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クズ共の4月1日シンフォニー

作者: 夏川優希



『ずっと前から好きでした、付き合ってください!』


 そんなメッセージがスマートフォンの小さな液晶に表示される。

 送り主はA介。B子の頭にダサい格好をしたなんとも冴えない男がおぼろげに浮かぶ。確かB子の彼氏、C郎の大学時代の友人とかいう男だ。


「そういえば飲み会の時にIDを交換したんだっけ」


 友人の彼女に手を出そうというその勇気だけは褒めてやっても良いとB子は考えたが、あることを思い出してその気持ちもすっかり萎えてしまった。

 今日はエイプリルフールだ。


『エイプリルフールに告白すれば振られてもウソでしたって言えるもんね。その腐った性根が嫌だわ』


 B子は感じるままを文章にし、オブラートに包むなどということもせずそのままA介に送った。既読はすぐついたが、返事は来ない。


「そーか、今日エイプリルフールかぁ……せっかくだから嘘つこうかな」


 B子は彼氏であるC朗とのトーク画面をだし、パッと思いついた嘘を送った。


『私、妊娠したみたい』




******




「……は?」


 家のソファでゴロゴロしていたC朗はB子からのメッセージで飛び起きた。

 C朗のスマートフォンにはB子から『妊娠した』との知らせが表示されている。


 C朗は一流企業に勤めている立派な会社員。結婚したっておかしくはない歳だ。今やでき婚など珍しくもない。

 しかしC朗はこの知らせに恐怖を抱いた。B子は確かに美人でスタイルも良く、連れて歩くには最高の女だがC朗にとってはそれだけの女なのだ。頭も良いとは言えないし、ワガママで感情的、性にも奔放だ。そこが良いところでもあるのだが結婚するとなれば話は別。

 C朗にとってB子は一時の遊び相手でしかないのだ。


「うっわどうしよ……マジヤバいじゃん……いや、待てよ」


 C朗はようやくあることに気が付いた。

 そう、今日はエイプリルフール。


 しかしだからと言ってこの知らせが嘘とは限らない。妊娠が発覚した日がたまたまエイプリルフールであったというだけかもしれないのだ。

 嘘にせよ本当にせよ慎重に対応を考えなければならない。自分の一生を左右する大事な決断なのだから。

 そして考えた結果、C朗はある作戦を思いついた。C朗も嘘を吐くことにしたのだ。

 向こうの妊娠が嘘なら今日はエイプリルフールであるという事が頭に入っているだろうからこちらの言葉も嘘だと見破ってくれるだろうし、本当ならエイプリルフールのことなど頭にないはず。


「よし……」


 C朗は震える指で丁寧に文字を打っていく。

 そして何度も見直しをした後、送信ボタンを押した。


『実は俺、会社クビになった』






*********







「はぁ!?」


 B子はC朗から帰ってきた予想外の返事に目を丸くした。

 C朗が会社をクビになったなどと言っているのだ。


「い、いや……でも……」


 そう、今日はエイプリルフール。これが嘘の可能性もあるのだ。

 しかしどちらにせよ慎重に対応を考えなければならない。

 B子がC朗と付き合っているのは、C朗が金を持っているからなのだ。

 C朗から一流企業勤務で金を持っているということを除いてしまえば、後に残るのは微妙な顔、微妙にたるんだ腹、微妙に下手な話術しか残らない。

 その上、C朗は独占欲が強くプライドが高い。下手な別れ方をしたらストーカーまがいのことをしてくる可能性もある。金のない無職のC朗に寄ってくる女がいるはずもないからなおのことだ。

 ここは別れて新しい男を探した方が良いかもしれない。C朗ほどの金を持った男が現れるかは分からないが、B子の美貌に誘われて言い寄ってくる男は山ほどいるのだ。

 B子は慣れた手つきで文字を打ち込み、C朗に送る。


『無職で子供は育てられないし、再就職の邪魔になるでしょう。別れてください。産むかどうかは一人で決めるし、産んだとしても認知はいりません』


 既読はすぐについたが、メッセージはしばらく返ってこなかった。


「あーあ、独り身とか久しぶりだわー。あっ、そうだちょうど良いのがいるじゃん」


 B子は先ほどこっぴどく振ったA介とのメッセージ画面を躊躇いもなく開いた。





********





 カーテンを閉めて電気を消した暗い室内の隅っこでA介は咽び泣いていた。

 勇気を振り絞った告白が玉砕してしまったのだ。確かにエイプリルフールに告白なんてズルいとは思ったが、エイプリルフールと言う保険でもなきゃ告白なんてできなかった。それが仇となってしまったわけだが。


「ううっ……グズッ……でもそんな酷いこと言わなくたって」


 本日十数回目の独り言を呟いた直後、突然スマートフォンの液晶が光って膝を抱えるA介の頬を照らした。


「B子……ちゃん?」


 メッセージに付いたアイコンは確かにB子のものだ。

 また罵倒されるのかもしれないと思うと、スマートフォンを覗くのが恐かった。しかしそれ以上に期待もある。もしかしたら心変わりしてくれたのかもしれない。そしてA介は恐る恐る携帯を手に取り、薄目でそうっとB子からのメッセージを確認した。


『さっきはごめんね。実はC朗と別れて感情的になっちゃってて、誰の言葉も信じられなくなっちゃって……でもA介君が告白してくれたの、凄く嬉しかった。良かったらでいいんだけど今度ご飯連れて行ってくれませんか?』



 A介はB子から来た数秒もあれば読めるメッセージをゆっくりと噛みしめるように読む。何度も何度も。時には声に出して。

 そしてある時、A介は突然立ち上がって獣のような雄叫びを上げた。

 隣の部屋から壁を殴る音が聞こえてきても気にせず、まるで猿のように部屋中を飛び回った。


「やった、やったやったやったやったやったーッッ!」


 絶望が大きかったぶん喜びもひとしおというものだ。

 そしてA介が何より嬉しいのはB子がC郎と別れたという事実だ。C郎は顔も話も微妙な割には変に要領が良く、教授にも気に入られていたしいつも綺麗な彼女を連れていた。B子の口ぶりからはC郎が何かやらかしたことを伺える。A介の興味はC郎が一体何をやらかしたのかに向けられた。

 しばらくその喜びを噛み締めたあと、震える指でまた文を打っていく。


『ありがとう、すごく嬉しいよ! でもC郎と別れたってどうしたの? B子ちゃんが心配だな……』


 メッセージをB子に送ると、数分で返事が帰ってきた。


『実はC郎が浮気してて……』


 そのメッセージを見てA介は酷く怒った。


「あんなに可愛い彼女がいながら浮気だなんて、なんていけ好かない男だ!」


 顔を赤くさせながら思わず怒りを声に出す。するとまた隣の部屋から壁を叩く音がした。今度は二発だ。

 慌てて口を抑えるがやはり怒りは収まらない。A介はスマホを掴み、その怒りをメッセージに込める。


『なんて酷いんだ、あいつは昔からそう言うズルいとこがあるよね。きっと課長に昇進したから調子にのったんだ。いや、その課長の座もなにかズルいことをして手に入れたに違いないよ! とにかくあんな男の事はもう忘れよう、ね!』


 A介のメッセージにはすぐに既読の文字がついたが、返事はなかなか帰ってこない。

 あまりに怒りが引かないので、A介はC郎にもメッセージを送ることにした。


『おいC郎! お前B子ちゃんというものがありながら浮気したそうじゃないか! お前は最低のクズだ、ゴミだ! だが安心しろ、B子ちゃんは俺と付き合うことになった。お前より俺の方がB子ちゃんを幸せにしてみせるさ!』


 厳密に言えばまだA介はB子と付き合ってなどいないのだが、A介は些細な嘘で自分を大きく見せようとした。


「ふふん、アイツのしかめっ面を想像すると笑えてきたぜ!」


 そう言って余裕をかますA介だったが、C郎からの返信を見るとその余裕もどこかへ消え去った。


『は? 俺浮気してねーし。っていうかあいつ俺の子供妊娠したとか言ってきたんだけどお前なんか聞いてる?』


 A介は呆然として画面を見つめる。

 その短い文章を何度も何度も確かめた。しかし何度読んでもC郎のメッセージから「妊娠」の文字は消えない。


「……妊娠? C郎の子を? い、いやまさか……C朗の悔し紛れのハッタリ……だよな」


 呆然とするA介。

 頭の中がゴチャゴチャで何がなんだか分からなくなった。

 数分ほどそうした後ふいにA介は立ち上がる。そしてゾンビのようにヨロヨロと歩きだした。


「聞かなきゃ……B子ちゃんに……直接……」






**************






「は? ちょっと待って、A介とB子が付き合う? えっ、待っておかしくね? なんであんなやつ……」


 C郎はA介から突然来たメッセージに混乱させられていた。

 C郎にとってA介は大学時代の友人――というか顔見知りで、要領が悪くいつも教授に叱られていた印象しかない。そもそもA介とB子に接点なんてあったのか、考えているうちに先月開かれた大学時代の友人たちと開いた飲み会の事を思い出した。良い女だろうと見せびらかすためにB子も連れて行ったのだ。


「まさかその時に……? くそっ、あいつら!!」


 ついさっきまでC朗はB子と別れるのもやむなしと考えていたのに、A介からのメッセージを受け取ってから急に怒りがわいてきた。


「良く考えたらおかしい。あの金にがめついB子が妊娠したってのに金もせびってこないなんて。まさか最初から俺を捨てる気で嘘を……!? いや、もしかして妊娠したって言うのはA介の子……!? そうだ、俺は避妊に失敗した覚えはないぞ」


 「B子に捨てられた」「あの無能なA介にとられた」という予想がC朗の高い高いプライドを攻撃する。プライドはあまりに高すぎて、もし崩れでもしようものならC朗自身を押しつぶしてしまうだろう。

 C朗はいても立ってもいられず、おもむろに立ち上がった。

 そしてゾンビのようにゆっくりとした動きで玄関を出て外へと向かう。


「聞かなきゃ……B子に直接……!」






**********






「は? 課長? は? は? えっ……は?」


 B子はA介から来たメッセージに混乱しすぎて、もともと少ない語彙をさらに減らしてしまっていた。

 まぁそれも仕方のない事だ。B子はC朗が会社をクビになったというから別れたのだ。最悪それがエイプリルフールの嘘だったとしても仕方ないとは思っていたが、課長になったというなら話は別。

 B子も詳しくは知らないが、課長になれば給料は今よりずっとずっと上がるらしい。この若さで課長と言ったら、それはもうすごい事だというのはB子にも分かった。社会的ステイタスもバッチリだ。


「ちょ、ちょっと待って別れたくなんだけど。ええええとどうしよう、とにかくC朗に会わないと……いや、まずA介に詳しい話聞くべき?」


 混乱しながらも、とにかくB子は家を飛び出す。

 しかしB子はすぐに自分から出向く必要はない事を悟った。


 左右からものすごい勢いでA介とC朗が走ってきたのだ。





********






「ねぇ課長になったって本当なの!?」

「お前A介と浮気してたのかよ!!」

「B子ちゃんが妊娠したなんて嘘だよね!? 嘘だよね!?」


 B子の家の前で、A介、B子、C朗の3人は喧々諤々の大騒ぎとなっていた。

 みんな自分の意見ばかりを言い合い、相手の話には耳を貸さない。そのせいで随分と長くその大騒ぎは続いたが、しばらくすると話が噛み合っていないことを3人ともなんとなく察した。


「ちょちょちょ……ちょっと待て、みんな落ち着け。何かおかしいぞ、みんな違う事で怒っているみたいだ。状況を整理しよう」


 まとめ役として声を上げたのはC朗だ。二人を交互に見ながら呼吸を整える。


「まずC朗……お前さっきなんて言ってた?」

「おっ、お前の子供をB子ちゃんが妊娠してるって……その真偽を知りたくて」

「……それは俺も聞きたいところだ。どうなんだB子」


 今まで声を張り上げていたB子はそう尋ねられると急に小さくなり、バツの悪そうな顔になった。そして小さくて低い曇った声で質問に答える。


「嘘。だってエイプリルフールだったから」


 この言葉には二人とも安堵の顔を見せた。


「じ、じゃあ私も聞かせてよ、C朗課長になったって本当? 会社クビになったって嘘なの?」

「ああ……君を驚かせたくて。エイプリルフールだし」

「そっか、エイプリルフールだもんね! おめでとうC朗、大好きっ」


 B子はC朗の腕に絡みつき、人目もはばからずいちゃつきはじめる。

 しかしA介だって黙ってはいない。


「ちょ、ちょっと待って!? C朗が浮気して二人は別れたんじゃないの?」

「え~、お前そんなこと言ったのかよ~」

「だってぇ、A介君が告白とかしてくるんだもん。私に振られて可哀想だからちょっとサービスしてあげたの。だってエイプリルフールだしぃ」

「こいつゥ」


 C朗はB子のおでこを人差し指でチョンと小突く。


「てへっ、ごめんねA介君。でもエイプリルフールだから」

「ごめんなA介。でもB子の言うとおり、エイプリルフールだから仕方ない」


 B子はC朗に抱きつきながらウフフフと笑った。

 もはや二人の世界に入ってしまっている。二人にとってA介などそこら辺の電信柱や野良猫と全く変わらない。


 やがて二人はどこかへ去り、地面に膝をついたA介だけが取り残された。



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― 新着の感想 ―
[一言] いいクズでした(笑) A介なんとも言えないですね!(笑)
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