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プラスチャイルド  作者: textscape
プラスチャイルド①
43/48

第三章 エンジェリックウィスパー⑪

挿絵(By みてみん)



   + + +



 望は、これほど長い間、時間を止めた経験がなかった。


 正確に、どれだけ止めていたのかはわからない。当たり前だが、時間と共に、それを刻む時計も止まるからだ。

 この世界では、日が沈むこともないため、同じ時間帯が延々と続く。時間の感覚は狂い、能力を発動させてから何時間が過ぎたのかわからなくなった。


 ただ、なんとなく──3日は過ぎたように感じた。


「……ここもダメか」


 弱々しくそうつぶやくと、望は古びた鉄のドアを閉じた。

 そして次の場所へと、重い足取りで歩き始めた。


(本当に見つけ出せるのかな……)


 あれから一睡もしていない。何度かわずかな食事休憩を取ったが、それ以外はずっとイリーナを探し続けている状態だった。


(まずい。そろそろ限界って感じがする……)


 望が右腕をかばう。彼の右手はガタガタと痙攣を起こしていた。

 さらに頭もぼんやりしていて、意識を保つのに苦労した。気を抜くと、そのまま倒れてしまいそうだった。


 肉体的な限界だった。

 不眠不休で、3日も捜し回れば、だれだってそうなる。


 せめて睡眠を取ることができればよかったが、それをできない理由があった。

 意識を失っている間も、時間を停止していられるのかわからなかったからだ。

 意識している限り、時間は停止していられる。

 だが気絶するなり眠るなりした時、時間が元にもどる可能性があった。


(1回ぐらい試しておけばよかった。これじゃあ、休むに休めない)


 望は、普段この力を使わないようにしている。使わなくて済むのなら、それに越したことはないというのが彼の考えだった。

 そのため、わざわざ能力の限界や性質を、調べようと思わなかった。


 気を失うと、時間は元にもどるのか?

 停止していられる時間に、限界はあるのか?


 それが、わからなかった。もしかしたら、次の瞬間には、能力の有効時間が切れて、時が動き出す可能性だってあった。

 そうなれば、イリーナに向けられた凶刃が、彼女の命を奪うだろう。

 こんな状況では、安易に能力を試すことはできない。イリーナを見つけ出すまでは、意識を保ち、この力に有効時間などない、と願いながら彼女を捜さねばならなかった。


 それは精神的にもつらい状態だったが、望には投げ出すことなどはできなかった。少女の命がかかっているのだから。


「はあ……はあ……はあ」


 望の呼吸が急に激しくなった。


「はあ……はあ、はあ、はあ、はあ」


 呼吸だけではなく、動悸も激しくなる。


(またか、なんだよコレ? くそ、はやく治まれ……)


 望は、全身の血液が薄まったような違和感に襲われた。急激に体温が奪われ、強烈な倦怠感が体にまとわりつく。


 同時に、強い不安を感じた。

 わけのわからない不安が、望の精神を蝕んでいく。さらに、静寂に包まれた世界が、彼の不安をかき立てていった。

 微動だにしない人影に、望はえたいの知れない恐怖を抱いた。ビルとビルの隙間から邪悪ななにかが自分を見つめているような気がして恐ろしかった。足下の影から、ぬうっと黒い手が伸びてきて、そのまま地面に引きずり込まれるんじゃないかと、本気で心配になった。


 望は、がたがたと体を震わせながら、その場に立ちすくんでしまった。

 どっと冷や汗が吹き出し、さらに体温が下がっていった。


(大丈夫、しばらくすれば治まるんだ。コレは、いつもそうだから)


 この症状は、能力を発動させてから数時間で現れるようになった。


 だが、望がそれを経験するのは初めてではない。

 昔から、長時間、能力を発動させているとこの症状があらわれた。どうして、こんな症状が出るのかわからないが、望が能力を使いたくない理由のひとつだった。


「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ……」


 いつもなら、しばらく大人しくしていれば治まったが、今回は治まってくれなかった。

 それどころか、呼吸はますます荒れて、高鳴る心臓の音がうるさいくらいに鳴り響く。

 望は、全身にまとわりつく不快感に耐えきれず、ひざをついてしまった。


(な、なんだよ、これ。どうなっちゃったんだよ僕。怖いよ。それに、すごく疲れてて……)


 少しづつ意識が薄れていく。

 望は、自分が地面に倒れ込んでいることに、しばらく気づかなかった。

 さらに、彼の意識は遠くなっていった。


(疲れた……もう眠いよ……あれ? どうして僕、こんなに頑張っているだっけ? まあ、いいや。このまま……)


 極度の疲労と全身を襲う不快な症状。そして心臓を握りつぶされるような不安感……それらは、目を閉じれば楽になれる気がした。

 全力で頑張った。つらいのだって、こんなに我慢した。ここで自分があきらめても……そんな風に考え始めていた。


 心が、折れてしまう。


 ……。


 目を閉じようとしたら、だれかの声が聞こえた。


 ……望……


 聞き覚えのある声だった。


 ……望、たすけて……


 だれの声なのか思い出した。


「イリーナッ!」


 望が地面から飛び起きた。

 すぐにあたりを見渡し、時間がもどっていないかを確認する。

 そして、通りの人影や自動車、空の雲が停止しているのを見て、ため息をついた。


「やばい。今のは、やばかった。くそッ、なにがもういいだッ! アホか。いいわけないだろッ!」


 立ち上がって、大きく深呼吸をした。

 どうやら動悸や息切れは、治まったようだった。不安感も、ずいぶん落ち着いた。

 全身の疲労は、あいかわらずだったが、これなら捜索を続けられそうだった。


「よし、行こう」


 なんとか一歩、足を踏み出した。続いて二歩、三歩、そのまま歩き出した。

 足取りは重かったが、意識ははっきりしている。


「待ってて、イリーナ。絶対に、あきらめたりなんかしないから」


 望は決意をあらたに、イリーナの捜索を始めた。


 それから五ヶ所を調べたが、少女を見つけることはできなかった。

 だが、ここで根をあげるわけにはいかない。まだ、学生地区の半分も調べていなのだ。


「ここもダメか」


 雑貨店の裏口から出ると、望は出てきた店の2階を見上げた。条件がそろっていたので、期待したが、イリーナと覆面の男たちはいなかった。期待しただけに、がっかりしたが、いつまでも落ち込んではいられない。


 望は気を取り直して、大通りにもどった。


「ん? そういえば、あそこって調べていないよな」


 彼の目に止まったのは、建設途中の建物だった。看板には、来年開校予定の大学と書かれていた。


「……とにかく、確認しよう」


 考える時間があったら行動する。そういう気分だった。


 建設現場の出入り口は、閉ざされていたが鍵はかかっていなかった。作業時間が終わているのか、人の姿は見あたらなかった。

 その後、建設現場を見て回ったが、支柱が立っているだけの建物が多く、外壁のある建物は少なかった。イメージにあった、窓が取り付けてあるような場所は、まったく見あたらない。


「窓がないんじゃあ、ここじゃないね。あのイメージには窓があった」


 望は、建物の外壁や止めてあった業務用のバンに背を向けた。

 建設現場を立ち去ろうとした、そのとき。


「……待てよ」


 望はある物を見つめて立ち止まった。

 視線の先に、建築資材などを保管する倉庫があった。倉庫にも窓があるのに気づいて、足を止めたのだ。


「あれも窓だよね?」


 望は吸い寄せられるように倉庫へと近づいていった。


 窓が高い位置にあったので、転がっていた廃材を足場にしてのぞき込む。だが、光の反射と窓の汚れで、ひどく見えづらかった。

 窓ガラスを拭き、両手で影を作って、もう一度、中をのぞき込む。

 倉庫の中には建築資材が積み上げられ、作業に使う道具が並んでいた。


「ん?」


 望は、倉庫の奥に明かりがあるのに気づいた。

 目を凝らしてその方向を見つめる。人影が見えた。だれかいるらしい。

 薄暗くて見えづらいが、数人はいるようだった。


 そして望から見て、ずっと奥の壁際で座り込んでいたのは――捜している少女だった。

 顔までは確認できなかったが、あの体格と髪の色からイリーナで間違いない。


「見つけたッ!! イリーナだ、うわ、あああ」


 よろこんだ拍子に、望は足を踏み外してしまう。

 足場から落ちて、地面に背中を打ちつけが、興奮しているためか痛みは感じなかった。


 飛び起きると、望は倉庫の入り口へ走った。しかし入り口には鍵がかかっているらしく、まったく開かなかった。


「よし、これだ」


 鉄パイプを拾い上げると、それで窓ガラスを割った。

 窓の鍵を開けて、そこから中へ入る。


 倉庫の中は、薄暗くて足下もよく見えなかったが、彼は急いで奥へとすすんでいった。


 そして望は、少女のもとにたどり着く。


「イリーナッ!!」


 イリーナは手足を縛られ、ガムテープで乱暴に口元を覆われていた。大きく見開いた青い瞳が、突きつけられたナイフの切っ先を見つめている。


「こんな物で、イリーナを恐がらせやがってッ!!」


 望は男の手からナイフを奪い、地面に叩きつけた。そして覆面の男たちにらみつける。そんなことをしても無駄なのはわかっていたが、そうせずにはいられなかった。


 それからイリーナの口元を覆うガムテープを外して、体を縛っているロープに手を伸ばす。

 その瞬間……望は、軽いめまいを感じた。


「ッ!」


 それは一瞬で収まったが、単なるめまいではなかった。


「望?」


 イリーナの声だ。顔を上げると彼女と目が合った。


「え?」


 時が止まっているなら、目が合うはずはない。


 それは、つまり……。


「だれだ、お前は。どこから、入ってきやがったんだ!」


 背後から怒鳴り声を浴びせられた。

 振り向くと、覆面の男たちが望をにらみつけていた。

 間違いようがない。時間が元にもどっている。


(ちょっと、ええッ)


 望は軽いめまいとして感じたが、あのめまいで、ほんの一瞬だが完全に意識を失っていた。

 それによって、彼の能力は中断され、時間が戻てしまったのだ。


「こいつも能力者だ!」


 一人が叫んだ。すると他の男たちも声を上げる。

 ほとんどが外国語だった。英語以外の言語も聞こえてくる。どうやら、日本語を喋っているのは一人だけのようだ。


「一緒にヤッてしまえ!」


 正面にいた男が拳銃を取り出した。無骨なリボルバーの銃口が突きつけられる。

 望の後ろで、イリーナが短い悲鳴を上げた。


「やれッ!! シュートッ!!」


 男が銃の引き金を絞る。

 撃鉄が打ちつけられた。


「ッ!?」


 だが銃声は鳴らなかった。小さな金属音が響いただけだった。

 男がもう一度、引き金を引く──だが、同じように小ささな金属音が鳴るだけだった。


 覆面越しでもリボルバーを持った男が動揺しているのがわかった。さらに、男の動揺は瞬く間に他の男たちへと伝わっていった。


 そのとき、望が場違いな笑みを浮かべた。


「あのー、もしかして、コレですか?」


 そう言って、望は拳を突き出すと、彼らの前で手を広げた。

 掌から、拳銃の弾がこぼれ落ちる。

 男たちの視線は、その弾丸に釘付けになった。


「わるいんだけど……」


 望は立ち上がると、キッと彼らをにらみつけた。


「今、集中力切らしてて、手加減できないから」


 男たちが顔を上げる。

 そこに、望の姿はなかった。

 次の瞬間、一人が後方に吹っ飛ぶ。望によって殴り飛ばされたのだ。


「なんだ、こいつッ」


 様々な言語で驚きを意味する声が上がった。

 だが、彼らが驚愕するのはこれからだった。


「ぐあッ」


 また一人、突然、現れた望に殴り飛ばされた。


 すぐに一人が、ナイフを抜いて襲いかかった。望の能力を目の当たりにしても、怖じけづかずに挑んできたのは、彼が戦闘のプロだったからだ。


 しかし、今回は相手にする能力が悪すぎた。

 男がナイフを突き出すが、もう、そこに望はいなかった。


「ごぅッ」


 望の膝蹴りが、男のみぞおちを突き上げる。

 男の体が浮き上がった瞬間、もうそこに彼はいない。

 次に現れた時には、回し蹴りを放つ姿勢だった。

 下がった頭部に望の蹴りが直撃する。男はその場に崩れ落ちた。


「お前ッ」


 そう叫んだ男が、懐から拳銃を抜き出す。

 しかし、突きつけたはずの銃がなくなっていた。


「危ないから、これ使うのやめてほしいんだけど」


 望が拳銃を片手にそう言った。


「なんなんだ、その能力は? こんなヤツ、報告にないぞ!」


 男が叫ぶと同時に、望が消えた。別の男が殴りかかってきたからだった。

 大きな拳が、だれもいない空間へ突き出される。


「があッ」


 ドッと鈍い音が響き、殴りかかった男が倒れ込んだ。

 その後はピクリとも動かない。


「あっちゃーっ、これで殴ったのは、まずかったかなあ」


 望は独り言のように、言うと右手の拳銃を眺めた。


「なんだ、なんなんだよッ」


 それは、叫びではなく、もはや悲鳴だった。


 その男は、いつの間にか自分が倉庫の支柱に縛られていることに気づき、愕然とした。

 よく見ると、仲間も一緒に縛られている。どうやら、彼以外は全員気を失っているようだった。


「しまったな、余計な体力使っちゃったよ。はじめから、こうやって身動き取れなくすればよかった」


 望が苦笑する。


 男は目の前の少年に恐怖した。いくら能力者でも武装した人間が、数人がかりで挑めば負けはしない、そう思っていた。だが、自分たちが相手にした能力は、圧倒的すぎる。


「……た、助けてくれ」


 無意識に、そう口走っていた。彼を支配する恐怖がそうさせたのだ。


「ヤだね」


 望は男の降伏を無視して、右腕を降りあげた。


「イリーナを怖がらせた報いは、ちゃんと受けてもらわなきゃ、ね?」


 望の拳が、男の顔面に突き刺さった。



   + + +



終章まで、ほぼ毎日更新していく予定です。

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