけど、あたしだって、初めから上手くできたわけじゃないんだけどな)
香代に気づかれないよう、小さくため息をついた。
10年前。小学校の入学を期に、ひなたは高度政令都市で暮らし始める。
高速移動は、その頃から上手く扱えた。
以前の彼女を知らない者たちは、ひなたを純粋に才能のある能力者として接した。
だが、幼稚園に通っていた頃のひなたは、力を上手く制御できずに、頻繁に怪我をしては泣いていた。
そして、勝手に能力を暴走させては、擦り傷を作ったり物を壊す彼女を、周囲は問題児のように扱った。
ひなた自身も、自分の能力が大嫌いだった。
そんな時、不思議な少年と出会う。
右肩を打ちつけ、公園の真ん中で泣いていた彼女に、その少年は声をかけた。
「どこか痛むの?」
顔を上げると、見覚えのない男の子が彼女を見つめていた。
心配そうな表情で、両目に涙を浮かべている。
「泣かないでよ、僕まで泣いちゃうから」
ひなたは、この子まで泣かせてはいけないと思い、頬を伝う涙をぬぐった。
「わかった、泣かない」
すると、少年は笑顔になり、右手を差し出す。
「これあげる」
男の子が差し出した手には、二つのアメ。ブドウ味とレモン味だった。
ひなたは、ひとつだけ受け取った。
「全部、あげる」
彼女が、首をふる。
「一緒に、食べよ」
「うん、わかった」
二人でベンチに座り、仲良くアメを食べた。
「ねえ、どうして泣いていたの?」
しばらくして、少年が聞いてきた。
ひなたは、つたない言葉で、自分は高速移動を上手く使えなくて怪我をする、と説明した。
すると彼が、勢いよく立ち上がった。
「それじゃあ、特訓しよう」
「トックン?」
「うん、僕、手伝うよ」
その日から、この少年との不思議な特訓が始まった。
特訓と言っても内容はごく単純で、障害物に当たらないように、高速移動で公園を一周するだけだ。
ただ不思議だったのは、あやまって遊具や植木にぶつかりそうになっても、なぜか公園の中央で見守っている少年の前に戻り、それじゃあ初めから、と言われるのだ。
どうしてぶつからないのか、子供心に不思議だったが、それを聞いても、少年は答えなかった。それも数日続くと、不思議に感じなくなった。
そんなことよりも自分たちは、友だちなのかの方が気になるようになった。
「もちろん、友だちだよ」
恐る恐る訊くと、少年はあっさりそう答えた。
それが、とてもうれしかったのを、ひなたは鮮明に憶えている。
二人だけの特訓は、一ヶ月ほど続いた。たぶん、夏休みだったのだろう。
夏休みも終わり近づいた頃には、ひなたは完全に高速移動を制御できるようになっていた。
そして最後の日。
「今日で、特訓は終わり」
少年の言葉を聞いた時、悲しくて泣きそうになった。
もしかしたら、泣いてしまったのかもしれない。
「今度は、一緒に遊ぼうね」
「うん。遊ぼう」
そう言って笑った男の子の顔を、ひなたはちゃんと思い出せない。
10年前の記憶だ。さらに思い出が美化されすぎていて、無理に思い出そうとすると、絶世の美少年になってしまう。
(あの子が、あたしの初恋なんだよね)
この記憶を思い出すと、いつもそう思う。
そして、どうして名前すら聞いていなかったのか、と悔やむのだ。
特訓のおかげで、高速移動を扱えるようになったひなたは、すぐに高レベル能力者として注目された。そして、専門の施設に通うため、住んでいた街から引っ越してしまう。
少年との約束は果たせず、あれから二度と会ってない。
同い年のはずだから、相手も能力者だったことになる。
(もしかしたら、ここにいるかもしれない、なぁーんて、何度も考えたなあ)
結波市の夜景を眺めて、ちょっと苦笑い。
「……」
香代が、そんなひなたをジト目で見つめる。
「ひなたちゃん。わたしの話、聞いてた?」
「ふえッ?」
驚いたひなたは、素っ頓狂な声を上げてしまった。
「もう、親友の話も聞かずに考えごと?」
「き、聞いていたよ。ちゃんと」
「それにしては、思い人のことでも考えているみたいな、乙女な顔だったんですけど……ハッ、もしかして、一条ひなたが、恋? ちょっと、だれなの? もしかして、クラスメイト?」
突然、友人の口から飛び出した恋という言葉に、ひなたは取り乱してしまう。
香代の想像している恋ではないが、初恋の思い出にひたっていたのを、見透かされたような気がしたからだ。思わず、顔を真っ赤にしてしまう。
「ほらー、教えて。ねえ、いいでしょう?」
それから1時間にわたり、香代の追求は続いた。
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終章まで、毎日更新の予定です。