その5
黒瀬はシャワーを浴びた後、ベッドに横になりながら明日の長老との話について思案してい
た。護摩焚きと鎮魂の祈祷をすれば、今回の三人が受けた霊障だけは収まると思った。霊障を
取り除くだけの亊は黒瀬にとって然程難しい事ではなかった。しかし、その前に長老を説得
し、神社の前で護摩焚きをしなければならない。護摩焚きの後に、御霊に対して侵した事への
許しを得る鎮魂の祈祷もしなければならない。でなければ霊障を取ることは不可能であった。
長年の経験から火による焚上げが一番効果が有ることを黒瀬は知っていた。護摩を焚く事によ
り、あらゆる神仏の力を招致し霊障を祓ってもらう事が出来る。怨霊による霊障の場合は水よ
り火の力が遥かに効果的である。火と水を使えば、更に効果は出る。
黒瀬は思案していた。時計を見ると午後十時を過ぎた頃であった。黒瀬はもう暫く皆と呑んで
いれば良かったかと、少し後悔した。
良い案が思い浮かばないままベッドに横になって天井を見ていた。すると、自宅の祭壇に祀っ
てある三社の社が薄っすら浮かんで見えた。そして、左の社の扉が開いて中が真赤になり、巻
物を持った衣冠束帯の者が出て来るのが見えた。その者は何も言わずに巻物を広げて黒瀬に見
せた。
「その者、平家の縁の者なり。この度の役目は縁あってのこと。二十一段での護摩焚きの後
は、かの社よりお札を取り出し白い紙に包み、都の祇園社境内に密かに埋めよ。さすれば素戔
嗚尊の力により怨念は鎮まる。さらに“南無六代妙覚自在天”のお札を弐枚作り、各々蓮華王
院と鞍馬寺に納めよ。村の長はその者に従う。この事、その者と長と村の者、平家の縁者のみ
で執り行え」
黒瀬が巻物を読み終えた瞬間全て消え去った。黒瀬は巻物に書かれていたことを自問自答した。
都の祇園社とは・・・・・・・・・
祇園社、祇園社、祇園祭、八坂さん・・・・
京都の八坂神社の事か。
八坂神社の御祭神は・・・・・
黒瀬はインターネットで調べ始めた。
素戔嗚尊は御祭神三柱の内の一柱であり、偉大な神格を持った神で怨霊封じには絶大な力が有る。
蓮華王院は何処の寺か、黒瀬には直ぐに思い出せなかった。三十三間堂の正式名と気が付くに
は少し時間が掛かった。
蓮華王院、即ち三十三間堂は千手観世音菩薩をご本尊として祀り、後白河法皇が平清盛に命じ
て作らせた寺であり、平家とは縁が深い。
鞍馬寺は・・・・・・・
あそこにも千手観世音菩薩、そして毘沙門天、護法魔王尊が祀られている。本堂からは京の町
が一望出来る。鞍馬寺は義経が幼少の折に清盛の情けで命を助けられて後に預けられた寺でも
ある。義経が鞍馬に預けられる迄、清盛は義経を我が子と同じように可愛がっていた。
何れの寺も千手観世音菩薩が祀られている。六代こと高清が自在天に昇格すれば千手観世音菩
薩の庇護の下、京の都で平家一門の霊を弔うことが出来る。素戔嗚尊の力により怨念を鎮め、
南無六代妙覚自在天として平家一門の霊を弔う亊。その為に私の役目は彼らと郎等の霊を京に
連れ戻す事か。それも、平家の縁者のみで行う事。今回の事に源氏の血筋の者が加われば郎等
達の怨念が更に強くなり暴れ出す可能性が有る。黒瀬は自分の役割が、少しは理解で出来たよ
うに思えたが、半信半疑であった。また、村の長老が私に従うとの事。しかし、如何にして長
老に説明し、納得して貰うかであった。霊界に通じた行者や祈祷しならともかく、普通の人間
がこの様な話を信じるはずが無い。護摩焚の許しを得る事だけで頭を悩ませているのにも関わ
らず、お札、即ちご神体までも持ち出し京都まで持ってゆく事などは絶対に許可などはしない
筈である。スタッフと同じ様に追い返されるのが落ちだ。
翌朝、黒瀬は早めに起きて武田と吉川を部屋に呼んだ。
「先生。お早うございます」
武田と吉川が挨拶した。
「出発は七時と聞いていましたが」
吉川が言った。
「そうだが、少し事情が変った。今回は私一人であの村に行く事にした」
「先生お一人で・・、大丈夫でしょうか」
武田が心配そうに聞いた。
「武田君。大丈夫だよ。全ての準備は粗方整ったよ」
黒瀬はそう言ったものの、村の長老を如何に説得するかで内心悩んでいた。
「そうですか・・・・」
武田はまだ納得いかない様子だった。
「君たちは、今日このまま東京に戻ってくれたまえ。車は暫く私が使わせてもらう。仕事が終
わったら車は空港でなくて高知駅で武田君の友人に返すようにする」
「それは一向に構いません。局の友人には話しておきます。彼の携帯の番号をメモしておきま
すので返す前に電話をしてやってください。そうして頂ければ彼が高知駅まで車を引取りに行
きます。私の方からも連絡しておきます」
「有難う。無理を言ってすまない。それと村の長老の名前と家までの地図を頼む」
武田がメモ用紙に長老の名前と地図を書き黒瀬に渡した。
「名前は今井清隆氏か。場所は・・・・。分かった。有難う」
「先生。本当にお一人で大丈夫ですか」
吉川が心配して聞いた。
「うん。大丈夫だ。心配いらん。悪いが、荷物を車に積むのを手伝ってくれ」
黒瀬は気が重かった。
「分かりました」
武田が言って、吉川と二人で荷物を車に積み込んだ。
「この村での件が旨く収まればだが、最後の仕上げに京都に行く事になる。東京へは四〜五日
で戻れると思うが」
「先生。気を付けて行ってきて下さい」
武田が心配して言った。
「それと、武田君に頼みが有る」
「はい。何でも言って下さい」
「護符を四枚、君に渡しておく。一枚は投稿者、残りは君のスタッフに渡すように。そして君
のスタッフは何処か近くの八坂神社に連れて行き、すぐに御祓いを受けさせてもらいたい。投
稿者にも事情を話して、近くの八坂神社を探して必ず行ってもらうように。君たちも、今から
空港に行けば十時過ぎの便には間に合うだろう。そうすれば、今日中には君のスタッフにお祓
いを受けさせる事が出来る」
「先生。では、そうさせて頂きます。」
「そして、神主にお願いして、このメモに書いてある祝詞を上げてもらうように。素戔嗚尊の
お力を借りる必要がある。神社はあくまでも八坂神社でなくてはならない。くれぐれも頼んだから」
そのメモには、
一に身滌大祓
二に大祓詞(中臣の祓)
三に六根清浄大祓
四に疫神祓
と書かれていた。
「先生。それでは私達もすぐに東京へ帰る準備をします」
武田が言った。
「それでは、宜しく頼む」
黒瀬は車に荷物を積み終わるのを確認すると急いで村に向かった。
「先生、大丈夫かな」
吉川が車を見送りながら言った。
黒瀬はスタッフと投稿者を神社に連れて行きお祓いを受けさせる事まではしなくて良いと思っ
てはいたが、あの二人が心配して後で村まで来られては困ると思い策を弄したのであった。
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