霊能作家・黒瀬圓の事件簿、維高大明神の巻(12/16)縦書き表示RDF


霊能作家・黒瀬圓の事件簿、維高大明神の巻
作:平惟茂



その12


 その日は、三十三間堂の東に面したホテルに宿泊し、不測の事態に備えて三人で同じ
部屋に寝泊りする事にした。三人はレストランで食事をとりながら、今日起こった事、
明日起こるであろう事を考え話し合った。
「今井様。今日はご苦労様でした。食事が済みましたら、早くお休み下さい」
「何の。黒瀬様や甥に比べれば私はたいした事はしておりません」
「そんな事は有りません。今井様がお札をお守りしておられるので、平家の郎等達は
落ち着いているのです。だからこそ、維高大明神のお札も八坂神社の境内に埋める事
が出来たのです」
「黒瀬様、あの若武者と幼子を抱いた女人の姿は義経と静御前ですかね」
徳広が聞いた。
「私は、そうだと思う。だから白い幟の亡霊も我々に手を出せずに、義経の言うがまま
に道を開けたのだよ」
「私には何も見えませんでしたが、お手伝い頂いたのでしょう。これも清盛様の生前の
情けが有っての事と感謝致しております」
今井が二人に言った。
「義経自身、兄と慕った頼朝に追い込まれ、我が子までも海に沈められた恨み、怨念は
相当なもののようですな」
黒瀬が言った。
「いくら戦国の乱世と雖も、頼朝は自分の身内すら信じる事が出来ずにいた哀れな
人物です。頼朝が幼少の折に命を助けられたのも清盛様が人の哀れを知り、情けが
有ったからこそです」
今井が更に続けた。
「清盛様は何時も遠くを見据えられて、国の繁栄を考えられておられました。広く
外国との交易を薦めようとされ、大輪田泊、今の神戸にその為の港を作られ、福原
に都を移されようとされた。あの時代に於いては先を見通された偉大な政治家じゃ。
確かに平家一門にも驕りが有ったかも知れぬ。しかし、平家が滅びる事により日本の
進歩は何百年も遅れた事は確かな事です。清盛様のお考えが正しかった事は、今の時代、
神戸が日本の大事な貿易港の一つである事でも分かります。源氏には到底真似の出来ぬ事」
「清盛様が病にならずに、もう少し長生きされておられれば、平家も違ったでしょうな」
黒瀬が言った。
「いやいや、年寄りの戯言です」
今井が言った。
「今井様に前からお伺いしたい事がありました」
「何でしょうか」
「維盛、六代親子の事です」
黒瀬が言った。
「黒瀬様。それ以上はお聞きにならない方が良いでしょう」
今井が質問の内容を予測したかのように言った。
「そうですか」
黒瀬が言った。
「何をお聞きになりたいか、察しは付きます。しかし、何百年も前の事で、先祖代々
の釣書も数度の火災で焼失し、元々から有った先祖宮も山津波で流されてしまっています。
なんら残ってはおりません。ただ残されているのは、平家と言う血筋だけです」
「良く分かりました」
黒瀬は、それ以上は聞かなかった。
「明日は、三十三間堂と鞍馬寺です。我々を妨げる為に、怨霊どもは益々数を増して来る
でしょう。例え義経が見方してくれるにしても、多勢に無勢。油断は禁物です」
黒瀬が言った。
「黒瀬様。神仏のご守護があります。それ故に、今日は神社の境内にお札を埋める事も
できました。石段の手前で一時はどうなるかと思いましたが、お蔭様で境内に入ること
も出来ました。これもご守護が有ったからこそだと思います。誠に有難い事です」
今井が神妙な表情をして言った。
「確かにそうでした」
黒瀬が言った。しかし、見える者と見えない者との違いで、黒瀬には未だ不安が残っていた。
これからは怨霊も必死で妨げを仕掛けてくるはず。邪神の力を借りる事も有りうる。
そうなれば、一瞬の隙が命取りにも成り兼ねない。
「徳広さん。徳広さんには明日の事は大体の予測が付いていると思います。宜しく
お願いします」
「黒瀬さん。分かりました。こちらこそお願いします」
黒瀬は、徳広の持つ霊力、透視の力は並大抵のものではないと確信していた。今回の
事が無事に成就すれば、これが縁となり、先々この世界で信頼出来る人物として関わり
を持ち続ける、で有ろうと思った。
「黒瀬様。大分と周りが騒がしくなってきたようです。白い幟を立てた亡霊がこのホテル
と三十三間堂を取り囲み始めている様です」
徳広が周りの気配を感じ取っていた。
「そのようですな。それも、かなりの数のようで。それではそろそろ部屋に戻りましょうか」
黒瀬は暫く目を閉じてから言った。
部屋に戻ると、黒瀬は部屋の各隅に護符を置き、更に入口と窓に護符を貼り付けた。
「今井様。お疲れでしょう。先にお休み下さい。後は私と徳広さんとで、お守りさせて
頂きます」
「それでは先に休ませて頂きます。申し訳ありません。年は取りたくないものですな」
そう言って今井は床に就いた。
「徳広さん。私達もそろそろ休みますか」
「そうですね。明日も大事が控えていますから」
黒瀬は、九字を切り、大日如来の結界法を行い、念珠を枕元に置いて床に就いた。
今井も護身法を行い床に就いた。部屋の明かりは点けたままにしていた。
午前二時頃、窓の外が騒がしく感じられ、黒瀬と徳広が目を覚ました。午前二時は即ち
丑の刻。丑寅の間の時刻は怨霊、亡霊、不成仏霊などが騒ぎやすい時間帯である。
二人が窓をみると真っ白く、何も見えない状態になっていた。よく見ると、白い幟が
何枚も重なって窓の外に張り付いていた。その後ろには怒号のような声も聞こえた。
白くなった窓には、刀を振りかざし、凄まじい形相の武者どもの姿も見え、今にも部屋
に入り、斬りかかってきそうな様子であった。
黒瀬が心配して今井を見ると、何も気付いていない様子で深い眠りに入っていた。
黒瀬と徳広にだけ見え、聞こえていた。 
「徳広さん、彼らは護符と結界で、この部屋には入って来れません」
「そのようです。威嚇しているのでしょうが、でも往生際の悪い連中ですね。明日に些か
不安が残ります」
徳広が心配そうに言った。
黒瀬は千手観世音菩薩を念じ、大悲心陀羅尼を七回上げた。そして、千手観世音菩薩
の左手に持つ宝剣と宝弓、右手に持つ宝箭(ほうせん)を暫し貸し賜へと願い、
千手観世音菩薩の御真言を百八回唱へた。
オンバサラ・ダルマキリク・ソワカ
・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・
御真言を唱え終わった瞬間、武者の亡霊の姿が消え、窓に張り付いていた無数の白い幟
も一枚ずつ剥がれるかのようにして、消えていった。窓の向こうには輝き、光を放つ
三十三間堂の屋根が見へた。黒瀬と今井は千手観世音菩薩の守護に感謝し、再び眠り
についた。明日、無事に事が運べば良いが、と黒瀬の脳裏にも不安が走った。












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