5.帰還
「それでな、じっさま ワシ、魔学者を目指す事にしたんジャ」
ピトは祖父に語った。
自分の見てきたもの――
世界樹の事。そして、この国の名の由来を――
ピトの祖父はそれをじっと聞いていた。
その目には、涙も浮かんでいるようだった。
「今、魔術を目下勉強中ジャ! いろんな術式を試しているんジャが、ワシにはもともと、その才能があったのかもしれん。その全部を習得可能ジャ!」
目の前の老人は、そんな風に自慢げに話すピトを、誇らしげに見ていた。
「そうか……それはスゴイのぅ……。ピトよ……お前じゃッたら、きっと……世界樹様の為に……何かを成す事が、出来るかもしれんのぅ……」
その声は、何処かゆったりとして、まるで、眠る前のまどろみの中にいるようだった。
これは、世界樹への帰還がいよいよ近い証拠である。
ピトはぎゅっと拳を握り締める。
世界樹の……ティオの事を知って、それ程の恐怖は抱かなくなったとはいえ、やはりこうして目の前にすると、どうしても胸がざわつく。
祖父のその姿は、もう殆ど樹木と化していた。
足の根もすでに、世界樹と同化しており、その青く生い茂った頭の枝には、花の蕾がいくつかついている。
そうなってくると、枝を大きく伸ばせるようにと、繭の天井が開くのだ。
「ウム、ワシがんばるよ! 世界樹が、ティオが、喜んでくれる様な物を作る」
そう言って、無理をして笑うピトを見て、老人は喉の奥で笑う。
「ピトよ……世界樹様に還る事は……怖い事ではないんじゃよ……いつか、皆が辿り着く場所じゃ……じゃからピト、また会えるよ……」
「じっさま……」
ピトは口元を引き締めた。
祖父はずっと知っていたのだ。
自分がずっと、世界樹に還る事を怖がっていた事に……。
ピトを見る祖父の目は、何処までも澄み渡り、温かく優しい。
「ピト……どうかわしの分まで……世界樹様の悲しみを……孤独を癒して欲しい……。わしはずっと見守っておるよ……世界樹様の中で……世界樹様と共に……」
その声は、最後の方は囁くようで、その瞳はだんだんと虚ろなものになっていった。
そして、そのあまり動かなくなった顔の表情が、僅かに笑みの形をとった様に見えた。
「……ああ……世界樹様……――」
そのため息のような声が最後だった。
その目は硬く閉じられ、かすかにあった呼吸もピタリと止まった。
開けた天井から差し込む光が、祖父のその姿を明るく照らす。
そして、その枝についた蕾が、パチンと音を立てて開いていった。
それは赤い花――。
それは世界樹に帰還した証――。
「……じっさま、分ったよ。ワシ、じっさまの分まで、ティオの悲しみを癒すよ。
魔学者になって、ティオの為にがんばる……」
グイッと目を拭うと、立ち上がり、祖父の繭を出る。
「おっ、ピトじゃん! またじぃさんの所に居たのか? 本当、じぃさんっ子だなぁ、お前は」
そうからかう様に言ったのは、ピトの友人アトだった。
だが、いつもと違うピトの様子に、アトは眉をひそめる。
「なぁ、どうし――」
「じっさまが還った」
「え?」
一瞬、アトは言われた事が理解できずにポカンとしてしまう。
「じっさまが、たった今、世界樹に還ったよ……」
「はぁ!?」
後はそれを聞き、慌てて繭の中を覘きこむ。
そして赤い花を確認する。
「うわぁ、ほんとうだ!」
アトはピトを見る。
その顔は何処か嬉しそうだ。
「スゲーじゃんピト! 早く皆に知らせろよ! また宴会の主役だな!」
世界樹に還る事はめでたい事。
それを見送った者、最初に見つけた者が、それを皆に知らせる事が彼らの習わし。そして、それを知らせた者は、そのお祝いの主役となる。
だが、ピトは首を振る。
そして、アトを見ると言った。
「アト、その事ジャが、お前がその役をやってくれないか? ワシはこれから魔学者になるための勉強がある。少しでも時間が惜しいんジャ……」
「は!? 何言ってんだよ! じぃさんの事見送ったのはピトだろう? それを勉強って――」
「これは、じっさまの望みでもあるんジャ……。それに、お前だから頼むんジャ……」
そこまで言われると、何も言えなくなってしまう。
「ああー、もう、分ったよ! その代わり……魔法、後で俺にも教えろよ?」
アトのその言葉に、ピトは苦笑すると頷いた。
「分った。ジャが、魔法には才能とセンスが必要なんジャよ。アトにそれがあるか心配ジャのぅ」
「なにおぅ!? 才能はともかく、センスに関しちゃ、俺の右に出るものはいないゼッ!」
フンッと胸を張ると、アトはピトの肩を掴み、後ろを向かせると、その背を押した。
「早く行けよ。知らせた途端に皆に囲まれちまう!」
「ウム! ありがとう、アト!」
「おう!」
そしてピトは、急いでその場を離れる。
後ろの方でアトの声がする。
「おーーーい! ピトのじぃちゃんが、世界樹様に還ったぞーーー!!」
その声を聞きつけた者達が、ワラワラと表に出てくる。
ピトは、そんな彼らとは逆方向へと向かった。
ピトは自分の繭の中に入ると、世界樹に呼びかける。
「ティオ……」
すると、床に入り口ができ、ピトはその中に入っていった。
本当は、何処でも呼びかければ入り口は開くのだが、人目を気にして、いつも自分の繭の中で呼びかけている。
中に入ると、以前とは違い、物で溢れかえっていた。
ゼラノの所から持ってきた本や、何やら書き散らかした紙。そして、いろんな道具だ。その道具は、ピトの作ったものだった。
まだまだ使える段階ではなく、試作品といったところか。
いつの間にやら、机や椅子が置いてあり、今見ると、棚まで設けられていた。
ティオが出してくれたらしい。
人間達の使っていた物で、地中深くに埋まっていた物を再生したと言っていた。
恐らく、ゼラノの所にある本たちも、そうやって再生したものなのだろう。
ティオは、いつもと変わらぬ姿でそこにおり、ピトを見ると、微笑み抱きしめた。
その事に、少々気恥ずかしさを感じながら、ピトは彼女にポツリと話しかける。
「……ティオ。じっさまはティオの傍におるのか……?」
ティオは体を離し、ピトの顔を見る。
その顔は、悲しみながらも受け入れているようだった。
「……ティオはずっと見ていたんジャろう?」
ティオは儚げに微笑むと、ピトの手を取り、自分の胸の上に置いた。
――皆ここにいる。そして、一緒に生きている――
ピトは慌てて手を離すと、ティオの傍を離れ、落ちている本を手に取り、パラパラと捲った。
どうやら、照れているらしい。
「じ、じっさまと約束したからの! そこにおって見てるんジャろ? ではワシは、魔学者になる為に頑張らなくてはのっ!」
そう言いながら、ピトは考える。
どうしたらティオは、悲しまずに寂しがらずに済むんだろう。あのジークの物言わぬ身体も必要としなくなる位に、彼女を癒すには……、と。
ふと、本を捲っていた手を止める。
そこには、魔法とそれによって創り出される生物について書かれていた。
「……魔道生物――……」
何かヒントが得られたような気がした。
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