その11
間もなく京都駅に到着し、三人は新幹線を降りた。途端に強い妖気、鋭い視線と
殺気が覆い被さってきた。それでも三人は北口の通りを目指して歩き始めた。
重い荷物を背負わされたようで、一歩一歩歩く足が重く感じられ、思うように
進めなかった。高齢の今井にとっては、尚更苦痛のようであった。
「叔父さん、大丈夫ですか」
徳広が今井を気遣った。
「何だか、体が急に重たくなったようで、歩き辛い」
「もう少し頑張って下さい」
黒瀬が今井に言った。
三人は、やっとの事で北口の通りに出ることが出来た。妖気と殺気が更に強く感じられ、
無数の白い幟が風に靡く音が聞こえるかのようであった。しかし、それ以上の現象は起
こらなかった。三人は通りでタクシーに乗り四条通りの祇園に向かった。この時期、
底冷えのする京都にも関わらず今井は汗をかき車の中でグッタリとしていた。徳広は念じ、
唱へ続けた。黒瀬も素戔嗚尊を念じていた。
八坂神社の石段の前に立つと、周りは人目には普段と変らぬ光景であったが、黒瀬と
徳広は、血腥く殺気立った異様さを感じ取った。白い幟もちらついて見えた。多くの
怨霊が集まり、三人の周りがざわついている。石段を上ろうとしても、前に壁が立ちは
だかっているような感覚で足を踏み出せない。これから境内に入れるのかと思った。
すると、晴れているのに何故か一番下の石段の中ほどに水滴が一つポツリと落ちた。
次の段にも、その次の段にも、そして最上段の西楼門の処まで続いた。
「あれは、若武者の横にいる女人が抱いている幼子から滴り落ちる水滴のようです」
徳広が言った。
黒瀬は、これは知らせかと思った。
「今は、信じてその水滴を辿って行くしか方法はないでしょう」
黒瀬がそう言って、先頭となり、今井を間に入れ、徳広が後ろに付き、その水滴の跡を
踏むようにして石段を上って行くと、楼門まで辿り着くことが出来、境内に入れた。
あれは、義経と静御前が我が子を海に沈めた頼朝への恨みかと、黒瀬と徳広は思った。
楼門から中には白い幟の亡霊もさすがに入って来る気配はなかった。三人は直ぐさま
本殿で祝詞を唱へ、素戔嗚尊の加護を願い、白い紙で包んだ維高大明神のお札を境内の
庭の隅に密かに埋めた。
徳広が穴を掘り、黒瀬が清めの塩を撒き、今井がお札を納め、更に黒瀬が清めの塩を撒き、
徳広がお神酒を振り掛け、三人で土を掛けた。埋め終わると、黒瀬と徳広が祝詞をあげた。
時が経つに連れ、埋めたお札が朽ちて自然に還る事により、怨念も消滅するであろうと
思った。
黒瀬と徳弘は素戔嗚尊の加護に感謝し再び本殿で祝詞を上げた。楼門から石段を見ると、
まだ先程の水滴の跡がくっきりと残っていた。三人は楼門を出て、元来た道をなぞりな
がら石段を下りた。徳広はその間も南無九郎判官義経を念じて、鞍馬山尊天秘密真言を
小声で唱えていた。
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