第一章 ハイスピードフェアリー⑬
超能力を持つ、少年少女たちの青春ストーリー
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翌日の放課後。ひなたは、第3体育館のそばにいた。
その場所は、普段からひとけがないが、放課後ともなると、まったく生徒がやってこない。
今日のひなたは、非番のため生徒会の任務はなかった。そんな日はまっすぐ女子寮に帰るのだが、今日はある人物が来るのを、うつむいた様子でじっと待っていた。
しばらくして、ひなたが顔を上げる。
その顔は、喜びとも悲しみともつかない複雑な表情だった。
「ちゃんと、来てくれたのね。まずは、礼を言うわ。ありがとう」
ひなたが、やってきた礼を言った。
対する望は、少し不安げな表情をしている。
「これが、最後らしいから、ね」
そう言うと、望が学生鞄を足下に置く。
「約束は守るわ。メールした通り、結果がどうであれ、決闘なんて、これが最後」
望がうなずいた。
昨日の晩、ひなたは彼にメールをしていた。アドレスは香代が調査をした時に確認済みだ。
その内容は、今日の放課後に決闘をしてくれたら、それを最後にする、というもだった。
「制限時間は10分。泣いても笑っても、それで終りよ」
ひなたは、学生証のアラームを10分後に設定すると、それを体育館の壁際に置いた。
そして、鞄から短い棒を二本、取り出す。
「準備はいいかしら?」
「……うん」
二人が対峙する。
ひなたが、両手を交互に振った。
二度、小気味良い金属音が響き、二本の棒が、倍の長さに伸びた。
「それじゃあ、始めましょうか」
お互いに、相手を見つめる。
短い沈黙。
ひなたが、小さく息を吸う。
叫んだのは同時だった。
「『ゲット・レディ?』」
「『エクスクルード』」
加速したひなたが、瞬時に望との間合いを詰める。
一撃目は、左手の警棒を水平に払う。が、やはり当たらない。
気にせず続けて、右手の警棒を振り払う。その流れで、回し蹴りに移行し、軸足を入れ替えてもう一度回し蹴り。すべてかわされたが、予想通りだった。
さらに加速して、警棒を突き立てる。30センチ横に移動した望に、ハイキックをたたき込む。続いて警棒を使った二段突きの後に、アゴを狙い、右腕を降り上げた。
最後の攻撃は、鼻先1センチの距離まで近づけた。
「もらったぁああッ!!」
渾身の力を込めて、降り上げた左腕を降りおろす。
この位置関係とタイミングなら、たとえどんなに相手が速く動けたとしても、かわせないはずだと彼女は思った。
「ちッ」
望の姿がない。
背後で、その気配を感じた。
考える前に身をひるがえして、背後の相手に蹴りをお見舞いする。
「おおッ」
望が体を、大きく仰け反らせた。が、その程度では、回避できない。このままいけば……。
(あたった?)
駄目だった。回避できるような、体勢ではないはずだが、避けられた。
しかも、その場から2メートルほど移動している。いくら速く動けたとしても、これは不自然だ。
だが、ひなたがそれを疑問に思ったりはしない。
ただ、加速し、攻撃を繰り出すことに集中する。
そのスピードは、尋常ではなかった。ローキック、ミドルキック、ハイキックの三発が、同時に放たれたような錯覚におちいるほどの速度だ。
しかし望は、それを紙一重で避け続ける。
ひなたが放った、渾身の回し蹴りをかわすと、直後に大きく距離を取った。
「やるじゃないッ!!」
「一条さんこそ」
そして、二人同時に叫んだ。
「『ゲット・レディ?』ッ!!」
「『エクスクルード』ッ!!」
加速して攻撃。回避されて、また攻撃。
ひなたは、自分の高速移動がこれまでにない速度に達しているのに気づいていた。
ここまで速い、加速状態を維持し続けたことは初めてだった。
(あたし、こんなに速く動けたんだ)
たしかに、能力検査で最高速度を計測することはある。
だが、あんな直線距離の速さを計るのとは、わけが違う。警棒を振り、瞬時に相手の位置を捕捉して、蹴りを放つ。それは一瞬だが、濃密だった。
そしてこの戦いは、そんな濃密な一瞬の連続だった。
(動態視力がヒリヒリする。反射神経が張り裂けそう……でもなんでだろう? すごくイイ感じなのッ!!)
当たらない。当たらないが、そんなことはどうでもいい。
次の攻撃、次の攻撃を繰り返しながら、ただ無心に己の力を相手にぶつける。
こんな風に、全力で戦う機会など、今までなかった。
いつだって力を出し切る前に、任務は終わる。それを、不満に思ったことなどなかった。
だが、今なら言える──あんなのは、退屈だ。
(どうしよう、楽しい……こんなヤツ、大嫌いなのにッ!!)
望に視線を向ける。
彼が今まで見せたこともない、真剣な表情で、見つめかえしてきた。
あいかわらず攻撃は、かすりもしないが、時折、短く声をもらす。ギリギリなのだ。
望も、本気で相手しなければ、ひなたの攻撃を回避できない。
(なによ、そんな顔して……そんな顔ができるなら始めから……)
彼女の胸に、これまでとは別の感情が芽生え始めていた。だが、それ以上は、考えない。
あと数分もしたら、終わりなのだ。余計なことは、考えたくない。
「当たれッ!!」
前蹴りを放つが、わずかに届かない。
「右? いや左かッ」
望を見失った。
「ここだよ、一条さん」
「わかってるッ!!」
飛び膝蹴りを放つが、避けられた。
そのまま空中で、三回蹴りを放つが、これもダメ。
諦めずに飛び蹴りから、変形浴びせ蹴りに移行する。
「ま、まだ続くのかよッ」
これには望も叫んだ。
「どう驚いた?」
「ああッ、すげえッ!」
不思議な気分だった。今、ひなたは違反者でもなんでもないクラスメイトに、決闘と称して殴りかかっている。
執行部のエースと呼ばれる者の行動ではない。こんなのは、わがままに暴力を振るっているだけだ。普段のひなたなら、こんな行為は絶対にしない。むしろ、嫌悪する。
それなのに、なぜか彼女の体に、充実感が満ちていった。
「そんなんじゃ、僕に当てられないよ……くッ、今のはヤバ……わッ……マジかよ……その体勢から?」
ひなたは気づいている。望の口数が増えていることを。
ひなたはわかっている。彼も自分と同じように感じているんだと。
だから、いつまでもこうしていたい──ふと、そんな風に思ってしまった。
その時、甲高い電子音があたりに響いた。学生証のアラームだ。
「ラスト1分……あたしの全部で、あなたを叩きつぶすッ!!」
「来いッ、すべて受け止めてやるッ!」
二人が叫ぶ。
ひなたの全力と望の全力がぶつかり合う。
幾重にも繰り出される彼女の攻撃、それをギリギリのところで彼が回避する。
警棒を叩きつけるが、当たらない。
膝蹴りをお見舞いするが、当たらない。
警棒と蹴りのコンビネーション、当たらない。
足払いから警棒を振り上げる、当たらない。
警棒を振り下ろして飛び蹴り、当たらない。
警棒を振り払う、当たらない。
振り抜く、当たらない。
望はすべてをかわした。
上段突き、当たらない。
中段蹴り、当たらない。
回し蹴り、当たらない
それは変わらない。だが一瞬。
肘打ち、当たらない。
ハイキック──二人同時に、妙な感覚におそわれた。
それは、気のせいだったのかもしれない。だが、ひなたは自分が蹴り上げた足を、望がかわす様子をその目で見た気がした。
(え? なにこれ?)
(あれ? 僕を見てる?)
そして望もまた、蹴りをかわす自分を、彼女に見られている気がした。
だが、一瞬でその感覚は終わった。
裏拳気味に警棒を振り払う、当たらない。
もう一度、振り払う、当たらない。
飛び膝蹴り、当たらない。
すぐに気の抜けない攻防が繰り広げられる。余計なことを考えていては、とても続けられない。二人とも直後には、頭を切り替えていた。
(これはッ!!)
さらに、ひなたにとっては、絶好のチャンスがめぐってきた。
望が体育館の壁を背に立っている。この位置関係になるのを、ずっと待っていたのだ。
(やるなら、今ねッ!!)
地面を蹴ってかけだす。
そして両腕を下げると、右肩を突きだし、相手に突っ込んでいく。体当たりだ。
だが、もし望に避けられれば、後ろの壁に激突してしまう。
(直前で止まれるような突っ込みじゃダメ、怖がるなッ、激突覚悟でなければ、意味がないッ!!)
加速状態での体当たり。壁に激突すれば、大ケガは免れないだろう。
「うわぁあああッ!!」
だが、ひなたは叫び、さらに加速した。
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