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<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

天才美佳の簡単ダイエット大作戦!

作者: 川床 無庵

残酷な描写があります。

締めの部分にはジョークが含まれます。

ホラー要素があります。

短編にしては長いです。

 天際美佳あまぎ わみか17歳。

 天然おバカキャラの彼女はクラスの人気者。でもちょっとだけ頭の緩い彼女には深刻な悩みがあるのだ。それは……。

 めくるめくスイーツの誘惑。

 彼女は一般的な同年代の女性よりも、巷に溢れるスイーツの数々に愛されている。少なくとも本人はそう考えている。いったいどういう意味なのか?

 本人感覚で言わせると彼女の味覚は一般のそれに比べて非常に敏感で様々なスイーツを食す時、通常の2.5倍(根拠なし)のおいしさを感じてしまうらしい。そのせいもあって、お年頃の彼女は常に体重の増減に一喜一憂していたのだ。


「どんなに食べても太らない画期的なダイエット方法が必要なのよ!」


 それが彼女の導き出した最終結論であった。

 しかし、当然の事ながらそんなものは存在せず、いつもおこずかいの1/3をおいしいものに使い、1/3をおしゃれに廻し、残ったお金でダイエットサプリを購入していた。

 彼女の幼馴染の男の子である松尾誠二に言わせると、「大枚はたいて買ったガンプラを精魂込めて作り上げ、同じく大枚はたいて買った大量の爆竹で木端微塵にして悲しんでいるようなもの」なのだそうだ。その例え話を聞いた美佳ちゃんの反応は「あんたバッカじゃないの?」というものであった。幼馴染による含蓄ある例え話は馬鹿の一言で片付いてしまった。


 美佳ちゃんは学校の帰りによく、近道と称して古い研究施設跡の廃墟を通り抜ける事がある。当然、不法侵入だしそもそも近道といいつつ普通に帰るより時間が掛るのだが細かい事は気にしないのである。

 その廃墟はかなり古くから存在しており、市が管理している敷地には鉄条網が張り巡らされているが、長年放置されたそれは侵入者に対してほとんど役に立っていなかった。

 地元の子供達なら一度は秘密基地だと言って遊びに来た事のある場所である。美佳ちゃんも小さい頃は幼馴染の誠二達と、かくれんぼをした思い出の場所である。


「なにかいいダイエット方法を探さなければ……」


 独りごちる美佳ちゃんは3週間後に迫った身体測定に向けてダイエット計画を立てているのだが、日々のスイーツ買い食いは一向にやめる気配はない。それとこれとは別の問題なのだ。


 研究棟が建ち並ぶ間の道を歩きながらぶつぶつと呟いている美佳ちゃんは前方に人影らしい物が横切るのを見つけて一気に緊張した。

 大抵の場合廃墟と言う物にはホームレスや素行の悪い輩が溜まるものである。この場所もそういう噂は絶えないのだ。女子高生が一人でうろうろしていいような場所では決してないのである。

 しかし、美佳ちゃんには己の身を守る術があった。彼女の家は代々続く合気道の道場でその歴史は江戸時代まで遡る事ができる。

 道場は年の離れた兄が立派に継ぐ予定だが、だからといって美佳ちゃんに鍛錬の責務が無かったかと言えばそんな事もなく、5歳の頃から鍛え上げた合気の技で、大人の男でさえ手玉に取る事ができる程度には熟練させられていた。

 彼女がスイーツを愛して止まないのに体脂肪が平均程度なのは、実は普段の修行の賜物なのだが、本人はそれに全く気付いていない。ダイエットサプリと怪しげなダイエット方法のおかげだと思い込んでいるのだ。


(ちょっとー、変な人がいるんですけどー?)


 廃墟に不法侵入して物陰に身を潜める自分も十分に変な人なのだが、そこは無視して心のなかで嘆息する美佳ちゃんは、人影が動いた辺りを凝視しながらじっとしている。


(また、通った!)


 凝視する先の道を研究棟に向かって横切る人影はどうやら女のようである。最初に見た人影も小柄であった事を考えれば女であった可能性が高い。


(こんな所に来る女っていったい……)


 自分の事は棚上げで訝しむ美佳ちゃんには、隠しきれない好奇心が湧き上がっていた。


(町の治安の為にも調べないとね!)


 ただの出歯亀根性なのにいつの間にか治安維持の正義心に取って変わった美佳ちゃんはこっそり後を追った。

 合気道に於ける歩行の基礎「ナンバ」という歩行術で静かに素早く後を追うと、研究棟の廊下を進んだ不審な女は階段を降り始めた。


(なんか怖いけどワクワクする)


 ちょっとアホな子だけど好奇心の旺盛な美佳ちゃんは、女の後を追って地下階へと降りていく。

 電気の来ていない地下1階は自分の鼻さえ見えない暗闇だが、前方を行く女の懐中電灯が照らす光景を脳に焼き付け、その記憶を頼りに障害物を避けながら女に気付かれる事なく後をつけた。物事を理論立てて思考する事は非常に苦手な美佳ちゃんであったが、動物的な感性はずば抜けて高いのである。


 研究棟の端っこまで来た女が一室に入って行く。ドキドキが止まらない美佳ちゃんがそっとその部屋を覗いてみると……。そこには7,8人の女性達が列を作って並んでいた。


(うっわー! なにこれ、ちょーきもいんですけど?)


 部屋の中はそれぞれの女達が持ち寄った懐中電灯でなんとか見渡せる。

 教室より少し広い程度のオフィス然とした部屋には奥に通じる扉があり、その扉の前に一言も発さない女達が並んでいた。年齢層は様々でどこかのマダムのような人もいれば、明らかにjcのように見える子もいる。

 黙って暗闇の廃墟の一室に並ぶ女達はそれだけで、とても気味の悪いものであったが彼女達を観察して、美佳ちゃんはある事に気付いていた。どの人も異常に痩せているのだ。ひどい人などは頬がこけて目の下に隈までできている。


(あの扉の向こうに何があるの?)


 好奇心と恐怖がせめぎ合う。真相を知りたいけど状況から見て関わり合いになるリスクは高いと言わざるを得ない。

 こっそり中を窺っていると奥にある扉が開いて女が出てきた。奥の部屋からは明かりが漏れてそこだけは電気が通じている事が見て取れる。入れ替わりに並んでいた女が中に入って扉は閉まる。出てきた女は無言のまま美佳ちゃんのいる出口に向かってきた。


(やばっ!)


 咄嗟に隠れるところを探して、取り敢えず階段とは反対方向にある柱の陰に身を潜める。

 部屋を出ていく時一瞬見えた女は30代前半の綺麗な人で痩せすぎの印象もなく肌艶もよさそうであった。

 出てきた女が階段の方へ行くのを眺めていると、新たな訪問者が階段から現れて今しがた出て行った女と鉢合わせになった。


「あら! 奥様! またいらしたのね」

「あら、こんにちは。――私はもうここに来ないとダイエットできる気がしなくって」

「ですわよねー。私もここに通い始めてから今までの苦労が馬鹿馬鹿しくなっちゃって。もう一生通い続けるつもりですわ」


 主婦二人の挨拶から始まった会話は続いているが、美佳ちゃんはそんな事よりダイエットという言葉が気になって仕方がなかった。


(なんなの! これってもしかして非合法のダイエットサプリを販売してる所なの?)


 どうやら口コミで広がった評判を聞きつけた女達の究極ダイエット術がここにあるらしい事は話の内容から明らかであった。

 主婦らしき二人は「ごきげんよう」と言って分かれたあと一人は階段に消え、一人はこちらに向かって歩いてくる。その時、こちらに向かう女の顔が懐中電灯の反射光で一瞬照らされて確認できた。


(あれは! 佐藤さんちの奥さん!)


 その人は美佳ちゃん家の3軒となりの家に住む若夫婦の奥さんであった。今朝も登校時に出会った時に挨拶した相手である。これは事情を聞かないと! 美佳ちゃんはゆっくりと柱の陰からでて佐藤さんの前に姿を現した。


「ひっ! ――あれ? 美佳ちゃん? 美佳ちゃんなのね?」

「こんにちは~」

「もーう! びっくりさせないでよ。心臓が止まるかと思ったわよ?」

「ごめんなさい。――それで佐藤さん、ちょっと聞きたいんですけど、ここって何なんですか?」


 声のトーンを一段落として聞く美佳ちゃんに佐藤さんも小声で説明する。


「あら、美佳ちゃんは初めてなのね。――ここは全ての女性の願いが実現する素晴らしい場所なのよ」

「さっきダイエットがどうとか言ってましたよね?」

「ええ、ここである物をもらう事によって一生ダイエットに困る事はなくなるわ!」


(まじかっ! しかし……)


 いくらアホの美佳ちゃんでもこれは怪しい話だと思わずにはいられないが、一生ダイエットに困らないとなると話は別である。

 逡巡する美佳ちゃんを見て佐藤さんが口を開いた。


「私も最初はすごく怖かったの。でも今はとても感謝してるのよ。美佳ちゃんも一緒にやりましょう。絶対に損はしないから」

「そうですねー……。あ、でも私持ち合わせがないんです」

「それがね、ここの主催者はお金取らないの。たぶん臨床実験みたいな物なんだろうけど、とにかくタダでダイエットを手助けしてくれるのよ。すごいでしょ?」


 すごいというより怪しさがMAXである。いくらアホの子でも……と思ったら美佳ちゃんは顔を輝かせている。無料タダマジック恐るべし。


「初回にある物をもらってそれ以降は個人の判断で定期的に足を運べば一生ダイエットに困る事はないわよ」

「私でも大丈夫ですかね?」

「もちろんよ、ここは誰でも受け入れてくれるみたいだから」


 結局、美佳ちゃんは佐藤さんの勧めに乗って列に並ぶ事にした。二人で室内に入って行っても誰一人として、こちらに注意を向ける者もなく佐藤さんの前に並んだ。

 無言の室内に並ぶ女達の中にはどうみても健康状態の悪そうな人もいるが大丈夫なのだろうか? 美佳ちゃんの不安を余所に段々と順番が近づいて来る。

 だいたい5~6分で扉から出て来る人がほとんどだが、例の痩せすぎで健康状態の悪そうな人だけは10分近く扉から出てこなかった。しかしその人も扉から出てきた時には入る前より随分楽になったようでスタスタと帰って行った。

 そして、いよいよ順番がまわってきた。

 前に入ったjcが5分ほどで出てくると目線を交わす事もなく部屋を出ていく。美佳ちゃんは意を決して部屋の中に入った。


「ようこそいらっしゃいました。どうぞこちらへお掛けください」


 明るい部屋の中には一人の男性がいて椅子に座るように優しい笑顔で勧めてくれる。

 あまり広くはない室内には飾りのような物は一切なく、中央にぽつんと置かれたアンティーク調の高そうな椅子があるだけだ。

 勧められるままに椅子に座って改めて男を見るとそれはまるで俳優さんかモデルさんかというような綺麗な男性であった。闇より濃い黒髪は後ろで一つに束ねられ、髪と同じ色の瞳は吸い込まれる程の暗黒であった。血の気の感じられない白い貌は彫が深く日本人には見えない。

 凝視してしまった美佳ちゃんの頭は霞が掛ったように茫漠としてしまった。


「美佳さま、美佳さま! しっかりしてください!」


 男性の呼びかけにやっと自我を取り戻す美佳ちゃんではあったが、自己紹介もしていないのに自分の名前を呼ばれた矛盾に気付ける程には、回復していないようである。


「ごめんなさい。茫っとしてしまって」

「お気になさらず。よくある事ですから」


 優しく微笑む男性の貌を見てまた意識がふわふわと飛んで行きそうになる。


「こちらには初めてお越しのようですね? 初回の方にはこの錠剤をお渡ししております」


 そう言って男性が取り出した物は錠剤と呼ぶには大きすぎる物であった。ピンポン玉程の大きさの真っ黒な飴玉のように見えるそれは、不気味な事にいくら目を凝らしてもその黒い球体の表面が見えない。それは空間にぽっかりと空いた闇そのもののように見えた。

 だが、意識のはっきりしない美佳ちゃんにはそんな細かい事なんかどうでも良くて、とにかくこのイケメンさんと甘いロマンスなんかを期待する程度の思考力しか働かなかった。


「さあ、お口を開けてください。何も心配はいりませんよ」


 艶然と笑うイケメンに陶然とした表情の美佳ちゃんの口を割って黒い球体が侵入してきた。舌で押し返す間もなく、するりと喉に入っていくそれは形を自在に変えられるのか、細長い状態で食道を通過して胃の中に落ちた。それだけであった。痛くもなく処置は終了し促されるままに部屋を出る。並んでいる他の人達など気にもならない。

 ふわふわした頭のまま部屋を出て真っ暗な廊下を歩き、自動運転のロボットになってしまったかの如く、帰路を踏破し自分の家の自室にたどり着いた。



 美佳ちゃんは自分の部屋のベッドで目が覚めた。

 カーテンの隙間から見える外は薄暗く、今が夕方なのか早朝なのかはっきりしない。

 制服を着たままだから帰ってきてそのまま寝てしまったのだろう。という事は今は夕方のはずだ。

 そう結論付けた美佳ちゃんは、微かに頭痛がする頭を振りながらベッドから抜け出して記憶の糸を辿ってみる。


(あれー? どうなったんだっけ? ――廃墟の地下室で怪しい集団に会って……。佐藤さんがいた! それから……そうだ、あの扉の奥に凄いイケメンがいたはず)


 しかし出会ったはずのイケメンの顔は全く思い出せない。


(あっ! 私、あのイケメンに何かを飲まさせられたんだった!)


 得体の知れない物を飲まさせられて平気な人はいないだろう。心配になってお腹の具合を探ってみるがなんともないようだ。むしろお腹が減っていて凄い食欲が湧いてくる。

 美佳ちゃんはとにかく私服に着替えて自室から階下のリビングに降りてきた。

 台所ではお母さんが料理をしている。

 美佳ちゃんの好物ハンバーグを焼いている所をみると、夕飯の支度で間違いないようだ。


「美佳ー、あんた帰って来てからそのまま寝てたでしょ? ちゃんと手を洗ったの? もうすぐ晩御飯よ」

「ねえお母さん。私変じゃない?」


 美佳ちゃんの唐突な質問にお母さんは怪訝な表情を浮かべた。


「なーにー突然。別にいつもと変わらないように見えるけどー。――でも、普段から変だから大丈夫よ」

「ひどーい。私は変じゃないですぅー」

「そう、じゃー夕飯作るの手伝って。あっ、ちゃんと手を洗って来てからね」

「はーい」


 お母さんに変かどうか尋ねたはずなのに、結局自分で変じゃないと宣言した美佳ちゃんは洗面所に手を洗いに行った。


 その日のハンバーグは今まで食べた中でもベストの美味しさで、美佳ちゃんはご飯のお替りをしてしまった。

 食事中に占めるご飯のカロリーはかなり高い物になる。

 3週間のダイエット計画を実行しているとは、とても思えない食べっぷりに家族全員の生暖かい苦笑を誘ったのであった。



 時は流れて身体測定当日の朝。

 元気いっぱいに玄関を飛び出す美佳ちゃん。


「行ってきまーす」

「忘れ物ないー?」

「だいじょーぶ」


 遅刻しそうな時間を気にして走り出した美佳ちゃんの目にあるものが写った。

 住宅地の真ん中には相応しくない白と黒の車、パトカーが通りの端に駐車してある。

 見るとどうやら佐藤さんの家に警官が訪問しているようだ。


(なんか嫌な予感が……)


 廃墟の一室での出来事から特に変わった事もなく、普段通り過ごしていた美佳ちゃんは、あの一件についてあまり考えなくなっていた。体調が崩れる事もないし、時おり顔を合わせる佐藤さん家の奥さんも至って健康そうに見えたからだ。

 しかし今、目の前で佐藤家に警官が訪ねる事態を見て急激に不安が押し寄せてきた。

 

(もしかして違法薬物とかじゃないよね?)


 美佳ちゃんは警官から逃げるかのように走る速度を上げて学校に向かった。

 胸中に広がる不安がどんどんとその濃さを増していく。

 その不安に比例するように急速に襲ってくる衝動があった。それは食欲。

 ここ一週間ほどはやたらとお腹が空くのだ。食べても食べてもすぐにお腹が鳴る。

 かなり食事の量を増やしたにも係らず体重はむしろ落ちていて、怪しいダイエットの効果が現れてくれたのだと喜んでいたのに。

 美佳ちゃんは不安と空腹に苛まれながら学校への道を走り抜けた。


 美佳ちゃんはあの一件以来、近道を通らなくなっている。

 逆にそのおかげで学校は余裕で間に合った。

 胸中とは裏腹にクラスメート達と笑顔で朝の挨拶を交わして教室に入る。

 その後の美佳ちゃんは、あの日の出来事と今朝の警察の情景が頭の中で走馬灯を演じて、授業なんか全く頭に入って来なかった。

 三限目が終わってついに身体測定の時間になるというところで、担任の“すなわち”が血相を変えて教室に飛び込んできた。

 彼は数学の教師で授業中に“すなわち”と連発するために生徒からそう呼ばれている。


「みんな! 今日の身体測定は中止だ。私物を持って全員すぐに体育館に集合してくれ」


 生徒たちに比べて一人だけテンションが高いせいで非常に浮いている。

 美佳ちゃん達は訳も分からず体育館に移動を始めた。校内放送でも全校生徒は体育館に集合するように呼びかけている。

 程なくして全校生徒が体育館に集められた。

 生徒達は訳が分からず言われたとおりに並んでいるが、先生達は皆動揺が隠し切れない様子だ。

 そして校長が壇上に上がり驚愕の事実が告げられた。


「先ほど県の教育委員会から連絡がありました。本日より県下の全ての高校が臨時休校になります。明日以降も未定の状態です。皆さんはご両親が迎えに来るまでここに留まってもらいます」


 この発表に一部の生徒が歓声を上げた。

 突然降って湧いた休日に喜んでいるのだが冷静な生徒達はその理由が分からなくて困惑している。

 3年の先輩が起立して校長に質問した。その人は確か生徒会長さんではなかったか?


「どうして急に休校になるんですか?」

「えー、隠しても意味はないので教えますが、現在日本中の至る所で同時多発テロが起きています。警察や自衛隊も出動しているようですが、あまりにも規模が大きすぎて全く収拾の目途が立っていない状況です。皆さんにはこのままここでご両親か親族の方が来るまで待機してもらいます」


 この情報に体育館が騒然となる。

 美佳ちゃんも家族が心配になって不安な気持ちが高まると共にお腹が「ぐぅぅぅ」と鳴った。

 全ての予定がキャンセルされた体育館では、仲のいい生徒同士でおもいおもいに集まり昼食を取ったり、バスケに興じたりして迎えを待っている。

 美佳ちゃんも友達と固まって座っているのだが、どうにも辛い。我慢できない程お腹が空いている。ついさっきお弁当を平らげたばかりだというのに。

 美佳ちゃんは友達に断ってトイレに来た。こんな非常事態にもかかわらず「ぐぅーぐぅー」お腹を鳴らしていたら恥ずかしいし、これを少しでも改善しようとしたのだ。


 天際家に伝わる合気術には内気功で丹田に気を溜める業がある。

 小周天気功法と呼ばれる物で、美佳ちゃんは幼い頃から修行の一環としてこれを習得させられていた。  

 一週間前程前からお腹が空き過ぎるようになったのだが、この気功法をすると飢餓状態が幾分緩和される事に気付いて以来、しょっちゅう体内の気を練り上げる事をしていたのだ。

 内気功は落ち着いた所で集中しながら体内の気をイメージし、独特の呼吸法を繰り返す必要がある。トイレの個室に来たのはその為なのだ。

 10秒間掛けて息を吐き10秒間息を止めて10秒間掛けて息を吸う。息を吸う度におへその下辺りへ神聖な気が溜まり、息を吐く度に体内の毒素が体外へと出ていくのをイメージする。

 長年の修行の成果で集中が高まる程に呼吸の間隔は伸びて行くのだが、この一週間でさらにゆっくりと深い呼吸ができるようになった。

 美佳ちゃんは大好きなおじいちゃんの言葉を思い出していた。


『美佳よ、おじいちゃん程の使い手になると気の塊りを回すことができるんじゃぞ。丹田に溜まった気を回転させると体中の気が活性化するのじゃが、美佳には難しいじゃろうのう。お前のお父さんでもまだ気は回せんからのう』


 何十年も修行を続けた父でさえ到達できない境地。

 

(もしかしたら私できちゃうかも)


 おへその下に溜まった気が熱を持って、触れる程に固まった状態がイメージ出来る。美佳ちゃんはおじいちゃんに聞いていた通りにその気の塊りを右回りに回してみた。

 予想通りおへそ下の気が回転を始めたのだが、それに連動するように体中の気が勢いよく循環し、おへその下より更に下、性器と肛門の間でも気が回転を始めたのだ。

 美佳ちゃんは知らない。そこは第一のチャクラ、ムーラーダーラと呼ばれる場所でヒンドゥーヨーガでは女性器の象徴とされ女神グンダリーニの眠る所なのだ。

 女神グンダリーニはとぐろを巻いた蛇の姿をしているのだが美佳ちゃんはそんな事は知らない。知らないにも関わらず自分の下腹部に蛇の神様がいるのが見えた。


(うわっ!)

  

 美佳ちゃんは驚いて立ち上がってしまった。

 普段は寝ている筈の女神さまだが、今は一生懸命に何か黒い物を食べている。美佳ちゃんの体のあちこちに巣食ったねばねばした暗黒物質ダークマターを気の流れで集めて食べまくっていた。

 美佳ちゃんは恐ろしくなってしまい気功法を止めたいと思ったのだが止める事ができない。なぜなら今の美佳ちゃんの意識は、立ち上がった際に体を離れて自分を外から見ているからである。

 薄目を開けた状態で背筋を伸ばし便座に腰掛ける自分の姿は仏像のような静謐さを湛えていた。

 

(やばい。このままだと死ぬかも)


 本能的にそう感じた美佳ちゃんはなんとか自分の体に戻ろうとした。体とぴったり重なって同じポーズをとり、体が無意識でやっている呼吸法と合わせるように意識の方も呼吸のイメージをする。

 しばらくすると自身の性器の辺りにとぐろを巻いていた蛇が食べるのを止めて眠りについた。それと共に激しく循環していた気の流れが穏やかになり、おへその下と更にその下の2か所で気がゆっくり回転する状態になった。

 美佳ちゃんは自分の体に戻ってこれた。


(あっぶなー、幽体離脱しちゃったよ。なんか体の中に蛇もいたし、もしかして私って選ばれし者とか勇者とかそっち系の人? ちょっと凄くない?)


 美佳ちゃんは凄いのです。頭を使わないでいい時は活躍できるガテン系女子なのです。

 徐々に意識レベルが覚醒していき、段々と普通の呼吸に戻して行くと体を動かせるようになってきた。 

 トイレを後にした美佳ちゃんだが実はチャクラは回りっぱなしになっている。当然そんな事には気付かずに皆の所に戻ろうとした。

 だが、様子がおかしい。


(トイレに行く前はそこそこ騒がしい状態だった筈だけど?)


 さっきまで多くの生徒や教師がいた体育館の方からは物音ひとつしない。


(あっれー、もしかして瞑想を長くやり過ぎたのかな?)


 時間を忘れるほど集中する事はよくあるけど、でも今回は違っていた。

 体育館は半分が綺麗になくなっていたのだ。半分から先には校庭が見えていて、しかも綺麗な球状に切り取られた体育館と共に地面にも綺麗な球状の穴が開いている。


(なっ! なんだ、これは?)


 半分になった体育館の残っている方の床は一面血の海になっていた。

 良く見れば血の海の中に手や足といったパーツが少量転がっている。

 さすがの美佳ちゃんもこれにはドン引き。

 そんな凄惨な現場に一人だけ佇んでいる人がいた。


(え? なにこれ? みんなはどこ? ってかあれは……佐藤さん?)


 血の海に立っている佐藤さん家の奥さんは、白いチノパンと白いブラウス姿だけど、その服には血の一滴も付いてはいない。


「あら、美佳ちゃん。すごく良い匂いがすると思ったら美佳ちゃんだったのね。おばさん匂いに釣られて来たんだけど、あんなにたくさん食べたのに全然お腹が膨れないのよ?」


(えっ? 待って、この人何言ってるの?)


「おばさん今度は美佳ちゃんを食べたいな~。だって凄く美味しそうなんだもの」


(あ、この人やばいヤツだ)


 さすが美佳ちゃん、本能に従っていつでも逃げられる体勢を取った。そして警戒しながらも気になった事を質問してみる事にした。


「あの、食べたってどういう意味ですか?」

「そのまんまの意味だけど? おばさん色んな物を食べる方法を編み出したのよ。4日前に主人を食べたのが最初だったの。そんなつもりは無かったのに、あの人があんまりしつこいもんだからつい食べちゃったのね。そしたら今朝、警察官が来てねー、私に任意同行しろって言うのよ。取調でかつ丼出るかって聞いたら、ふざけるな! って怒るの。ふざけてるのはどっちよって感じよねー。頭にきたから2人とも食べたの。でも、パトカーが放ったらかしはまずいでしょ? だからパトカーも食べてみたの。おばさんパトカーがあんなに美味しいなんて知らなかったわー。もうそれから手当り次第に食べたんだけど、凄く良い匂いがするからそれを辿ってここに来たのよ」


 佐藤さんの長台詞の間にジリジリと下がって、いつでも逃げ出せる位置まで来た美佳ちゃんは、切っ掛けを待っていた。

 美佳ちゃんが逃げそうな雰囲気は佐藤さんにも伝わったのか血の海を静かに歩いてくる。

 その時佐藤さんのつま先に誰かの足切れが当たった。

 佐藤さんの右目が足元を確認する。左目は美佳ちゃんを捉えたままだ。


(げっ! 目が別々に動いてる!)


 佐藤さんは転がっている物が足だと分かると、美佳ちゃんに食欲の目を向けたまま口を開いた。それは明らかに人間の許容を超える口の開き具合だった。オノマトペで表現するなら「ガコン」である。

 開き過ぎた口のせいで、あごの骨は完全に外れ、口角が裂けて血が溢れているが気にしている風ではない。

 すぐに口の中から大量の黒い物が這いずり出してきた。それはファンタジー等の作品で良く聞くスライムというものに似ている。口からドロリと垂れさがった暗黒のスライムは、足っ切れに到達すると一瞬で、足とついでに床までも跡形なく消し去って、驚くべき早さで佐藤さんの口の中に戻って行った。

 

(あれが元凶だ。自分の中にもあれと同じ物がいる)


 美佳ちゃんにはすぐに分かった。まー誰でもそう思うだろう。

 3週間前に怪しい男に飲まさせられた黒い物体。あれが佐藤さんの中に大量にあるのだ。でなければ体育館の半分を呑み込む事はできない。

 おぞましい光景を見つめていた美佳ちゃんの前で佐藤さんに異変が起きる。

 相変わらず口はカバでも無理というぐらい開いたままだが、その状態でガタガタと震えだした。ついでに目がギロンと上に反転して白目だけになった。

 そこでまた口の中から何かが姿を現したのだ。それはあまりにも現実離れした光景だった。

 佐藤さんの口から顔を覗かせたのはまるで俳優さんかモデルさんかというような綺麗な男であった。吸い込まれそうになる程の暗黒の瞳と、血の気の感じられない白い貌は、彫が深く日本人には見えないあの男だった。


「お久しぶりでございます、美佳さま。このような所から失礼します」


 3軒となりの奥さんの、口の中からコンニチハ、といった風でなかなかユーモアがある。


「どうやら前回お渡しした商品に不備があったようですね。美佳さまの体内で定着できていないご様子。どうぞこちらに近寄って来てください。新しい物をお渡しいたします」


 前回美佳ちゃんはこの男の顔にめろめろにされて、考える暇もなく物体を呑み込んでしまったが、今日はそうはいかない。だいいち人の口の中から挨拶してくる非常識な男とは関わり合いたくない。


「結構です。もう私に関わらないでください」


 美佳ちゃんはそれだけ告げて振り返り一目散に駆けだした。

 大破した体育館にはガクガクと震える女と、その口の中の男だけが取り残された。


「危険ですねー。この私の魅了が効かないとはどういう事なんでしょうか? このまま捨て置く訳にはまいりませんね」


 それだけ言い残した男はまた女の中に消えて行った。

 しばらくガタガタ震えていた女は、またまた「ギョロン」と黒目が戻り呆けたように辺りを見回している。


「あらあらまあまあ、美佳ちゃんが居なくなってますわね。最近の若い子は一瞬で消える魔法でも使えるのかしら?」


 佐藤さん家の奥さんは、自分の口からイケメンがコンニチハしていた記憶は無い様子で、ぼけた反応だけ残して新なエサを求めてその場を立ち去るのだった。





20xx年

 その日、世界から日本という国が消滅した。

 日本中の3万か所に及ぶ地域に於いて、同時多発的に起こったテロ事件のせいで、日本の防衛機能は完全に麻痺し、長年に渡ってお花畑精神を養ってきたツケを一気に払う結果となった。

 さすがの人権活動家やプロ市民も権利を保障してくれる国がなくなってしまっては手も足もでない。

 日本の防衛機能の麻痺を見て取った中国は沖縄に侵攻、人民解放軍トップと沖縄の県○事が共同声明を発表し沖縄を独立させる。その後南九州に上陸した人民解放軍は、沖縄に続いて日本人抹殺計画を断行、チベットやウィグル自治区と同じ惨劇が繰り返された。

 時を同じくしてロシア軍が人道支援という名目で北海道に上陸し、全土に駐屯基地を設立した。

 これを受けて韓国軍が対馬に侵攻、しかし返り討ちに会いすごすごと引き返す一幕もあった。

 アメリカは当初同盟関係を気にして部隊を送り込んでくれたがテロリストの謎の攻撃を受け全滅。日本への介入を断念する結果となった。

 その後、火事場泥棒を狙った人民解放軍とロシア軍も謎のテロリストによる謎の攻撃で全滅。日本は完全な無政府地域となる。



10年後

元日本国元首都 東京廃都

第78特別防衛隊指令所


「曹長殿、新しく赴任される司令官はどのような方なのでしょう?」

「女性の三等陸佐だそうだ。俺も直接は知らんが隻腕隻眼の方で軍荼利ぐんだり明王の化身だそうだ」

「いまいちイメージが湧かないですね」

「うむ、実は俺もそう思って調べたんだが、10年前に飢餓鬼が出現した時に3年間で13体を撃破したそうだ」

「それはさすがに嘘でしょう。あのバケモノを一体倒すだけでこちらの戦死者は100は下らないんですよ。それを一人で13体とか、相当尾ひれが付いた話ですね」

「まー普通はそう思うよな。――ところでお前は奴等が口から出すアレを見た事あるか?」

「ある訳ないでしょ! あれを見た時は死ぬ時っすよ」

「俺は見た事がある」

「まじっすか! よく生き残れましたね」

「ただの偶然だよ。でだ、お前も知っているだろうがアレに触れた物は何であれ全て消えてなくなるんだが、今度の司令官様はアレを喰らうんだそうだ」

「はははは。俺、久々に笑ったっすよ。死ぬ前に面白いジョークが聞けて良かったっす。俺があの世に行ったら一昨日死んだ奴等にそのジョークを聞かせてやりますよ」

「まーガセネタならそれでもいいんだがな……」

「とにかくそんなジョークのネタにされる程凄い人って事っすよね。名前はなんて言うんすか?」

「三等陸佐 天際 美佳って人だ」

「美佳さんかー。前任の司令官は赴任して5日目に死んだけど美佳さんは何日持つかなー?」

「俺達の上官様だぞ、なるべく長生きしてもらおう」

「そっすね。俺も来週17になるんでなんとかそれまでは生き残りたいっす」

「あぁ、きっと生き残れるさ」 

 

 


 第78特別防衛隊はその後、鬼神の如き活躍を見せ東京廃都から飢餓鬼を一掃した。

 立役者となった女性司令官は戦闘中に死亡。

 彼女の部下であった最年少兵はこの時代では珍しく67歳まで生き残り大往生を果たしたという。


-FINー 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 軽ーいタイトルからは想像もつかないような内容でした。 映像が浮かんでくるような感じです。 [一言] クンダリーニさんが食べまくってる姿を想像して笑ってしまいました。 語彙力が豊かでおられる…
[良い点] ダイエットという、世間の女性のほとんどが注目するだろう題材を用いての壮大な近未来ファンタジーという印象を受けました。 コメディタッチの文体で物語が進みますが、“締めの部分にはジョークが含ま…
感想一覧
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