第2章:コンラドゥス帝国 <プロローグ>
揺蕩う水。静寂の水。
万物の種を内包せし始原の泉に彼の方は降臨されたまう。
彼の方は静かに天より降り、静かに右の御足を水面へと伸ばす。
水よ水。始めの水よ。
我に触れるる数多の水よ。
懐かしくも新しいその響き。
彼の方の細い歌声に合わせ翻る衣。
女神の御手は弧を描き、御足は水をゆるりと蹴る。
始原の水を従えて彼の方は踊りたまう。
あどけない稚児のように。
雄雄しい男のように。
妖艶な女のように。
無心に踊る彼の方は泉に世界を描き出す。
胸元で煌く首飾りは陽に。
2つの指輪と足飾りは月と星に。
荒々しく律動を刻む右の御足から父なる大地が。
柔らかく旋律をたどる左の御足から母なる水が。
空を裂いた右の御手には炎が生まれ、円を描いた左の御手には風が生まれた。
いつしか歌声は世界に朗々と気高く響きわたる。
彼の方の落とした汗は海へと変わり、彼の方の跳ね上げた水や足跡が大地を彩る。
歌の終わりで舞い終えた彼の方は微笑みたまう。
音にならないそれは言祝ぎ。
慈愛に満ちたそれは戒め。
踊り疲れた彼の方は微睡む。
両の腕で世界を抱きながら。
彼の方の芳しい寝息から命が、幸福な夢から箱庭が生まれ世界に降った。