挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
転生勇者と、あまえさせたい姫さまは『逃走スキル』で幸福(しあわせ)な逃亡生活を送ります −前向きに逃げる勇者の物語− 作者:千月さかき
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

1/11

第1話「異世界に転生したから、逃げる!」

 コーヤ=タカツキは逃げ出した。
 しかし、逃げられなかった!

 がくん。

 膝から力が抜けるのがわかった。

 ここは会社の非常階段。16日連続の泊まり込みで精神的に限界が来て、とうとう逃げることにした俺は、階段を降りたところで身体の異状に気づいた。

 階段の踊り場にそのまま倒れて──やば、動けない。
 手足に、ぜんぜん力が入らなくなってる。
 頭も思ってた以上に疲れてたみたいだ。雨が降ってるのにも気づかないなんて。
 やっぱ、カップ麺とエナジードリンクだけで身体を維持するのは無理があるのか……。

 顧客からの仕様変更に対応しろってのはしょうがないけど、それが連日続いた上に、180度真逆の指示ばっかり来るから現場はパニック。勘のいいやつはさっさと逃げ出したけど、出遅れた俺はこうして上司の目を盗んで自主退職することにしたん…………だけど。

 やっぱちゃんと『辞めます』宣言して、堂々と退職すればよかったかな──

 でもなぁ。あの上司、肉体派だから見つかると逃がしてくれないからな──

 半分監禁状態だから辞表を書く暇もなかったし……

 そんなことを考えてるうちに、身体の感覚がだんだんなくなってきて──
 自分の心臓の音が、聞こえなくなってきて──



「せめて次の人生では、嫌なことからは逃げられるようになりたい……絶対に……」



 俺の意識は完全に途切れたのだった。





「その願い、かなえましょう!」




 声がした。

 目を開けると、雲の上みたいなふわふわした空間だった。
 俺の前には、羽根の生えた光の塊。なんだこれ、天使か?

「あなたは生前、特に過ちもおかさず、がんばって働いてきました」
「……やっぱり俺は死んだのか……」

 どうやらここは死後の世界らしい。
 俺が倒れたのは夜だったし、雨の非常階段なんか誰もこないし、来ても……救急車を呼んだりしないだろうな。働き過ぎで倒れたの、まるわかりだもんな。
 そっかー。俺、死んじゃったのか。

「なので、神はあなたの願いを叶え、究極の『逃走スキル』を授けました!」

 俺の気分をまったく無視して、超ハイテンションで光の塊は言った。

「神さま? あなたが?」
「いえいえ、私など神の下働き。ただの管理人に過ぎませんよ」

 光のかたまりは慌てたみたいに点滅した。

「神はこまごまとしたことには関わりません。私は人を導き、正しいルートへと乗せることを仕事としています。主に、転生する人間への説明、スキルの解説などですね」
「はぁ」

 光の塊は、神さまをたたえながら話し続けてる。
 夢かと思ったけど……非常階段で倒れた記憶はしっかり残ってるし、なにより身体がいつもより軽い。頭もすっきりしてる。元の身体が死んで、今の身体が新しくなった別物だってのは間違いなさそうだ。

 元の世界で俺は死んでしまって、ここは転生前に立ち寄る場所で。
 目の前にいるのは神さま──じゃなくてそのお使い……『天使』でいいか。
 だとすると、この天使が言う『スキル』の話も本当なのか?

「それで、究極の『逃走スキル』って?」
「どんな相手からでも、絶対に逃げられる力です!」

 それはすごい。
 元の世界では、とにかく仕事や学校からは逃げられないようになってたからな。というか、逃げたあとのペナルティがすごかった。まぁ、死んじゃったからにはもう関係ないか。

 うん。いい響きだよな『逃走スキル』
 どんな相手からでも逃げられる能力か。
 でもって、天使は俺に究極の『逃走スキル』を与えて異世界に転生させてくれる、と。

「それで、俺はこれからどうすればいいんだ?」

 こっちとしては選択肢はないよな。
 元の世界の俺は、死んじゃったんだから。

「『逃走スキル』を手に入れたのはわかるけど、現世の俺は死んでるんだろ?」
「肉体はすでに、最も健康だった18歳の状態で再生いたしました。言語能力は向こうの世界に合わせてあります。あとは転移するだけです」

「それはありがたいけど、なんでそんなことまでしてくれるんだ?」
「これからあなたが行く世界が、剣と魔法の世界だからです」

「いわゆるファンタジー世界ってやつか……」
「そうです。治安が悪く、文明レベルも下なので、あなたのような世界の人たちをを死後、記憶を持ったまま転生させることにしてるんです。文明世界でつちかった知識と技術を、異世界でも活かしていただくために」

 なるほど。話はわかった。
 ここから行く世界は剣と魔法のファンタジー世界で、治安も悪い。
 赤ん坊として転生したら、成長するまで生きられないかもしれない。
 それだとせっかくの知識と技術が無駄になる。

 だから神様は今までの記憶と、一番健康だった時代の肉体を与えて転生させる。
 その上、スキルまでくれた、ってことか。

「もちろん、その世界には魔物などもおります。そこではあなたの『逃走スキル』が役立つでしょう。
 では、ためしに、スキルを呼び出してみてください」
「……スキルを呼び出す」

 どうすればいいんだろう。
 念じてみる。逃げたいなー。究極の『逃走スキル』起動したいなー。

 ふぉん。

 俺の目の前に半透明のウィンドウが出現した。
 ウィンドウには、俺の所持するスキルが表示されてる。
 今あるスキルは『絶対逃走』『高速逃走』か。
 周辺マップまで出てくるのはすごいな……。

 説明が頭の中に入ってくる。なるほど。これは『完全逃走スキル』の補助機能なのか。危険な相手からは逃げやすいように、周囲の地形や障害物を映し出してる。さらに敵もシンボルで表示されるようになってる。

 まぁ、今いる場所はふわふわした空間で、俺と天使以外、なにもないけど。

「その『逃走スキル』は、あなたが敵から逃げるのを助けてくれます。特に『絶対逃走』は最強です。それがあれば、どんな相手からも逃げられるでしょう」

 笑うみたいに天使は、光の手をかかげた。

「具体的には?」
「短距離ですが、瞬間移動することができます」

 解説を見て確認すると──天使さんの言う通りだった。
 すごいな、これ。テレポート可能なのか。

「もちろん、あくまで逃走専用です、目の前の脅威から逃げる方向にしか移動できません。移動距離は5から20メートルくらい。1日に使えるのは3回までです」
「……あれ? なんか使いにくくない?」

 一瞬にして会社の外まで移動とか、別の大陸まで移動、ってレベルを想像してたんだけど。

「時空をゆがめるのは、かなりのエネルギーを必要とします。数キロ単位の移動となれば、あなたの1年分の魔力を消費しても足りません。
 ですが『絶対逃走』の瞬間移動ならば、とりあえず目の前の危険からは逃げられるでしょう。あとは『高速逃走』で本格的に逃げてください」
「……なるほど」

 第2の逃走スキル、『高速逃走』は、逃げるときの移動速度を上げるスキルだ。
 まずは瞬間移動で逃げて、あとは高速移動しながら敵から離れる、ってことか。

 長距離テレポートできれば楽だけど、確かに、エネルギーを食うってのはわかる。
 瞬間移動っては、移動時間がゼロになることを意味する。ちょっと違うけど、イメージとしては光の速度で移動してるのに近い。そう考えると、エネルギーを食うのはしょうがないよな。

 でも、この『絶対逃走』があればたいていの敵からは逃げられる。
 危ない相手からは逃げて、できるだけ無理しないで生きていける。
 スキルが戦闘向きじゃないのは心配だけど、神さまが俺の特性でスキルを決めちゃったんならしょうがない。とにかく逃げて逃げて逃げまくって、俺でも生き残れる場所を探して、のんびり生きよう。

「ありがとう……えっと、天使さん?」
「天使などではありません。わたしは神に仕える多重世界の管理者でしかないのですから」

「よくわからないけど、感謝してるよ」
「感謝には及びません。我々は、世界の安定性の再分配を行うのが仕事です」

 ……世界の安定性の再分配?

「神が作った多重世界は、どうしても文明と安定に偏りが生じます。それを平衡状態に持って行くのが、我々の仕事。最終的にはすべての文明と世界を光へと還元するまで。そのため、これからあなたが行く『──』のような不安定な世界には、より文明的な人間の転生体を送り込んで、文明レベルの上昇を図った上で戦闘を促し──」
「ちょっと待った」

 なに言ってるのかわからなくなってきた。
 まるで、コンピュータの電子音声を聞いてるみたいだ。

「失礼、文明世界とはいえ『──』の人々には届かない概念でした」
「……まぁ、いいけど」

 俺はこの逃走スキルで、平和な生活が送れればそれでいいんだから。

「あなたのようなスキルが授与されるのは初めてですが、あの世界の魔物を一匹残らず駆逐し、さらに魔王を倒し、世界を安定化させるエネルギーのひとつとして考えれば、ユニークな(コマ)になるかもしれません。どうか、あなたの生命が尽きるまで、その力を世界のために使い続けてください。現在の年齢・体力であれば、1日も休まず働いても、最短1年、最長5年は生き延びられるでしょう」
「いや、待てこら!」

「なにか不審な点でも?」
「魔物を駆逐(くちく)しろって言わなかったか? あと、生命が尽きるまで力を使い続けろ、って」

「はい。あなたがた『──』の世界の人間は、異世界に転生したら戦闘を行い、魔王を倒すというようにカテゴライズされております。あなたにもそれを期待しています」
「いや、聞いてないし」

「転生時のお約束では?」
「そんなもんは知らん!」

「我々管理者はそのように調整されています。わたしはあなたをこれから、とある王国へと送り出します。そこで装備を整えるとよいでしょう。最初の町の周りは魔物も弱いですので、たゆまず戦ってレベルを上げて──」

 ……へー。
 …………ふーん。
 ………………そっかー。
 そういうことになってるのか……。

 どうりで『逃走スキル』のウィンドウがおかしなことになってると思ったよ。
 これって、危険なものが近づくと、赤いシンボルが出るらしいんだけど──



 俺の目の前で、大きな赤いシンボルが点滅してるもんな。
 どう見ても、天使さんを危険なものだと認識してるよなぁ……。



「聞いていますか人間」
「聞いていません」

「あなたは魔物を倒すのに努めてくれれば問題ありません。そうして功績を挙げて輪廻転生を繰り返せば、いずれ我々のような光の領域にも──」

 あ、これ話しても通じないパターンだ。

「『絶対逃走』起動」

 俺はスキルを起動した。
 ウィンドウに、メッセージとメニューが表示された。



『光の管理人は、大いなる使命を依頼してきている。どうする?』



 うける
 はなす
>逃げる



「ぽち、っと」
「あ、ちょっと! なにをしようとしているのです!? まだ説明は途中です! それに、もう異世界への転移ははじまっています! 逃げられるわけが──」



 ぴっ(「逃げる」を選択)



「え? 嘘!? この空間で瞬間移動(テレポート)が可能なのですか!? そ、そんなことをしたら座標がずれます! 異世界のどこに転移するかわからなくなります!? あの、ちょっと──っ!」



 そして『絶対逃走』は発動した。



『コーヤ=タカツキは逃げ出した!』


次回、第2話は今日の12時に更新します。
(第3話は夕方6時の更新です)
よろしければこちらもどうぞ

「異世界でスキルを解体したらチートな嫁が増殖しました  − 概念交差のストラクチャー −」

奴隷少女のスキルを解体して「チートキャラ」にしていく、いちゃらぶファンタジーです。
ただいま、書籍版も4巻まで発売中です。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ