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4.魔学者
 「ピト!? ピト! 本当にピトなのか? 俺、夢見てんのかな……?」

 「ただいま、アト。夢を見るにはまだ、大分時間があるのぅ」

 明るい空を見上げて、ピトは言う。
 その、のほほんとした雰囲気に、アトは彼が、ピト本人であると確信した。

 「俺、俺……もう、ピトに会えないんじゃないかと……」

 グスッと涙目でアトが言う。
 そして、その様子に周りの大人たちも気付いた。

 「おお! ピトじゃないかっ! そんな馬鹿な……世界樹を降りて無事だったとは……」

 皆が驚愕している。

 「完全には落ちてなかったんジャ。途中枝に引っ掛かっての、そこから登ってきた」

 ピトは真実を言わなかった。
 他にも降りようとする者がいない様にと思ったのもあるが、ティオの事は、自分だけの秘密にしたかった。

 「そっか、そりゃ運が良かったんだな……」

 アトが言う。しかしアトは、ピトの微妙な変化に気付いた。
 (なぁ、ピト。お前、何か隠してんのか?)
 アトにはそう思えて仕方なかった。


 その日はお祝いとなった。
 ピトが無事に帰って来た事のお祝いだ。
 だが、いつの間にやら、主役のピトは放っとかれ、大人たちだけの大宴会となっていった。
 その事に半分呆れ、半分安堵するピト。

 ピトは抜け出す事にした。
 外に出ると、あたりはすっかり暗くなっていた。

 「ピト、俺も行くよ! だって、ここにいても面白くも何とも無い」

 つまらなそうにしていたアトは、ピトが抜け出すのをしっかりと見ていたらしい。

 「ワシといても、面白いとも思えんのジャけど……。
 ほれ、マトやリトがあそこにいるぞ? あいつらのとこに行ったらどうジャ?」

 ピトは、同い年の子供達を指す。

 「えー、あいつら、お前のやっかみしか言わないんだ。今回だって、お前が英雄みたいに持て囃されて、面白く無さそーだし。それに、お前といる方がここにいるよりマシだって。
 今回お祝いって言ってるけど、ありゃ大人たちがただ宴会したかっただけなんだぜ? きっと……」

 「まぁ、そーいうもんジャろ? ワシら樹木人には娯楽と言える物があまり無いものな……」

 アトがピトをまじまじと見る。

 「……ピトは何つーか……さばけてるっつーか、冷めてるじゃなくて――」

 「達観、と言いたいのかの……」

 「そーソレ! ピトは達観しすぎ!」

 何ジャソレは、と苦笑するピトに、唇を尖らせアトが言う。

 「俺たちまだ、50になったばかりなのに……」

 樹木人の50歳は、人で言う所の6〜7歳くらいだ。
 そして、精神年齢も人よりも上だが、もともと物事を深く考える癖があり、今回の出来事もあって、ピトのそれは他の樹木人の子供より上のようだった。


 「なぁ、何処行くんだ?」

 アトが尋ねる。
 当ても無く、ただブラブラと歩いているだけなのだと思ったのだが、ピトは真っ直ぐにどこかに向かっているようだった。
 そして辿り着いたのが、数多くある樹木人の繭の中でも、一際大きい繭の前。

 樹木人の住む繭は、必要に応じて大きくなる。
 個人の持ち物が多ければ多いほど、それに合わせる様に繭も大きくなって行くのである。
 
 この目の前にある繭の持ち主は、相当多く物を持っているらしい。

 「此処は……ゼラノじぃさんの(いえ)じゃないのか?」

 ピトは無言でその中に入ってゆく。

 「っ!? おいピト! 何勝手に入ってんだよっ! 見つかったら怒られるだけじゃ済まないって!!」

 慌ててアトもついて行く。

 「何、皆今は宴会でいないんジャ。見つかる心配なんか無いジャろ?」

 そう言ってピトは明かりをつける。

 「おおっ、これは――……」

 思わず感嘆の声をあげるピト。
 
 目の前に広がるのは、本の海だった。
 壁には本がびっしりと並べれれており、床にも乱雑に積み上げられていた。

 「一体ここで、何をしようって言うんだ?」

 呆然と周りを見回すピトに対して、アトが尋ねる。

 「何って、本に用があるに決まってるジャろう?」

 そう言うと、そこらにある本を手当たり次第にペラペラとめくり、中身を確認しだした。
 そしてその中から、一冊、二冊と選び、重ねて行く。

 「何してるんだ?」

 「いや、借りようと思って」

 「は? ちょっと待てよ! それって勝手に持ち出すって事か?」

 「人聞きが悪いのぅ。こっそり借りて、後でこっそり返すんジャよ」

 「って、同じ事だろーが! ばかっ、やめろって! 
 ゼラノじぃさんは、自分の本を貸さないことで有名なんだぞ? もし、この事がばれたら……俺達きっと燃やされちまう……」

 アトはブルッと震えた。
 燃やされる事、それは樹木人たちにとって最上級に恐れているもの。そうなれば、再生する事も、世界樹に還る事も出来なくなってしまうからだ。

 「別にバレなければいいんジャろ?」

 そう言う間にも、ピトの横には本がうず高く積みあがってゆく。

 「フム、まぁ今の所はこんなもんジャな……」

 「今の所って……また用があるってのか?」

 「ウム、まだまだ足りんの」

 そう言うと、本の半分をアトに渡す。

 「お、俺にも運べって?」

 タラッと汗を流し、アトが言う。
 ピトはそんな彼を見てニヤッと笑った。

 「ワシについて来てしまった事が運のつきジャ」

 そして、自分も本を抱え、出ようとした時だった。


 「何をしている? 悪たれ坊主どもが、わしの本を如何するつもりだ」


 針葉樹の様な、髪と髭を持った赤茶けた肌の老人が、そこに立っていた。

 「ゼ、ゼラノじぃさんっ!」

 アトはバサバサッと本を落とす。
 それを、ゼラノが琥珀色の目でギロリと睨んだ。
 
 「わしの本を傷つけてみろっ、ただじゃおかんぞ!」

 アトは、慌てて落としてしまった本を拾い集める。

 「で、何をしておるんだ? ピト、お前は今日の主役のはずだろう」

 「…………」

 ピトは無言でゼラノを見続ける。
 その手には、本が抱えられたままだ。

 「お、おいピト。謝って許してもらおう? 本置けって!」

 だがピトは、アトの言葉を無視した。

 「ゼラノじぃ、頼む、本を貸してくれ。ワシには本が必要なんジャ!」

 「って、おい! 何言ってんだよ! ゼラノじぃさんが貸してくれる訳無いだろ?」

 今度はぜラノが無言でピトを見続ける。

 「……ワシは勉強したい。勉強して、学者になりたいんジャ!」

 「ピト?」

 初めて聞く友の夢に、アトは驚く。

 ゼラノは目を瞑ると、何か考え込むようにしている。
 そして目を開くとアトを見た。

 「アト、お前はもう出ていけ、わしはピトに話がある」

 「でもっ」

 心配そうなアトを、ピトは頷き、出るように促した。

 「大丈夫ジャ、アト。さすがに燃やされはせんジャろう」

 そう言ってニカッと笑う。
 まだ渋っていたが、ゼラノに睨まれ、言う事を聞く。

 「じゃあピト、俺外で待ってるからな!」

 そういい残し、出て行った。

 ゼラノと2人きりになってしまったピトは、目の前の老人を見上げた。
 彼は真っ直ぐにピトを見ると言った。

 「ピト……お前、本当は下まで降りたんだろう?」

 「な、何を言っとるんジャ? 下まで降りたものは、今まで帰ってこんのジャろう?」

 何とか誤魔化そうとするが、ゼラノはピトに取りすがる様に、聞いてきたのである。

 「頼む、教えてくれ! 下はどんなだった? 他にも無事な者はおらんかったか?
 きっと下にも、街や何かあって、下に降りた者達はそこにおるんだろう? そうなんだろう?」

 まるで、そうであって欲しいような口ぶりに、ピトは目を見開いてゼラノを見る。
 すると、ゼラノはガクッと膝を折ると語った。

 「わしの……わしの兄はな、下に降りたんだ。本が好きで、冒険が好きな兄だった……」

 そう言って、膝をついた横に置かれていた本を撫でた。

 「ここにある本はな、ピト……人間の本なのだ……わしら樹木人達が生まれるずっとずっと昔にいた種族の物だ……」

 思わず手に持つ本を見つめるピト。

 「わしの兄はな。世界樹の下にもう一つ世界があって、そこには、自分たち以外の種族がいて、独自の文化を持って暮らしていると言ってな、下に降りていったんだ。
 そして、それが本当だったら、わしに本を届ける約束をしていった。だが、兄は帰ってこなかった。
 それからだ、時折、わしの元に本が届くようになったのは……」

 ゼラノはピトを見た。

 「兄がわしに本を届けてくれたんだ。そうなんだろう? 下には別の世界があって、兄はそこに居るんだろう?」

 (ティオだ……)

 ピトはそう思った。
 ティオが彼に本を届けているのだ。

 恐らく、ゼラノの兄がティオにお願いか何かをしたのであろう。
 ピトは目を伏せると首を振った。

 「ゼラノじぃ……残念ジャが、下には何も無かったよ。
 ワシが見たのは、寂しくて悲しいもの……。多分、ゼラノじぃの兄も見た……世界樹の過去ジャよ……」

 そう言ってピトはゼラノじぃに語りだした。
 自分の見たものを。そして、下に降りて行った者達の事を……。



 ピトが話をしている間、ゼラノはじっと耳を傾けていた。
 そして、聞き終わると、暫くボーとしていたが、やがて納得したように頷いた。

 「……そうか、兄は世界樹様に還ったのか……。ならば、それでいい。兄が望んだ事ならば……」

 「本を届けたのは、恐らくティオ……世界樹ジャと思う」

 「ああ、そうだろうな……。兄が世界樹様に頼んだのか……最後の最後まで、わしの事を気にかけて……兄らしい」

 フフッと笑う。
 そして、ゼラノはピトを見て言った。

 「ありがとうよ、ピト。教えてくれて……。
 世界樹様の為に学者か……。それはわしも協力せんとな。ここにある本は、世界樹様がくれた世界樹様の本だ。元々の持ち主の所に帰るのに、何故わしが止められる……」

 「じゃあ……」

 「ああ、好きなだけ持っていくといい」

 ピトは喜びに顔を輝かせた。


 それからピトは、本を抱えてゼラノの繭を出た。
 そして、そこにはアトがいた。

 「ピト! 無事だったかっ!」

 アトは駆け寄り、ピトが本を抱えている事に気付き、驚いた。

 「よくゼラノじぃさんが許したよな……。お前が初めてじゃないのか? 本を借りれたのって……」

 感心するアトに、ピトが言った。
 
 「恐らく、今までの者が面白半分に貸してくれと言ったんジャろ? ワシが真剣に頼んだら、結構あっさり貸してくれたよ」

 アトはフーンと生返事をする。
 それよりも今は気になる事がある。

 「それよりピト。お前が学者になりたいなんて俺、初めて聞いたんだけど……」

 「そりゃ、そうジャ。今日、思い立ったばかりジャ」

 「はぁ!? それでいきなり、ゼラノじぃさんの所忍び込んだのかよっ!」

 信じられないと言うように首を振るアト。

 「で? 学者って何するんだよ」

 「ウーム……そうジャなー……物作りや数式を学ぶのも大事ジャが、まずは魔法を覚えんとな……」

 「は? 魔法!?」

 「そうジャ。ワシの目指すものは、魔法を組み込んだ物を作る事ジャ。
 ジャからまず、魔法の勉強をしなくてはいけないんジャ。」

 「魔術師で学者かよっ! それじゃあ“魔学者”って呼んだ方がいいんじゃないのか?」

 「魔学者……?」

 目をぱちくりとさせるピト。
 そして、ははっと笑った。それは、子供らしい無邪気な笑い。 

 「アトもたまには言い事を言うのぅ。魔学者か……そうか、ワシはこれから魔学者を目指す!」

 「ちぇっ、ひでーな、たまにはって……俺はいつでも言い事言ってるって!
 それにしてもピト。本当は落ちた後どうしたんだ? 絶対何かあったろう?」

 いきなり、学者になりたいと言い出したのには理由がある筈だ、とアトは言う。
 まぁ、もっともだな、とピトは空を仰ぎ見て、考える。

 「うーん、どうしようかのぅ……。そうジャなー……アトがもっと歳を取って、世界樹に還る位になったら、話してやらなくもないかのぅ」

 そう言って、ニヤッと笑う。
 すると、アトは頬を膨らませ怒った。

 「何だよソレ! 結局話さないって事じゃねーか! その頃には、二人して動けなくなってるだろーさっ!」

 「ははは! そうとも言うかのぅ?」

 「ひでー!」

 二人の声は、星空に吸い込まれてゆく。
 そして、世界樹の葉は優しく揺れ、二人を見守っていた。




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