第二章 インフィニットクリエイト④
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葉澄コウは、今朝から学生証の画面をのぞき込んでは難しい表情をしていた。
彼女は、二時限目の授業が終わると剛山正尚を中庭へと呼び出す。
中庭で落ち合った二人は、結波中央学園の制服姿だ。生徒会では、ひなたの上司だが、同時に学校の先輩でもあった。
「なんの用だ、コウ。こんなところに、呼び出して?」
「後で、ちゃんと説明するわ。それよりも、少し歩きましょう」
葉澄が、先に歩き出した。剛山は不満そうな顔をしたが、彼女の後について行った。
「このあたりがいいわね」
葉澄は、しばらく中庭を無造作に歩いていたが、そう言うと急に足を止めて剛山の方へ振り向いた。
剛山が周囲を見渡す。そこはクラス棟から死角になっていて、人目の多い中庭でも比較的人目を避けることができる。そんな場所だった。
「わざわざ、こんな場所まで来て。いったい何の用なんだ……」
彼が葉澄に視線を戻すと、彼女の顔が目の前に迫ってきた。
「な、なんのつもりなんだ。コウ」
「いいから、黙ってて」
葉澄が剛山を凝視する。真剣な眼差しだった。視線をまっすぐに前へ向け、その瞳は相手を見透かしているようで……。
「お前……俺を見ていないだろ?」
剛山が、はあ、とため息をつく。
「振り向いちゃだめよ、そのままジッとしてて」
「へいへい、わかったよ」
葉澄の能力は透視だ。
密閉された箱の中の物を見たり、壁の向こうを見透かすことができる。
数多くいる透視能力者の中でも、葉澄が高い評価をうけているのは、驚くほど自然に、能力を使っているからだ。彼女は睡眠時を除き、常に能力を発動させている。視点をあわせるように、透視能力を扱えるのだ。
とはいえ、葉澄本人は、それを特別だとは感じていない。
生まれた頃から、自然と能力を使いこなしていた彼女にとって、透視して見た世界が普通なのだ。
むしろ幼い頃に、これが透視能力だと言われたときは、驚いてしまった。それほど、葉澄にとって透視能力は身近なものであり、彼女の価値観にも大きな影響を与えている。
剛山に、貴方のチャームポイントは骨盤よね、と言って困惑させたこともあった。
「で? 俺の背後に、なにがあるんだ? そろそろ、ちゃんと説明してもらおうか」
剛山が、しびれを切らせたように聞いた。
「どうもセントラルが、風澤くんの情報を調べた形跡があったの」
「風澤っていやあ、一条と一緒に暮らすことになった、例の能力者か? ……まて、セントラルが奴を調べたってことは!」
「あー、彼の能力うんぬんと言う意味ではないみたい。セントラルが調べたのは、風澤くんの出身校や素性に関することで、例の時間停止能力に気づいたって感じじゃないわ」
「つまり、身辺調査をした訳か……だが、なぜセントラルが? データ上は、単なるアンダーポイントだぞ」
「それが気になって、今朝から色々調べているのよね。そして、こうしているのも、その一環よ」
「ふーん、で? 俺を壁にして、なにを見ているんだ?」
「セントラルが派遣した、監視員」
「監視員? あの一年、監視までされているのか?」
「そうみたい。ちょうどナオの背後、200メートル。学園の向かいにある建物の上に二人と、その隣のビルに1人づつ。まだ確認はしていないけど、死角を補うために北側と南側に、同じように監視員がいるはずよ」
剛山が、うーん、と声をもらした。
「その連中が、風澤を監視しているっていう証拠は? セントラルが監視員をよこすのは、そう珍しいことじゃない。なんつっても、この学園には最重要能力者がいるんだからな。連中の対象は、奴ではなく、織戸神那子の方だと考えるのが、自然じゃないのか?」
すると、葉澄が無言で自分の学生証を差し出した。
画面には、セントラルの職員同士で、やりとりしたと思われる文章が表示されていた。
織戸神那子の監視と共に、もう一人監視対象が増えることなりました。
対象は、織戸神那子と同じクラスの生徒なので、増員は数名でかまわないでしょう。
また、対象が登下校の際は、監視員を二人以上つけるようにしてください。人選は各班の判断に任せます。
監視対象、風澤望に関する情報は、添付データを参照してください。
それを見て、剛山が顔をゆがめた。
ただ、彼が表情を曇らせたのは、文章の内容ではないようだった。
「お前、また機密情報を閲覧したな」
「私のライフワークですから」
「とっ捕まっても知らねえぞ」
「そんなヘマはしません」
この件に、葉澄は取り付く島もなかった。
剛山の方が、しぶしぶ折れる形となってしまう。
「まあいい……それにしても、セントラルが風澤を監視する理由ってのはなんだ? 奴の能力は、知られていないんだろう?」
「私も、そこが引っかかっているの」
「まさか、バレちまったんじゃないだろうな」
「それは、ないと思う。風澤くんの能力に関しては、生徒会が情報規制をしているはずだから、セントラルはおろか、運営委員会の上層部すらつかんでいないはずよ」
「じゃあ、なぜ?」
うーん、とめずらしく葉澄が考え込む。
「風澤くんが監視される理由は、近くで彼を見ている一条さんに聞くのが、手っ取り早いかもね」
葉澄は剛山から、自分の学生証を取り上げると、メールを打ち始めた。
一方の剛山は、腕を組みながら、はあ、とため息をついた。
「どんな用かと思って来たら……また、ややこしいことになりそうだな」
その時、葉澄が画面から目を離して周囲を見渡した。
すると彼女は怪訝な表情を浮かべた。
「ナオ、どんな用事で私が呼び出したと思ったの? ……もしかして、いやらしいことを考えてた?」
二人がいるのは、中庭でも人気のない場所だ。恋人同士が人目をしのんで、時間を過ごすには丁度いい場所だろう。
「う、うるせえッ!!」
いつもは、違反者を震え上がらせている強面の剛山も、このときばかりは顔を真っ赤にしてしまった。
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