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第10話


 その夜、私を待ち受けていたのは極寒の"むしろ"だった。


「お帰りなさいませ。とても心配したのですよ?」


 優しく声をかけてくれたのはオーガスタだけ。

 ナーダは私を一瞥するなり「…あー、馬鹿らし」と部屋へ入ってしまうし、他の人達も居づらそうにしている。

 ローブがあってよかった。俯きながらギクシャク歩く私は心底思った。覚悟はしていたが……あうう。ついつい隣を歩くコーディアラスの右手に縋る。


「……主殿。吾が傍にいる」


 耳元で告げられた言葉に弱弱しく頷き返す。万一の時は……骨は、骨だけは拾って欲しい。頼むよ、コーディ!

 振り向くことなく前を歩くフォルクマール。彼の僧帽筋がピクリと動き、漂う威圧感が増した。言い訳を考えるのにいっぱいいっぱいの私は、只管下を向いて足を動かしていたので気づかなかったけれど。


 刺さる視線に耐えながら、連れて来られたのは2階の一番広いフォルクマールの部屋だ。

そこには笑顔のセウと苦虫をまとめて噛み潰したような顔のシークエンタが既にテーブルを囲んで私を待ち構えていた。

 挨拶もそこそこに、ドカッと先にフォルクマールが空いている椅子に腰掛けた。普段より荒れた動作は彼らしくない。疲れたように両手で顔を覆う姿に罪悪感が募る。

 彼の後ろを歩いていた私は、部屋の入り口で立ち止まったままどうしていいかわからなくなった。誰かに助けを求めたくても怖すぎて視線を向けられない。

 カタンと椅子が揺れる。

 立ち上がったのはシークエンタだった。


「……マツリ様、ご無事で重畳」

「し、しし、シークエンタ、ご、ごめんねっ?!あの、ローブも勝手に借りちゃって、その……」

「そんな事はどうでもいいのです。私の飲み物に薬を入れたのですね?使われたのは”夢魔の雫ソンホリューム”か?――おかげで良い夢を見させてもらいました」


 シークエンタは青光りする瞳を眇めながら感情を抑えた声で続ける。


「フォルクマール様からも言われていたはずです。単独行動は危険だと。貴方の存在は決して軽いものではない。今日ご無事だったのは運が良かったに過ぎない。……残念です。あれだけお話したのに貴方がこのような強引な手段を取られるとは……」

「ほ、本当にごめんなさい!反省してます!で、でもっ」

「わかっております。行動しなければならない重大な理由があったのでございましょう?――まさか街で買い食いをしたいなどと言う愚かな理由ではないでしょうし」

「も、勿論だよ!ちゃんとした理由が、ねぇ?そんなまさか買い食いなんて、あ、あはは……は、は」

「本当ですか?窓から指をくわえて見ていたマンドゥの店になど行かれてませんか?」

「あ、う、あう……」

「まさかマツリ様は行かれてませんよね?私に”夢魔の雫”を使ったくらいだ。よりによって”アレ”を。もしや私に恨みでも?自分の至らなさは知っておりますが、何かご不満があるのでしたらおっしゃっていただければ善処いたしますのに……。…………お恨みしますぞ」

「!!も、もしかして副作用でもあったの?!オリちゃんがこれが一番強力で”気持ちよく”眠れる薬だって……」

「あの女の差し金か!!ここへ今すぐ呼んでいただこう!!」


 部屋中に怒号が響いた。天井から埃が落ちてくる勢いだ。

 地獄の赤鬼より今のシークエンタの方が恐ろしいに違いない。私は膝が笑うのを根性で止めるのが精一杯だった。


「まぁまぁシークエンタ、そう怒鳴らずに。可哀想に、こんなに脅えていらっしゃいます。まずはお話を伺いましょう?マツリ様、こちらへどうぞ。外は寒かったでしょう?紅茶べにちゃはいかがですか?」


 ああ、セウ!!あんた天使だよ!!後光が見えるよ!!

 セウは私をテーブルまで案内してくれると、椅子まで引いてくれた。恐る恐る彼の顔を上げると、私を見下ろす優しい顔は普段の顔となんら変わりがない。

 ちょっとだけ安心して私もぎこちなく微笑み返すと、サササとローブを脱いで席に座った。隣の椅子には当然のようにコーディアラスが座る。

 脱いだローブまで預かってくれるセウは紳士だ。こんな時でも動作の端々に余裕っぷりが現れている。まさしくTHE大人の男ってヤツだ。

 シークエンタは36歳でセウよりずっとずっと大人な筈。四捨五入すれば40。不惑の年代だ。なのにこの違いは何だろう。

 チロリ。

 シークエンタを窺うと、人間の眦はこんなに吊り上がるんだと感心するほど鋭く睨みつけられ、私はそのまま流れるように目を逸らした(見なきゃ良かった)。

 だから結婚できないんだとか、思ってなんかないったらない。

 

「どうぞ、マツリ様」


 セウが全員に紅茶を運んでくる。一番に渡してくれたのは私だ。やっぱり優しいな~既婚者でなければ惚れているな~。

 温かい紅茶のカップを両手でくるむと、じんわりと心まで温もりが届くようだ。ふわっと緊張がとけた。

 焼き菓子もいかがですか?と耳に絡む低音美声が心地良く、至れり尽くせりなセウに私はさっきより自然な笑顔でお断りした。

 さすがに昼間食べ過ぎたからか、固形物は胃が受け付けそうにない。だが水分ならいけるだろう。緊張して喉渇いちゃったし――。


「…………さて。……それでそちらの方は何方ですか?マツリ様と懇意なご様子ですが――何者だ?何故マツリ様に近づいた?」


 ブハッ!!

 私は思い切り油断していた。

 白いテーブルクロスに出来た茶色のシミにシークエンタとコーディアラスが嫌な顔をするが、それどころではない。

 「おやおや、大丈夫ですか?」と微笑むセウの視線は横のコーディアラスに向けられており、その一挙一動を見張っている。なんだろう。激しくデジャブなのですがっ!


「……主殿、大丈夫か?」


 咽る私の背を心配そうにコーディアラスが擦ってくれた。もっとドライな性格だろうと思っていたのに意外と彼は甲斐甲斐しい。

ありがたいのだがしかし。結果セウ達の事は 完 全 無 視 だ。ますます重くなった空気をこれ以上どうしろと……。


「マツリ様、こちらをお使い下さいね?ああ、汚れものはお気になさらずに。…それは後で片付けますから」


 渡された白いナプキンを震える手で受け取れば「欲しい物があれば言って下さい。…長くなるかもしれませんし?」などと優しく言う。

 私は必死に首をプルプル振った。セウの言葉を要約すれば、”目の前で何イチャついてんだコラ、とっととゲロしろ、話すまで寝かせねぇぞ”だ。

 そうだった。セウは父様属性だった――。

 膝の上の生地を揉みこむ様に握り締め、私は出来たばかりのシミだけを見つめる。

 な、何とかこの窮地を穏便に切り抜けたいっ。コーディアラスの件は百歩譲って彼らが許してくれるとしても、街での事は…………!


「……答えづらいですか?では質問を変えましょう。マツリ様、どうして宿を抜け出そうと思ったんですか?」


 上っ面で微笑むセウに、私は上手い言い訳が思い浮かばないまま口を開いた。


「え、え~~っとですね、オリちゃんが、ね?彼のこと知らせてくれて……」

「大地の精霊が、ですか?」

「うん。この先マツリを支えるには彼みたいな存在が必要だって。絶対だって」

「……」

「それで、その。昨日ようやく彼の居場所がわかったの。オリちゃんが私のためにずっと探してくれてたんだよ?話を聞いて私も何か彼には縁みたいなのを感じたものだから、すごく会ってみたくて……。忙しくしてる皆に内緒で行くのは悪いと思ったんだけど、今日を逃したらもうゆっくり会うなんて出来ないかもしれないし、だから……」

「…………」

「……っ」

「心配かけてごめんね?でも私、どうしても彼と……」


 呆然としたセウと、息を飲むシークエンタ。フォルクマールは私をジッと見つめたまま動かない。

 コーディアラスもまた無言で3人を見つめていた。彼も久方ぶりに多数の人間と出会ったのに、それが”取調べ”でこの雰囲気とあっては思うところがあるだろう。

 しばらく続いた沈黙は困惑した美声によって破られた。


「……マツリ様。恋愛は自由ですし、うるさい事は言いたくありません。ですが今回は……。――この度のやり様は承服いたしかねます」


 複雑な顔をしたセウから、突然”恋愛”という単語が出てきて私はキョトンとする。と、そこでコーディアラスが現在進行形で人に化けている事をようやく思い出した。


「え?あっ!ち、違うのっ!!コーディは…「コーディ?」」


 久しく聞いていなかった声は、穏やかならぬ雰囲気を纏っていた。

 ギョッとして見つめた先には……フォル、ですよね?見間違いじゃないですよね?閻魔大王じゃないですよね?

 足を組み頬杖を付いた姿なのは良いとして、上から目線でビシバシプレッシャーかけるのは泣き喚きたくなるので止めてください。


「い、いえ。あのですね?実はこちらのコーディアラスさんは私の…「マツリの?」」


 隊長うぅ!わたくしのお尻の下、座面が氷河の如き冷たさです。永久凍土です!近い未来は痔主でござるうぅ!

 涙目でコーディアラスに助けを求めるが、彼は優雅な仕草で出された紅茶を啜っている。

 くっ!

 苛立った私はばれない様にテーブルの下で彼のズボンを引っ張った。

そこで初めて私の必死な視線にコーディアラスは気づいたらしい。彼は首を傾げて何やら考えていたが、徐に私の飲みかけの紅茶を皿から取り上げるとゴクリと飲み干した。しかも何気なく私の飲み口から飲み、それを拭った白い指先を真っ赤な舌がペロリと舐める。


「……甘い、の」


 その蕩ける笑顔はどんな嫌がらせだっ。

 3方向からの視線が3倍増しで私に突き刺さった。後ろから撃たれるとはこの事か。


「な、なにしゅるのよ?!」


 思わず立ち上がって怒鳴った私だが、


「……もう飲めなかったのであろ?満ぷ…く…「みなまで言うなっ!!」」


 ――聞き終わる前に首を傾げたコーディアラスの口を手で塞ぐ。

 ここで食い倒れまでばれたら死ぬ。絶対死ぬ。

 所謂いわゆる引きこもりだったコーディには、やはりというか空気を読むスキルは無かった。援護を期待したのが馬鹿だった。


「この男に会うために抜け出したというのか?」

「そ、そうであります!(一応メインは!)」

「黙って行ったのは?」

「……言えば反対されると思ったから。用事後回しで誰かついてくるとも思ったし」

「……」

「嘘じゃないよ?!オリちゃんも一緒だったし、私「もういい」」


 静かな声に遮られ私は口をつぐんだ。

 ビックリした。表情のないフォルクマールに。怒りもせず、笑いもせず、何を考えているのか全くわからない。

 こんな顔も出来るのかとフリーズした私を見て、彼は皮肉げに口の端を上げた。


「それが全てではあるまい」

「……え?」

「ギルドで橙石を換金して服を買ったり剣を振り回したり騎獣に触れたりゴロツキともめたり。食べ歩いた屋台の数は16店舗だったか?」

「!!」



 全部バレテーラ?!!!!!


  

 エスパー?フォルクマール、エスパーなの?!

 その情報の正確さに(特に乙女の食事情は知られたくなかったのに!)ぐうの音が出ない。アワアワしている私に、更なる追い討ちは続く。


「お前が路地裏から無詠唱で転移したことが噂になっている。噂の発端となった男達にはこれ以上噂を広めないよう口止めしたが、人の口に戸は建てられまい。

余計な事にならないうち、明日にでもこの街を出るぞ」


 血の気が一気に引いた。

 シークエンタがその言葉を聞いてすぐ部屋を出て行く。階下はしばらくして慌しくなり始めたが、フォルの部屋に残った4人は無言だ。沈黙が痛い。

 ゴクリ。

 私は無意識に唾を飲み込んだ。どうしよう。謝るタイミングを逃してしまった。

 ここは土下座か?土下座の出番か?異世界人に通用するか疑問だけどむしろ、五体投地くらいの勢いで……頭の病気だと思われるだろうか?でもでもっ、誠意があれば通じるはず!侍魂ここにあり!やるのよ私っ!さぁ、勇気を出して今――――!


「言い訳はないのか?」


 冷めたフォルクマールの声にハッとさせられた。脳内妄想はその途端萎む。

 素直になれないのは私の悪癖。そんな自分に活を入れる。人間シンプルが一番だ。


「フォル。勝手な事してごめんなさい。結局皆に迷惑ばかりかけて悪――」

「謝罪は全部説明してからにしろ。宿を抜け出した理由はわかった。街を出たときこの男は居なかった、そうだな?街を出て会いに行ったのか?この男の素性は?事情を知っているのか?何が出来る?腕は立つのか?」

「あの、だからコーディは――」

「お前はこれから向かう先を――自分の立つ位置を本当に理解しているのか?」


 重い言葉が返ってきた。恋愛感情だけで人を巻き込むな、惚れた腫れたで済む話かとフォルクマールは言う。

 ……誤解なのに。勝手な行動で悪かったのは自分だが説明しろと言いながら話を悉く遮られ、私は少しカチンときた。

 どうやらフォルクマールはコーディアラスを私の想い人だと思っているらしい。私、この状況で出会ったばかりの男にがっついたりしないんだけど。唇が自然と突き出る。 

 彼は如何せん頭の回転が速い。王子や将軍職を務める人間に必要なスキルなのかもしれないが、すぐに答え(結論)を自分で出してしまう。それはプラスでありマイナスだ。上手く転べばいいけど答えが間違っていたら大変な事になるでしょう?そういや私達の出会いってまさにそれだったと少しだけ懐かしい気持ちになる。あの頃は人に戻れるなんて思わなかったけどね。

 思考に浸る私は当然ながら彼の気に触り、フォルクマールは冷たい目を向けてきた。「マ ツ リ」と物凄い低い声で名を呼ばれる。いかんいかん。


「説明しようとしてるのに聞かないのそっちじゃん」

「ほう……。では聞いてやろう。話せ」


 ムカ。可愛くない。実に可愛くないぞ、フォルクマール!


「ねぇ、フォル?確かに街を楽しんだのも街から離れたのも事実なんだけど……」

「お前は――危機感がないのか?くだらない理由で勝手な真似を「だから、コーディアラスはフォル達が思っているような人じゃないの!もう!」」


 反対に話を遮ってやった。私がそういう態度に出るとは思わなかったんだろう。呆けた表情をしたフォルクマールを見て少し溜飲が下がる。


「黙って街へ出たのは私が全面的に悪い。謝るわ。ごめんなさい。

でもコーディの事は誤解っ!あ”あ”、もう!とりあえず見た方が早い。コーディ、戻って・・・?」

「……是。……もう少し楽しめるかと思うたが」


 どこか残念そうなコーディアラスに首を捻る。後半のセリフは……気のせいだよね?

 コーディアラスは立ち上がると私の後ろへ立ち、フッと消えた。次に現れるのは、ビルマ衣装の彼なはず。 


「――――という訳で、水精霊のコーディアラスです!」

『……』

「……」

「……」

「じゃじゃーーーーん!」


 ヤケクソ気味にコーディに向かって両手をヒラヒラさせる。

 見事に固まる男2人と、手を当てて欠伸している精霊1人。お願い。誰か声出そう?


「せ、いれい?」

「うん、そうだよ?オリちゃんがずっと力のある水精霊を探してくれてたの。で、彼のいる場所まで出かけた訳です。……そのついでに街へ寄ったというか。ごめん、羽目外して不謹慎だった。絶対一人で行くの反対されると思ったし、だからと言って何が起こるかわからないのに、忙しくしてる皆の手を借りるのは悪かったし。でも、フォル達にちゃんと言ってから出かけるべきでした。ごめんなさい」


 私は深く頭を下げた。たっぷり時間をとって頭を戻しても、まだフォルクマールとセウは私達を呆然と見ている。

 仕方ないのでコーディアラスに話を振った。


「……ねぇコーディアラス、挨拶ぐらいしようよ……」

『……吾は人は好かぬ』

「これから私と一緒にお世話になる人たちだよ?」

『……』

「あ・い・さ・つ、お願いしまっす!」

『…………否』

「……」

『……』

「……なんでよ!!」


 ぎゃいぎゃい言ってる私達(否。私だけ)に、毒気を抜かれたようなフォルクマールとセウ。

 そこに飛び込んでくるシークエンタ他一同様。

 

「フォルクマール様!魔力が…!ご無事…な!精霊?!」


 カオスだ。

 広いとはいえ室内に体格の良い男がみっちり10人(残り2人は馬車の手配へ行ったらしい)+女1人+水精霊(♂)。

 でも手間は省けた。


「あ、皆も良いところに。水精霊のコーディアラスです!本日契約してきました!」


 とりあえず、じゃーん!とコーディアラスを私の前面に押し出してみた。視線がうるさいから。

 不機嫌なコーディアラスは、もう話さないと唇を引き結んだからとりあえず笑っとけと言ってみる。

 渋々口の端を持ち上げたコーディを皆凝視するだけだ。

 ジッと顔を見合わせ動かなくなった男達と優しい顔立ちの精霊に、ちょっとだけ不安になる。


  

「……一応言っとくけど、コーディ男だからね?」



 見りゃわかる!と息を吹き返したのはナーダだけだった。



 ********** 



「フォル~~」

「……」

「フォル~~、フォル~~」

「……」

「フォルフォルフォル~~、フォルフォル~~」

「うるさい」

「……」


 私がそっと服の裾を握り締めている相手は、いまだお怒りモードが解除されないフォルクマールだ。

 心配をかけ振り回した事を謝り倒し、皆は苦笑しながら許してくれた。

 しかし、フォルクマール(と微妙にシークエンタ)はあの後も、出発した今日も、すこぶる機嫌が悪い。


「……まだ怒ってるの?」

「怒ってなどいない」

「じゃ、どうして返事してくれないの?」

「考え事をしている。話しかけないでくれ」


 ひゅ~~~、どかーーーん。

 3回目のアプローチも玉・砕。玄関払いだ。

 険しい横顔のフォルクマールを横目で窺いながら、私は目を伏せた。

 ゴトゴトと2頭の馬(ドンピシャで馬です!……脇腹に妙な盛り上がりがあるんだけど)が引く小さな馬車の中には左に私、右にフォルクマール。2人しか居ない。他の皆は外だ。鹿のような角のある騎獣に乗って馬車の護衛をしている。出来れば私もそっちに乗せて欲しかったと思う。


「ふぅ」


 揺れる馬車の乗り心地は最悪だ。ふかふかのクッションが敷いてあるのだが、馬車が跳ねるたびクッションも私も跳ねる。

 その度無言でフォルクマールが引き寄せてくれるのだが、礼を言う私の目を彼は見ようとしない。

 そうしてまた、気まずい沈黙が落ちるのだ。

 ああー、自業自得なんだけどこの空気は嫌だなぁ……。

 そっと窓から外を見る。王都へ続く街道とはいえここは深い森の中。木ばかりの景色はすぐに飽きる。落葉した木が多いのも寂しい。


「どうかなさいましたか?」

「ちょっと外が見たかったの。大丈夫。ありがとう」


 居た堪れないのと暇なだけ。そう言いたい言葉を飲み込んで私は笑う。 

 こうして外を覗くたび何かあったかと兵士さん達が寄って来てくれるのが申し訳ない。

 私は元の位置に顔を戻した。

 モゾモゾと痛くなってきたお尻の位置をずらす。と。

 コツン。


「あ」


 指が触れたのは旅用にとオーガスタが用意してくれた簡素なワンピースの膨らんだポケット。

 

「フォル」


 私は懲りずに名を呼ぶと、強引に彼の左手を引き寄せた。


「マツリ、話しかけるなと…」

「はい。コレ」


 彼の手の平を開かせてコロンコロンとソレを乗せる。

 フォルクマールは驚いたように片方のソレを目の高さまで摘み上げた。


「カフス?」


 街の露店で見つけたものだ。安くてもオシャレな物ばかり揃ったお店で全て一点物だとか。一目ぼれして即買ってしまった。


「うん……。安物で気に入らないかもしれないんだけど……」


 アンティーク調の白銀の丸いカフス。星のような模様が入っており、その真ん中にガラスが埋め込まれていた。柔らかな紺色のガラスの中には小さく輝く金色が一滴。

 あの日あの夜見たのと同じだと思った。


「そのガラス、フォルのみたいな色でしょ?白銀はディアヌや皆の色だし!白銀に守られてるフォル、みたいな?反対に白銀の色を引き立てるフォル、みたいな?

何かイイ!!って思って…」


 フォルクマールはジッとカフスを眺め答えない。


「……やっぱり、気に入らない?そ、うだよね?オモチャみたいだしね!フォル、目が肥えてるってわかってたんだけど……」

「……この金色は?」

「ええっ?!う、あの恐れながら私、デス。その中に入れてもらえたらなー、って……その。えっと……オキニナサラズニ」


 私は急激に赤くなる顔を外へ向けた。

 ぐああ、失敗した!浮かれすぎてとんでもないものを買ってしまった!ハズイ!これはハズイ!乙女回路に支配されていた過去の自分を全力で悔やむ。

 フォルクマールはやはり何も言わない。

 柄じゃないことするんじゃなかったと小さくなった私の背後で衣擦れの音がした。 

 そしてコロンコロンと私の膝の上に降ってくる2つの塊。


「やる。後で好きなように加工しろ」

「ちょ、」


 ラフだが仕立ての良い白シャツ姿のフォルクマールは、既に私の買ったカフスを付けていた。

 今まで付けていた緑の宝石が付いた高価そうなカフスは私の手の中にある。


「待ってよ!これすっごく高いんじゃないの?!そんなの貰えない!」

「ん?気にするな。もともと母の物で俺の物ではない」

「それ、形見って言うんじゃないのぉ?!むしろ気になるんですがっ!」

「形見には別な物を持っている。マツリ、大丈夫だから。俺にも何か贈らせてくれ」


 俺からの贈り物は嫌か?そう言われればグッと黙るしかない。

 礼を言う私に彼は満足そうに喉を鳴らした。

 本当に貰っていいのかなぁと思いつつ、嬉しいのは確かで。カフスを眺めるフォルクマールの瞳も嬉しそうで。お互い嬉しいなら、値段の違いなんて気にしなくていいのか、な?


「あ!じゃあさ?ちょっと手こっちに出して?」

「ん?――おい、マツリっ」


 フォルクマールの手首を掠めるように素早く左のカフスに口付ける。

 ちょっとだけ神気を込めた特別なキス。

 フォルクマールが妙に焦った顔をしていたのが面白くて私は噴出した。


「あは!フォル、変な顔~~!」

「ば、馬鹿かお前は!いきなり何をするっ!」


 ケラケラ笑ってたら怒られた。ひどい。

 ともあれカフスには上手く神気が込められたようで清浄な気配がする。

 今回の事、ホントに反省してるんだ。だからお詫びというかなんちゅーか。


「それね?GPS」

「じーぴーえしゅ?」


 男らしい声の何とも可愛らしい発音にクラリと萌えながら、私は説明を続ける。


「んと、居場所探知機みたいなもの、かなぁ。それに魔力を注げば私の神気に反応して私が居る方に動くの。もし私が行方をくらませても、それがあればフォルは追って来れるでしょ?いっぱい心配かけちゃったから、さ?罪滅ぼしというか……」

「猫の鈴みたいなものか?……本当だ……」


 右手をカフスに翳したフォルクマールは、ボタンがグイーンと左へ向かって引っ張られる光景に驚いた声をあげた。

 猫の鈴……。猫がいるのも驚きだけど、改めて考えると今後のプライベート上、早まった気がしないでもない。

 ……………………。


「あーーーー、フォルさんや。やっぱ返してもらっても……」

「却下だな」

「いや、よく考えたらお忍びだけじゃなく普段の行動丸わかりにならない?乙女のプライバシーがっ!」

「諦めろ」


 ニヤリと心底楽しそうな笑みを浮かべたフォルクマール。

 やっぱ、失敗かも――。


「心配するな。滅多に使う事はない。そうだろう?」

「へ?」

「そうだな?」

「う!お、おっしゃる通りで……」

「なら問題はない」


 そう言って笑い出した彼に私はそれ以上言う事が出来なかった。


 うん、これもう完全に失敗だったねっ!


 自分で自分の首を絞めた感はあるのだが、フォルクマールはそれからというもの上機嫌だ。

世のお嬢さん達が「はあぁ~~ん」と身悶えしそうな特上の笑顔を私に見せてくれる。その顔を見てたら、断固返せと言うのも無粋な気がした。

 ま、いいか。フォルクマールは無遠慮に女人の行動を監視するような人じゃないし。

 

「マツリ?」

「ん。何でもな~い。ね?王都って何が美味しいの?!」

「……お前は頭から足の先まで食欲で出来ているのか?」

「失敬な!」

 


 だってフォルクマールの顔が悪いんだよ。


 そう思ってトクントクンと刻む心臓を宥めていたのは私だけの、秘密。


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