3.新たな迷い人
「うーん……これだけいると、名前を付けるのにも一苦労ジャわい……」
目の前には、サンの様な頭に花を咲かせた魔道生物たちが、ちょこまかと忙しなく動き回っている。
ある者は花壇の世話。ある者は母胎樹の手入れ。ある者は掃除や洗濯。
彼らは何か命令された訳ではなく、自分でする事を何かしら見つけ、そして、それをしている時の彼らは皆、満足気であった。
「それじゃあサン。留守番の方は頼んジャぞ」
ピトがそう言うと、サンはパッと顔を輝かせ、
「行ッテラッシャーイ!」
と言って、見送る。
そして、他の魔道生物達も一斉に、
『ゴ主人タマ、行ッテラッシャーイ!!』
そう言うのだった。
「そんだらオラ、獲物探してくるだ!」
「ウム、ワシはここで待っとるからの……」
ピトたちは今、砂漠を越えた森の中にいる。
サーゴの食料調達の為、ピトが移動魔法を行って、ここまでやって来たのだ。
魔道生物たちが増えたおかげで、今あの場所は、彼らに任せる事が出来る。
それに、砂漠と結界が、サーゴの様な事が無い限り、人間を寄せ付ける事はしないだろう。
「それにしても、母胎樹に意思があったとはの。思えば世界樹……ティオも、人に直接触れなければ、意思の疎通などが出来なかった。母胎樹の場合は魔道生物にのみか……しかも伝えるだけの一方通行――……。先はまだまだ長いのぅ……」
そうして暫く、考えを巡らせていたピトであったが、森の奥から、サーゴが血相を変えて走り込んできた。
「た、大変だぁ!! ピトォ、オラ、とんでもねぇ事しちまっただ!」
そう言って、サーゴはピトに、早く来てくれと頼んだ。
ピトも、何事かと慌ててサーゴの後について行く。
そして、辿り着いたその場所には、少女が一人、地面に横たわっていた。
水色の髪の、美しい少女だった。
「一体どうしたんジャ?」
見ると、少女の肩には、矢が深々と刺さっている。
「オラ、獲物と間違えて、この娘っこに矢を当てちまっただ。この娘っこに何かあったら、オラ、死んでお詫びするしかねーだ!」
頭を抱えて、そんな事を言うサーゴ。ピトは魔力でもって、目の前に横たわる少女を調べ始める。
「フム、ちゃんと息もしとるし、心臓も動いとる。ただ、ちょっとショックで気を失なっとるだけジャ。治癒魔法を行えば、傷も残らんジャろう」
「本当か?」
サーゴが涙目で、縋るように聞いてきた。
「こんな事で嘘言って如何するんじゃ。本当に決まっとるジャろう?」
呆れた様に言うピト。
それからピトは、サーゴに少女を押さえている様に言った。
「……? 何で押さえるんじゃあ?」
「フム、まず、治療をするにはな、この矢を抜かねばならんジャろ? 痛みで暴れるかもしれん、しっかり押さえてるんジャ!」
「わ、分っただ!」
そう言って、サーゴは慌てて少女を押さえる。
「後、舌を噛まない様に、何か咥えさせておくといい」
「えぇ!? そんな事言ってもよぅ。オラ何も持っとらん……」
そう呟きながら、自分の手を見るサーゴ。
そして、少女の口を開かせると、自分の手を咥えさせた。
そうすると、片手だけで押さえる事になるので、サーゴは少女の後ろから抱えるようにして押える事にした。
「ピト、用意はいいぞ!」
その言葉にピトは頷くと、少女の肩に足を掛け、突き刺さった矢を思いっきり引っ張った。
「――っ!!」
途端に目を覚ます少女。
痛みと身動きが取れない事で、パニックを起こしている。
さらに、少女が目を上げれば、見知らぬ少年に羽交い絞めにされているのだ。かなりの恐怖に違いない。
「ごめんな、オラのせいでこんな目に……。オラの手、噛み千切ってもいいから、もうちょっと我慢してくれな?」
その手に食い込む少女の歯。サーゴは、痛みに顔を顰めながらも、少女に気遣わしげに語り掛ける。
一方、その言葉に優しさと労わりを感じ取った少女は、恐怖が幾らか和らぐのを感じた。そして、少女は一切声を立てなかった。
ズルッと矢が抜ける。
「漸く抜けたわい。それにしても、まったく声を立てないとは、我慢強い子ジャな……」
痛みでまた、気を失ってしまった少女を、感心したように眺めるピト。血の溢れる肩に手をかざした。
サーゴは今だ、少女の口に手を突っ込んだままだ。
彼はボーとした面持ちで、少女を見つめている。少女のその目元には涙が滲んでいた。
(何て綺麗な目の色だぁ……まるで、あの空の色みてぇだ……)
先程見開かれた、少女の瞳を思い出す。
胸がドキドキして、頬も熱い。
(オ、オラ如何しちまっただ? こんなのは初めてだ……)
そして、少女の声も聞いてみたいと思うサーゴであった。
少女が目を覚ますと、目の前には可笑しな生き物達が、此方を覗きこんでいた。
慌ててガバッと飛び起きると、その生き物達は「キャー」と言って少女から離れ、そして、少し離れた物陰から、此方をそーっと窺うのだった。
その時、少女の耳に、人の会話が聞こえてきた。
「なぁ、ピト。本当に飲ませるだかぁ?」
「フム、体力を回復させるには、一番の特効薬ジャ。それは、サーゴが一番、良く分っているジャろう?」
「それは、そうなんじゃけんども……」
少女は慌てて毛布を身体に巻きつけると、部屋の隅っこで縮こまる。
「ゴ主人タマッ! 女ノ子、目ヲ覚マシター!」
「ビックリシテタノー!」
「怯エテルヨー!」
魔道生物たちが口々に捲し立てる。
「本当だか!?」
そんな声と共に、黒い髪の少年が駆け込んできた。
そして、少年は少女を見ると、パァッと笑顔になった。
「良かっただ! 目を覚ましただな! 大丈夫か? どっか、いてーとこはねーだか?
何も遠慮しねーで言ってくれな?」
少女は目をぱちぱちとすると、目の前の少年を見た。
少女の肩の力が抜ける。少年が思っていた以上に若かった事と、その眼差しが思いの他、優しかった事で、すっかり警戒が解けた。
そして、その少年の後ろから現れた人物は、黒髪の少年よりももっと幼かった。十歳位に見える。ただ、普通とは違うその容姿に、少女は少々戸惑った。
「まぁ、驚くのは後にして、今はこれを飲むといい。元気が出るぞ?」
そう言って渡された物は、透明の液体の入ったコップ。
その液体は、水の様に無色透明で、サラッとしている。そして、そこから漂う、果物の様な芳醇な香り。
試しに一口飲んでみると、驚くほど甘く、だが決してしつこくない。何よりもとても美味しかった。
少女はそれを、あっと言う間に飲み干してしまった。
その時、黒髪の少年は、何とも言えない顔で少女を見ていたのだが、少女はそれに気付く事は無かった。
「おら、佐伍助って言うだ。ここの奴らにはサーゴって呼ばれてる。んでもって、こっちが――」
「ワシはピトと言う。樹木人という種族での。異界人ジャよ。ついでにサーゴも異界人ジャ」
ピトがそう言うのを、少女は驚いた顔をして聞いていた。そして、軽く手を上げると、少女は自分を指差し頷いたのだ。
「ん? 如何したんジャ? もしかして、自分も異界人ジャと言いたいのかの?」
ピトがそう聞くと、少女は嬉しそうに、コクコクと頷く。
「何で喋らんのじゃあ?」
サーゴがそう尋ねると、少女は自分の喉を押さえ、悲しそうに首を振った。
「フム、どうやら口がきけんらしいの。先天的かの? それとも後天的か……? どちらにしろ、治癒魔法ではどうにもならん様じゃのぅ……」
「そんな――」
サーゴは酷く沈み込み、それを魔道生物たちが集まって慰めるのだった。
「それにしても、名前が分らんのには困ったの。呼ぶ時は如何したらよいのか……。字を書くにしろ、異界の字ジャしのぅ……」
ピトが、うーんと考え込むように言うと、少女はピトたちを指差し、そして、自分を指差すと、さぁと言う様に腕を広げて見せた。
「?? 何がいいたいんじゃあ?」
「ウーム……もしかして、ワシらに名付けてくれと言いたいのかの?」
少女がそうだと言う様に頷く。
「それならサーゴ、お前さんが付けてやってはどうかの? ワシは魔道生物達の名前で手一杯ジャ」
「えぇ!? オラが付けるだかぁ!?」
サーゴが困ったように少女を見る。でも、直ぐにパッと顔を輝かせると、ポンと手を打った。
「空! そうだ空だ! ソラは如何だか? おめさの髪と目の色は、あの空みてーに青く澄みきっててきれーだ! だからオラ、ソラって呼ぶだ!」
サーゴがそう言うと、少女は頬を染め、嬉しそうに頷いて見せた。
「ほぅ、ソラか。覚え易い、いい名前じゃのぅ。お前さんも、ソラでいいかの?」
ピトが少女にそう言うと、少女はにっこりと笑って頷いたのだった。
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