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2.異界の迷い人
 「ゴ主人タマー! 大変、大変ダヨー! 何カ落チテキター!!」

 サンのその言葉に、慌ててその場所に行くと、何者かが身体を丸め、ウンウンと呻いていた。
 その場所は、母胎樹の根元。
 そこは地下のようでいて、天井は大きく開いており、母胎樹に太陽の光が降り注ぐようになっていた。
 ピトは最初、その吹き抜けとなっている天井から、この者が落ちてきたのだと思った。
 しかし、サンは違うと言う。
 何でも、この母胎樹の一番下の枝の辺りが、ぴかっと光って、そこからこの物は落ちてきたのだと言った。

 「何と、異界の者か?」

 その者は、十四、五の少年のように見えた。
 そして、毛皮で出来たベストのようなものを羽織り、足には藁で出来た靴を履いていた。
 頭は、ボサボサの黒い髪を、後ろで括っている。
 その少年は、右腕を押さえており、足は逆方向に向いていた。

 「いかん、骨を折っておるのか!」

 ゼラノの本で、人間の身体についての知識を持っていたピトは、すぐさま目の前の人間の治療を始める。
 調べてみた所、右腕、足、そして肋骨も二本折れていた。
 治癒魔法を施し、折れた部分を固定してゆく。
 人間の治療など、初めてで勝手が分らず、完全に骨をくっ付ける事は無理だった。
 少年は、まだ気を失ったままだ。

 サンが何やら持ってきた。
 見たところ、弓と矢である。
 どうやら、この人間の持ち物らしい。

 「猟師か?」

 サンは、この横たわる少年の頭の横で、甲斐甲斐しく汗などを拭ってやっている。
 そして、どうしようかと考える。
 今ここにあるのは、水しかない。 
 人間の彼には、食料が必要だろう……。
 食料を調達するにしても、この人間をこのまま放っておいてよいものだろうか?
 いきなり、暴れだしたりしないか?
 そう思い、ピトはちらりとサンを見る。
 この子を傷付けたりしないだろうか……。

 そしてピトは、自分の腕を見た。
 実は、以前から試してみたい事があったのだ。
 ゼラノの本を読み、知った事。 植物の中には、人間にとって身体に良いものや、中には怪我を治してしまうものもあるらしい。
 では、植物から生まれた樹木人は人間にとって、どんな効能を持つのだろう?
 そう思うと、居ても立ってもいられなくなり、ピトはナイフを取り出した。
 そしてそれを自分の腕に当てる。

 「ゴ主人タマッ!?」

 サンがそれに気付き、驚いた顔をする。

 「何、ただちょっと傷付けて、血を出すだけジャから心配するな」

 そう言って、力を入れ、刃を横に引く。
 すると、その真っ白な肌が、ぱっくりと割れ、そこから透明な液体が、どくどくと流れ出す。 それを、少年の口の中に流し入れた。しっかりと、その喉がゴクリゴクリと動くのを確認する。
 ピトの血は、無色透明であった。そして、水のようにさらさらしている。
 そしてその香りは、フルーツの様に甘い香り、恐らく味もフルーツの様であろう。
 (さて、暫くは、ワシの血だけで過ごしてもらおうかの……)
 ピトにとっては、ある意味実験だ。
 傷口を押さえ、自らに治癒魔法を行う。
 その時、ピトの手に触れてくるものがある。
 サンだった。

 「ゴ主人タマ、痛クナイー?」

 心配そうにするサンを見て、ピトはクスリと笑った。

 「大丈夫ジャよ、サン。ワシら樹木人は、痛みをあまり感じんのジャ」

 ピトはそう言うが、サンはますます悲しそうな顔をする。

 「デモデモー、僕ハココガ痛イノー……」

 そう言って、自分の胸を押さえるサン。
 ピトはそれを見て、サンをその手で、優しく包み込む。

 「優しい子ジャのぅ、サンは。ワシの分まで痛がってくれるのか……ありがとう」

 サンは、暖かなピトの手に包まれ、その手に頬擦りするのだった。



 「な、何じゃあ!? 河童じゃ、河童の(わらし)がおる!」

 ピトの治癒魔法と、ピトの血により、わずか一日足らずで骨もくっ付き、すぐさま目を覚ました少年は、目の前に立つピトを見るなり、そう叫んだ。

 「何ジャ? そのカッパと言うのは?」

 訝しげに眉を顰めるピトに、少年はさらに驚いて見せた。

 「しゃ、しゃべった!」

 「そりゃ、喋るわい」

 「元気二ナッタネー! 良カッタネー!」

 その時サンが、少年の手に触れるとそう言った。
 ピトは一瞬、警戒する。

 「何じゃあ、こいつは!? 頭に花ぁ咲かしとるっ!!」

 「僕ネー、サンッテ言ウノー、ヨロシクネー!」

 「はっ! もしかして、木霊(こだま)かっ!!」

 そう言って、少年はまじまじとサンを見る。
 そして、ふと気付いたように、辺りを見回す。

 「どこだぁ、ここ? おら、山ん中で、鹿追っ駆けてたはずだぁ?
 何か、行き成りピカッて光って、何かたけーとこから落っこちたような……」

 「落っこちたよ。 お前さん、骨を折って、ウンウン唸っていたからのぉ。 ワシが治しといた。 ちなみに、ここはお前さんが居た世界とは、別の世界ジャよ」

 それを聞いて、ボーとしていた少年は、急にハッとして叫ぶ。

 「か、神隠しかっ! おら、神隠しにあっただか?」

 「うん、まぁ、だからの? それはおいおい教えてやるわい。とりあえず、今はお前さんの名前を教えてくれんかの、ワシの名はピトと言う。樹木人と言う種族ジャ」

 「尻こだまは盗らんのか!?」

 自分の尻を押さえて、その少年は言う。

 「……ジャから、それは何なんジャ……?」

 訳の分らない事を言う少年を、何とかなだめ賺し、漸く名前を聞き出す。
 彼の名前は、佐伍助と言うらしい。
 ピトの推測通り、猟師をしているとの事。
 ピトは、彼の前に液体の入ったコップを出し言った。

 「実はここは食料がない。外は砂漠で何も無いしの。ジャからお前さんには、これで我慢して欲しいんジャ。ついでに、これを飲んだら体調はどうか教えてくれると嬉しいのぅ」

 それはピトの血であった。ピトは、彼の見えない所で腕を傷付け、コップに移し、こうして持ってきたのだ。 恐らく、血だと知れたら飲んではくれないだろう。

 「何じゃあ? これは……?」

 そう言って、佐伍助はクンクンと臭いを嗅ぎ、ペロッと舐めた。
 すると、目を見開き、グイッと(あお)った。

 「プハー、おら、こんなにうめー飲みもん飲んだの初めてだぁ!」

 「フムフム、味はうまい……と」

 ピトは紙にメモを取る。

 「後、何か、疲れもスッと抜けるようだぁ」

 「フム……疲労回復……と」

 「……さっきから、何してるだか?」

 佐伍助が聞くと、ピトはにっこりと笑い言う。

 「何、大した事ではない」

 そして、そんなピトを、サンは心配そうに見ているのだった。 



 「フムフム、どうやらワシの血には、疲労回復、滋養強壮、新陳代謝も良くなるらしいのぅ」

 あれから、肌がつやつやの佐伍助を見て、ピトは呟く。
 そして、そんな佐伍助とは反対に、ピトは血を抜いている為か、徐々にやつれていった。
 だが、研究の方に夢中のピトは、そんな事には目も向けなかった。
 サンは、そんなピトを見て決心する。


 「サーゴ、サーゴ」

 「ん? どうしただか、サン? 何か、深刻そうだなや?」

 サンは、佐伍助の事をサーゴと呼んでいた。
 彼も、その事を別段気にする事も無い。

 「オ願イ、聞イテクレル?」

 「お願い?」

 佐伍助が首を傾げると、サンは頷いた。

 「モウ、アノ水ハ飲マナイデ欲シイノ……」

 「あの水って……あのやたらめったら、うめー水の事だか?」

 「ウン、ソウダヨー。アレハネ、ゴ主人タマノ血ナノー。コノママジャ、ゴ主人タマドンドン弱ッテチャウ。ダカラモウ、飲マナイデ……」




 「こんらーピトーー!! おめー、おらに血を飲ませてただかっ!?」

 顔を真っ赤にして、佐伍助が怒った。

 「何じゃ、バレてしまっては仕方がないのぅ」

 そして、奥の方から、此方を伺うように覗いているサンの姿を見つけ、苦笑する。
 (成る程、サンか……)

 「何が仕方がねーだかっ! 見ろ、ピト。おめー初めて会った日から、今まで、どんどんやつれていってるでねーか!」

 「何じゃ、ワシの心配か。気持ち悪くて怒ってるんじゃなくて……」

 ぱちくりと瞬きをするピトに、佐伍助はさらに言った。

 「ああ、気持ち悪い! 気持ち悪いけんども、それ以上にピトが自分を大事にしてねー事が、一番腹立つだっ!!」

 フンッと鼻息を荒くして、佐伍助は言った。

 「ソウダヨー、ゴ主人タマ。モット自分ヲ大切二シテー?」

 奥にいたサンも出てきて、ピトに寄り添うと言う。

 「後ネー、モースグ皆生マレルヨー。マザーガ言ッテルノー」

 ピトは首を傾げた。

 「……マザー?」

 「母胎樹ノ事ダヨー」

 「何と!? サンは母胎樹と話せるのか?」

 「ンーン、オ話ハ出来ナイノー。マザーノ気持チガ、僕ノ中二入ッテクルンダヨー」

 「……? なぁ、一体何の話だか?」

 一人置いてけぼりの佐伍助。
 ピトは彼をみると、

 「いい物を見せてやるわい」

 と言って、種を植えた場所に連れて行く。
 そして、彼らが見守る中、突然サンが歌いだした。

 「……サン?」

 ピトの聞いた事のない歌だった。

 「命ノ歌ナノー。マザーガ教エテクレタンダヨー。早ク生マレテオイデー、世界ハトッテモ素敵ダヨーッテ、歌ッテルンダヨー」

 サンはそう言うと、また歌いだす。
 それはとても美しい旋律だった。
 そして、その歌に導かれるように、目の前の土からは、緑色の可愛らしい芽が、ピョコピョコと生え出すのであった。



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