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ほのか 作者:環 円

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しろのめいろ

5.1(エピソード5.4)
 白の空間だった。見覚えの無い部屋だ。

 7日後には村へと戻る、乗合馬車を継いで帰る。
 そしてあの森のミドリの家で、初めて食べた珍しいお菓子を作るのだ。
 きっと頭を撫でてくれるだろう。
 頑張ったとぎゅーしてくれる。

 「…ミドリ」

 抱きしめてくれる腕の温かさ、その懐に飛び込んで胸元へ額を押しつけたい。
 手を握って貰いたい。
 ただ、ただそれだけを願う。
 父の大きな手のひらが、母が作る素朴で温かなご飯が恋しかった。
 そしてなによりも、あの熟れた甘い木の実のような紅の瞳に見つめられたい。
 村の友達は怖いと言っていたが、ティナにはどんなに綺麗な石よりも深くて美しいと思っていた。

 約束が破られたと知ったのは、ここに連れて来られてからだった。
 新しく作った新作のお菓子、に釣られてしまったのだ。
 「いつもミドリに、知らないおじさんから食べ物を貰っちゃいけませんって言われてたのに」
 声をかけてきた人物は、全くの見知らずではなかった。
 無かったのだが、素直について行きすぎたと反省する。

 お姉さん、には会う事が出来た。
 ついたその日に呼ばれたからだ。馬車に揺られるのも慣れてきてはいたが、何度も夢をみた。
 まどろみ状態のまま会った、会いに来た人は想像とは全く違っていた。
 病気だと聞いていたが、ベッドには横たわって居ない。
 表情はのっぺりとしていて、作られた顔のように見えた。白すぎる肌、血のように鮮やかな赤が唇に張り付いている。
 心をなぜかざわめかせた。

 言葉にはとげが含まれていた。
 どうして人を圧しつけるようなものの言い方をするのだろう。
 疑問はすぐに晴れた。

 空虚だったのだ。
 どうして胸に、黒くて丸い空洞があいているのだろう。
 王都について、それをたくさん、見た。
 村では全く見かけなかったのに、ティナは自分の目が変になってしまったのかと、何度も目を擦ったくらいだ。
 しかしそれは、見間違いではなかった。

 寂しさ、願い、嫉妬、不安。

 抱える何かが多いほど、胸の穴は数多く、大きかった。

 王都は珍しいものが溢れていた。
 興味があるなら魔法の勉強もするとよい。
 新しいお菓子のレシピを覚えた。
 父がこの王都にある魔法院出身だと、初めて知った。

 ミドリはどんな人をも甘、く温かな気持ちに形に変える方法を教えてくれた。
 ティナは笑顔を添えて手渡す。

 最初は受け入れられなかった。
 だがそれでも良かった。
 人がどう思っても自分は自分でしかない。
 ティナは自分が出来る事を、するまでだ。
 言葉を交わす人が増え、仲良くなっていった。

 そうして、どういうわけか、こんな所に放りこまれてしまった、という訳だ。

 はっきり言って、王さまをティナは知らない。5か月近く王城に滞在しているのにも関わらず、あった事が無かった。いや、どこかですれ違った事があるのかもしれない。だがティナには滞在中、周囲を観察する暇など、殆ど無かったと言って良い。余裕が生まれたのは、ほんの数週間前くらいからだ。

 初日、宮に住む美姫達がわざわざ、探りを入れてきた。
 眠らされて連れて来られたティナは、自分の置かれている状態を把握出来てはいない、そんな時だった。
 王が直々に入れたという娘は如何ほどなのかと、次々に様子見、に訪れたのだ。
 『新人への挨拶』らしい。
 そうして口々から出るそれらは、意地が悪いものばかりだった。
 穴の空き具合も相当ひどい人物ばかりで、ここでは穴の開け合いを競争しているのかとも驚く。決して口には出さないが、ぽかんと口を開いていた事だろう。
 思い描いていた、外側からしか見ていなかった煌びやかな世界は、瓦礫と化すまで数秒とかからない。
 田舎育ちとはいえ、悪口は、女の感として、しっかりとキャッチできるのだ。

 身分違いは間違いではないだろう。宮に入れられるなど、ミドリの言葉を借りるなら、確か、寝耳に水だった。
 着飾ってもどこかやぼったい、と。それはごてごてしたドレスが嫌いだからだろう。
 十二分にわかっている。ここに居る異常さくらいは。
 生まれは中央の森近くにある、名も無い小さな村だ。
 村人は全て、顔見知りだった。時折来る旅人や通りがかりに昼食を採りに来る商人たちからは、外の話を聞いた。
 畑仕事を手伝い、店を手伝い、そして森で過ごしていた。

 力は村の友達より弱く、駆けっこも後ろから数えた方が早かったが、手先は器用の方だと自負している。べっこうを細く長く伸ばして、絵を描いて遊んでもいた。

 だから。
 ここに集まるお姫様のように、綺麗に着飾るのは余り好きじゃない。
 ここに集まるお姫様のように、綺麗な容姿を留めておく理由も無い。

 王様はきっと変な人なのだ。
 なぜなら、
 「ティナにこーんなドレス、着せるんだものね」

 ミドリならば動きやすいズボンと薄手の生地で作った長袖をプレゼントしてくれるだろう。
 そして宝物を探しに、森の奥深くへお出かけだ。
 その方が喜ぶと、知ってくれている。

 こんなにきらきらした髪飾りなんて要らない。
 村のあぜ道に咲いている、小さなあの白い花で冠がいい。

 「ミドリ…」
 何度目だろう。
 何度この名を繰り返しただろう。
 名前を呼ぶだけで、力が湧いてくるようだった。
 小さな頃から通い詰めた甲斐が、あるというものだ。出掛ける前の、心配そうで置いて行かれる、子犬のような可愛らしい様子を思い出せば、絶対に帰らねばならないと心を奮い立った。
 一目ぼれしたのはティナだった。
 おとぎ話に出てくる、王子様そのものに見えた。
 村の男の子たちには感じない、この思いは本物だと、胸を張って言える。
 "わたしはミドリが好き。大好き"
 小さな頃から変わらない、不変だった。

 ミドリは森から出てくる事が出来ない。
 お迎えは期待してはならないことだ。白馬の王子様であればこういう時、恰好良く現れてお姫様を攫うモノらしいが、期待しないのがティナだった。待ち焦がれ、待ちわびるくらいなら、自分から行く。自分でここから飛び出し、時間がかかったとしても家まで辿り着く。そうすれば父と母が、追いかけられたとして、その人達を凪払ってくれるだろう。そして森に入ればこっちのものだ。多くの精霊たちにお願いすれば、迷路はさらに複雑さを増すだろう。

 ティナはひとしきり泣き、予定を組みたて、気持ちをすっきりさせた後、腕に通されていたレースの手袋を取り外し、体につけられていたありとあらゆる装飾品をベットの上にまとめた。

 居たくない場所にわざわざ、居る事もない。さっさとおいとまするに限る。
 「約束は、守るためにあるんだもんね」
 王さまやそのお妃さまや、このお城に住んでいるいろいろな人達にとっては素晴らしい場所なのだろう。だがティナは違う。青臭いと多くの姫君達がおうぎで表情を隠し、卑下の視線を振らせた、香りの方が心地よかった。

 「帰ろう、村へ」
 ミドリの元へ。

 ティナは部屋にふわりと揺れ動くスカートをむんずと握り、結び目を作る。
 足の下まで伸ばされた長さだと、歩きづらいからだ。
 後宮へはお菓子を持って一度だけだが来た事がある。
 これでも地理の物覚えはいいほうだと思っていた。なぜならミドリが住む家まで、迷わずに行けるのはティナただひとりしかいないからだ。頭の中で地図を描き、庭へ跳び出す。

 「迷路突破は、得意なんだから」
+注意+
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