霊能作家・黒瀬圓の事件簿、維高大明神の巻(10/16)縦書き表示RDF


霊能作家・黒瀬圓の事件簿、維高大明神の巻
作:平惟茂



その10


 黒瀬は列車に乗ってからも徳広が最後に言った言葉が気になっていた。鞍馬寺は黒瀬も
行者の修行で何度か訪れた事の有る寺でもある。
鞍馬寺のご本尊は鞍馬山尊天であり、大聖毘沙門天王、大慈大悲千手観世音菩薩、
破邪顕正護法魔王尊が三身一体となったご本尊である。そして、義経が預けられて
修行をした寺でもあり、義経とは縁が深い。鞍馬寺には義経の供養塔も有る。清盛は
義経の命を助け、幼少の折には我が子と同じように可愛っていた。後に義経は源氏と
して平家と戦ったが、その後は、頼朝の命で非業な最後を遂げ、静御前に宿した子ま
でも頼朝の命で生まれて間もなく由比ヶ浜に沈められている。義経の頼朝への怨念、
即ち源氏に対する恨みは平家と同じく強いはずである。義経の怨念の力を借りるのか。
然れば、京都では義経と縁の深い鞍馬寺ご本尊の守護の下で義経を先導役として大事を
成就する事か。義経が睨みを利かせれば、源氏の亡霊も迂闊に我々には手を出せない。
黒瀬に閃いた。それと同時に、南無破邪顕正護法魔王尊と南無九郎判官義経の文字が
一瞬見えた。
「やはり」黒瀬は思った。
「見えましたか」
横にいる徳広が黒瀬に言った。
「確かに見ました」
黒瀬と徳広も同じ物を見たのであった。
「この大事の成就には、義経を先導役とするように、との知らせのようですな。
白い幟の怨霊の妨げを防ぐには、義経ですか・・・」
黒瀬が言った。
「私も、そう感じました。それで、昨日、白い幟が見えた時に鞍馬寺の事がずっと気に
なっていました」
徳広が言った。
「徳広さん。それではこのようにいたしましょう。岡山で新幹線に乗り換えて、神戸付近
を通過した頃から、南無九郎判官義経を念じて、鞍馬山尊天秘密真言を小声で唱え続けて
下さい。鞍馬山尊天秘密真言はこの紙に書いたとおりです。京都駅に着くまでに、
何らかの知らせが有るかもしれません」
黒瀬は鞍馬山尊天秘密真言を書いた紙を徳広に渡し伝授した。
それには、
オンバサラ・ダルマキリ・ベイシラマナヤ・
ダルマハラ・マソバミウンソワカ
と書かれていた。
「分かりました。念じ、唱え続けましょう」
「徳広さん。もし、義経の霊が先導役になってくれるのであれば、これで白い幟の怨霊で
閉ざされた道は徐々に開いてゆく筈です。関門は京都駅と八坂神社、明日の三十三間堂
そして鞍馬寺の四ケ所と思われます」
「今井様はお札を手元から離さずに持っていて下さい」
黒瀬が言った。
「分かりました。我が命に変えてもこれらのお札はお守りいたします。決して我が身から
離しません」

三人は岡山で新幹線に乗換えた。
果たして義経の頼朝への怨念が我々に味方してくれるのか、黒瀬には不安が残った。
いくら頼朝に対して怨念が有るにしても義経は源氏である。源氏が平家に手を貸すのか。
岡山から京都迄は一時間足らずで到着する。
急がないと時間が無い。黒瀬と徳広は半眼にして瞑想を始めた。京都駅の周辺は既に
白い幟を立てた源氏の郎等どもの怨霊が取り囲んでいるのが見え、八坂神社と三十三間堂
の周辺にも集まり始めているようであった。鞍馬寺だけは、なぜか静かであった。
源氏の怨霊は、我々が鞍馬まで行き着く事が出来ないと安心しているのか。
神戸を過ぎた頃、徳広は黒瀬から言われたように、南無九郎判官義経を念じ、
鞍馬山尊天秘密真言を小声で唱え始めた。それと同じくして黒瀬は九字を素早く切り、
素戔嗚尊を念じ、身滌大祓を唱えた後に疫神祓を唱えた。新大阪を過ぎた頃に、黒瀬
と徳広に若武者と幼子を抱いた女人の姿が微かに見えた。京都駅の北に面した通りに
立って、こちらを招いている様子であった。その二人の姿が立っている所だけが白い幟
を持った怨霊の姿が途切れていた。義経と静御前か。黒瀬と徳広は思った。












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