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《第一章》1.世界樹
 『 かつて一本の樹があった

   その樹は万物の力を兼ね備えていた

   その樹はやがて

   多くの命を宿し

   その命に力を注いでいった

   その命はやがて進化し

   進化した命は意思を持ち

   言葉を話すようになった

   やがて彼らは母なる樹をこう呼んだ

   ――世界樹と――…… 』


 



 「なー、じっさま。世界樹はいったい誰が創ったんジャろな?」

 幼いピトは、天を覆うほどの巨大な樹を見上げると、大好きな祖父から移った口調で言った。
 その肌は紙の様に白く。髪は太く平べったく濃い緑色。その瞳は黒くガラス玉の様に澄んでいる。
 そして、その瞳の中に見上げた世界樹を映している。
 
 「そんなもん、誰も知らん。世界樹様とてわからんだろうよ……」

 そう言って、フォッフォッと笑う。

 この人物は、ピトの祖父であり、(よわい)千歳を軽く超える大長老。

 その肌はピトと違い、茶色く硬くガサガサとしており、木の皮その物の様になっていた。
 そして、その腕から伸びる指は、細く伸び、爪からは葉が生え、木の枝と化していた。さらに下を見れば、爪先は根となり伸び出している。
 もうこうなっては、靴も履けないし、歩く事もままならないだろう。

 「じっさま、ワシが何か、動き易い物を作ってやろうか?」

 祖父の足を見ながらピトは言った。

 「そんなものはいらんよ。世界樹様から生まれたわし等は、いずれこの世界樹様へと還って行くのじゃ。
 それはとても喜ばしい事。わしもじきに、この根が世界樹様と同化する。
 わしはそれが、待ち遠しくてならないのじゃ……」

 愛しそうに自分の足の根をさする姿に、ピトは顔をしかめた。
 祖父のその目だけは、ピトと同じ光を湛えている。
 その姿は、やがてなる自分の姿――。

 「……じっさま……」

 ピトにはそれが、とても怖い事のように思えた。



 祖父の元を後にしたピトが、周りを見渡せば、木の蔓を編み込んだ様な巨大な繭が、幾つも存在している。
 これらは、世界樹が必要に応じて、一人一人に作り上げるピトたち樹木人の家。
 彼等のいるこの国は『ジークティオ』と呼ばれている。
 そしてこの国は、世界樹の巨大な枝の間に作られた国であった。


 ピトは世界樹に触れる。

 「なー、世界樹。ワシらは何で生まれて来たんジャろ? ワシらは……樹木人は何で存在しとるんジャ? ワシらはいったい何なんジャ?」

 その時、ざわりと世界樹の黄金の葉が揺れた。
 まるでピトに何か伝えるように……。
 しかし、世界樹の声はピトには聞こえない。

 「ワシは怖いんジャ。お前さんと同化したらどうなるんジャ? ワシは居なくなってしまうんジャろか……」

 そんなピトの呟きを、世界樹の葉のざわめきが優しく包むのだった。




 ある日、一つの繭が世界樹から剥がれた。

 それは、ピトの一番下の弟の繭だった。
 弟は病を患っていたのだ。
 
 正直、ピトはその弟のことはよく知らない。
 樹木人は長寿の為、子供がたくさんいる。
 ピトもまた、数十人と兄弟がいる為いちいち覚えてはいられなかった。

 例え深い傷を負おうとも、腕や足が千切れようと、植物と同様の再生力を持つ彼らは、決してそのような事では死なない。
 彼らにとって病は、数少ない命を脅かすものの一つだ。
 そして、それを感知した世界樹は、病が広がらない為、病に掛かった樹木人の繭を切り離すのだ。
 切り離された繭は、樹木人の手によって世界樹の枝から落とされる。

 今ピトは、大人達の手によって、弟の繭が落とされるのを見ていた。
 その時初めて、弟の名前がセラだという事を知った。

 「――……ピト、弟の事は気の毒だったな……」

 声を掛けられそちらを見ると、同い年の友アトの姿があった。

 彼の肌はピトとは違い、少し黄色身がかっており、その瞳の色は濃紺で、やはりガラス玉の様に澄んでいる。
 そして髪は、蔓のような黄緑色の長い茎状のもので、楕円形の青緑の葉がびっしりと生えていた。

 「のぅ、アト、この下はいったい、如何なっておるのだろうな?」

 弟が落とされた場所から、下を覗き込み、ピトが言う。

 「おい、ピト、まさか降りようなんて思ってないよな」

 樹木人たちにとって、世界樹から降りる事は禁忌とされている。
 今までに、降りて行った者は少なからずいたが、皆帰ってはこなかった。

 「別に、ただの好奇心ジャ」

 そう言ってフフンと笑った。
 しかし、そう言いながらも、ピトの意識は足元の闇へと向かっていた。

 その時、強い風が吹いた。
 ピトの小さな体がふわりと浮いた。

 「――ピトッ!!」

 気付けば、アトが此方に向かって必死に手を伸ばしている。
 そして、その姿は急激にピトの視界から遠ざかっていった。

 ――ピトは世界樹から落ちたのだ。

 あっと言う間に、闇がピトを取り囲む。
 そして、ピトの意識もまた、暗い闇に沈もうとしていた。
 しかし、意識が完全に闇に囚われる寸前、黄金の何かが視界によぎった。
 
 ピトは暖かいものに包まれる。
 


 そして、ピトは長い長い夢を見た――。

 この作品は、本作『異界の旅人』の登場人物、魔学者で異界人の樹木人ピトのお話です。宜しければそちらの方も読んでみてください。

 このお話は、けっこう壮大なお話になるかもしれません。

 内容は、本編と違い、シリアス重視となっています。

 


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