第一章 ハイスピードフェアリー⑪
超能力を持つ、少年少女たちの青春ストーリー
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「風澤望だっけ、この人? 本当に、アンダーポイントなの?」
香代がタマゴサンドを頬張りながら、タブレットコンピューターを眺める。
画面には、1年C組のクラス名簿が映し出されていた。
「風澤、風澤……あ、いた。本当だ。それもUP2。データ上は、完全にアンダーポイントってことになってる」
さんぴん茶でタマゴサンドを流し込むと、サッと画面をなぞる。するとクラス名簿は消え、カメラから取り込んだ映像が表示された。
コマ送りで再生されたのは、望とひなたの激闘だ。
香代が、うーん、とうなり声を上げる。
「こんな能力者が、アンダーポイントってのは、絶対にありえない。これだけは断言できる」
語気を強めてそう言うと、香代はランチボックスからハムサンドを取り出し、乱暴にかぶりついた。
「そうだよね」
ひなたも、彼女の隣でうなずいた。
「もぐもぐ……休み時間にやってきて、協力して欲しいって言われた時は、なんとなく幻視能力だと思ってたんだよね」
「幻視能力?」
「うん、テレパシー能力の一種で、相手に幻覚を見せる能力。かなり、少ないらしいから、ひなたちゃんがそれを知らなくてもおかしくないし、それなら攻撃もあたらないだろうな、って」
「その言い方だと、あいつの能力は、幻視能力ではないのね?」
「少なくとも幻視能力じゃない。こうして、映像に残っているからね。幻覚なら、そうはいかないもん」
画面に映し出された望は、ひなたが加速状態で放った正拳突きを、それを上回る速度で、回避している。
相手に、幻覚を見せる能力なら、その様子が映像として記録されたりはしない。
「あたしが初めて戦った時は、予知能力かと思ったんだけど、違うみたいなのよね。そうなると……」
ひなたが言葉を濁す。
理由を察したのか、香代がかわりに答えた。
「高速移動?」
「やっぱり、そう思う?」
「正直、ひなたちゃん以上の高速移動の使い手って、想像できないんだよなあ。現に、この映像。たしかに回避されちゃっているけど、とんでもないスピードだよ」
「でも、上には上がいるって言うし……」
ひなたが弱音を口にする。
らしくない発言だが、香代の前だからなのだろう。それだけ、気を許しているのだ。
「高速移動の他に、考えられるとしたら……瞬間移動かな」
「アイツが、テレポーターだって言うの?」
ひなたが、驚きの声を上げる。
「あくまで、可能性の話。瞬間移動を使える能力者は、未だに確認されていないんだけど、超能力研究においては『存在しない能力はない』って考え方が一般的なの。だからテレポーターがいてもおかしない」
「ふーん、そういうものなんだ」
望が未知の能力者である可能性──あの能力が、高速移動ではなく、別の能力だという可能性は魅力的だった。
ひなたにとって、自分を上回る高速移動を扱える能力者の存在は、正直うれしくない。それがわがままで、身勝手な考えだとわかっていても、自分が、最も優れた高速移動の使い手でいたいと思ってしまう。
(あたしって性格悪いなあ)
ちょっと自己嫌悪。
気分を変えようと、スポーツドリンクを飲み干した。
だが、落ち込んでいるのは、ひなただけではなかったようだ。
「高速移動なのか、瞬間移動なのか、また別のなにかなのか。それを見極めるためにあるのが、わたしのサイコメトリー……なんだけど、さあ」
香代が、うなだれる。
「正直に言うと、わかんない。こんなの初めてなんだよお。今まで、色々な思念を読みとってきたけど、こんな気持ち悪い残留思念は、初めて」
彼女が画面を操作する。
「例えば……ここ」
香代が、ひなたにも見えるように、タブレットをかたむけた。
「この状態だと、ひなたちゃんと風澤くんの間に距離があるから、まだ変な感じはしないの。ちょっと怯えたような感情と、集中もしてるって感じかな」
次に、彼女が操作すると、ひなたが飛び込みざまに、掌底を繰り出す。
「それで、この状態。ここで彼は、特有の感覚を持つ」
「特有の感覚?」
「あ、その特有の感覚が、変なわけじゃないよ。つまり能力を発動させる感覚のことで。そう言うのって、感じ方に個人差があるの。だから、それが特別ってわけじゃないよ……ごめんね、ちょっとわかりづらくて」
サイコメトリーで得た情報を、サイコメトリーを持たない人に説明するのはコツがいる。
それはサイコメトリーだけではなく、ESP能力に分類される能力全般に言えるのだが、能力者がそうでない者に伝えようとすると、味や匂いを言葉で説明するのに似ていて、表現が難しいのた。
「問題は、次なの」
香代がサッと画面をなぞる。
ひなたの掌底が、望のアゴを捕らえようとした瞬間、彼が消え、彼女の背後に現れる、という映像が繰り返し表示された。
「この時の、風澤くんの思念が本当に変なの」
彼女は立ち上がると、映像の場所まで歩いていく。ひなたも後について行った。
「『ピースアルテン』……うん、そうなんだよね。なんなんだろう、この思念。すごくゴチャゴチャしていて、なにがなんだかわからない。まるでノイズ」
香代が床に手を当てたまま、顔を上げる。眉を下げ、首を傾げた彼女は、本気で悩んでいるようだった。
と、香代が1メートルほど移動してから、また床に手をついた。
「彼に比べると、ひなたちゃんが高速移動を使っている時の思念は、最適化されているって感じ。『蹴り』『移動』『蹴り』『パンチ』……って感じかな? よけいなことを考えないようにしている。それに、すごい集中力ね」
「あ、あたしのは、いいじゃない」
突然、自分の思念を読まれて、ひなたは顔を真っ赤にしてしまう。
サイコメトリーは、心を読まれているような気がして、恥ずかしかった。
「あはは……まあ、そんなわけで、わたしは風澤くんの能力は、高速移動じゃないと思ってる。もし、そうなら、ひなたちゃんと同じような、最適化された思念じゃなきゃいけないからね」
彼が、能力を発動させている間の精神状態は、サイコメトリーでは読みとれない。
ますます、謎の能力だ。
「それじゃあ、香代ちゃんは、あいつの能力はなんだと考えているの?」
ひなたの質問に、香代が頭をかきながらうなる。
「うーん……瞬間移動に似た能力。としか言えない」
友人は肩を落とすと、申し訳なさそうに答えた。
ひなたが落ち込む香代に、優しく話しかける。
「ううん、香代ちゃんのおかげで、色々わかったよ。ありがとう……それで、話は変わるんだけど、今調べたことや風澤望に関する情報は、あたしたちだけの秘密にしておいて」
香代が、不思議そうな顔をした。
「どうして?」
「あいつ、自分の能力を隠しているみたいなの。昨日は、思わず使っちゃったんだろうけど、あたし以外の前では、能力を使いたがらないのよね」
香代が、納得したようにうなずいた。
「だから、隠れて撮影するように、わたしに指示したわけか……でも、どうしてなんだろう?」
「さあ? でも、能力を隠してアンダーポイントとして暮らしているのはわけがあるはず。とりあえず、それがわかるまでは、公にしない方がいいと思うの」
「わかった。とうぶんは、二人だけの秘密にしておく」
「ありがとう……それじゃあ、これからどうしようか?」
続けて、ひなたが問いかける。
「生徒会の通常業務までは、少し時間があるけど、やっぱり授業にもどる?」
すると香代が、上目遣いでつぶやいた。
「最近見つけた、お店なんだけど少し早めに午後の営業をしてるんだよね」
「まさか、授業をサボって甘い物を食べに行く気なの?」
「むぅ」
友人が、しかられた子供のようにうつむいた。
それをみて、ひなたが小さく笑みを浮かべた。
「たまには、いいかもね」
香代が、サッと顔を上げた。
「ひなたちゃんッ、大好きッ!」
香代が、急いでカメラやランチボックスを片づけ始める。
そんな彼女を見ながら、ひなたは笑みを浮かべた。
ひなたは上機嫌だった。
望の能力を暴くことはできなかったが、ある可能性を思いつくことができたからだ。
それ自体は、バカバカしい考えだったが、ひなただからこそ気づいた、ある能力だった。
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終章まで、毎日更新します。