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プラスチャイルド  作者: textscape
プラスチャイルド①
3/48

序章 スターティングコール③

超能力を持つ、少年少女たちの青春ストーリー

挿絵(By みてみん)



   + + +



 高校入学から一週間が過ぎると、新入生のレクリエーションも終わり、授業も本格的にスタートした。


 すると風澤望(かぜさわ のぞむ)は、学校の授業についていけず、頭を悩ませるようになった。

 高度政令都市は超能力者の子供たちが集められた場所だが、彼らの生活は全寮制の学校に通う、普通の子供とかわらない。学校で行われている授業もほとんど同じだ。


 実習課程に能力のコントロールを学ぶための、『能力実習』はあるが、選択授業のような特殊な授業でしかなかった。


 これは、高度政令都市がスターティングコールの影響で超能力を身につけた能力者・ヴァリエンティアを、一般社会で暮らせるように教育すること、を目的に建設された場所だからだ。


 能力制御と同じくらい、一般教養を重んじているわけだ。


 もちろん、高レベル能力者となれば、研究のために実験や検査を受けることはある。だが、そんな学生は少数だ。アンダーポイントの望には関係ない。


 彼は、頭がいい方ではない。というよりもバカだ。

 成績は、下から数えた方が早い。結波中央学園ゆいなみちゅうおうがくえんに入学できたのも、成績がよかったからではなく、たまたまアンダーポイント枠で選ばれただけだ。


 数日前から普通授業が始まると、望は授業についていくことができなくなった。


 だからその日、彼は人気のない第三体育館のそばを、忍び足で歩いていた。

 進行方向には、結波中央学園の敷地を仕切るフェンスがある。


姫宮(ひめみや)先生には悪いけど、数学は苦手なんだよね」


 現在、教室では、数学の授業が行われているはずだ。

 つまり、授業をさぼったのだ。


 望は、フェンスの前までたどり着くと、それを慣れた様子でよじ登り、軽々と乗り越えてしまった。

 向こう側に着地した彼は、一度だけ、警戒するように周囲を見渡すと、その後は、慌てる様子もなく、堂々と通りを歩きだした。


 特に行くあてはない。単に授業を抜け出しただけだった。

 なにも考えずに、足の向くまま、学生地区をすすんでいく。

 さいわい、周囲に人影はなく。望を呼び止める者はいなかった。


 ここ、結波市は、国内に5ヶ所ある高度政令都市のひとつだ。数十万の生徒と教師、超能力研究者などが暮らしている。人口の大部分が学生であるため、授業が行われている時間帯は、ほとんど人影がなくなる。ときどきトラックと路面電車が、道路を走っているくらいだ。それだって、台数は少ない。


 辺りは静寂に包まれ、どこかさびしげだ。


 メインストリートには、いくつもの雑貨店やカフェが並んでいたが、そのどれもがクローズドの札を下げている。


 だが、望はさみしいとは感じなかった。

 たしかに人気はないが、通りに軒を連ねる店内では、昼食の配達や放課後のオープンにむけて、商品の整理や下ごしらえの真っ最中のはずだ。


 試しに、一件の飲食店をガラス越しに覗いてみれば、従業員たちが奥の厨房で、忙しそうに動き回っていた。


 望が街路樹のヤエヤマヤシを見上げる。

 ちょうど三羽の小鳥が飛び去るところが視界に入った。少し離れた街灯の上で、大きな海鳥が威嚇するように翼を広げている。この海鳥によって、小鳥たちは逃げ出してしまったのだろう。


 静かに、でもたしかに、時はすすんでいる。

 なにも、さみしいことなんてない。


 その後も、望は学生地区を見物してまわった。

 学生地区をおとずれるのは初めてではない。だが、望は15歳になるまで、ほとんどアンダーポイント地区ですごしてきた。このように、のんびりと学生地区を見物した経験はなかった。


「この時間帯は、学生地区も地元とかわんないなあ」


 望が、すぐ側の学生寮を見上げた。

 白を基調とし、空まで伸びた50階建てのビル。

 窓やベランダの柵には、凝ったデザイン性を感じた。また、玄関ロビーは、おしゃれで清潔感のある造りをしている。学生寮というよりも、豪華なリゾートホテルのようだった。


 だが、その学生寮が特別なのではない。


 周囲を見渡すと、建ち並ぶほとんどの学生寮がそんな造りをしているのだ。

 そのため、結波市をはじめて目にした者は、そこが超能力研究と能力者の教育を行う場所だと聞いて目を疑うだろう。


 街の外観が、超能力や研究機関といった言葉と結びつかないからだ。


 限られた時間と費用で、高度政令都市を建設することになった日米都市運営委員会は、コスト削減のために、多くの若手建築家と若手の技術者を起用した。

 そして、「イメージアップのために、明るい都市」とだけ説明し、ほとんど彼らに任せた。悪い言い方をすれば、丸投げしたというわけだ。


 結果、できあがったのは、南国のオーシャンリゾートにそっくりな都市、だった。


 大通りには、高さ十数メートルのヤシの木の一種、トックリヤシモドキが堂々と街路樹をしている。軒を列ねる学生寮は、50階建てから60階建ての、高級リゾートホテルにしか見えない建物だ。


 さらに、敷地の問題から、学生寮の1階や2階は商店のテナントになっていたが、出店しているのが、トロピカルジュースや南国スイーツを出す小洒落たカフェや、アジアンテイスト、エスニックテイストの小物を取りそろえた雑貨店などが入っている。

 コンビニや書店などの一般的な店は、周囲に合わせて外国風の店構えになっていた。


 初めて結波市を訪れた人間は、しばらくその景観に圧倒された後、道路の標識や看板の日本語を見つけて、ああ、ここは日本なんだ、と再確認するのだ。


 都市運営委員会の無茶振りと丸投げに対して、若手建築家たちが出した回答が、この街並みと言う訳だ。


 たしかに「明るい都市」だ。なにひとつ間違っていない。

 その上、この都市を、限られた予算と期間で築いた彼らの手腕は、驚きと尊敬に値する。


 こうして、日本最南端の高度政令都市、結波市(ゆいなみし)は、沖縄県という亜熱帯地域に、妙にマッチした独特の景観をもつ都市となった。


「へえ、こんなお店があるんだ。今度、隆人たちとこようかな」


 望がサーフショップの店先から、ガラス越しに店内をのぞく。

 棚には、聞いたことのないブランドのロゴが入ったTシャツやキャップが並んでいた。オリジナルブランドなのかもしれない。奥には、ロングボードやウエットスーツが陳列してあった。


「さて、これからどこに行こうかな?」


 望は、その後もふらふらと学生地区をさまよい歩く。

 メインストリートを抜けると、不意に開けた場所に出た。


 木々と芝生とベンチが目に止まった。近くの看板に『海浜公園』と書かれている。

 行くあてもなかったので、望は、公園を散策しよう、と思った。

 中に入ってみると、公園は驚くほど管理が行き届いていた。ゴミは落ちていないし、植え込みもちゃんと手入れがされている。管理人が、常駐しているのかもしれない。


「ん?」


 公園の中を五分ほど歩いた頃。人影を発見した。

 一瞬、身を隠そうとかと思ったが、思い直す。


 人影の正体が、望と同じくらいの少女だったからだ。

 彼女は白いワンピースの上から、サマーカディガンを羽織っていた。そして、手にした文庫本を真剣な顔で見つめている。読書に集中しているようだった。


(どうしようかな? 今、僕はさぼってるんだよね。やっぱ、見られたらマズイかな?)


 ちょうど読み終わったところらしく、彼女は文庫本を閉じた。

 切れ長の眉に、長めのまつげ、瞳は少し先の地面を見つめて動かない。それは読書をしている時のままだ。


 望はその時になって、少女が真剣な顔をしていたのではなく、ずっと無表情だったことに気づく。なぜか、悲しそうにしていると感じた。


「やあ、君もさぼり?」


 気づいた時には、声をかけていた。


「僕も、授業を抜け出してきたんだよね」

「……」

「あ、ごめん。制服、着てないもんね。なんか、用事があって学校を休んだ感じ、なの?」

「……」

「まあ、そんなのは、どちらでもいいか……えーっと、天気良いね」

「……」

「そういえば、昨日、友だちが僕の部屋に、押しかけてきて、さあ……うん、それで……あ、これは別にいいか……」

「……」


 彼女は望の呼びかけに、ほとんど反応してくれなかった。

 一応、望が声をかけてきているのは、わかっているらしく、少しだけ顔を向けて、目だけでこちらを見つめている。


「……さ、さっき本を読んでたよね。なにを読んでたの、かな?」


 その言葉に、ようやく彼女が反応を示した。

 あいかわらず無表情のままだが、望にもわかるよう、文庫本を持ち上げて表紙を見せる。


 そこには、『高野聖』そして、『泉鏡花』と書かれていた。


 望には、それが、どう読むのかわからなかった。さらに、どれが題名で、どれが著者名なのかもわからない。


「あー、うん。それ、面白そうだね」


 苦し紛れに、そう言った。


「この著者の作品は……良いです」


 桜色の唇が、小さな声で答えた。小鳥のさえずりのような声だ。


 それに意外な好感触をえた。

 この期を逃すまいと、望が口を開こうとしたが……。


「おい、君。どこの学生だッ!!」


 振り向くと、白衣を着た男が小走りで近づいてくる。


「やべッ、僕、もう行くね」


 望は、挨拶もそこそこにかけだした。

 20メートルほど走ってから振り向くと、白衣の男はベンチの前で立ち止まり、追ってくる様子はない。だが、引きかえすわけにもいかないので、そのまま公園の出口まで走り続けた。



 翌日、公園で出会った少女の話を隆人にすると、その特徴から、彼女が日本における最重要超能力者・織戸神那子(おりと かなこ)だと教えられた。



   + + +



終章まで、毎日更新の予定です。

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