勇者アプリ
子供達の手には大きすぎる高機能携帯電話。
ひと昔前まではビジネスマンのみに許された必需品が、今や主婦は勿論の事、お年寄りや子供達にも広く普及しました。
通話だけでなく、文字でやり取りが出来るメール、買い物時の支払いも出来るお財布機能、はたまた動画を見たり、曲を聞いたり、最早日常で欠かせないものとなりました。
そして、何よりも大事なゲーム機能。
家に帰って、様々なゲーム機とテレビを何本ものカラフルな線で接続しなくても、何時でも何処でも気軽に楽しむことが出来ます。
その機能は、子供だけでなく大人も魅了しました。
少しの時間があれば、暇つぶしに片手で操作して遊ぶことが出来る、昔にしてみたら夢のような玩具にもなります。
商法として確立し、様々な企業が携帯電話向けのゲーム提供を始めました。男性向けだけではなく、可愛らしいキャラを導入し、女性向けのゲームも多種多様です。
今日も、大型ショッピングセンターのフードコートでは、親に文句を言われることもなく、テーブルを囲み少年達がゲームをしています。
両手で“高機能携帯電話”を持って。
「うわっ、けいた君強い!」
「へっへーんだ、みんなもこれくらい強くならないと!」
勝ち誇った顔をして、鼻を啜りながら少年が笑いました。
みんなは、その態度に少しだけ、ムッとします。
けいた君が再び画面に目を落とし、熱中し始めた隙に、他のみんなは眉を顰めてひそひそと小声でお話をします。
彼らは同じゲームで遊んでいます。けいた君だけが五十程もレベルが高くて、みんなが到達出来ない凄いダンジョンに挑戦し、そしてそのボスを楽勝で倒していたのです。
「強くて当たり前だよ。だってアイツ、親もハマってるからたくさん課金してるもん。武器がぼくらのと全然違うよ」
「いいなぁ、課金」
――そうなのです。
高機能携帯電話で遊べるゲームは“課金する”ことで、珍しい武器やアイテムを手に入れる事が出来ます。
昔はゲーム機本体とソフトを買い、少しの努力をすれば、全ての武器やアイテムを揃える事が出来ました。
遊び終わって要らなくなったソフトは売り払い、そのお金を元手にして、新しいソフトを買う事も出来ました。
勿論、携帯電話のゲームも最初にお金を払って“ソフト”に値するデータを購入して最後まで遊ぶことが出来るものもありますが、今人気のあるゲームの多くは『登録は無料で誰でも簡単に遊び始めることが出来るけど、強くしたり、人と違うことをしたいのであればお金を出して様々なものを手に入れる』ものです。
途轍もなく強くてかっこよい武器や防具、誰もが羨むようなキラキラしたドレス。
装飾品だけでなく、キャラクターも買う時代です。好みなキャラクターがいても、お金を出さなければ手に入らない場合もあるのです。そういった本物のお金で買うアイテムやキャラクターの事を“レアアイテム”“レアキャラクター”と言います。この“レア”な商品は、それを持っていないゲームプレイヤーからは羨望を受けるのです。
けいた君はお父さんもこのゲームの大ファン。だから親子で遊んでいました。
他のみんなが持っていない“レア”なキャラクターに、“レア”な兜、鎧、剣、楯、おまけに魔法を装備しているのは、お父さんがお金を出してくれたからです。
こういった仕組みが原因で、子供がお金を使い過ぎてしまったり、親に内緒で勝手に課金してしまうという事件が多発した時もありました。
他人より良い物を手に入れると、羨ましがられて、その優越感からついつい自慢をしてしまいます。
最新の玩具を買ってもらって、みんなに見せびらかすのと同じ感覚です。
「あれ、あきら君だ!」
けいた君が強すぎて、みんなが若干不貞腐れていた時、友達が通りかかりました。
同じクラスの、あきら君です。
気づいたみんなは、手招きして呼びます。一人だったあきら君は、迷うことなく小走りでやって来ました。
「何してるの?」
あきら君が首を傾げながら訊いてきました。
「ゲーム。いつもやってるやつ。あきら君はやってないっけ」
近づいてきたあきら君は、手にショッピングセンターのビニール袋を持っていました。袋は薄いので、微妙に透けています。
どうも、みんなにはあまり縁のないものが入っている様です。
「うん、やってない」
「買い物?」
その袋を軽く眺めたみんなは、小さく笑いました。あきら君が必要なものではないので、頼まれて買いに来たのでしょう。
「うん、おじいちゃんに頼まれたから」
袋の中には、おじいちゃんが大掃除に使う洗剤が入っています。腰が悪いおじいちゃんに代わって、あきら君はお手伝いをしているのです。
「へぇ、大変だね」
小柄なあきら君を、小馬鹿にした笑みを浮かべてみんなはクスクス笑いました。
「そのゲーム、そんなに面白いの?」
興味を持ったのか訊いてきたあきら君に自慢したいが為に、けいた君がゲームの手を止めます。ここぞとばかりにしゃしゃり出ると、このゲーム……アプリの素晴らしさを長々と述べ始めました。
知らない人が聞いても、熱中っぷりがよく解る熱弁です。途中からみんなも飽きてきました。
「……というわけで、今年最大のアプリなわけ! この間のゲームショウでも、すごい人気だったんだ!」
「ふーん、そうなんだ」
まるで自分が開発したものだと言わんばかりにふんぞり返るけいた君に対し、あきら君は素っ気無い返事をします。
だけど、それが、けいた君の勘に触りました。
「ボクが遊んでるアプリのほうが、絶対面白いよ? みんなもやってみたら?」
「へ? あきら君もゲームするんだ」
毎朝近所の方々に気持ちの良い挨拶をしながら登校し、積極的に授業に参加し、休み時間は元気よく遊んで、掃除もさぼらず真面目に取り組み、図書委員に励むあきら君です。
ちょっとだけ、みんなとは違う子なんだと膝くらいまでの壁を作っていました。
別に、虐めているわけではありませんよ。
そんなあきら君が遊んでいるアプリがどういうものなのか知りたくて、みんなは押し寄せました。
けいた君もしかめっ面をして、渋々覗き込みます。
自称ゲーマーのけいた君なので、捨て置けなかったようです。
「これだよ」
あきら君は、ズボンからみんなよりも古い型式の携帯電話を取り出すと、画面を見せました。
「ゆうしゃ……アプリ? なんだこれ、知らない」
「初めて見た! 出たばっかのやつ?」
画面には、シンプルに丸い字体で『勇者アプリ』と書かれた画面がありました。背景は、薄い水色。文字は黒です。
けいた君も唸りました、全く知らないものだったからです。
しかし、子供達は“勇者”という単語に反応してしまうものです。すぐに飛びつきました。
「魔王を倒す系?」
「うーん、魔王を倒すというか、勇者を育てる系かな」
「は? 勇者を育てるって事は、魔王を倒しに行くんだろ? よくわかんないけど、ぼくやってみる。あきら君、教えてよ」
「うん、いいよ。無料で出来るからみんなに今ダウンロード先を送るね」
みんなの携帯電話画面には、勇者アプリの文字が光っています。
画面をタッチすると、ピロリン、という音と共に名前を入力する画面になりました。
「おっし! じゃあぼくは“オーディン”で!」
「じゃあぼくは、“ルシファー”!」
「“ゼウス”!」
「“第六天魔王織田信長”見参!」
「いけえ! “ファイティング・ファルコン”!」
みんな好き勝手に名前を登録し始めましたが、あきら君が苦笑します。
「駄目だよ、自分の名前を入れるんだ」
「えー、つまんないじゃん。ゲームだからなんでもいいだろ?」
オーディンと称するけいた君は、けなされたようでイラつきながら、強行突破しようとしました。
しかし。
「な、なんだこれ」
唖然とその画面を見つめます。
なんということでしょう、画面には『あなたのお名前ではありません、正確な入力をお願いします』と出ています。
「だから言ったのに」
溜息をつくあきら君ですが、みんなは顔を見合わせました。好きに名前がつけられないアプリなんて、知りません。
「どうなってんの、これ」
「あれじゃねーの、携帯電話会社に登録してある名前を割り出してんじゃねーの」
「それって、プライバシーの侵害じゃ……」
怪しいと思いながらも、勇者アプリが気になってきたので、みんなは渋々自分の名前を入力しました。
続いて、生年月日に身長や体重も入れていきます。
「生年月日? こんなんいらねーだろ。とりあえず、身長は193㎝! けいたと書いてオーディンだからな!」
「だから、自分を入力しないと駄目なんだってば」
けいた君は、他のゲームでもよく使う“腰まである緩やかウェーブの金髪で、紺碧色と紅色のオッドアイ(ただし、普段紅色の瞳は眼帯によって隠れている)で、全身が傷だらけの長身で、背中に十二枚の白黒の羽を持つイケメンオーディン”を作りたかったようですが、どうやら却下されたようです。
「自分をゲームに入れても、つまんねーだろ!」
けいた君は憤慨しましたが、あきら君は冷静です。
「そういうアプリだから仕方ないよ、遊びたいなら自分を入力して」
みんなは、心に描いていたイケメンやら自分好みの美少女やらを泣く泣く諦めて、仕方なくありのままのデータを入力しました。
すると、初期ステータスが出てきました。
「よ、よえぇ……」
「何コイツ、使えねーだろ!」
「うっわ、ダッサい」
「はー、萎えるわー……」
「もう、死ねばいいのに」
あまりにも無残なステータスに、みんなは顔を引き攣らせました。
『HP 6
MP 0
力 3
身守 2
賢さ 1
素早 4
見目 1
勇者レベル 1』
これは、初期の魔物にも瞬殺されそうな勢いです。
「ぼくのはこれだよ」
項垂れているみんなに、あきら君は自分の画面を差し出しました。
『HP 49
MP 28
力 15
身守 60
賢さ 40
素早 20
見目 30
勇者レベル 14』
画面を見たみんなは、正直「微妙なステータスだな」と思いました。
しかし、自分達の名前が入っているので、あきら君が異様に強く思えて面白くありません。自分達より小さいあきら君より弱いなんて、許せません。
「レ、レベルを上げるぞ!」
「それより、リセマラしたほうが早くね?」
リセマラ、というのは“リセットマラソン”の略です。キャラに良いものが出るまで、リセットし、最初からやり直す……というものです。
「レベル上げは出来るけど、リセマラは出来ないよ。リセット不可能なんだ、このゲーム」
そんな馬鹿なと、アプリを削除し、再びダウンロードしてみましたが、何度やってもステータスは同じままです。
それどころか、やり直していたら『賢さ』がついに『0』になってしまいました。
「ぜ、0……」
「なんだこれ」
絶句しているみんなを尻目に、あきら君は思い出したように携帯電話の時計を確認します。
「ぼく、もう帰らなきゃ。おじいちゃんが待ってるから。じゃあ、またね!」
釈然としないみんなを残し、あきら君は風のように立ち去ります。
残されたみんなは顔を見合わせ、口を結んだまま画面を消しました。
「こんな馬鹿げたアプリ、やんねーよな!」
「そうだよ、いつもので遊ぼう!」
勇者アプリは、忘れ去られるでしょう。
ところが。
家に帰ったけいた君は、部屋に閉じこもると、勇者アプリを立ち上げます。
気になっていたのです。
みんなの手前強がりましたが、自分の携帯電話にこんな貧弱な勇者(それも、自分の名前の)がいることが耐えられません。
あきら君のレベルを超す為に、けいた君は意気込みました。
課金をしてでも、という間違った方向に熱意を注ぎます。
けれども、課金はもちろん、レベル上げをすることすら出来ません。
画面には、ステータス以外何も映らないのです。
眺めていると、時折横スクロールで『レベルを上げるんだ!』というおせっかいな言葉が流れていきますが、肝心のレベル上げのやり方が解りません。
この文字は何種類もあるようで、『このままだと勇者試験に落第だよ!』だの、『勇者どころか村人Aだよ!』だの、妙に挑発的な文言が映ります。
壁に携帯電話を投げつけたい衝動に駆られたけいた君ですが、我慢しました。
「けいたー! お風呂掃除してちょうだい!」
そんな気分を害している時に、お母さんからお手伝いを頼まれて、けいた君は怒鳴ります。
「嫌だ!」
「しないと、夕飯抜きよ!」
「ええー!」
けいた君は、嫌々ながらお風呂掃除を始めます。
重い脚を引き摺って風呂場に行き、多少手抜きをしたものの、真面目にやらないとお母さんからダメだしが入ることを身を持って知っているので、頑張りました。
ブツブツと文句を言いながら部屋に戻り、何気なく勇者アプリを覗くと。
おや?
どういうことでしょう、ステータスが上がっています。
唖然として眺めていると、スクロールで『お疲れさま! 綺麗になったね。流石勇者の卵だ』なんて流れてきました。
「な、なんだこりゃ……」
まさか、と思いつつも、閃いてしまったけいた君は、食事の後に率先して食器洗いを手伝ってみました。
そして、いつもならだらだらとゲームをして夜更かしをしてしまうのですが、お母さんに怒られる前にお布団に入って眠りました。
『HP 7
MP 0
力 4
身守 4
賢さ 3
素早 4
見目 2
勇者レベル 1』
朝起きると、思った通りステータスが上昇しています。
普段はお母さんが起こしに来ないと服を着替えませんが、今日は飛び起きて顔を洗い、新聞を取りに行き、犬の散歩をし、余裕を持って朝ごはんを食べました。
すると、学校へ行く前にレベルが2になりました。
「す、すげぇ、なんだこれ!」
どうも、自分の行動で経験値が増えていくようです。
確信したけいた君は、学校でも頑張りました。
こっそり机の下でゲームをやっていた授業も、眠たい目を擦りながら先生の話を聴きました。
おざなりだった掃除も、自分から進んで細かいところも綺麗にしました。
水藻の増殖で黒くなってきていた金魚の水槽を、みんなに声をかけて洗いました。
「おっ、どうしたんだ。頑張ってるな!」
先生に褒められて、照れくさそうに俯いたけいた君です。
家に帰って宿題を颯爽と終わらせ、胸を高鳴らせながら勇者アプリを覗くと、レベルが3になっています。
……みんなは、この仕組みに気づいたのかな。
もし、気づいていなかったら教えようか。それとも、●●君のレベルを超えたら教えようかな。
「あれ?」
お父さんの肩もみをしてから炬燵であったまっていたけいた君は、頭を抱えます。
このアプリをくれた友達の名前が、どうしても思い出せません。
小さい子でした、真面目な子でした、自分とは違うと思っていました。
その子の名前が、出てこないのです。
やがて、けいた君は、どうやってこのアプリを手に入れたのかも、思い出せなくなっていました。
でも、自分が頑張るとステータスが上がっていくこの不思議なアプリは面白くて、気に入っています。
「ふふふ、よかった、気に入って貰えて。そのアプリに、気づいて貰えて。どうやら、願い通りの物をプレゼント出来たみたいだね」
「さぁ、次の街に行こうアッキーラ。別の人に届けないと」
けいた君の家の上で、茶色のモフモフした生き物と、それに乗っている赤い服を着た少年が、そんな話をしています。
少年の手には、けいた君のお母さんが家計簿の空欄に走らせていた何気ない小言が浮かんでいました。
『けいたが自分から進んで勉強や片づけをやってくれる子になるきっかけをください。サンタさんへ』
クリスマスケーキやらプレゼントやら、その後に控えているお年玉やらで頭を抱えていたお母さんが、溜息交じりに馬鹿げた助けを求めた、その言葉。
「メリークリスマス、けいた君のお母さん」
シャン、と軽快な鈴の音を鳴らして、小柄なサンタクロースは相棒のトナカイと共にひんやりとした夜の空気の中、次の場所へと向かっていきました。
「勇者アプリ、好評かな?」
「今期最大の商品になるといいねぇ!」
後日。
勇者アプリで自分のステータスが上がっていくのを楽しみに頑張っていたけいた君ですが、今はもう、覗いていません。
それがなくても、ちゃぁんと、自分一人で出来ます。
褒められて嬉しかったり、心があったかくなったり、頑張っただけ見返りが来る。
たまに失敗しても、前向きに進んでいける。
存在意義を失くしたそのアプリ自体は、いつしか消えていました。
最後に『おめでとう、勇者けいた』の文字を点滅させて。
お読みいただきありがとうございました(*´▽`*)
冬の童話に応募し損ねました( ´Д`)