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プラスチャイルド  作者: textscape
プラスチャイルド①
22/48

第二章 インフィニットクリエイト②

挿絵(By みてみん)



   + + +



 ふたりの登校時間をずらす――その約束通り、望はひなたが部屋を出てから、少し時間をおいて登校した。

 学校に到着した望は、そのままC組に向かった。

 教室に入った時、彼は周りの空気がいつもと違うことに気づいた。

 入学直後のような緊迫感があるのだ。その理由に気づいたのは、席に着いて間もなくだった。


「望。お前、知ってたか?」


 鳴島隆人(なるしま りゅうと)が話しかけてきた。


「え、なんのこと?」

「おいおい、彼女のことだよ」


 親友は呆れた表情を浮かべながら、あっちだよ、と目配せをした。

 視線を向けると、そこには結波中央学園の制服を着た少女が座っていた。

 織戸神那子(おりと かなこ)

 学校を抜け出した時に出会った、あの無表情な女の子だ。

 静かに文庫本を読む姿は、公園で話しかけたときと同じだ。

 あの時とは、服装が違っていたせいで、指摘されるまで気づかなかった。


「なんだお前も知らなかったのか」


 隆人は残念そうに言うと、彼女がここにいる理由を簡単に説明した。

 織戸は入学当初からC組に在籍していたが、なんらかの事情により、今日まで欠席していたらしい。


「クラス名簿に名前が載っていたから、同級生の何人かは、知っていたみたいなんだよ……」

「ふーん、女の子のことで、隆人が見落としをするなんて珍しいね」


 望が何気なくつぶやくと、隆人が顔を真っ赤にした。


「ズバリ、言いやがった」


 彼が大きく肩を落とす。望の言葉に、思いっきり落ち込んでしまったようだ。


「大げさだなあ」


 望が苦笑いを浮かべた。


 織戸に視線を向けると、彼女は公園で会ったときと同じく、顔色ひとつ変えずに本を読んでいた。

 今まで出席していなかった生徒、さらに最重要能力者。嫌でも好奇の視線が集まる。

 だが、その顔は無表情のままだ。望が声をかけた時と同じ。


 ふと、その顔が寂しそうに見えてしまう。


 望はイスから立ち上がると、織戸の席へ向かった。

 ほとんど、無意識だった。これからなにをしようとしているのか? 望は、自分でもよくわからなかった。


 織戸のそばで立ち止まる。彼女も望に気づいたらしく、一瞬だけ、視線を向けた。

 だが、すぐに織戸の視線は文庫本へともどってしまう。


「久しぶり、僕のこと、憶えてる?」

「……」


 思い切って声をかけたが、反応はかえってこなかった。

 それでも望は、彼女に話しかける。


「織戸さんだよね? ほら、少し前に公園で会ったじゃん?」

「……」


(とりあえず、こっちを見ているってことは、聞いてはいるんだよね?)


 織戸は相変わらず無表情だったが、視線は望に向けていた。


「僕は風澤望、同じクラスだったなんて、驚きだよね」

「……」


 望はおしゃべりが好きだ。だが、こんなに相手が無反応だと、まともに話が続かない。

 ひなたとの今朝のやり取りも大変だったが、これはそれ以上だ。話しかけるのが、つらいと感じるほどだった。

 話すのを止めようと思えば、踵を返して席にもどれば済む。だが、そんな考えは微塵もわかなかった。とにかく話しかける。それだけだった。


 望自身、どうしてこんなに必死になのかわからなかった。

 むしろ、なぜ声をかけたのか?

 彼女が、寂しそうにしていると感じたから?

 もしくは、可愛い女の子を見ると声をかけずにはいられない、バカな男の性なのか?

 また、その他のなにかが、理由だったのかもしれない。

 とにかく、理由はわからなかったが、織戸が本を読んでいる姿を見ていたら、無性に話しかけなければと思ってしまったのだ。


(そうだ、本。前もその話だったら返事をしてくれたんだッ!!)


 そのひらめきに、望は鼻息を荒くしながら、喜々として話しかけた。


「あッ! 今日も本読んでいるんだね。この前とは違うみたいだけど、なに読んでるの?」


 織戸の視線が文庫本へと向けられ、また望の顔へともどった。

 彼女の小さな唇が、ゆっくりと開いていく。

 その言葉を聞き逃すまいと、望は耳をすませた。


「……この本は」


 か細い声だ。でも、ようやく応えてくれる。


 が――。


「みなさん、おはようッ!!」


 勢いよく教室のドアが開き、そこから担任の姫宮先生が現れた。


「すぐにショートホームルームだからねえ。ほらほら、自分の席につきなさぁいッ」


 姫宮先生(ひめみやせんせい)の指示にしたがい、生徒たちが席にもどっていく。

 望が視線を戻すと、織戸はまっすぐ教壇を見つめ、唇を硬く結んでいた。

 担任が教室にやってきてしまった今、おしゃべりをしていれば注意されるだろう。それに視線を合わせようとしない織戸からは、話をしてくれるような雰囲気ではなかった。


(やっと話ができると思ったのに、たのむよ姫宮先生ッ)


 望が心の中で叫ぶ。

 その後、自分の席にもどると、隆人が気持ち悪いくらい優しい表情で迎えた。彼は何度も、うんうん、とうなずきながら望の肩を叩いてくる。


「だれがなんと言おうと、俺はお前を尊敬する。やっぱり、すげえ奴だよ。俺の親友ってだけはある!」


 ものすごく絶賛されたが、望はなにを褒められたのか、さっぱりわからなかった。



   + + +



 その日。望は休み時間のたびに、織戸に話しかけていた。

 案の定、声をかけてもほとんどリアクションは返ってこなかった。

 いちおう、本の話題をふってみたが、彼女が読んでいたのは、またも泉鏡花だった。


「……す、好きなんだね。その作家」

「……はい」


 それ以上、話は膨らまなかった。

 とはいえ、泉鏡花が著者名だということはわかった。それなら、話題作りのために図書室で借りてみるのも手かもしれない、と思った。


 そして放課後。

 ほんの少し、隆人や翔太郎と話している間に、織戸が教室を出て行ってしまう。


「ごめん、隆人。僕、先に帰ってるね」


 そう言って、学生鞄を抱えて走り出す。

 背後から驚いたような翔太郎の声と、隆人のため息が聞こえてきたが、望はかまわず教室を飛び出して行った。


 玄関ロビーに着くと、生徒の集団をかき分けながら、先へ先へとすすむ。


(織戸さん、もう帰っちゃったのかな……あッ)


 クラス棟のロビーを出てたところで、織戸を見つけた。

 急いで上履きを脱ぎ、靴にはきかえて彼女のもとへとかけよる。


「織戸さん」


 背後から呼びかけてみたが、聞こえなかったのか、そのまま行ってしまう。

 望は、あわてて織戸の隣にかけよると、彼女の顔をのぞき込んだ。


「今、帰るの?」

「……」


 やはり、ほとんど反応はない。だが、無視されているわけではなかった。

 彼女の瞳は、ちゃんと望に向けられていた。

 そのまま、二人並んで校門へと歩いた。


「どうだった学校? ちょっと緊張した? でも、C組ってイイ奴ばかりだから、すぐ慣れると思うよ」

「……」

「男連中に話しかけるのは、抵抗あるだろうから、まずはクラスの女子から仲良くなっていくといいよ」

「……」


 織戸は黙ったままで、話しているのは望だけだ。

 それは、今日、1日、何度も繰り返された光景だ。

 仲がよさそうには見えないが、嫌がってはいないのだろう。どれだけ話しかけても、迷惑です、話したくないです、と拒否されたり、拒絶するような態度をとらなかったからだ。少なくとも望は、そう思っていた。


 しかし、もしも織戸が、そんなことを言えない女の子だとしたら……と、そこまで深く考えられないのが、望のダメなところであり、すごいところでもあった。


 脳天気な笑みを彼女に向ける。


「たとえば、ひなたとか。ひなたって、ちょっと怖い感じするけど、ああ見えても女の子っぽいところあるし、しっかり者なんだよね」

「……」

「まあ、僕のことは、滅茶苦茶言うけど。見てたでしょ? 今日も怒られちゃった」

「……」


 その時、織戸が足を止めた。


「ん? どうかした?」


 彼女がじっと望を見つめる。

 その唇が、少しだけ開いた。


「……」


 だが、開きかけた唇が、また閉じてしまう。

 織戸が目を伏せてしまった。


「いいよ」


 望が無邪気に笑う。


「べつに、無理にしゃべる必要ないから。これは、僕が織戸さんと話したいから、勝手に話しかけてるだけだよ」


 織戸が顔を上げた。

 その表情は相変わらず無表情で、望の言葉をどう受け取ったのかはわからない。

 だが、なにか思うところはあったようだった。


「……今日は」


 ようやく口を開いた。


「……いろいろと」


 消え入りそうな、小さな声だった。

 望は急かしたりせず、黙ってその言葉を聞いた。


「……話かけてくれて」

「……」

「……あの」

「……」

「あの……ありが」


「お迎えにあがりました」


 だが、彼女の言葉は遮られてしまった。

 遮ったのは、白衣を着た男だった。メガネをかけた神経質そうな彼は、望をひと目見ると眉間にしわをよせた。


「君……どこかで、会ったか?」


 望は、その言葉を聞いて思い出した。

 この男は、織戸と出会った日に、望を呼び止めようとした研究員らしき人物だ。


「いや、僕は会ったおぼえは、ないですけど……」


 とりあえず、否定することにした。あの日は学校を抜け出していた。授業をサボっていた彼が、ここで同意するのは、藪蛇になると思ったからだ。


「そうか、まあいい……織戸さん、あちらに迎えの車を用意しています」


 男が、わざとらしく二人の間に割って入ってくる。

 望が男の背中越しに、織戸の様子をうかがうと、彼女もこちらを見ていた。

 それに気づいた男が、望をにらみつける。


「失礼……さあ、行きましょう。織戸さん」


 そう言うと、男は織戸を連れて歩き出した。


「織戸さん、また明日ッ!」


 大声で呼びかけると、織戸が一度だけこちらに視線をむける。だが、白衣の男にうながされ、校門へと行ってしまった。


 残された望が、腕を組んで考える。


(織戸さんが、最後に言おうとしてた言葉って……ありがとう?)


 ちょっぴり、うれしくなった。


「また明日、だな」


   + + +



終章まで、ほぼ毎日更新の予定です。

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