この人は、いつもまっくらやみを、おさんぽしていました。
まっくろな服をきて、とんがりぼうしをあたまにのせて。
ある日、この人が歩いていると、上からきいたことのない声がしました。
「こんばんは。」
この人はびっくりして言いました。
「こんばんは。あなたは誰ですか?」
この人は上から、しかも、とんでもなく上から声をかけられたことなどありませんでした。
すると、あの人も、少しおどろいたようすで言いました。
「私は長いあいだここにいたものです。」
あたり前のことですが、この人はそんなこと知りもしませんでした。
「初めまして。」
「こんばんは。」
この人は、まっくろな空に向かって言いました。
「わたしはまほうつかいです。」
すると、空から声がふってきました。
「なるほど、まほうつかいさんでしたか。私は月と、もうします。」
つきの声は暖かい声でした。
「わたしのなまえは、まほうつかいです。わたしはまほうつかいの、まほうつかいです。」
「そうですか。私はただの月です。」
二人は毎日毎日、おしゃべりをするようになりました。
まほうつかいは毎日外へおさんぽに出かけます。
なのでけんかをしようが仲直りをしようが、二人はおしゃべりをするしかないのです。
ある日まほうつかいは月の声が前より小さくなっていることに気がつきました。
「つきさん、あなた、どこか具合が悪いのですか?」
すると、空からふってきた声は出会った日よりも、ずっと小さな声でした。
「いいえ。」
まほうつかいは、ほっとしました。
ところが、月は小さな小さな声でもうひとつ言いました。
「ですが私はあした、消えてしまうでしょう。」
「そんな!!それは本当ですか?」
まほうつかいはくらい空を見上げました。
「はい。」
まっくらやみの中、月のあたたかい声が小さくひびきました。
やさしい風がまほうつかいを包むように走っていきました。
「どんな病気ですか?私が薬を作って来ます!」
「病気ではありません。運命です。またすぐに会えますよ。」
「分かりました。運命を変える薬を作ってきます。」
まほうつかいはあわててかけだしました。
かさかさと香る土をふみ、さらさらと鳴る麦畑を切りさき、ちくちくとふれる森の草たちをかき分けました。
家の扉に触れて、それを開き、戸棚に触れて、そこに置いてある薬を、大きななべでまぜます。
「できた!これでつきさんの運命を変えられる!!」
来た道をあわてて戻り、薬をさしだすと、月は嬉しそうに言った。
「ありがとう。」
まほうつかいは涙をこぼした。
月の声があまりにも小さかったのだ。
「早くこれを飲んでください。」
まほうつかいは上に向かってビンをかかげました。
「それはできません。」
「なぜですか!?私はあなたが消えてしまうのはいやです!!」
「私には、かおがありません。口もないので飲めません。」
「じゃあどうすればまた会えますか?」
「あなたが毎日、さんぽをしていれば、そのうち会えますよ。」
そうして月の声はきこえなくなった。
まほうつかいは次の日、一人でさんぽをした。
泣いていると下から声がした
「どうしたんですか?」
「あなたは誰ですか?私はまほうつかいのまほうつかい。」
震える声。
「私はうさぎです。しろうさぎのしろです。」
「しろ?それは何ですか?」
「まっしろい事です。」
まほうつかいは、色と言う物を知りません。
ふしぎにおもってしろにふれてみました。
「ふわふわしている。これがしろですか。」
「はい。」
しろはくすぐったそうに、やわらかく笑いました。
「どうして泣いていたんですか?」
しろの耳がぴょこんと上を向きました。
「私の友達のつきが消えてしまいました。」
「月ですか。今日は新月ですね。」
「新月?それは何ですか?」
「月の名前の一つですよ。」
それからまほうつかいは、しろに月についてたくさん教えてもらいました。
月はたくさんの姿を持つこと。
会えない時もあること。
つきはやみを照らす明かりなのだと言うこと。
まほうつかいは、しろといると安心することができました。
まほうつかいはふわふわのしろと一緒に、月が出るのをまちました。
しろは1日まちました。
まほうつかいは、ずっとずっと長い間。
「おや?」
小さな小さな声がまほうつかいの心にひびきました。
「つきさん!!」
まほう使いは土手の上で立ち上がりました。
しろの体が月の光にすいこまれていきました。
「私のうさぎが、ごめいわくをかけました。」
「いいえ。おかげで温かい気持ちになれました。」
「またあなたに会えてよかった。」
その日、まほうつかいが夢の中で聴いたのは、スズムシとコオロギが奏でる秋の調べ。
そしてつきの優しい声。
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