第6話
※3月1日 クマムシの体長1.7cmから1.7mmに訂正しました。
『まず初めに~、僕の神社は界開神社というんだ。界は世界の界。開は開くの開ね?僕はそこの神様だったわけなんだけど~』
そう前置きして奴の話は始まった。
『実は君の近所の神社以外にも僕はあちこちの次元に居場所を持っていてね。パラレルワールドとか別世界とかー面倒くさいから詳しい説明はしないけど、まぁそんな感じの場所にあちこち。僕は1箇所にジッとしてられない性分だったから、いろんな世界を渡り歩いてたんだ。で、僕としてはただの世界の傍観者でいたつもりだったんだけど、気づいたらどこの世界でも絶対神だってばれちゃって崇められちゃってさ~。あちこちで引っ張りダコになっちゃった訳。君の世界の人間も僕の神社に界開神社って洒落た名前をつけてくれてるでしょ?そいつを初代の神主にしたんだけど、アイツは聡い男だったよなぁ。時空の旅人、狭間の守人、時と空間の大賢者、いろんな呼ばれ方をしたけれど”界を開く神が住まう社”なんてよく僕を現してるよね、うん』
球は満足そうに何度も頷く。
お前が聞け的なことを言ってた割には、よどみなく話すものだ。実はおしゃべりなのか。神の癖に。性格悪いし友達いないんだろうなぁ。
とりあえず、コイツが所謂異世界をフラフラしてるホームレスみたいなもんだってのはわかった。傍観者だなんだと言ってたけど絶対嘘だ。どうせ面白くしようとして引っ掻き回してるに違いない。こいつなら十中八九やる。それでも崇められてるってのが驚きだ。誰か気づけよ、こいつの本性に。
近所の神社の初代神主さんも余計なことをしてくれたもんだ。
放っておけばこいつはどっかに流れていったのに。
界開神社って名前の由来はわかったけどカイカイジンジャか~。
響きだけ聞けば某タレントがお尻を擦り付けてる姿しか浮かんでこない。
むずむず。なんか体痒くなってきた。
奴の発光が刺々しく派手になった気もするが無視する。
『で、それが私となんの関係があるのよ?』
『君、僕に思考駄々漏れなんだけどわかってる?君もホント良い性格してるよね』
『嫌味はいいから続き』
『あー、調子良いんだからもう。全く人間はせっかちな生き物だね。まぁ、いい。そんな訳であちこちの世界を行き来して神として世界を見守らなきゃならない僕の多忙さはわかっただろ?僕が君の世界に行ったのは実は2百年ぶりだったんだ。ビックリしたよ。気づいたら辺りの様子もまるで違うし、あんなに清涼で神々しかった僕の神社があのような有様になってるなんて・・・』
球の癖に涙をぬぐうフリをするのが癇に障る。
絶対本気で落ち込んでなんかいない。
神社の1つや2つ、むしろどうでもいいんじゃないのか?
何軒も他の住処があるようだし。
『君ってばなんだってそう興味深いのさ。僕に対してそんな態度とるのは君ぐらいだよ?』
『アンタこの状況見て同じセリフ言える訳?私に敬われるようなこと何かした?』
『さ~~~~て、ここからが重要』
ゴホン。奴は簀巻き状態で転がってる私をチロリと見ると、咳払いして誤魔化しやがった。
『久しぶりに神社に来てみれば、社は廃屋同然。訪れるものもいない。少々不在が長かったからね?お願いとかも叶えてあげなかったし仕方ないんだけど。とにかく僕は呆然としてたんだ。だけどね?我が身を嘆いてこれからどうしようと思っていたときに僕は運命的な出会いをした。君だよ、香坂茉莉。君が来たんだ。なかなか衝撃的な出会いだったね?』
笑いをこらえた顔で私の頬を撫でてくる。何やら玩具を見つけたようなキラキラした視線も感じる。
一方私は呆然としていた。そこで、私っ?!
『来る前に居た世界が紳士淑女の世界だったんだよね。いやー新鮮な驚きってあのことだよ。君のあるがまま振舞う自然な姿に僕が異常なほど惹きつけられたのも無理はないだろ?今でも脳裏に浮かぶ君のツーステップ。血走った瞳がヒタと僕をとらえた瞬間僕の胸は高鳴ったよ。恋かと思った。賽銭箱を鬼気迫る勢いで揺らしていた姿も情緒があって捨てがたい。振り乱した黒い髪がリズミカルに空を鋭く切ってたね。そして動くたびに君から香るすえた匂い。たまらないほど扇情的だった。肌に直に触れればどれだけ匂い立つかと僕は時も忘れてウットリしたんだ。あと』
『もう結構です』
キッパリ。
これ以上聞きたくない。
あああ!もう本気で自分を殴りたい!シバキ倒したい!
あの時の人様にはとても見せられない恥ずべき姿がこの変態の目に留まっただなんて人生はなんて皮肉屋なんだ。
引きつり笑いで相手に話の先を促す。
『そう?君の魅力はまだまだあるのに残念だな』と本気で残念そうな声を出された。
・・・なんか神社を荒らした恨みも込められてる気がする。
こいつはドSで腹黒で変態だ。
『私が醜態を見せたことは謝ります、ごめんなさい。でも、だからってどうして私は今こんなことになってるのよ?』
いつまでもその謎が解けない。
その問いに奴はキョトンとしている。
『そりゃ願ったからに決まってるでしょ?』
『願った???』
『そうだよ。貢物ももらっちゃったしね?宝玉とかさ。何より君面白くて気に入っちゃったし!よし、この子の願いは絶対叶えてやろう!って久しぶりだし張り切っちゃった、アハ♪』
アハ♪じゃねえ。アハじゃねぇよ!!
『私が願ったのは啓介への天罰でしょうが?!アンタ神のくせに間違えたんじゃないでしょうね?!!』
覚えのない願いで感違いされたまま爬虫類にされてたまるか!!
宝玉ってのは、賽銭箱に入れたピアスとか指輪のことなんだろうけど。
入れなきゃ良かった・・・さっさと燃えるゴミに出しときゃ良かったんだよ・・・。
重ね重ね、一つ一つが悔やまれる。
だけど。
『間違えてないよ??』
『誰が爬虫類にしてくれとか、異世界に行きたいとか望んだってのよ!少なくとも私は望んでない!』
激昂する私を静かに見つめる腐れ神。
だがその視線に今までなかった慈愛を感じた瞬間、私は死ぬほど驚いた。
それは今までの態度が全て嘘だったような劇的な変化だった。
発光体から溢れるものをなんと表現したらいいんだろう?
暖かで力強く神聖な空気がフワリと私を包み込む。
『神気』と呼ばれるものが私1人に注がれた。
こいつなんだかんだ言ってホントに神様なんだ・・・。
ストンと事実が心に落ちてきた。何かやられた。もう否定できない。
『君が望んだんだ。香坂茉莉。我の”神子”よ。そなたの望みを我は叶えよう』
注がれた神気が私の体から溢れる。溢れてしまう。
人の器は小さくて。こんなに大きな竜になったって私の器は小さいままで。
厳かな口調はさっきまでとは全く違う。
彼はツイと腕?を伸ばすと私の額の真ん中を指した。
私の中から溢れていた神気が額に向かって集まってくる。
『我の名を呼べ、香坂茉莉』
へ?
なんか急に名づけを強要される。
そんな急に言われたって、ねぇ?
腕を伸ばしたままジッと待ってる奴の姿にプレッシャーで冷や汗が出た。
えーと、デカイ発光体でしょ?
困った思い浮かばない。どうしよう?
『・・・タマ』
なんとなく光る球だしーって考えてたら声に出てた。
うわっ、ものっそ嫌ーな顔されたよ。
頬がピクピクして青筋浮いたイメージが。
本気だ本気で怒ってるぞ。
『・・・契約は為された。そなたは我の”神子”。ゆめゆめ忘れることなかれ』
最後の一滴が額に集まると、彼は私にヒクヒクと笑いかけた。
絶対零度のブリザードが吹き荒れている。
私はさりげなく目を逸らした。
なんだったんだ今のは。
竜の体を見下ろしてみても特別変わった感じはしない。
それよりチクチクする空気が痛いではないか。
『・・・神の我にこんな恥ずかしい名前をつけたのはお前が最初で最後だ』
誤解だ。不可抗力だ!
冷や汗をダラダラかきながら奴のグチグチ言う声に耐える。
やがて神改めタマの深いため息が聞こえた。
『もういい。どうせ呼ぶのはお前だけだし』
タマを包む神気は光に飲み込まれるように薄くなり、諦め切った笑みを私に見せた。
あ。どうでもいいけど呼び方が君からお前になったぞ?
もともとアンタ俺様っぽいもんね。普段から猫かぶってるんだろうけど私の目は誤魔化されない。
そんな私を無視してタマは背中を向けた。
『さて、やることやったし。僕ちょっと疲れたな~。そろそろ帰るよ』
ヘラヘラ手を振る奴に私は慌てた。
コイツ今自己完結しやがったな?!
まだ何にも聞いてないでしょうが!!
『あれ??だからー、願ったでしょ?強くなりたいって??』
強く?あーそういえばそんなことも思ってたような。
『思い出した?あの願いが君の中で純粋に強かったんだ』
うんうん頷いてるが、おい。
考えたくないんだけど・・・それで竜にしたとか言わないだろうな?????
いや待て、仮にも神がそんな・・・・・
『僕の知ってる中ではお前の今の姿。んーと種族で言えば妖精竜で光属性さっき契約したから神竜でもあるか。まぁ、とにかくカッコ良く強いのにしてみた訳だよ。気に入ってくれた?』
ワクワクしてるのがこっちにまで伝わる。
奴は本気だ、本気でこの姿を私が喜ぶと思ったらしい。
ああ、やはり殺しとくべきだった。
あの時神社のご神体が見えた。
鏡っぽい丸いの。
あれ叩き割っとくべきだったんだ。
途端奴は慌てだした。
『え?ええっ?!もしかして気に入らない??参ったな~一応さ?お前の世界、地球で最強な生物も調べてみたんだよ?茉莉はクマムシの方が良かった??』
そうかそうか、お前は比喩表現やら人の機微ってもんが読めない神な訳だ。
肉体的な強さを私が求めてると?
前後の文脈から読み取ることもできないのか己は?
私の静かな怒りに慌てるタマ。『えぇっ?!』としかさっきから言わない。●スオさんか!この能無し役立たずのド腐れ神!
それにクマムシ??地球上でって言ったらライオンとかホオジロザメとかそっち系じゃないの?
そんな肉食動物にされても非常に困るけどさ。
『あ!茉莉は知らない?クマムシってすごいんだよ~?宇宙空間でも10日間は生きれるし、絶対零度も高線量の放射線にも耐えるんだ!博物館の標本に水をかけたら120年後に蘇生したんだって!すごくない?!君はそっちのが良かった??でも体長が大きくても1.7mmだし君も苔だけ食べるのつまらないかなって思って。それで竜にしたんだけどさ~。君の世界にはいないじゃない?だから竜でも存分に生きられるこっちの世界に渡らせたんだよ~??それとも今からでもクマムシになって君の世界に戻るかい??』
クマムシを熱く語る神などコイツだけだろう。
おまけにさも私のために竜にしたんだよ?って可愛い子ぶってる態度がめちゃくちゃ腹が立つ。
とりあえずどんなムシか脳裏で映像を確認させてもらうが・・・私は脳裏の映像をクシャクシャに丸めて頭から捨てた。
8本足のコクーンになりたい女がどこにいる!!!
天然?天然なの?アンタ!!!
ブルブル身を震わせて極限の怒りに堪える。
返せ!
私の平穏な日々を!
戻せ!
私の人間としての麗しいボディを!!
『ヤダ、面白くない』
そこだけはハッキリキッパリ明言するタマ。
お前はホントに神なのか?!人苦しめてそれでいいのか?!
『茉莉はただの人じゃなく僕の神子だもーん。僕は僕のしたいようにする。君の願いは絶対叶える。君がなんと言おうともね!君だって僕に恥ずかしい名前付けたんだしお相子でしょ?』
唯我独尊わが道を行くタマ。
かなりタマと名づけたことを根にもたれているらしい。
私は泣き落としにかかる。
向こうの世界には私が生きてきた全てがある。
親と親友もいる。後はまだ見ぬ恋人、伴侶が。
『ん~~~~~~』
何やら考えるタマだが、やっぱり駄目だという。
強くなるという願いを叶えるまでタマにもどうにも出来ないらしい。
竜になった時点で願いかなったんじゃないの?というと、ちょっと詰まった後『内面も』なんて言う。
絶対嘘だ。
内面の強さって機微がわかるなら、そもそも私は竜になどされてない。
ばれちゃったって舌出しても許さん。
『とにかく君にはココで修行してもらう。仕方ないからこれでも読んで勉強して。サービスだよ?』
恩着せがましく渡された本には「楽しいドラゴンライフ 著:タマ」と書いてある。
お前が書いたのかよ!!!と絶叫したら拘束が解けた。
辺りにすでにタマの気配はない。
逃げやがったな、あのドチクショーがーー!!
怒り狂い暴れまくった私は湖の周りの木々をかなり伐採&炭化させてしまった。
環境にやさしくなくてホントすみません。
涙がちょちょぎれる。
そうしてうつろな目で私は決意したのだ。
もう2度と酒なんぞ飲まない!
8回目くらいの禁酒宣言だった。
クマムシを知ったときには私も興奮しました。だってすごくね?
映像で見ちゃうとウアアなんですが。ほんとに熊っぽいんですよ?なんか色々間違ってる熊ですけど。いつか本物を顕微鏡で見てみたい。