その4
翌朝、吉川が編集社の車で迎えに来た。
「先生、お早う御座います」
「お早う」
「先生。昨晩は良く眠れましたか」
「良くもないね」
黒瀬は寝不足気味で少し皮肉まじりに言った。
「そうでしたか」
「吉川君は良く眠れたのかね」
「はい。良く眠れました」
「そうか」
「武田は空港のロビーで待っているとの事です」
「彼には変わった事はないのかね」
「今のところ彼も変わった様子は無いようです。先日、先生に言われてから直ぐに実家に帰
り、お参りしてきたと言っていました」
「ああ、それは良い事をした。これからも守ってくれる事だろう」
黒瀬と吉川は車で羽田に向かった。
空港のチェックインカウンターの前で武田が先に来て待っていた。
「先生、お早うございます。今回は、色々と面倒をお掛けし申し訳ありません」
「いや。それは別に構わない。おかげで、久しぶりに四国に旅行が出来る。あちらの食物は美
味いよ、君たち。酒も美味いし。少しは楽しみがないとな」
「はあ・・・・」
吉川が頼りなげに言った。内心、吉川はこれから何が起こるのか不安でびくびくしていた。
高知空港では、武田の手配でネットワーク局の車が待っていた。
「やあ。武田さん」
「山崎さん。ご苦労様です。今回は色々お世話になります」
「とんでも有りません。武田さんのお役に立てて光栄です」
「そう言って頂けると有り難いです」
「荷物もお有りとの事でしたので、車はワンボックスカーを用意しておきました」
「有難うございます。それから紹介しておきます。こちらが作家の黒瀬圓先生。そしてこちら
が、たまき出版の吉川君。吉川君は私の大学時代の友人です」
「黒瀬です。宜しく」
「山崎です。宜しくお願いします。黒瀬先生にお会い出来て光栄です。時々、先生の小説は読
ませて頂いております」
「そうでしたか。今後とも宜しくお願いします」
「はい。これからも先生の小説楽しみにしています」
「たまき出版の吉川です。宜しくお願いします」
「山崎です。こちらこそ宜しくお願いします。車は空港を出たところに止めて有ります。これ
からご案内します」
山崎は三人を車が止めてある場所まで案内した。
「この車は自由に使って下さい。連絡頂ければ空港まで引取りに来ます。宿泊先は先日のメー
ルで連絡したホテルです。滞在日程が決まっていないとの事でしたので、取りあえずは二泊で
頼んでおきました。延長もキャンセルも出来ます。局がよく使うホテルなので無理は利きま
す。安心してください」
「山崎さん。色々手間を掛けさせ申し訳ありません」
武田が山崎に礼を言った。
「黒瀬先生の取材旅行ですから、十分に取材して頂いて、良い本を書いて貰ってください。楽
しみにしています」
そう言って山崎は別に待たせていた車で局に戻って行った。
「取材旅行になっているのだね」
黒瀬が言った。
「はい。その方が良いと思ったもので」
武田が黒瀬に言った。
「それでは、取りあえずはホテルにチェックインしてから詳しく話す事にしようか」
黒瀬が言った。
ホテルにチェックイン後、三人は最上階のレストランに行った。
「先生。何か召し上がりますか」
吉川が聞いた。
「私は、刺身と焼酎のロックを頂く。折角、高知まで出来たのだから美味い物を食べて呑まないと」
「分かりました。武田君はどうする」
「私も刺身を頂きます。それとビールを」
注文が終り、料理と酒が揃ったところで、黒瀬が話し始めた。
「あれから七日間の祈祷をして、色々な現象が出てきた」
「吉川から聞いたのですが平家の落人に関係が有るとかで」
「どうも、そうらしい。いや、確かだ」
「四国は特に落人伝説が多いですから」
武田が言った。
「今回は伝説でなく本物だと確信している。あの村に住んでいるのは、長年秘密を守ってきた
平家の落人の末裔だ。それと、あそこに有る神社は怨霊封じの可能性も有る」
「隠れ落人と怨霊封じですか」
武田が聞いた。
「そう言う事だ。あの問題の神社は落人達の主とその嫡子を密かに祀り、怨念を鎮めるための
神社のようだ。だから、よそ者が立ち入るのを拒んだのだよ。特に源氏の血を引く者や平家に
敵対する者に対しては容赦はない」
黒瀬は更に続けた。
「あの集落一帯は、元は安藝氏が治めていた土地だ。安藝氏は壇ノ浦で源氏方に加担してい
る。源氏方の土地で平家の落人が暮らして行くには全てを隠す必要が有る。それが、代々受け
継がれ現在に至っているようだ」
「そうでしたか」
武田が言った。
「今のような時代でも隠し通す必要が有るのですかね」
吉川が聞いた。
「時代が変っても、余りにも怨念が強すぎる為に、そうせざるを得ないようだ。祀られている
者と祀る側の人間とは、時代が経つにしたがって考え方も違ってくる。ただ単に神として祀る
だけなら別に問題は無い。問題は源氏に対する怨念と京の都に対する執念だ。今でも平家や源
氏の血筋を引く人間はこの世には多勢いる。例え、自分が平家の出か源氏の出か分からなくて
も。あそこに祀られている者達にはその見分けがつくのだよ。怨霊を鎮める一番の方法は、あ
の集落に住んでいる者全てと、神社のご神体を京都に移す事だ。しかしそれは今の時代不可能
だ。考えられるのは、せめてご神体とそれに付いている霊達だけでも京都に移し、何処かで祀
り上げる事ぐらいだ」
「そんなに、怨霊は怖いのですか」
吉川が再び聞いた。
「怨霊にも強い弱いは有るが、今回の怨霊は相当強力な怨念の力を持ち、それを未だ維持し続
けているようだ。いくら時代が変わっても彼等は源氏を恨み、そして呪い続けている。彼等は
京の都に戻りたいとの強い執念を今でも持ち続けている。鎌倉幕府も三代将軍源実朝が暗殺さ
れて源氏の政権は絶えて北条家に実権を取られている。これも平家の怨念によるものと推測さ
れる。一説によれば、北条は平貞盛の子孫が坂東平氏と称して伊豆の北条に移り住んだのが始
まりとの説もある。結果的に平家の血を引く北条に源氏が滅ぼされた事になる。しかし、北条
が源氏を滅ぼしても、まだ平家は京の都に帰れずにいるわけだ。その後に足利氏が政権を取っ
たが、足利氏は清和源氏の流れを汲む河内源氏の家系だ」
「歴史は、なかなか複雑ですね」
吉川が言った。
「おそらく、あの神社に祀られているのは平維盛と嫡男の六代こと高清と推測できる。維と高
で維高大明神になる訳だ。彼らが生き延びて家臣と共にあの地に逃れ来たのか、或いは家臣だ
けがあの地に来て、主とその子を祀っているのかは不明だ」
黒瀬が言った。
「先生。凄い事になってきましたね。維盛と六代が逃れ来たのが事実でしたら歴史が引っ繰り
返りますね」
吉川が言った。
「吉川君。歴史は引っ繰り返らんよ。霊界で事実と証明されても、この世での証明は出来ない
よ。誰も信じない。唯の伝説で終わってしまう」
「今の先生のお話しですと武田と三人のスタッフ、投稿者は源氏の血を引いているのですか
ね。或いは、平家に敵対した家系とか」
「些かなりとも、その可能性は有る」
「執念深いと言うか、根が深いですね」
吉川が言った。
「そうだ。しかしそれには理由が有る。平清盛は源氏との戦に勝利を収めても源氏を決して根
絶やしにはしなかった。平家は情の深い人間の集まりだ。平治の乱で平家が勝利した時も源義
朝の子供である幼き頃の頼朝と義経の命を救った。しかし、それとは逆に頼朝は婦女子に至る
まで平家を残忍なやり方で根絶やしにしようとした。だから一層平家の源氏に対する怨念は深
く強いものになっているのだよ」
「そうだったのですか」
武田が納得したように言った。
「だから、心霊現象や怪奇現象を興味半分でメディアが取り上げるのは良くないのだよ。取材
などで踏み込んではいけない領域に踏み込んでしまい、寝た子を起こす結果にも成り兼ねな
い。今回、君達はそれを侵してしまったのだよ。特に怨霊は最も危険だよ」
「迂闊でした」
武田が反省した表情で言った。
「君達メディアが取材するのも良いだろう。しかし、行って良い場所か悪い場所かは事前に調
べておく必要がある。その為に霊能者を雇っているのだから。霊能者か何か知らないが、あの
山口先生に事前に調べさせる事も出来た筈だ。もし、その先生が力を持った霊能者か祈祷師で
あってだな、日々の勤めで何らかの事を事前に察知出来ていれば、今回のような事は防げたは
ずだ」
「そうでしたか」
武田が言った。
「そうだよ」
黒瀬は語気を強めて言った。
「山口先生は彼方此方のテレビ局から今引張凧でなかなかスケジュールの調整が付かないとの
事でしたので、私の局も予定をお取り頂く為に二ヶ月前から精細な企画書を持ち込み、取材協
力と出演の依頼をしてありました」
「二ヶ月も有れば充分だよ。ましてや詳しい企画書を貰っていれば、それを祭壇に長くても二
十一日間祀り上げておけば普通の霊能者や祈祷師であれば、事前に霊の持つ力や霊障を予知出
来る筈だ。それが修行をした霊能者や祈祷師としての責任だよ。おそらくあの先生は面白可笑
しくテレビに出る事でチヤホヤされて有頂天になって、祀り上げもせず、日々の神仏への勤め
も疎かになっているのだろうよ」
黒瀬が腹立たしそうに言った。
「黒瀬先生。よく分かりました。スタッフ三人と投稿者の受けた霊障を早く取り除いてやって
下さい。今回の事は私にも責任があります。何卒、お願いします」
「私としても話を請けたからには、出来るだけの事はしよう。今はそれだけしか言えないが」
「長老とはどのように話しをされるご予定ですか。なかなか頑固で手強い相手のようですが」
横で黒瀬と武田の話を聞いていた吉川が聞いた。
「問題はそれだが、明朝までには何らかの策が思い浮かぶかもしれない」
黒瀬は自ら祀る祭壇のご本尊・眷属からの知らせを待っていた。
「明日は何時にホテルを出発しますか」
武田が黒瀬に聞いた。
「午前七時にここを発とう」
「ええ・・・。先生、早いですね」
吉川が少し不満げに言った。
「事は早いほうが良い。今晩も護符は肌身離さず持って、部屋は明るくして寝るように」
「分かりました」
武田と吉川が同時に言った。
そして黒瀬は武田と吉川に体の周りに結界を張る護身法の印を教えた。
黒瀬はもう少し肴と地酒を味わいたかったが、明日の大事が控えているので部屋に戻る事にし
た。武田と吉川も黒瀬の意に従い共に部屋に戻って行った。
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