霊能作家・黒瀬圓の事件簿、維高大明神の巻(3/16)縦書き表示RDF


霊能作家・黒瀬圓の事件簿、維高大明神の巻
作:平惟茂



その3


 黒瀬は自宅に戻ってからつくづく反省した。人から頼まれるとなかなか断れない性格であった。ましてや、困っている者が目の前にいると尚更である。それで今まで何度も死ぬ思いをさせられている。後は、神仏を念じ、ご守護を願うしかないか・・・・・・・と思った。
黒瀬は書斎でこれからの対策を考えた。
「赤い幟、赤い旗、・・・・・・・・」
「四国・・・・・・・・・・・・・・」
「怨霊、怨念・・・・・・・・・・・・・」
「維高大明神・・・・・・・・・・・」
黒瀬は頭の中で何度も、何度も繰り返した。
とにかく、明朝から祭壇で祈祷を始めれば七日の間には何らかの現象が出るか、知らせが必ず
来ると考えていた。七日間で駄目なら二十一日間続けるしかない。黒瀬は行者として何度も経
験している事ではあった。
一日目、二日目は何らの現象も知らせも無かった。三日目の祈祷が終わった日の夜、床につい
て熟睡しかけた頃、夢の中で鎧兜の武者と若い僧侶の姿が見えた。徐々に黒瀬に迫ってくる。
恐怖感と共に体全体が重苦しくなった。直ぐさま九字を切ろうとしたが腕が動かない。体も動
かすことが出来ない。金縛りである。二人の顔が目の前に来た。もう駄目かと思った瞬間、目
が覚めた。黒瀬の体は強張っていた。天井にはその二人の姿がはっきりと見え、黒瀬を見据え
ていた。二人はしばらくして振り返り姿を消してしまった。
黒瀬には、このような現象は日常茶飯事であるが、歓迎したくない現象には違いがなかった。
その為、夜は小さな明かりだけは必ず点けて寝るように習慣付けている。少しでも明かりが有
れば霊も容易には出て来られないのである。
四日目の夜は昨晩の事も有り、念珠を枕元に置いて寝る事にした。すると、今度は海上を行く
赤い幟を靡かせた何隻もの和船が見えた。昔の都であろうか、先頭に数名の馬に跨った鎧兜の
武者とそれに付き従う数多くの赤い幟を靡かせた武者が歩いている姿も見えた。
五日目は、赤い幟と白い幟を靡かせた何隻もの和船が入り乱れている戦の光景を見た。まるで
歴史絵巻を見ている様であった。六日目の祈祷を終えた夜は熟睡が出来ず、頭の中は起きてい
た。そして、最初に見た鎧兜の武者と僧侶の姿、そしてその背後には赤い幟を立てた沢山の武
者の列を見た。僧侶の姿をした者が、何か話し掛けてきているようであったが、黒瀬には聞こ
えなかった。腕も体も動いた。九字を切ろうかと思った。しかし、害をもたらす相手以外でな
ければ九字は切れない。彼らは何らかの望みが有るのか。黒瀬は迷った。結局、九字は切らず
じまいであった。
「赤い幟、そして鎧兜の武者・・・」
「確か、赤い幟は平家の印・・・・、白い幟は源氏か」
「さすれば鎧兜の武者は平家・・・・・・・」
黒瀬は、これは明らかに平家に関わる怨念であり、その聖域を侵したが為の霊障と思った。
「それでは、あの若い僧侶は・・・・」
あの投稿者の青年が夢で見た“維高大明神”についても気になった。神として、大明神として
祀られる者は余ほど位の高い人物である。日本全国平家の落人伝説は山ほど有り、中には真実
と思われるものや意図的に作りだされたような物も沢山有る。
夜中の二時過ぎであったが黒瀬は直ぐに書斎に行きインターネットで平家とその落ち武者伝説
について調べ始めた。黒瀬は平氏と源氏の戦に関わった平清盛以降の系図をまず調べた。
維高大明神は誰なのか。平家には維高と言う名の人物は見当たらない。清盛の子で維が付くの
は六男の維俊がいる。しかし嫡流は重盛であり、重盛の嫡男は維盛。維盛の嫡子は六代であ
る。しかし・・・、六代は幼名で正式には高清である。維盛と高清。維高?
「まさか」と黒瀬は思った。
歴史上の記述では平維盛は一一八四年に屋島の戦から、密かに那智熊野に逃れ、その後に那智
の沖で入水した事になっている。六代こと高清は一一八五年に北条方に捕らえられたが、文覚
上人の庇護を一時受け剃髪して妙覚と名乗り出家し、その後は文覚上人が源氏に謀反を起こし
隠岐に流された後、一一九八年に二十七歳で斬首されている。
すると、あの鎧兜の武者が維盛、僧侶の姿が剃髪した高清・・・・・・。
それではあの村に代々住んでいるのは、維盛の家臣の末裔で怨霊と化した主とその嫡子を密か
に神として祀り続けているのか。或いは、維盛と高清が何らかの方法で四国の山中に家臣と共
に逃れ来て密かに住んだのか。当時は主君やその跡継ぎは身代わりを立てて落ち延びるという
話も実際に有る。それ故、日本各地で多くの落人伝説も残っている。
土佐物語などの文献によれば当時は、あの集落の有る土地一帯は源氏方に加担した安藝氏が治
めていたはず。安藝氏は蘇我赤兄の末裔と言われ、壇ノ浦の戦では安藝広康の子、実元と実俊
が源氏方に加わり、平教経の両脇に抱えられ共に海に沈んだ事になっている。あの時代に源氏
方の土地で生き長らえるのは至難の業と思える。黒瀬は頭の中が混乱してきた。明け方近くに
なり、黒瀬は少し睡眠をとる事にした。
二時間程眠ったであろうか、黒瀬は電話の鳴る音で目が覚めた。
「もしもし、黒瀬です」
眠そうな声であった。
「先生、お早うございます。吉川です」
「ああ。吉川君か。どうした」
「明日の飛行機の予約が出来ましたので、ご連絡と思い。それに出発は予定通りに為さるかと思いまして」
「出発は予定通りだ。ところで、今は何時かね」
「午前九時です」
「もうそんな時間か」
「まだ、お休みでしたか」
「いや、いい。少し寝すぎたかな」
「昨晩は徹夜で・・・?」
「例の件で調べ物が有ってね、つい遅くなってしまった」
「何か分かったのですか」
「まだ確信が持てないが、平家の落人に関係しているようだ」
「平家の落人ですか」
「その可能性が大いに有るようだ」
「そうですか。四国は平家の落人伝説が多い土地ですから」
「まあ、詳しい事は明日にでも話す事にするよ」
「分かりました。明日は羽田午後二時三十分発の高知行きの便を予約しました。午前十時三十
分頃に社の車でお迎えに伺います」
「ああ、それは助かる。荷物が多いのでどうしようかと考えていたところだった」
「それで、明日は高知空港から安芸に行き、その日はそこのホテルで泊まり、翌朝に例の村に
行く予定でいます」
「分かった。それでは明日」
電話を切った後、黒瀬は急いで祭壇に行き、朝のお勤めを始め、その後に七日目の祈祷を行っ
た。祈祷が終り、目を半眼にして祭壇に向かって瞑想をしていると声が聞こえた。
「世が世なら、この者達は都にいるものを」
これを聞いて、黒瀬は矢張り平家の落人であると確信した。都から逃れ落延びたもの達の都へ
の執着と、代わりに都を支配した者への怨念か。
黒瀬は護摩壇を組む為の組木と護摩木の荷作りを始めた。今回、護摩壇は二十一段組む必要が
あると考えていた。普通は七段であるが、強力な怨霊やその霊障などには二十一段組む事にし
ている。二十一段の護摩壇の場合は神仏から、より強い霊力を得る事が出来るのである。
黒瀬は全ての準備を終えた。後は如何に村の長老から神社の前で護摩焚きを行う許可を得るか
で思案した。事が事だけに密かに執り行う事も出来ず、どうしたものかと考えあぐねていた。
明日からの大事も有り、昨晩は半分徹夜の作業だったので、今日は早めに床に就く事にした。
祭壇に神仏の守護を頼み、結界を張り、枕元には念珠を置いて眠りに入った。しかし、昨晩と
同じく睡眠は浅く頭の中は半分起きている状態であった。様々な光景が見えてきた。五日目と
同じ赤い幟と白い幟を靡かせた和船が入り乱れる光景、武者同士が切り合う光景、山奥を傷つ
いた武者の集団が歩いている光景、神社の社も見えてきた。様々な光景が入れ替わり立ち代り
見えた。何故、このような光景を見せられるのか、黒瀬には目的が分からなかった。その内に
黒瀬はやっと深い眠りに就く事が出来た。












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