第一章 ハイスピードフェアリー⑦
超能力を持つ、少年少女たちの青春ストーリー
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「風澤望ッ、待ちなさいッ!!」
「ごめん、それはちょっと」
望が、廊下をかけぬける。
その後を、ひなたが追う。
「廊下を走るのは、校則違反よッ!!」
「一条さんだって、走ってるじゃん」
「あなたが、逃げるからでしょッ!!」
一時限目の授業が終わった直後。ひなたは、望を教室から引きずりだした。
今朝、宣告した決闘のためだ。
相手の襟首をつかみ、引きずるようにして廊下を歩いていると、望が顔を真っ赤にしながら、苦しい、息ができないと訴えてきた。
さすがに悪いと思い、襟首を離した瞬間、望が隙をついて逃げ出した。
それから逃げる彼を、全力で追っている。ひなたが、高速移動を発動させていないのは、結波中央学園に『校内における超能力の使用は、三名以上の教員から許可を得なければいけない』という校則があるからだ。
生徒会執行部のひなたが、むやみに規則を破るわけにはいかない。
だが、人気のない場所となれば、話は別だ。
「『ゲット・レディ?』」
瞬時に、相手を追い越し、目の前に立ちはだかる。
「おわッ」
望が慌てて立ち止まった。
「もしかして、人気のないところに、誘い込んだつもり?」
彼女は、不適な笑みを浮かべた。
「それは、あたしにとっても、願ってもないことだわ」
望を追っている最中に、いつの間にか、クラス棟ではなく、特別教室棟に迷い込んでいた。
それも、高圧電流制御室や電波遮断室などのプレートが並ぶ、人気のない場所だ。
「それじゃあ、始めるわよ」
ひなたが身構える。
「い、一条さん。そうじゃないんだってッ」
慌てて、彼が訴えるが、無視して蹴りを放った。
「うわッ……ちょっと待って」
望が蹴りを避けた。
その蹴りが牽制だったから避けられたのだ。
二人とも、まだ能力を発動させていない。
「こ、降参。降参する。だから、やめよう?」
情けない声で、望が懇願してきた。
それをひなたは、即座に却下した。
「ダメよ。あたしが降参する、ならともかく。あなたが降参しても、あたしが納得しなかったら勝負は続行。今朝、そう言ったじゃない」
ゆっくりと、ひなたが望との距離を詰めていくと、彼も同じく、ゆっくりと後退していく。
しかし、どこまでも後退はできない。すぐに、廊下の突き当たりで、壁を背にすることになった。
「あら、追い込まれちゃったみたいね」
ひなたは小さく笑うと、拳を握り、胸の高さに持ってきた。戦闘態勢だ。
昨日と違い、今日は警棒を持参していない。素手で、やりあうつもりだった。
「でも勝負は勝負、手加減はしないわ……『ゲット・レディ?』」
ひなたが高速移動を発動させた。
一瞬にして、間合いを詰める。
望が口を開いた。
「『エクスク……』」
だが、セーフティースペルを言い終えることはなかった。
ひなたが腕を振り上げると、彼がなにかに反応する。
瞳を大きく見開き、次に彼女が振り下ろした拳を確認して……目をつむった。
今度は、ひなたが驚く番だ。
(どうして、目を閉じる? くッ)
瞬間的に殴るのをやめようとしたが、遅すぎた。
そこで、上体を逸らして、拳の軌道をずらす。なんとか、頬をかすめただけですんだ。
ひなたが、ハッとして後ろに振り返る。
すると、十数メートル先で、見慣れない女子生徒が、驚いた顔で二人を見つめていた。
(……まさか、彼女が見ていたから、能力を発動させなかった?)
「えっと、あの……どうして?」
ひなたが視線をもどすと、彼は突きつけられた拳を凝視していた。
望には、自分の顔に叩き込まれるはずだったそれが、そうならなかった理由がわからなかったのだろう。
(どうしてって、それはあたしの台詞よ)
どうして能力を使わなかったのか?
ひなたが怪訝な顔で、望を見つめる。
「「……」」
二人の間に、沈黙が訪れた。
それは短い間だったが、その沈黙が、急速にひなたの闘志を萎えさせた。
そして、計ったかのように二時限目の予鈴が鳴った。
「授業が始まっちゃうよ、一条さん」
「……とりあえず、決着は持ち越しね」
ひなたは拳を引っ込めて、彼に背を向けた。
「あなたも、早く教室に戻りなさいよ」
去り際にそう口にすると、振り返らず、急いで教室に向かった。
(あいつ……自分の能力を隠しているの?)
なにか、ふにおちない感じがした。
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終章まで、毎日更新の予定です。