霊能作家・黒瀬圓の事件簿、維高大明神の巻(7/16)縦書き表示RDF


霊能作家・黒瀬圓の事件簿、維高大明神の巻
作:平惟茂



その7


 今井は打合せ通りに、護摩木を村の人々に配り、護摩壇の組木を川に浸けた。後は時刻を待つだけであった。しかし、黒瀬はこの村に入って来た時に感じた殺気と妖気が益々強くなってくるのを覚え、頭の芯が更に締め付けられる感覚に襲われていた。
「全てが素直に従ってくれれば良いのだが」
今井には、あの様に言ったものの黒瀬には不安が残った。
午後八時頃には鳥居の周りは既に大きな幕で囲まれて、外部からは見へないようになってい
た。護摩木も村人から集められ、石段の前に積まれた。南無六代妙覚自在天と書かれた二枚の
新たな札は今井が作り、家の床の間に置かれた。
黒瀬と今井は川原に下りて行き禊を始めた。
まだ二月の下旬。夜の川原は凍えるような寒さで、川の水も刺すように冷たかった。
黒瀬と今井は下穿きになり川に浸かった。
黒瀬は、身滌大祓、六根清浄大祓と続けて祝詞を上げた後に、大宇宙龍神の御真言を百八回唱えた。
オンソラソバ・テイエイソワカ
オンソラソバ・テイエイソワカ
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禊を済ませ水から上がると、周りの寒さとは逆に体が火照り、全体から湯気が立ち上った。身
も心も洗われたようで、清々しい気持ちになった。これで大事に臨む準備は出来たと黒瀬は思った。
川に浸けてあった護摩壇の組木を取り出し、鳥居の前で護摩壇を組み始めた。午後十一時前に
は全ての準備が整い、黒瀬と今井が幕の中に入り、村人達は周囲を警戒した。
「今井様。これから始めます」
「宜しくお願いします」
黒瀬は荘厳行者法の五つの印を結び、九字を切り、更に護身法と結界法の印を結んだ。その後
に、身滌大祓、大祓詞(中臣の祓)、六根清浄大祓、疫神祓と順番に唱えた。暫く間を置いて
大日如来の結界法を行い、光明真言を唱え、経文を数巻あげた後、護摩壇に火を放った。
黒瀬は中咒(不動明王慈救咒(ふどうみょうおうじゅぐのじゅ))を唱えながら護摩木を一本ず
つ丁寧にくべていった。
ノウマク・サンマンダ・バサラダン・センダマカロシャダヤ・ソワタヤ・ウンタラタ・カンマン
ノウマク・サンマンダ・バサラダン・センダマカロシャダヤ・ソワタヤ・ウンタラタ・カンマン
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暫くすると、黒瀬の耳に戦場(いくさば)の怒号が聞こえ、社の屋根の上に無数の赤い幟が翻る
のが見へた。石段の上には、髪を振り乱し、血みどろになった恐ろしい形相の武者、顔半分が
削げた武者、片腕だけの武者などの姿が重なり合って無数に現れ、血塗られた(やいば)を振
りかざし、今にも黒瀬に向かって来るかの様であった。強い力で押し潰されそうで、頭の芯が
締め付けられた。突風に逆らい向かって行くようなものである。凄まじい怨念である。
中咒(不動明王慈救咒(ふどうみょうおうじゅぐのじゅ))を唱え、護摩木をくべ続けた。石段
の上から、何度も強い風が吹いてきて、護摩壇の火が今にも消されるかの様であった。このま
までは負ける。黒瀬は、咄嗟に真言を、大咒である不動明王火界咒(金剛手最勝根本大陀羅
尼)に変えた。
ノウマク・サラバタタギャテイビャク・サラバボッケイビャク・サラバタタラタ・センダマカ
ロシャダ・ケンギャキギャキ・サラバビキナン・ウンタラタ・カンマン
ノウマク・サラバタタギャテイビャク・サラバボッケイビャク・サラバタタラタ・センダマカ
ロシャダ・ケンギャキギャキ・サラバビキナン・ウンタラタ・カンマン
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・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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必死の思いで不動明王火界咒を唱え続けた。何度も、何度も。すると、護摩壇の火が勢いよく
燃え上がり、炎が石段の最上段にまで届きそうな勢いであった。その瞬間、黒瀬は炎の中に不
動明王の姿を見た。横に居る今井が声を発した。
「おお・・・・。お不動様!」
今井も炎の中に不動明王の姿を見たのであった。それと共に、武者達の姿も徐々に消え、赤い
幟も消えた。
黒瀬は汗だくになりながら火界咒を唱へ護摩木をくべ続けた。しかし、頭の芯はまだ締め付け
られている感じであった。
護摩木を全てくべ終ると、時刻は午前一時を過ぎていた。黒瀬は光明真言を唱え、不動明王へ
の感謝を込めて、南無大日大聖不動明王祈経を上げ、そして最後に千手観世音菩薩の加護を願
うべく大悲心陀羅尼を上げた。
横に居た今井は疲労困憊で息を切らし、今にもしゃがみ込みそうであった。
「今井様。大丈夫ですか。動けますか」
「わしは大丈夫です。動けます」
「それでは、お社までお願いします」
二人は護摩壇の熱気で、体全体が火照り、汗まみれであった。エネルギーを使い果たし、精根
尽き果てた感であった。しかし、まだ遣るべき事が有った。
黒瀬は不動明王火界咒を唱えながら、石段を一歩一歩慎重に上がり始めた。今井もふらふらで
あったが後に付いてきた。
黒瀬は足が重くなり、石段の下に押し戻されそうな強い力を感じていた。二人はやっとの事で
石段の上まで上り詰め、社の前に辿り着いた。黒瀬は一旦呼吸を整へ、身滌大祓、大祓詞、六
根清浄大祓、疫神祓を続けてあげた。上げ終わると今井に社の扉を開けるように言った。
「今井様。扉をお開け下さい」
今井は錠前を外し、徐に扉を開けた。社の中からは血腥い匂いが漂ってきて、無数の殺気立っ
た視線を感じた。黒瀬は素戔嗚尊を心の中で強く念じ、社の中に入り、維高大明神のお札を取
り出して素早く白い紙で包んだ。
すると観念したのか、血腥い匂い、殺気立った視線が消え失せ、頭の痛みも感じなくなった。
「朝まで、お札は今井様のお宅に置いて下さい。その後、私がお預かりし、京都まで持って行
かせて頂きます」
「承知いたしました。有難い事です。黒瀬様も、さぞやお疲れでしょう。暫くは私どもの家で
お休み下さい」
「有難うございます。是非、そうさせて頂きます」
黒瀬は憔悴しきっていた。お札は今井が抱え一歩一歩慎重に石段を踏みながら下りて行った。
黒瀬も後に続いた。今井の横には、以前に見た事の有る、馬に跨った大将と思える鎧兜の武者
と、その脇に若い紫衣の僧侶の姿が見えた。鎧兜の武者と若い僧侶の後には赤い幟を立てた無
数の郎等の列が続いていた。今井が無事に石段を下り鳥居をくぐるとその姿は消えてしまっ
た。












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