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プラスチャイルド  作者: textscape
プラスチャイルド①
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第三章 エンジェリックウィスパー⑭

挿絵(By みてみん)



   + + +



 学生地区の建物はそのほとんどが学生寮だが、外部から来た人間が泊まるための宿泊施設も存在する。

 イリーナとエミリアが暮らしていたのは、そんな来客用の宿泊施設の一室だった。


 二十代のアメリカ人女性が、部屋の中央に置かれているソファーに座っていた。エミリアだ。

 彼女はいつも着ているパンツスーツを脱ぎ、下着姿になっていた。

 白い肌とすらりと伸びた手足を惜しげもなく露出している。一見するとモデルのような体型だが、全身を均整の取れた筋肉がおおっている。豹を思わせる体つきだった。

 美しく、女性的だが、いざとなれば猛禽類のごとく、勇敢に戦えるのだろう。それこそ豹のように。


 しかし彼女の体には、たくさんの包帯が巻き付けられていた。頬にも、鈍器で殴られたような痣がある。

 エミリアが下着姿だったのは、ちょうど包帯を取り替えていたからだった。


 その隣には、薬箱を手にしたイリーナが座っている。


「本当に、病院で休んでなくて、平気なの?」


 イリーナは心配そうな顔で、エミリアの右肩を見つめた。そこに、大きなガーゼが当てられていた。


「弾丸は貫通し、骨や神経の損傷はなかった。心配はいらない」

「でも、すっごく痛そう……はい、痛み止め」


 イリーナが薬箱から錠剤のビンを取り出すと、エミリアに差し出した。


「必要ない」

「痛くないの?」


「……」


 エミリアがイリーナから目をそらした。

 すると少女は、ジッと彼女を見つめた。


「「……」」


 数秒間、お互いに黙っていたが、エミリアが観念したように口を開く。


「それを飲むと、意識が朦朧とする。だから服用はできない。ワタシの任務は、イリシャを守ることだ……今回は、失敗したが」


 彼女の体の傷は、イリーナが拉致されたときに負った傷だった。

 たとえ、相手が男だろうとひとりやふたりならなんとかなったかもしれない。だが、今回は多勢に無勢だった。さらに相手は拳銃で武装までしていた。

 さすがのエミリアも出会いがしらに、銃弾を撃ち込まれ、大人数で取り囲まれてしまっては成す術がなかった。


 だが、護衛であったにもかかわらずイリーナを守ることができなかった、という事実はかわらない。

 エミリアは二度と同じ過ちを犯すまいと、こうして痛み止めを飲むことを拒否しているのだ。


 イリーナは、そんなエミリアを見て優しく彼女の手を取った。


「『スピラ』」


 少女がセーフティースペルを口にした。

 その瞬間、テレパシー能力によってエミリアの心が読み取られてしまう。

 後悔と自己嫌悪や、少女を守りたいという強い思い、そして忘れることのできない二人の記憶……そのすべてがイリーナに筒抜けになった。


《ずるいな……テレパシーというのは》

《ミアは誤解されるタイプだから、ちゃんと気持ちを口にしたほうがいいよ。こんなに、イリーナのことを大事に思っているのに……イリーナだって、そうだよ》


 エミリアの心に、自分を慕う少女の思いが流れ込んでくる。


 イリーナにとって、エミリアはいつだって自分を守ってくれる優しくて頼もしい人物だ。

 メリーランド学園都市から逃げ出す際も、エミリアがいたから結波市までやってこれた。

 イリーナにとって彼女は、かけがえのない存在だった。

 そんなエミリアが自分のせいで傷を負い、さらに後悔から痛みに耐えようとしている姿は見ているだけでつらかった。


 テレパシーによって伝わる思いを知って、エミリアは薬を飲んでイリーナを安心させてやりたいと、強く思うようになった。


「だから……ミア」


 イリーナはビンから錠剤をつまみ、エミリアの口元に運んだ。


「さあ、飲んで」


 エミリアの唇が、わずかに開いた。

 その隙間に、イリーナが痛み止めを滑り込ませた。


「ずるいよ。イリシャ」


 エミリアはそう言うと、静かに錠剤を飲み込む。


 彼女は知っていた。あれは、自分に痛み止めを飲ませるために見せた、純度を高めたイリーナの感情だ。

 世界最高レベルのテレパシー能力者は、自分の思いを加工し、限定的な記憶を相手に伝えられる。そうして伝えられた記憶や感情は、受け取った者に絶大な影響を及ぼす。テレパシーで思いを伝達するという行為には、エミリアが薬を服用してしまうほどの抗えない強制力があった。

 たとえ、それが加工し、純度を高めた感情だと知っていてもだ。


 別の言い方をするなら、これは――精神汚染だ。


 イリーナが目を細め、微笑を浮かべた。

 教室で浮かべているかわいらしい少女の笑みではなく、驚くほど大人びた表情だった。


「そうだよ。イリーナはずるい子なの……ミアは、こんな子、嫌い? 悪い子だと思う?」


 イリーナは悪びれる様子もなく、そう言った。

 エミリアはそんな少女の頭を左手で優しくなでた。


「いや、キミは天使だと思うよ……嘘つきの天使だ」


 天使が嘘をつくときとは、どんなときなのだろう? きっと天使らしい素敵な理由で嘘をつくのだろうな――エミリアは、少女のやわらかな髪をなでながら、そんなたわいのないことを考えた。



   + + +

今回で『第三章 エンジェリックウィスパー』は終わりです。

次回から『終章 アンダーポイント』が始まります。


終章の終わりまで、ほぼ毎日更新していく予定です。

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