第14話
頭が重い。ひどく悪い夢を見た気がする。
額の温かさと腕を上下に擦られる感覚で私はゆっくり目を開けた。
真っ先に目に入ってきたのは至近距離のタマ。
神気を注いでいたようだ。額の石が熱を持っている。
『気づいたか?』
どことなくホッとしたようなタマの声に、私もなんだか安心した。
タマ・・・。怖い夢を見たよ。とっても怖い夢。
今は正午だろうか。太陽の位置が高い。思えばこの世界に来て何度こうして気を失っただろう。健康が取り柄だった自分がこんなに頻繁に倒れるなんて思っても見なかったよ。
何時?と聞こうとして喉が引き攣れたように痛み声が出ないことに気づく。
その痛みに顔をしかめ、なんでだろうと首を捻ったと同時に、徐々に先程見た光景が思い出されてくる。
・・・ああ、あれは夢じゃないんだ・・・
思い切り悲鳴が出そうになった私をタマが温かい神気で包む。
『大丈夫だ。俺がもう手は打った。怖い思いさせたな』
そう言うとタマは安心させるよう私の頭を何度も何度も撫でた。
私はその優しいしぐさに自分からもスリリと頭を摺り寄せる。ひどく心が疲弊し、少しでも多くの温もりを感じたかった。
ふと腕の感触を思い出し見てみると、心配そうで複雑そうな顔をしたフォルクマールが労わるように撫でてくれていた。ずっと撫でてくれてたのかな?
『あ、りがと、タマ。あり・・と、フォル・・クマール』
私は2人に掠れきった老婆のような声で礼を言うと、ゆっくり身を起こした。結界を張ったままの先程の場所だ。
体が自然とブルリと震えた。お日様はいつものように頭上に輝きうっすら汗ばむほどの陽気だというのに、私の体はむしろ冷えきっている。吐き気が込み上げ視界が回るが、意思の力でなんとか体を支えた。今は倒れてる場合じゃない。光景を頭から追い出すよう何度も深呼吸して気を静めるよう努力する。
あんなこと・・・あんな酷いことタマはしない。私は確信していた。タマと繋がった魂がハッキリそうだと言っている。
『すまない。浮かんだものが貴方に伝わるとは思っていなかったのだ』
フォルクマールは開口一番私に深く頭を下げた。タマがジロリと彼を睨んでいる。
『俺がすぐ気づかなければ危なかった』とツンケンしている。
いや、彼のせいじゃないでしょ。勝手に念話使える様にしてロクな説明しなかったアンタが一番悪いんじゃね?ジーッと見てやると私の考えが通じたのか、さすがに自覚があるらしいタマは頬を膨らませてソッポを向いた。『俺だって映像見せる能力まで付けたつもりはなかったよ』ってブチブチ言う。どうやら思ってたより剣の魔力が高かったらしい。子供かよ。拗ねんな。
『も、う大丈夫、だよ。気にしなくていい・・・か、ら』
滑らかに話せない私を見かねてタマは拗ねながらも喉の治療をしてくれた。タマが手をかざしただけで喉の痛みが取れイガイガしてた感じがなくなる。楽になってホッとした。
タマいわく、私の喉以外の体の不調は陰の気にあたったためらしい。神竜とはいえ私はまだ幼く、自分で心と体のバランスを上手く保てない。陰の気を受け心が陰に傾くと、肉体の生命力も弱まり動けなくなるらしいのだ。タマの神気は陽の気であり、今回も気絶した私に足りなくなった陽の気を補充してくれたらしい。タマの神気を更にもらううちに確かに気分が良くなってきた。タマに短く礼を言う。
パニックであまり覚えてないけど、どんだけ叫んだんだろ、私。ラジェス達にもあまり心配かけてないといいな。
・・・彼が、彼らがあんな酷い目にあっていたなんて・・・。
せめて私が出入り口まで彼らを送っていれば良かった。そんな状況ではなかったけれど、少なくてもあんな目にあうことはなかったかもしれないから。私は彼らを思って一度目を閉じた。
頭は少しだけ痛いがさっきよりは回る。
一体誰があんな事をしたというのだ。タマは違う。オリちゃんもラジェスもそんなことしない。森の動物達はあんな粘着的な傷を人に加えることは物理的にできないだろう。小物の魔物も然り。となると手負いとはいえハンターである彼らにあんな真似が出来るのは、高い知性と大きな力のある者だろう。
殺そうと思えばきっと簡単にそう出来たろうに、何者かは彼らを生かしたまま国に帰した。特に金髪の彼は生死ギリギリのあの状態を、何らかの方法で留めたまま帰されたように見えた。魔法か?別の力か?いずれにしてもやり口から見て彼は見せしめなんだろう。負けん気の強い彼は相手にも最後まで歯向かったのかもしれない。他の仲間より彼が執拗に傷つけられたのはそれで説明が付く。
しかし一体何のためにわざと人間側に発覚させ挑発するような行為を?
ヴェラオ。ドラゴンハンター。そして私。
大きな何かに巻き込まれている予感がする。
『タマ。タマなら知ってるんだよね?教えてちょうだい。一体何が起こっているの?』
『私もコンラドゥスの王子として事態を把握したい。お願いします』
私とフォルクマールから言われ、まだ拗ねてるタマは『聞きたいの?』なんぞと態度悪く答える。
ハアァ?!ふざけんな、また空気読まないつもりか?!今がそんな状況か?!
私が無言で拳を握って尻尾を振ると、タマがふてぶてしく『仕方ないから話してやるよ。その代わり怒るなよ?』なんて言う。
その時点で、あーーーー、コイツ絶対知ってるし後ろめたいことしてると確信。暴れたくなるが、それで下手に逃げられるのも困る。
なので『私が怒るわけないじゃん』と優しく笑って言ってやった。ちょっと口の端がヒクヒクしたけど私は頑張ったぞっ?うむと頷いたタマは偉そうに話し出した。アンタ後でみてなさいよ??
『まず、大きな誤解が3つある。一つは王子、ヴェラオの被害の詳細を言え』
『詳細・・・ですか?現在のところ我が国が把握している限りでは8ヶ月ほど前から北西ヴェラオの30%、600人ほどが箱庭内で行方不明になりました。そのうち半数以上は死体で発見されています。死亡の原因は事故と思われるものが多いのですが、一部の者の死因には不可解な点がございます。ある者は水石を持っているのに炎に易々と飲まれ、ある者は崩れるとは思えない強固な岩場で岩とともに転落し、ある者は水深30cmほどの浅い泉で溺死しております。残った行方不明者は現在も見つかっておりません。東と南のヴェラオは管轄が違うので被害が起きているかどうかはわかりませんが、規模の大きさからしておそらく被害は及んでいるでしょう。しかし、それが何か?』
そう言ってフォルクマールは首をかしげている。何かじゃないよ・・・。
『2つ目。討伐隊が結成されたのはどうしてだ?』
『あるヴェラオ達からギルドを通して報告があったからです。半年前箱庭から一瞬ですが空に向かって巨大な光の柱が立ちました。そのため王宮では調査隊の編成を行うことになりましたが出発するまでの間、通常の資源の採取任務に加えわかる限りの探索調査を箱庭に入るヴェラオ全体に依頼しました。通常より多くのヴェラオ達が箱庭に向かったのですが結果はご存知の通りです。事態の把握が進まない中、無事に戻ってきたヴェラオから翼種を狩ろうとして虹色の竜に出くわしたという情報と、箱庭内で発見した瀕死の状態の者から『竜のような生き物が急に・・・』と聞いたという情報が飛び込んできたのです。その者はそのまま息を引き取ったそうですが・・・。私達はこのドラゴンが事態の原因であると断定しました。そのため編成中だった調査隊を私も含めたドラゴン専用の武器が使える者中心に編成しなおし、討伐隊としてすぐ王都を発った次第です』
フォルクマールは淀みなく話す。だが、その内容は私にとって驚愕の内容で。どこから突っ込めばいいのか・・・。
『3つ目。俺は誰だ?』
フォルクマールといえば困惑しきった表情である。
『軽々しく神である貴方様のお名前を呼ぶことは障りがあるため出来ません』
『いい。許可する。言ってみろ』
障りがあるっていうのが、具体的になんなのかわからないけれど、フォルクマールは緊張しきった顔で口をつぐんでいる。しかし、タマの許可で踏ん切りがついたようだ。
『・・・それでは失礼ながら。貴方様はこの世界フェリルースにおける唯一神、世界を司る至高の神。ルース様。神竜様はタマ、様と呼ばれてらっしゃるようですが』
タマはフンと鼻で笑うと私を振り向いて、ほらな?みたいな顔をする。
いや、わかんないって。なんかいろいろ行き違いがあるのは十分わかったけど、あんたのことはわかりません。いろんな世界でいろんな呼ばれ方をしてたというタマだから、ここの世界にだってもともと居場所あるのかもしれないしさ。
そんなこと考えてると『お前はもうちょっと驚くとか出来ないのか?』とタマが言い出した。
眉を寄せリアクションが小さいだの説明し甲斐がなくつまらないとか文句垂れ流しのタマだが、ものすごく驚いてるから。
ただ疲労感が半端なくていつもの調子が出ないんだよぅ。大体私はアンタ専属のお笑い芸人ではない。
こんなシリアスな場面でリアクション芸人なみに鼻水プラプラさせろとか飛び上がって頭から落ちろとかあまり無茶な期待はしないでいただきたい。
タマはゲラゲラ笑っていつか絶対見せて!というが知るもんか。
『どういう事ですか?』
眉間にシワを寄せたフォルクマールがこちらを睨む。
あ。そだ。そっちだけ話させてその後ずっと放置じゃ不愉快だよね。ごめん。
『フォルクマール、えっとあのね?』説明しかけた私をタマが遮る。主導権は自分が握りたいらしい。
『だから誤解があるんだってば。君達の先走りー。半年前の光柱は確かにこの子だけど、この子人間に会ったの翼種助けたときが初めてだもん~』
『え?!』
『でもってその時の人間達はちゃーんと出入り口まで送るアフターフォロー付き。感謝してよね?おまけにその後この子の近くに来るヴェラオはこの子が隠れたり、飛んで逃げたりしてほとんどまともに戦闘なんてしてないんだよね~』
フォルクマールが驚愕の眼差しでこっちを見るので私は何やら恥ずかしくなって横を向く。
『私、目がいいから。避けられるならわざわざ戦いたくないし』
『茉莉、だけどそこも誤解なんだよ?彼ら君のこと襲撃にきたんじゃないんだ。さっき王子が言ってただろ?探索調査に彼らはこんな奥まで来てただけだ。相手がドラゴンだとわかってて専用武器持たない阿呆がどこにいる?王子の乳兄弟でもあるまいし。あ、彼はパーティー組んでたからまだマシだけどね?偶然君に出会った彼らは自分の命を守ろうと、とりあえず向かって来たに過ぎない』
そうなの?いや、言われてみれば武器もないのに竜を倒しに来るなんて変だよね。とにかく早く人間から逃げなきゃと思って、彼らの様子じっくり見てなかったし気づかなかった。
あの人が引き合いに出されてフォルクマールが怒りの表情を浮かべるがタマは気にもしていない。死者を悪く言うみたいで私も少し嫌。彼は死者ではないけれど・・・。
『ドラゴンハンター達もこの子はほとんど攻撃してないよ?怪我させたのはこの子に懐いてる精霊の暴走☆』
そう言ってタマはおもむろに地中にガッと腕を突っ込む。
グルグル掻き回す様な動作の後引き上げられた手にはオリちゃんの頭が捕まえられていた。オリちゃんはギャースカ泣きながら『マツリー!!助けてマツリーーー!!』と大パニックだ。そんなオリちゃんの口を『黙れ』と一言で閉じさせるタマ。お前どこまで俺様なんだよ!!
タマはオリちゃんを目の高さまで持ち上げて『僕の茉莉を舐めたね?』なんて小声で薄ら笑いを浮かべている。うっわー、魘されそうなもん見た。何度も言うけど私は私のもので僕のものではありません。
それにしてもピキーンと固まったオリオデガートなんて初めて見た。うんうん、ちょっと可哀想だけどタマに絞られて大人しくなってくれれば世のため人のため私のため。心の中で『どんまい』とオリちゃんにエールを送り、タマに任せる。恨みの視線がバシバシ刺さったがタマに頭を叩かれオリちゃんはまた静かになった。
フォルクマールは速すぎる展開のせいか、子供のようにエグエグ泣いてる豪華な美女のせいか、言葉も出ないようだ。無理もない。私も居た堪れない気持ちでいっぱいだ。彼らはもう放置してこちらはこちらで進めたい。
『その、彼女大地の精霊で私のお友達で、ハンター達を追い返すのに少しばかり暴走して・・・怪我させちゃいました。ごめん。その後転移してもらったんだけど・・・もしかしたらその後誰かに捕まっちゃったのかもしれない』
『いや・・・ヴェラオやハンターの仕事に怪我は付き物だ。お前が気に病むことではない。むしろ行き成り剣を向けたのはあいつらだろう?そんなことはいいんだ』
真剣な顔でフォルクマールは考え込み始めた。
『裏に何者かがいる。ヴェラオに敵意を持っている誰かが』
そして私に向き直るとまた頭を下げる。
『我らは貴方にひどい疑いをかけ、身勝手にあなたを害そうとした。悪いのは我々です。謝って済むとも思いませんが、どうかお許しください』
怪我がなければ彼らは対抗できたかもしれないと思うとやりきれない。だが、起こってしまった事はもうどうにもできないのだ。彼らを救えなかった私が謝罪を受けるのも変な感じがする。それにそもそも私は怒っていない。向かってくる人間相手に殺されるとは露ほども思えないのだ。だから真摯に何度も謝ってくれる彼に居心地が悪くなる。
そんな私にタマが爆弾を投げつけた。
蒼白で固まったオリちゃんを無造作に土の中に埋めてしまうと(マンドラゴラですか!?)、『アイツラなら俺からもきっちり報復したからな?その後捕まったんだよ。運が悪かったな』とちっとも悪いと思ってない口調で言う。
私とフォルクマールは2人して体をビクリとさせるとギギギと鈍い動作でタマを見た。
『何、した?』搾り出すように声を出した私に当然と胸を張るタマ。
『あの人間のバカ共は俺の茉莉に血を流させたからな?転移先の地面を3m位掘っておいた。面白かったぞ?フッと現れてストーンって落ちたもん。4人とも這い登ってきたらまた地面を消失させてやってストーン。時々穴の底トランポリンにしたら受身の格好でピョーンって飛び出してきたり』
思い出し笑いしてるタマに私達はドン引きだ。ストーンって笑えるかドアホ!!
『アンタそんなことやってたの?!』
『うん。何回やっても面白かった。その都度リアクションが大きくてさ~』
『何回って、何回したのよ?!』
『さぁ?飽きるまで??』
私に聞くな!!!なんというネチっこさ。なんという陰険さ。
ああ、まさしくタマっぽい。奴は本気で馬鹿笑いしながら見てたんだろう。わかってしまう自分が欝だ。
『僕は徹底的にやるって君に言ったはずだけど?』
って私を覗き込むように小首をかしげるタマ。その首をへし折ってやりたくなる。脱力感に襲われる私にタマはベラベラ話し出した。
『僕や君に楯突くなんて身の程知らずどうなったって僕には関係ないよ。僕が大事なの茉莉だしね~。体の骨が何本か折れたってその程度で済んでむしろ感謝して欲しいくらいだ。実際君を見守ってるのも結構辛いんだよ??変な虫はつくし、変なものには懐かれるし、君は周りに警戒心が足りないし情けかけすぎるし。あんまりムカつくから、つい人間の畑潰してみたり、山や橋に岩ぶつけたりしてたんだけどさ~~、気が晴れないところにあのバカ共だろ?全く救いようがないよね』
口を尖がらせボヤきモードのタマに私は呆然とするばかり。こいつ裏でそんなことしてやがったのか!
フォルクマールが『ではあれだけ天災が続いたのは・・・』って呟く。心当たりがあるようだ。
『そんなガキ臭いことどこの神がやるってのよ!!』
『僕?』
『お前以外いるか!ボケ!!アンタ他に人様に迷惑かけるようなことしてないでしょうね?!』
この際全部聞き出さなくてはこいつはずっと黙ったままだろう。その言葉にタマは考え込む。
『あーーそうだったーー。君が怪我したときついでにヴェラオのギルドも制裁したよ?ちゃーんと7日7晩7箇所ずつ雷落として倒壊させておいた。しばらく機能しないかもねぇ』
7日7晩7箇所。49箇所か!!怪我人を考えると寒気がする。
さすがに『な、このっ・・!!』フォルクマールも堪え切れなかったらしい。
私は慌てて彼の口を体ごと羽で巻き込み塞ぐ。タマが私以外の人間(精霊や生き物もか)を屁とも思ってないことはよーくわかった。彼の暴言にどう反応するか怖いではないか。
それなのに、私は心のどこかでタマの特別扱いを嬉しく思っている。
この世界の人間に私は愛着がない。だから被害を聞いて大変だろうなぁ、困るだろうなぁ、タマの野郎なんてことを!って思うけどただそれだけ。弱いものを守らなきゃと思うけどそれは箱庭にいるものが範疇で、私にとって箱庭外の出来事は遠い外国のニュースを聞いてるようなものだ。
民達を思うフォルクマールとは違う。
それがなんだか私の心が竜に近づいてきた証拠のようにも思えて、ひどく寂しく後ろめたかった。
事実確認です。次話にも続きます。やっぱタマはドSです。