時計じかけの華撃團
作:ともゆき



第4話〜太正12年9月1日〜


 大帝国劇場に警察がやってきたのはその日の朝の事だった。
「大神さん、ちょっといいですか?」
 由里が大神の部屋にやってきた。
「やあ、おはよう、由里くん」
「あ、おはようございます」
 丁度由里は大帝国劇場にやってきたばかりだったのだ。
「それで、どうしたんだい?」
「いえ、警察の人が来て、大神さんに聞きたいことがある、って」
「オレに?」
     *
「やあ、これは大神少尉」
 玄関に行くと二人の刑事がそこにいた。
「…それで、何の御用でしょうか? 例の連続爆破事件でしょうか?」
「…それに関係あるかどうかわからないんですけどね、実は昨日海軍から被害届が提出されましてね」
「被害届?」
「ええ。なんでも昨日、海軍の火薬庫から火薬が何者かによって盗まれたそうなんですよ」
「火薬庫から…、ですか?」
「ええ。昨日の夜に点検した時はちゃんとあったんですが、今朝確認したところ、火薬が入った袋が一袋なくなっていたそうなんですよ」
「袋が、ですか? しかし…」
「ええ、わかってます。保管は厳重にしているそうですけど、おそらく犯人はその警戒の隙を突いて盗み出したのではないか、と言うことなんですが。実はですね。犯行があったと思われる時刻に怪しい人影を見た、と言う目撃証言があったんですよ」
「それで自分に現場不在証明を聞きに来た、という事でしょうか? だとしたら、昨日は自分はずっとここにいましたし、さくらくんたちに付き合って買い物にも行ってましたよ。店の人に聞けば証人になってくれますよ」
「いやいや、別に大神少尉を疑っているわけではないんですが…。大神少尉はそういった犯人の心当たりとかはありませんか?」
「いえ、自分は特には…。大体、その、今回の連続爆破事件と関係があるかどうかもわからないのではないんですか?」
「まあ、我々は両方の線から捜査はしているんですが…。ただ、ここのところの爆破事件もありますからねえ。今から海軍の方にも話を聞こうと思ってて、ついでに、ということでちょっと寄っただけですから」
「そうだったんですか…」
「それじゃ、我々はこれで。あ、何かあったら警察の方に連絡をくださいね」
 そういうとその二人の刑事は出て行った。
    *
「…なんか気になるなあ…」
 大神から話を聞いた紅蘭はそう呟いた。
「…確かにそうだな。爆発物を作る際には火薬とかそういったものが必要だからな」
「…それに、そういった知識だって必要や。とてもやないけど、爆弾なんて普通の人がそう簡単に作れる者やないで」
「…そうだな。としたら犯人は…」

 そこまで言いかけたとき、不意に事務局の電話が呼び出し音を鳴らした。
「…なんだろう」
「行ってみようか?」
 そして大神と紅蘭は事務局へ向かった。

 事務局に行くと、由里が電話を取っていた。
「…はい、少々お待ちください」
 そう言うと由里は受話器のを手でふさぐと紅蘭に、
「…こないだと同じ男よ」
 その言葉に紅蘭は頷くと受話器を受け取る。
 大神も紅蘭の傍で聞き耳を立てる。

「…紅蘭か」
 その声を聞いた紅蘭は「あの男だ」と言うのに気がついた。
「紅蘭…」
 大神が話しかけるが、紅蘭は口の前に人差し指を立てる。
 その合図に大神が頷く。
「…一体何の用や?」
「…おととい、帝都日報社に行ったようだな」
「…それがどうかしたか? アンタには関係ないことやろ?」
「ご苦労なことだな。…どうだ、アレから考えてみたか?」
「…何のことや?」
「オレの発明とアンタの発明、どっちが優れているか、だよ」
「まだ発表もされてないのに、か? アンタの発明がどういったものか、帝都日報社の人はなんも教えてくれへんかったわ」
「…そうか、まあいい。明日を待て」
「明日がどうしたんや?」
「また、銀座のある場所を爆破してやるぜ」
「…なんやて? それは一体どこや?」
「何処かは明日になればわかるぜ」
 そういうと電話は一方的に切れた。
「…どうだった?」
 大神が聞くと、
「次は銀座や、言うとったわ…」
「銀座だって?」

 紅蘭の部屋。
 紅蘭と大神の前には銀座周辺の地図が広げられていた。
「…次はどこやろ?」
「…銀座といっても色々と場所があるからねえ。それこそこの帝劇だって銀座にあるし…」
「それに銀座といったら毎日多くの人でにぎわう場所や。もし銀座のど真ん中で爆破事件なんかあったら、被害がどれほどのものか想像できんで」
「日本橋といい花やしきといい、一歩間違えたら大惨事だったからな」
「一体犯人は何が目的なんやろ…」
    *
 さて、その翌日。

 銀座にやって来る人たちは1日どれくらいいるのかそれこそ見当がつかないが、その銀座にやって来る人たちの間でちょっとした流行になっているのが「昼に銀座の四越百貨店で買い物を楽しみ、夜に大帝國劇場で芝居見物」というものである。
 四越百貨店は銀座で本格的なデパートメントストアとして開業して以来連日多くの買い物客でにぎわっており、花組の面々も(特にすみれが)休日ともなると買い物を楽しんでいるところでもある。

 その日の四越百貨店。
 その中にある時計売り場にすみれが来ていた。
「…もしもし、ちょっとよろしいかしら?」
「あ、これはすみれお嬢様、いつもご贔屓に」
 中から店員が出てきた。
「…この間お頼みした時計の修理、終わっていますかしら?」
「あ、それですか。少々お待ちくださいませ」
 そして店員が奥へ引っ込み暫くすると、
「…お待たせしました。これで御座いますね」
 そして店員は木箱を差し出し、蓋を開けると、中から西洋のものと思われる置時計が出てきた。
「ちゃんと修理しておきましたよ。それに念のために古くなっていた部品も交換しておきました」
「あら、そうですの? 悪いですわね。何せ、これはお爺様がわざわざわたくしのために買ってくださった瑞西スイス製の時計ですからね」
「存じ上げております。すみれお嬢様ご愛用の置時計ですから、手前どもと致しましても一流の職人に修理させましたので、ご安心くださいませ」
「そうですの。それでは修理代の方は後で取りに来てくださいませ」
「ありがとう御座いました」
 そしてその時計店の店員は深々と頭を下げた。

 すみれが店を出るのと入れ違いに一人の人物が店に入っていった。
 手に大きな荷物を抱えている。
「…?」
 時計店を出たすみれは何か不審に思ったか、後ろを振り向いた。
「…気のせいかしら?」
 その客はなにやら包みを持っていることから、おそらくすみれのように時計の修理を頼みにでも来たのだろうが、それにしてはどことなく怪しげな感じがしたのだった。
 そしてすみれはついでに、ということで呉服売り場や洋服売り場を覗き、しばしの間買い物を楽しんだ。
    *
 そしてすみれが四越百貨店を出ると、
「…今何時かしら?」
 何気なく辺りを見回すと、丁度近くの店にかかっている時計が目に入った。
 十二時を指そうとしている。
「…どうりで空腹になるはずですわ。もうお昼ですものね」
 そしてすみれは大帝国劇場へ足を向けたときだった。

 ドカーン!

 不意に辺りに大きな爆発音が響いた。
「…な、何ですの!」
 そして辺りを見まわす。
 すみれの周りに瓦礫が物凄い勢いでバラバラと落ちてくる。
 一番大きい瓦礫を咄嗟に交わすとすみれは一目散に走り、改めて自分の走ってきた方角を振り返る。
「……!」
 思わずすみれは絶句した。
 四越百貨店の一角が爆破されたように吹っ飛んでいて、そこから濛々と煙が上がっていたのだ。
   *
「四越百貨店で爆破事件発生」し、「すみれがその爆発に巻きこまれた」と言う話を聞いた大神と紅蘭は現場へと走っていった。

 現場は既に大勢の野次馬でにぎわっており、次々と警察や消防の関係者が百貨店の中に入っていく。
 その近くで臨時に設けられた救護所にすみれの姿を見つけた二人はそこに駆け込んでいった。
「すみれくん、大丈夫か?」
 大神が聞く。見るとすみれは左手に包帯を巻いていた。
「え? ええ。ほんのかすり傷ですわ。お医者様ったら大袈裟に包帯巻くんですもの」
「まあ、それならいいんだけど…」

 そのときだった。
 ひとりの警官が救護所にやってきた。
 その警官は大神の姿を認めると、
「あ、あなたは大神少尉」
 どうやらこの警官は大神の事を知っているようだ。
「あ、自分の事をご存知ですか?」
「ええ、先日の日本橋の時にもお見かけしましたし」
「それならば話は早い。…紅蘭、すみれくんのほうを頼む」
「わかったわ」
 そう言うと大神は外に出た。
「…一体何があったんですか?」
「…私も話を聞いただけだからよくわからんのですが、何でも爆弾が仕掛けられていたらしいんですよ」
「爆弾?」
 思わず大神が聞き返す。
 それを聞いた紅蘭も思わず二人のほうを向く。
「…一体どういうことなんですか?」
「いえ、まだ調査段階でなんとも言えんのですが…、どうやら何処かに爆発物が仕掛けられていたようですな」
「…それじゃあ…」
「ええ、まだなんとも言えませんが、先日の日本橋や花やしきの爆破事件と同一犯の疑いもあるわけなんですよね」
「…あの、よろしいですか?」
「なんでしょう?」
「…詳しいことがわかったら大帝国劇場のほうにも連絡をいただけませんか?」
「どういうことですか?」
「…いえ、ちょっと気になることがあって。それにすみれくんもああいう風になってしまったし…」
「…いいでしょう。詳しいことがわかり次第、お教えしますよ」
「ありがとうございます!」

 幸いすみれは軽傷だった、と言うこともあり帰宅を許され、大神たち三人は帝劇に戻った。
 花組の面々もすみれが巻き添えを食った、という事で心配をしていたようだが、幸いにも軽傷で済んだ、と言う事を聞いて安心したようだ。
    *
 そして警察からの連絡があったのは翌日の昼過ぎのことだった。
「…はい、はい。…そうですか。わかりました。ご面倒お掛けしました」
 そして大神は電話を切ると、紅蘭の部屋に向かった。
「紅蘭、いるかい?」
「…何の用や?」
 紅蘭が顔を出した。
「今警察から連絡があった。どうやら現場は時計売り場らしいよ」
「時計売り場?」
「ああ。あの後詳しく現場検証をしたところ、爆発物の部品と思われるものが見つかったらしい」
「…じゃあ、犯人は時計を利用して時限爆弾を作った、言うことか?」
「時限爆弾?」
「ちょっとでも機械の知識があれば時限発火装置を時計に組み込んで、爆破装置を作ることくらい容易いで。ウチかて作れ言われたら簡単に作って見せるわ」
「…そうか、その可能性はあるな」
「そういえば大神はん、すみれはんが言うとったな。『時計売り場でなにやら怪しい人物を見た』って」
「そういえば言ってたな。警察の人にも同じ事言っていたらしいよ。ただ、すみれくんも顔まではよくわからなかったらしいけど…」
「となると犯人は…」
「たぶんその男なんだろうが…。なんか気になるな…」
 大神が呟いた。
「気になる? どうしたんや、大神はん?
「いや、犯人が何者なのかよくわからないし、一体何が目的なのもよくわからないし。それに…」
「それに?」
「なんか気になるんだよな…」
「…もしかして、海軍の火薬庫から爆薬が盗まれた言うあれか?」
「ああ。今回の事件と関係があるかどうかわからないけど…」
 と、大神は何かを思いついたかのように。
「そうだ、紅蘭。オレは今から、帝都日報社に行ってくるよ。どうしても気になることがあってね」
「じゃあ、ウチも行くわ」
「いや、紅蘭は事件の方を引き続き調べておいてくれ。あくまでもこれはオレの個人的な用事だからね」
「…わかったわ」
 そういうと大神は出かけていった。
    *
 そして出かけた大神が戻ってきたのは既に日もとっぷりと暮れ、既に7時を過ぎていた頃だった。
「…大神はん、おかえり。随分遅かったなあ」
 紅蘭が出迎える。
「ん? いろいろと話を聞いてたからね。ついでに海軍の方にも行って来たんでね。すっかり遅くなっちゃったよ」
「海軍やて?」
「どうも火薬庫から爆薬が盗まれた、って事件が気になってね。海軍には知り合いが多いからついでに事件が起きた状況について聞いてきたんだ」
「ふうん…。ところで、夕食は食うたんか?」
「あ、帰りに外で食べてきたよ」
「それならええんやけど…」
「それより紅蘭、今からいいか?」
 そういうと大神は紅蘭を食堂に連れて行った。

(第5話に続く)






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