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プラスチャイルド  作者: textscape
プラスチャイルド①
20/48

第一章 ハイスピードフェアリー⑯

挿絵(By みてみん)



   + + +



 ひなたとの最後の決闘を終えた翌日。

 その日は休日だったこともあり、望は朝食を済ませて部屋にもどると、しばらくはダラダラとすごしていた。


 が、急に真面目な顔になると、自室の一角を見つめた。そこには、数個のダンボール箱が積まれている。


「入学してから、もうすぐ3週間。いい加減、荷物を整理するべきだよな」


 この部屋に引っ越してきてから3週間。いつかは整理しようと思っていたのだが、ズルズルと先延ばしにしてしまった。結局、5月になろうという、この時期までほとんど手をつけていなかった。

 時間を確認すると、時刻は午前10時。手早く済ませれば、午前中には終わるかもしれない。

 もし手間取っても、今日一日は、特に予定はないので問題ない。


「よし、やろう」


 望はダンボール箱の前に立と、勢いよく封を解く。

 とりあえず、中の物を全部出してしまおうと思った。引っ越しの時に、整理するのが面倒だったので、適当に荷物を詰め込んでしまった。おかげで、どの箱に何が入っているのか、荷造りをした望本人もよくわからない。

 片づけるにしても、まずは大まかな整理が必要だった。


 次々に中身を取り出し、衣類とその他に分けた。

 今度は、その他を本、趣味、思い出、その他に分けていく。しかし、案の定、卒業アルバムを発見してしまい、大きくタイムロスをする。荷物の分別が終わった頃には、12時になろうとしていた。


 部屋を見渡すと、ダンボール箱から取り出した荷物で床が埋め尽くされていた。


「こりゃ、1日潰れそうだな。よし、頑張ろう!!」


 望は、Tシャツの袖をまくり、気合いを入れ直した。

 アルバムや思い出の品など、とうぶんは必要ない物を押入にしまいこもうとしたとき……。

 インターホンが鳴った。


「あれ? だれかが来る予定なんて、あったかな?」


 望が首を捻る。そんな約束をした覚えはない。しかし、インターホンは何度も鳴らされる。

 慌てて、玄関へと向かった。


「はいはい、今行きます」


 きっと隆人がやってきたのだろう、とそんな風に考えていた。

 それなら荷物整理を手伝わしてやろうと思い、頬をつり上げる。


「いやあ、ちょうどいいところに来てくれ……え?」


 ドアを開けると、そこにはひなたがいた。

 顔を背けるように横に向け、視界の端でジロリと彼を睨んでいる。

 両手は胸の前でしっかりと組まれていた。


「人目があるから、中に入ってもいい?」


 妙に高圧的な態度だ。それに表情も少し強張っている。


「えっと……どうぞ」


 とりあえず、部屋の中に通した。

 ひなたが、部屋を見て眉をひそめた。


「あなたの部屋、いつもこんななの?」


 ダンボールから出した荷物が、部屋を埋め尽くしている。

 これでは散らかっているようにしか見えない。


「いや、荷物の整理をしてたんだよ。今まで、ほったらかしにしてたから」


 望が、あはは、笑ってみせるが、ひなたはピクリとも表情を変えなかった。

 むしろ、顔を合わせないように目を逸らされた。


(あれ、もしかして不機嫌なのかな?)


「悪いんだけど、この荷物、ダンボールに戻してくれない?」

「ああ、ごめんね、一条さん。これじゃあ、座るところもないよね。とりあえずベッドに上がって、すぐに座る場所を作るから」

「ベ、ベッド? わ、わかった」


 ひなたが、妙に口ごもる。

 それから猛獣の上にでも乗るように、恐る恐るベッドへと上がった。

 その間に、望は本や雑誌の山を移動させ、彼女が座るスペースをつくる。


「いや、そうじゃないの……あたしは、荷物を全部ダンボールに積めなおしなさいって言ったの」

「全部?」

「そう、あんまり時間ないから早くね」


 ひなたが、ベッドの上から望を見下ろす。


「あなたの能力を知った生徒会が、至急、能力者の保護と監視を命じてきたの。で、あなたを監視、保護するために、この寮から引っ越すことに決まったから」


 彼女が、早口でまくし立てた。


「……はあ?」


 望はいまいち言葉の意味が理解できずに、首を捻った。

 それから、しばらく考えるとぽつりとつぶやく。


「それって、僕の能力がバレちゃったってこと?」

「うッ……それは」


 ひなたの顔が曇った。

 昨日、秘密にすると約束したばかりだというのに、彼女はそれを守れなかった。


「こ、こちらの手違いで……その……ごめんなさい」


 だんだんと声も小さくなっていく。


「でも、あなたの能力を公表しないってことになったから、今まで通り、アンダーポイントとして生活できるし……む、むしろこんな粗末な寮じゃなくて、ちゃんと設備の整った場所に住めるようになったんだから、逆に感謝してもいいくらいよッ!!」


 急に勢いを取り戻した──か、と思ったら、またすぐに勢いを失う。


「ま、まあ、監視と保護の名目があるから……一人暮らしってわけじゃないんだけど……」


 望はころころと態度が急変するひなたに、どう接すればいいのかわからなかった。

 とりあえず、今は相手を刺激しないように話を合わせることにする。


「つまり、この寮から引っ越して監視員みたいな人と、共同で生活をするってわけだよね?」

「……うん」


 望は、共同生活に抵抗がない。去年まで暮らしていた中学校の寮は、四人で一つの部屋を使っていた。

 むしろ、今月から始まった一人部屋での生活の方が、慣れていないくらいだ。


「僕は問題ないよ」

「ええッ、問題ないの?」

「うん、むしろ、その方がいいくらい」

「そ、その方が……いいの?」


「?」


 望は、さっきからひなたの様子がおかしいことには気づいていた。

 突然、大きな声を出したり、消え入りそうな声でつぶやいたりと、情緒不安定な言動を繰り返している。

 だが、その理由まではわからなかった。


「うん、わかった……あたしも覚悟を決めたッ!!」


 また彼女が、声を張り上げる。

 なぜか顔を真っ赤にしていた。


「これは、あなたの了承の上だし、あたしは上からの命令に、仕方なく従っただけッ!! いい? わかった?」

「わ、わかたったよ……でも、そんな風に念を押すってことは、とんでもない人が、僕の監視員ってこと?」

「それは……よ」

「え? なんだって?」


 ひなたがうつむく。わなわなと体を振るわせ、上目遣いで望を睨みつけた。よく見ると、目にはうっすら涙さえ浮かべていた。

 そして次の瞬間、彼女は、今までで、一番大きな声で叫んだ。


「だからッ、あたし、だって言ったのよッ!!」


 一瞬、意味がわからなかった。

 だが意味が分かった瞬間。


「えッ、ええええッ!!」


 今度は、望が叫び声を上げた。



   + + +



「うん。突然だったから、隆人に説明するのも遅れちゃったけど、そういうわけなんだ」

『そっか、ちなみにいつ頃、前の寮に戻れそうなんだ? 風呂場の蛇口が直れば、すぐ戻るんだろ?』

「え? うーんどうなんだろう。すっごい、壊れ方してたから」

『なんだそりゃあ? まあ、しばらくは別々ってわけだな。わかった。じゃあ、またな』

「うん、また」


 通話を終え、学生証を机の上に置く。


「隆人に嘘をつくのは、嫌なんだけど、でも仕方ないよね……さて」


 望が周囲を見渡した。

 彼の目に映ったのは、しばらく暮らすことになる新しい部屋だ。

 突然、ひなたがやってきて、一緒に暮らすことになったと告げられ、そのことに驚いている暇もなく、連れてこられたのが、この部屋だった。


 学生地区にある60階建てマンションの3LDK。学生寮は、ほとんどがワンルームだったが、このマンションは、生徒が親と暮らすために造られたため、こんな間取りをしているらしい。

 おけげで、1人部屋があるので、プライベートは守られている。

 ひなたと、二人暮らしをすると、知った時は焦ったが、これならなんとかなりそうな気がした。


「よし、終わったあ」


 最後のダンボールをつぶして1カ所にまとめる。

 ようやく、引っ越しの片づけが終わった。


「ふう、ちょっと汗かいたな」


 タンスから着替えとタオルを取って、自分の部屋を出た。


「あれ、ひなたは?」


 リビングに目を向けたが、彼女の姿はなかった。

 次に、ひなたの部屋に視線を向ける。


「まだ、片づけてるのかな?」


 彼女もまた、今日引っ越してきたばかりだ。

 それも望の倍のダンボール箱を部屋に運び入れていた。大変そうだったので、手伝おうとしたら、鬼のような形相で怒られた。


「先に言っておくけど、あたしの部屋をのぞいたら血祭りにあげるから、中に入ったりなんかしたら絶対に殺すッ!!」


 あの時のひなたは、すごい剣幕だった。

 彼女の反応に驚きはしたが、異性なのだからお互いのプライベートは厳守しなければいけないと、望は改めて感じたのだった。


「あんまり、干渉するのもよくないよな」


 声をかけようかと思ったが、考え直してバスルームへと向かった。

 これから長いつき合いになるのだ。適切な距離感は重要だ。

 バスルームのドアに手をかける。なにも考えずにそれを開いた。


 直後に、後悔した。


「あッ!!」

「えッ!!」


 そこに、ひなたがいた。

 望と同じように汗を流そうと、バスルームへやってきたのだろう。

 最悪なのは、衣服を脱いでパンツを下ろそうという、その瞬間だったことだ。

 無論、彼女のひかえめな胸は露わになっており、望はそれを目にしてしまった。

 同い年の女の子の裸を見たのは、それが初めてだったが、これっぽっちも喜べなかった。

 喜んでいる場合では、なかったからだ。


 なぜなら、次の瞬間──。


「いやッ、きゃあああッ!!」


 悲鳴。それと同時に、拳が飛んできた。

 渾身の上段突き。彼は、それを……避けなかった。


 能力を発動させれば、容易に避けることができるのに、なぜかできなかった。

 なぜか、これはよけてはいけない、と思ったからだった。

 上段突きは、望の顔面をとらえた。

 強烈な衝撃が、頭蓋骨を打ち抜く。


(ど、どうして僕は、避けなかったんだろう? ……ああ、そうか)


 望は薄れゆく意識の中で、この世には、甘んじて受けねばならぬ拳があるのだと知った。



   + + +



今回で『第一章 ハイスピードフェアリー』は終り。

次回から『第二章 インフィニットクリエイト』が始まります。


終章まで、ほぼ毎日更新の予定です。

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