時計じかけの華撃團
作:ともゆき



第2話〜太正12年8月26日〜


 日本橋の橋桁が爆破されたその日から警察は周辺の聞き込み捜査ををはじめ、帝劇にも刑事が聞き込みにやってきた。
 しかし、事件の発生が早朝だった、と言うことと前日に雨が降っていた、と言うことが災いしてか、有力な目撃証言はなく、手がかりも見つかっていない、と言うことだった。

 夜、帝劇の食堂。
 その片隅のテエブルに大神が座っていた。
「大神はん、待たせたな」
「あ、ありがとう」
 紅蘭が珈琲の入ったカップを2つ持ってくるとひとつを大神の前に置き、自分は大神の向かいに座った。
 普段は一般客に解放される食堂も営業時間が終わった、と言うこともあってか、食堂には二人しかいなかった。
「…大神はん、どう思う?」
「…うーん…、そもそもなんで紅蘭に予告電話をかけてからあんな事をしたのかがわからないんだよなあ」
 そういうと大神は黙り込んでしまった。
「…もしかして…」
「? …どうしたんや、大神はん」
「ん? あ、いや、なんでもないよ」

 そのときだった。
 どこからか電話のベルの音が聞こえた。
「電話だ」
「…ああ、そうか。かすみはんたち、もう帰ってたんや。…ちょっと待っててや」
 そう言うと紅蘭は食堂から事務局まで歩いていく。
    *
 事務局。紅蘭が電話を取る。
「はい、大帝國劇場です」
「…紅蘭だな」
 その声を聞いた紅蘭の顔色が変わる。
「…あんた…」
 そう、電話の向こうの声は紅蘭にあの爆破予告とも思える電話をしてきた人物の声だったのだ。
「…どうだい、紅蘭、今朝の爆発は見たかい?」
「見たも何も、あんた一体何のつもりや!」
「何のつもり?」
「あんた、どう思うとるのかウチは知らんけど、アレは立派な犯罪やで!」
「お前が悪いんだからな」
「…ウチは何も悪いことはしとらへん。あんたの脅しなんかに乗るようなウチではないわ」
「まあいい。…次は浅草だ」
「え?」
「近いうちに、浅草で何かが起こるぜ」
 そういうと電話が切れてしまった。
「ちょ、ちょっとあんた…」
「…どうした?」
 いつの間にか大神が事務局の扉に立っていた。
「…大神はん…」
「大声が聞こえてきたんでね。何かと思ってきてみたんだけど」
「…アイツや」
「アイツ、って…」
「昨日、あの爆破予告をかけてきたヤツや」
「そうか…」
 それを聞いた大神は状況を理解したようだった。
「…それで、なんて言ってたんだ?」
「次は浅草だ、って言っとったわ」
「…浅草だって?」
「確かにそう言っとったわ。…どう思う大神はん?」
「うーん…。一口に浅草と言っても浅草寺に花やしき、十二階と色々と場所があるからねえ…。その、電話の相手がどこを狙っているのかわからない分、こっちもどうしようもないよなあ」
「…やっぱり、警察に連絡した方がいいかもしれないな」
「…」
 大神の言葉に紅蘭は黙ったままだった。
「…どうした? やっぱり反対なのか?」
「え? あ、い、いや…。こうなったら仕方ないわ。大神はんに任せるわ」
「そうか。…まあ、とにかく。明日浅草に行ってみようか。それから警察に行って事情を話してみようよ」
「…そうやな」
    *
 そして翌日、大神と紅蘭は浅草へと出かけた。
 といっても普段と変わっているところはなく、浅草寺も花やしきもいつもどおりに賑わいを見せている。
 この近くに「浅草六区」と呼ばれる見世物小屋が多く立ち並んでいるな所もあるのだが、そこもまた多くの人通りだった。
 そして大神と紅蘭は「十二階」と呼ばれる凌雲閣に昇った。
 まだまだ高層建築物が無かった太正時代にこれだけの高さを誇る建築物と言うのは遠くからでもよく目立っていたようで、その日も大勢の見物客がその中にいた。
 そして展望台に昇った二人はそこから浅草を見下ろした。
 すぐそばには紅蘭がかつてあやめと共にいた帝撃の花やしき支部(勿論それが花やしきのどこにあるかは一般人には秘密となっているが)がある浅草花やしきがある。

「折角やから花やしきでも見てみよか」
 そう言いながら紅蘭が備え付けの望遠鏡に近づくが、その望遠鏡がまるで明後日の方向を向いていた。
「…どうしたんや?」
 よく見てみると、それには「故障中」の張り紙がしてあった。
「…なんや故障中か」
 そういうと紅蘭は近くにあった別の望遠鏡に移った。
 そして紅蘭は望遠鏡から花やしきを覗く。
「…何か見えるかい?」
 傍らで大神が聞いた。
「いや、相変わらずやな」
「…とにかく、気をつけるといってもこの辺は色々な建物があるからね。それこそひとつひとつしらみつぶしに当たっていったらキリがないし…」
「…一体何が目的なんやろ」
    *
 そして二人はその足で浅草署へと向かった。
 こういうときは大神も「自分は海軍少尉の大神一郎だ」と身分を明かし、面会を申し込むものだが。

 浅草署のある応接室。
 二人の刑事と大神、紅蘭がそれぞれ向かい合っている。
 大神たちはこれまでのやり取りを簡潔に刑事に話した。
「…お話はよくわかりました。しかしですなあ。その、紅蘭さんに電話をかけてきた相手と言うのが誰だかわからない以上、こっちも手の打ちようがないですなあ」
「…でも、その相手は次は浅草の何処かを狙う、見たいな事を言ってるんですよ」
「その点はご心配なく。我々も警備はしておくので。また何かあったら連絡しますよ」

 そして浅草署を出る二人。
「…どうする? 花やしき支部に寄ろうか?」
「いや、とりあえず警察に言っておいたから大丈夫やろ。どうしてもの時には行かなアカンかもしれんけど、今はええわ」
「そうか…」
 そして大神と紅蘭は帝劇に戻った。
 その夜も大神と紅蘭は夜遅くまで色々と話し合ったのだが、結局結論は出ずじまいで、また明日浅草に行ってみよう、という事で話がまとまりそのまま寝てしまった。
    *
 次の日、帝都・東京は晴天に恵まれ、青空が広がっていた。

 そして朝9時を回って間もなくの頃、事務局に一本の電話が入ってきた。
「はい、大帝國劇場です」
 由里が電話をとる。
「…はい、はい、わかりました、少々お待ちください」
 由里は事務局を出ると、二階に上がり、あやめの部屋をノックする。
「どうぞ、ドアは開いてるわよ」
 中から声がした。
 由里はドアを開けると、
「あやめさん、浅草花やしき支部から電話です」
 あやめは花やしき支部の支部長も兼ねているのだ。
「花やしき支部から?」
「はい。でも、何だか先方が何だか慌てている様子なんですが…」
「慌てている? 何だか穏やかじゃないわね」
 そう言うとあやめは由里と共に下におりた。

「…はい、お電話変わりました。藤枝です」
 花やしき支部からの電話を受けたあやめの顔があっという間に変わっていった。
「…何ですって? わかったわ、大至急園内のお客様と周辺住民の避難誘導をして。それから花組も今からそちらに応援に向かわせるわ」
 あやめは電話を切ると、
「由里、至急花組のみんなを米田支配人室に集めて!」
「どうしたんですか、あやめさん?」
「…花やしき支部の側にある浅草凌雲閣が、何者かの手によって爆破されたらしいわ」
「何ですって?」
「今から花組のみんなを応援に向かわせるわ。それから由里はかすみたちと一緒に情報収集をお願い。急いで!」
「わかりました!」
 そして由里は事務局を出て行った。
    *
 その後、米田から正式に出動命令が下り、花組の一同とあやめの八人は花やしきがある浅草へと向かった。
 浅草に着いた花組は大神の指示のもと、花やしき支部の職員達の応援に向かっていった。
 そして現場近くに大神とあやめの二人が来た。

「こいつはひでえ…」
 大神は凌雲閣を見上げて言う。
「思ったより酷いわね…」
 あやめも言う。
 そう、展望台の窓ガラスが何枚も吹っ飛び、その窓ガラスがはまっていたであろう窓枠から吹き上がっている黒煙が被害の大きさを物語っているようだ。
「それで、被害の方はどうなんですか?」
 大神があやめに聞く。
「うん…。私も電話で聞いただけだから詳しくはまだわからないんだけど、まだ展望台が開く前だったから怪我人がいなかったのが不幸中の幸いだったけど、花やしき支部によると、暫くは十二階を臨時休業にするらしいわ。花やしきの方も今日一日臨時休業にするそうだし…」
「…それが一番いいですね」
 と、
「あやめはん!」
 紅蘭が二人の側に来た。
「どう、紅蘭。被害の状況は?」
「破片が花やしきの方にも飛んできて、いくつかの乗り物が壊されとるわ。開演前いうことで怪我人が殆ど出なかったのは不幸中の幸いやったな」
「浅草寺の方は?」
「今、カンナはんとマリアはんが調べとるわ」

「あやめさん、行ってきました」
 程なくマリアとカンナの二人が戻ってきた。
「状況はどう?」
「はい。怪我人が出た模様ですが、すでに病院に送ったそうです」
「破片が飛んできて壊された店もいくつかあったぜ。周辺は今、立入禁止になってる」

「あやめさん、住民の皆さんの避難、完了しました!」
 避難誘導をすみれやアイリスと一緒に手伝っていたさくらがやってきた。
「わかったわ。さくら、みんなをここに呼んできて。それから、今から花やしき周辺は立入禁止にするわ」
「はい!」
 そして周辺は急に慌しくなっていった。
    *
「…それで、爆発した際の状況と言うのは?」
 大神が警官に聞いた。
「はい、開園前の花やしきの行列に並んでいた目撃者の証言によると何でも十二階の展望台から爆発音がして、ガラスが一斉に割れて煙が上がったそうです」
「展望台から?」
「はい。幸い人通りが少なかったこともあって怪我人はいなかったんですが…」
「…となると…」
「はい、おそらく何者かが前もって展望台に爆発物を仕掛けたのではないかと思うのですが…」

 それから暫く経ってから、一人の警官がなにやら紙包みを持って大神たちのもとにやってきた。
「何かわかったか?」
「はい、爆発物が仕掛けられていた、と思われる箇所がわかったんですが、どうも妙なんですよね」
「妙?」
「ええ、どうも爆発物が望遠鏡に仕掛けられていたようなんですよ」
「望遠鏡?」
「見てみますか?」
 そしてその警官が紙包みを開いて見せた。
 その中には筒が半分は吹っ飛んでいる望遠鏡があった。
「…これは?」
「ええ。展望台に観光客が遠くの景色を眺める事ができるように望遠鏡が備え付けてあったでしょ? どうもそれらしいんですよね」
 それを聞いて二人は昨日の事を思い出していた。
「何でも、この望遠鏡が置かれてあったあたりの火勢が一番強かった、と言うこと、周辺にこの望遠鏡の破片が幾つか発見された、という事で、爆発物はこれに仕掛けられていたのではないか、と言うことなんですが、ただ、ひとつ妙なことがあって」
「妙な事?」
「ええ。何でも関係者によるとこの望遠鏡に『故障中』との紙が貼ってあったらしいんですが…」
「…あの望遠鏡か!」
 紅蘭が思わず声を上げた。
「あの望遠鏡?」
「あ、いえ、昨日、ウチと大神はんの二人で実は十二階に昇ったんや。その時にその、紙が貼ってあったいう望遠鏡見つけて…」
「あ、そうですか。いや、それがですね。関係者に聞いてもその紙を誰が貼ったか、わからない、と言うことなんですよね」
「わからない?」
「ええ」
「…となると犯人の仕業でしょうか?」
 大神が言う。
「うーん…、昨日聞いたお話から考えるとそうとも考えられますが…」

 そのときだった。
「…そうか、そういうことやったんか!」
 不意にさっきから望遠鏡を眺めていた紅蘭が叫んだ。
「…紅蘭、何かわかったかい?」
「…なんで、この望遠鏡が爆発したかわかったんや」
「…どういうことだ?」
「…これも簡単な仕掛けや。太陽光を凸レンズで集めて、その焦点を紙に当てるとどうなるかは知ってるやろ?」
「…それは知ってるさ。集められた太陽光は焦点を結んだ紙に引火する…、ってまさか!」
「そのまさかや。犯人はそれを利用したんや。知っての通り、望遠鏡言うのは凸レンズを先に使ってるからな。その凸レンズに太陽光を集めて導火線に火をつければそれでドカンや。おそらく、先端の凸レンズが焦点を結ぶ所に前もって導火線をつけたんやろ」
「…じゃあ、故障中の札は?」
「変に悪戯されないためや。犯人はおそらく、十二階が閉まっている間にでも忍び込んで望遠鏡に仕掛けを作っておいたんや。そして先端の凸レンズを太陽の方角に向け、変にいじられないように『故障中』の札を下げる。で、後は太陽が昇ってきて、凸レンズを通して、焦点が導火線に集まって引火するのを待つ。角度を調節すれば狙った時間、とまでは行かなくとも、それに近い時間で爆発させる事は可能やからな」
「…」
「…ただ…」
「ただ?」
「ますますこれで犯人の目的がわからなくなったわ。一体犯人は何が目的なんやろか…」
「うーん…、確かにそうだけど…」
 そういうと大神も考え込んでしまった。
「…どないしたんや、大神はん?」
「…いや、ちょっと気になることがあってね」
「気になること?」
「それは帰ってから話すよ。オレも考えをまとめたいからね」

(第3話に続く)






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