時計じかけの華撃團
作:ともゆき



第3話〜太正12年8月29日〜


 その日の朝。紅蘭が階段を降りようとすると、あやめが階段を昇ってきた。
「おはよう、紅蘭」
「おはようございます、あやめはん」
「…早速で悪いんだけど、大神くんが紅蘭に話がある、って言ってたわよ」
「大神はんが?」
「そう。食堂で待ってる、って」

 帝劇の食堂。
 あるテエブルの席に大神が座って朝食を食べていた。
「大神はん、おはようさん」
 紅蘭が大神の座っていた席にやってきた。
「あ、おはよう」
「あやめはんに聞いたんやけど、なんか話があるらしいな」
「まあな。…ところで、まだ朝飯は食べてないのかい?」
「うん」
「じゃあ、ここに持って来いよ」
「あ、わかったわ」

 そして紅蘭が朝食の載った盆を持ってやってきて、大神の前に座った。
「…ところで大神はん、その、話ってなんや?」
 すると大神は箸を止めて、
「ん? 紅蘭、今日暇か?」
「う、うん。午前中はこれといった用事はないわ」
「そうか。実はこれから今から帝都日報社に行こうと思ってね」
「帝都日報社?」
「ああ。確か今回の発明コンテストの主催は帝都日報社だろ? それでちょっと気になることがあってね」
「気になること? それはなんや?」
「いや、オレの考えが正しければいいんだけど、もしかしたら思い過ごしかもしれないからね。とにかく今回のことに関して少しでも手がかりになればいいと思ってね」
「…そうか、そういうことならウチも一緒に行くわ」
「じゃあ、これからちょっと先方に連絡とか入れなければいけないから。そうだな、9時にロビイで待っているから」
「わかったわ」
    *
 そして9時にロビイで待ち合わせた大神と紅蘭はその足で帝都日報社に向かった。

 帝都日報社の近くに来ると、大神はなぜか帝都日報社に直接行かずに、紅蘭を近くのカフェーに誘い、中に入った。
 珈琲二つを注文すると大神は改めて紅蘭と向かい合う。
「…一体どうしたんや、大神はん? 帝都日報社に行くんやなかったんか?」
「いや、勿論帝都日報社にはこれから行くけど、その前に紅蘭にオレの考えを聞いて欲しいんだ」
「大神はんの考え? 一体なんや、それは?」
「いや、今回の事件は発明コンテストに関連があるって思ってね」
「発明コンテストに?」
 丁度運ばれてきた珈琲に口をつけると大神は、
「…紅蘭、確か犯人は紅蘭にこんな事を言ったそうだね? 『今回の発明コンテスト、おまえも応募したんだろう』って」
「…それがどうかしたんか?」
「犯人はどこで紅蘭はコンテストに応募した、って知ったんだ?」
「…そ、そういえばそうや。ウチ、大神はんや花組のみんなの他には誰にも今回のこと言うとらへんわ」
「オレだって、周りの人には紅蘭が発明コンテストに応募した、なんて言っていないし、他のみんなもそれとなく聞いてみたけど、誰一人として言っていないそうだ」
「…となると…。犯人は何でウチが応募したいうの知っとるんや?」
「それなんだよ。…確かあの発明コンテストの主催は帝都日報社だろ? となると犯人は関係者か誰かを通して紅蘭が応募した事を知ったんじゃないか、ってね。それを今から聞いてみようかと思ってるんだ。勿論それが本当に今回の爆破事件と関係があるのかどうかはわからないし、犯人に直接結びつく可能性も余り期待できないとは思うけど、話を聞いて何か手がかりになればいいんじゃないか、って思ってね」
「…そう言われて見ればそうやな。何か手がかりになりそうなものちゃんと調べな」
「…よし、じゃ珈琲を飲み終えたら行こうか」
    *
 帝都日報社の建物はいかにも、と言った感じでその場に建っていた。
 噂では帝都・東京で一番発行部数の多い新聞だそうで、これだけの大きい建物も作ることが出来るのだろう、
 大神が受付で「先ほど連絡をした大神ですが」と名乗ると、受付は丁寧にも帝都日報社の編集局の扉の前まで二人を案内した。

 そして編集局に入ると相手が大神と紅蘭だった、と言うことからか、わざわざ編集長と名乗る人物が二人を出迎えた。
「いや、大神と言う名前を聞いたとき、もしかしたら、と思ったんですが、やっぱり大神少尉殿でありましたか」
「いえいえ、こちらこそこんな大層なお出迎えがあるとは思いませんでしたよ」
「…それで、今日は何の御用で?」
「いえ、日本橋と浅草ののことについて知りたくてね」
「…爆破事件、ですか?」
「ええ、ちょっと気になることがありまして」
「…それじゃ、こちらへ」
 そういうとその編集長は二人を応接室へと案内した。
    *
「こちらへどうぞ」
 そういうと編集長は二人にソファを勧めた。
 おそらく編集局に勤めている記者であろう、一人の男が3人の前に茶の入った湯呑みを置くと、編集長は暫く誰も通さないように告げた。そして、
「…それで、爆破事件について、とは?」
 といきなり大神に聞いてきた。
「いえ、その前にひとつお聞きしたいんですが…。発明コンテストの審査は進んでいるんでしょうか?」
「発明コンテスト?」
「ええ」
「…ちょっとそれは教えられませんなあ」
「教えられない、って…」
「いや、今回のコンテストに関しては徹底した秘密主義でして」
「秘密主義?」
「はい。今回の発明コンテストは帝都日報社の社運を賭けた、と言ってもいいくらいの催しですからね。審査員の方々も貴族院議員とか、帝大の教授とか、有名作家とか名のある方々を揃えておりまして。上の方もなんとかこのコンテストを成功させたい、と張り切っておるんですわ」
「…つまり、部外者に余計な事を知られたくない、とこういうことになるわけですね?」
「…そういうことになりますね。それで、一応来週が発表でしょ? その発表当日に我々に知らされることになっているんですよ」
「…そうですか…」
 そう言うと大神は黙り込んでしまった。
「…どうかしましたか?」
「…いえ、ちょっと気になることがありまして…」
「気になること?」
「ええ。日本橋の爆破事件のあった日のこと、覚えてらっしゃいますか?」
「ええ。あれほどの爆破事件が日本橋で起こるとは思いませんでしたからね」
「その事件の前日に、紅蘭の元に一本の電話がかかってきたんですよ」
「電話が?」
「はい」
 そして大神はと紅蘭は交代交代でその電話の内容をかいつまんで話した。
「…と言うわけなんですよ」
「うーん…。それで大神少尉の気になることとは?」
「…この新聞社ではそういった、応募者の情報を知らせる、とかそういったことはあるんですか」
「そんな事あるわけないでしょう。先ほども言いましたけど、今回の発明コンテストは帝都日報社が社運を賭けての催しですので徹底した秘密主義で行なっています。さっきも言ったとおり、我々も審査の内容を知る事が出来ないんです。今回のコンテストの内容は本当に上層部の一部でしか知ることが出来ないのですよ。審査員になっている議員や帝大教授の皆さんにも必要以上のことは話さないようにお願いしているし、我々も今回のコンテストに対しては外部のものに教えるな、と言われてるんです。勿論、応募者の情報を教えるなんてもってのほかです」
「そうですか…」
 と、今まで黙っていた紅蘭が、
「…確かに編集長はんの言うこともわかります。でも、犯人はウチに何回も電話をかけています。ウチははっきり言って、これは犯人のウチに対する挑発や思うてます」
「挑発?」
「はい? ウチに爆破予告の電話をかけて、あんな風に爆破事件を起こされて黙っているわけいかんのです。編集長はん、何でもええんです。編集長はんのわかる範囲で何とかお答えしてもらうわけにはいかんのでっしゃろか?」
「うーん…」
 そういうと編集長は黙り込んでしまった。
「…どうしたんですか?」
「いや、それほどまでに言われるのならば、いろいろと教えてあげたいのは山々なんですが、実は私もわからんのですわ」
「…わからない、…ってどういうことですか?」
 大神が聞いた。
「さっきも言ったとおり、今回の発明コンテストは徹底した秘密主義でしょう? それなので我々にも情報が伝わってこないのですわ」
「伝わってこない?」
「ええ。どの位の応募が来たかくらいは教えてもらいましたけどね。これは別のところから聞きましたけど、紅蘭さんも今回のコンテストに応募した、と言う話も聞きましたよ。まあ、紅蘭さんのそれがどういう結果になるかは我々にもわかりませんがね」
「…となると、必要最低限の情報しか知らされていない、と言うことになるわけですね」
「ええ。それがどうかしましたか?」
「そうですか…」
 そういうと大神は黙り込んでしまった。
「…どうかなさいましたか?」
「…いえ、編集局の中の人でも知ることが出来ないのを一般の人が知ることは出来ませんよね」
「…ええ、まあ」
「…となると、犯人はどうやって紅蘭の応募を知ったんでしょうか?」
「さあ、そこまでは…。いや、私も紅蘭さんが応募した、と言うことは二、三人の部下に話した程度ですからね。まあ、自分の部下を疑うわけではありませんけど、社の中には口が軽いヤツもいますからね。そんなヤツが酒の場などでつい口を滑らせてしまって紅蘭さんが応募した、と言っていない、とも言い切れないわけですし」
「…まあ、自分も経験ありますけど、どんなに秘密にしたって結局は何らかの形で情報が漏れてしまう、ってことも多いんですよね。…それでですね、編集長」
「…なんでしょうか?」
「…今回の発明コンテスト、発表を少し先延ばしするわけには行かないんでしょうか?」
「…どういうことですか?」
「いえ、先ほどもお話しましたけど、今回の連続爆破事件、紅蘭の元にかかってくる電話と言い、次々と実際に起こった日本橋や十二階の爆破事件といい、どうも今回の発明コンテストが何らかの原因になってるんじゃないか、と思うんですよ」
「…なんですって?」
「…いえ、勿論まだまだわからないことが多いですよ。何故犯人は紅蘭の元に電話をわざわざかけて犯行を予告するのか、一体犯人の目的はなんなのか? そもそもの動機すらわからない。でも、紅蘭にかかってきた最初の電話の内容から考えて、今回の発明コンテストが何らかの形で関係していると思うんですよ」
「うーん…」
「…勿論、これは自分の勝手な推測ですし、こういうことを頼むのも随分あつかましいとは思います。ですが今、このような状況で結果を発表するというのはいかがなものかと思いまして」
「うーん…、確かにそういわれればそうですが…」
「何とかお願いできないでしょうか?」
「…わかりました。最終的な判断は上が決めることですけど、進言してみます」
    *
 そして帝都日報社の建物から出る二人。
「…なんかあんまり参考になるような話は聞けへんかったな」
 紅蘭が言うと大神は、
「…いや、そうでもないよ」
「そうでもない?」
「これで少しは犯人が絞られたんじゃないか?」
「絞られた?」
「ああ。犯人はとにかく何処かで紅蘭がコンテストに応募した事を知ったんだ。あの記者たちには口外するな、と伝えられているんだし、情報もそれほど入ってこない。そもそも紅蘭が応募してこと自体だって余り知られていないんだ」
「じゃあ・・・」
「ああ。それをどうやって知ることが出来たか、それさえわかれば後は自然と犯人像も見えてくるさ」
「…でも、これで犯人がまた何かやらかしはせえへんか心配やな…」
「…確かに紅蘭の言うとおりだな」
     *
 その翌日に帝都日報社から「お知らせ」として「審査員の議論がなかなかまとまらないため発明コンテストの結果発表を1週間延期する」との告知が出された。

「…何とか話は通ったようだな」
 帝都日報のその記事を見て大神が呟く。
「…でも犯人もこの記事を読んでるはずや。一体どう出てくるやろ?」
 紅蘭が言う。
「さあ、それはわからないな」

(第4話に続く)






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