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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第二章 永久の歌姫
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九  『N』

 生徒会室に戻ると、真っ先に女子三人が視界に入る。先ほど風丸かぜまると話した通り、この三人は異様に人の目を惹く魅力を持っていた。


 そんな三人の中心──明日菜あすな亜紅里あぐりの間にいるヒナギクに改めて視線を移す。

 あれほど似合っていなかった緋色のあの制服よりも、群青色の方がヒナギクには似合っていた。ヒナギクと同じ制服を着用する明日菜と亜紅里は緋色の制服も似合っていたが、群青色には負けている。


「やっぱ三人も群青色の方が似合ってんじゃん」


「そう? あたしは緋色の方が好きだけどなぁ」


 くるくる回る亜紅里のスカートの聖域は、今回も黒いレギンスが守っていた。チッと風丸が舌打ちをしたのはこのせいだろう。


「なんか変な感じがするね」


「たいして変わらない」


「けど、全体の雰囲気は落ち着いたよな」


「当然だ。今の我々は《十八名家じゅうはちめいか》である前に生徒代表の生徒会だからな」


「そうじゃ。ヒナギクが生徒会長だと頼もしいのぅ、去年とは大違いじゃ」


 ヒナギクは「当たり前だ」と返事をして手を叩いた。自分を除く傑物たちの視線を一身に受けているにも関わらず、ヒナギクは一切臆することなく「今日は解散だ」と告げる。


「案外あっさりだったなー。ま、いいけど。じゃあかえ……」


「貴様は至急青葉あおばと職員室に向かい、雑用だ」


「ちくしょう!」


「そういうことじゃ。行くぞ小倉おぐら


 青葉に首根っこを掴まれた風丸は、強引に連れ出されていった。姿が見えなくなる直前、最後の抵抗でもあったのかやけくそ気味に扉を蹴る。その様を見ていたヒナギクが片眉を僅かに上げたのは、見なかったことにしておこう。


「あたしもかーえろ。みんなまたねー!」


「あ、じゃあ僕も帰るよ。また明日」


 そんな風丸と青葉に続いて、亜紅里と八千代やちよも出ていった。


「ゆうきち、一緒にかえ……」


百妖結希ひゃくおうゆうき、貴様は残れ」


 さも当然という表情をしていた明日菜は、目を見開いて振り返る。それは、結希も同様だった。


「生徒会長と副会長のみで話したいことがある。明日菜は先に帰ってくれ」


 表情をあからさまに不機嫌に変える明日菜が見れるなんて珍しい。そんな彼女は、ヒナギクと睨み合うように見つめ合う。


 妖目おうま明日菜にも譲れないものは存在する。彼女がどれほど控えめで、自己犠牲精神に富んでいたとしても。

 だが、相手はあのヒナギクだった。自分が正義だとでも言いたげな、自分以外の人間は自分に従って当然だとでも言うような──そんなヒナギクが相手だった。


 しばらくすると、本当に渋々という具合で「わかった」と明日菜が姿を消す。

 二人きりになった生徒会室には重苦しい沈黙が訪れ、気まずくなった結希は思わず口を開いた。


「話って?」


 何よりも男として先にそう尋ねると、何を考えていたのかじっと他所を見つめていたヒナギクは無言で結希に視線を合わせる。


「ずっと、貴様と二人きりで話がしたかった」


 告げられた。低く、大人っぽい彼女の声色でそれを言われるとさすがに心臓が脈を打つ。


「まず、先ほどの貴様の質問を受けつけよう。どうして自分が副会長になったのか、だろ?」


「答えてくれるのか?」


「元からそのつもりだった。大人しく聞け」


「…………」


 ヒナギクは、コバルトブルーの瞳を閉じた。窓が閉まっているにも関わらず、室内に強風が吹き荒れる。

 彼女が次に目を開けた瞬間、変化していたのは瞳の色で──それは、紅蓮と呼ぶに相応しい色だった。


 百妖家のリビングで〝それ〟を披露したかつての麻露ましろと、今のヒナギクの線が重なる。


 色は変わらず、青い紐リボンが解かれた銀髪はストレートに尖り、耳も同様に尖っている。白い着物の胸元は大きく開き、下に着ている赤い着物は裾が短くなっている。黒いニーソックスは彼女の脚線美を強調し、全体的に落ち着いた印象だ。



「──私の真名は、白院はくいん・ぬらりひょん・ヒナギク。この世に生を受けたその時から、半妖はんようの総大将を務めている」



「半妖の……総大将?」


「あぁ」


 ぬらりひょんの半妖姿をしたヒナギクは、麻露とは違い堂々としていた。その様を見て、今までの出来事を理解していく。


『白院家には既に事情を伝えてある。向こうが私たちに手出しをする前に方をつけるぞ』


 それは、四月に結界を張った日。麻露が家族に言った台詞だった。


 手出しをするということが具体的に何をすることなのか想像もできなかったが、それがまさか一人娘のヒナギクだとは思いもしなかった。

 そして、彼女がずっと対等であるはずの《十八名家》に高飛車な態度を取とっていた理由。半妖の総大将という立場が、無意識に周りにいる人間を見下していたのだろう。


「それと俺の副会長指名になんの関係が……」


「大有りだ。陽陰おういん学園生徒会執行部は、別名《百鬼夜行迎撃部隊》なのだから」


 結希の疑問に言葉を被せて、ヒナギクはそう明言した。


 ──百鬼夜行。


 それは結希の地雷の一つで、陰陽師おんみょうじや半妖にとっては失ったものがあまりにも大きすぎる悲惨な事件だった。


「迎撃部隊って……。高校生があの百鬼夜行をどうにかできるわけないだろ!」


 話が百鬼夜行になると感情的になりがちな結希は、掠れるような声で叫んだ。ヒナギクはそんな結希の変貌にも一切動じず、淡々と返す。


「よくあるだろう? 自然災害が起きた時、避難場所で必要とされるのは高校生や中学生のような若い力だ。百鬼夜行もある意味では自然災害。それが起きた時、我々は陰陽師と半妖とは別の立場で百鬼夜行を撃退する。それが我々の本来の仕事だ。──それに貴様は、十一歳の若さで百鬼夜行を迎撃したと聞いているが?」


「……だから俺が副会長に指名されたのか」


「そうだ。町の重要機関を牛耳る《十八名家》は、そのどれもがその地位に永遠と居続ける代わりに百鬼夜行を撃退する使命がある。稀に私のような者が生まれるのがその証拠だが、残念なことにほとんどはただの人間だ」


 知らなかった真実が、ヒナギクの口から止まることなく出てきた。


「ちょっと待て。《十八名家》はすべて半妖の一族なのか?」


「全部ではない。…………白院家と百妖家のみだ。貴様の親族の結城ゆうき家は半妖ではないだろう」


「あぁ、陰陽師だ」


 それを聞いて、少し安堵した。

 親族の結城家にまで隠しごとをされていたら、もう何を信じていいのかわからない。


「話が少し逸れたが、これで私が貴様を〝右腕〟に指名した理由がわかっただろう。この学園内で私の右腕が務まるのは、現状貴様しかいないのだから」


「……それはよくわかったよ。確かに今の話を聞く限り、俺以外の人間には務まらない。ましてや《十八名家》以外の人間に生徒会は無理だ」


「我が校の生徒会はただの生徒代表で、未来の頭首を育てる場所というだけではない。町の秘密を知り、力もある貴様が理解してくれると非常に助かる」


「けど俺は、明日菜たちを巻き込みたくない」


 六年前は無関係でいられたのに、知識もないまま明日菜たちをいきなり戦わせたくはなかった。それは六年前のあの日、きっと自分自身も守ろうとしたことだ。


「その言い方だと、近い将来百鬼夜行が起こると言っているみたいだな」


 結希は表情に出すのを堪えて、「そんなわけないだろ」となるべく呆れた声を出した。


「まぁいい。が、貴様は少し勘違いをしている。明日菜らは《十八名家》として生まれたその時から、私たちと同様に既に巻き込まれているのだからな。二十歳になれば親から聞かされるだろう。今の私たちの違いは力の有無であり、知の有無であり、背負う物の有無だ」


 ヒナギクの言葉には重みがあった。


 結希以上にこの町の悲劇と制度を知っている彼女は、麻露ではない。麻露は百妖家の長女として物を知り、ヒナギクは半妖の総大将として物を知った。

 二人の違いは、立場と傍にいた家族の有無だった。


「言うまでもないだろうが、今日私が話したことのすべては他言無用だからな」


 その理由は聞かずに頷いた。

 ヒナギクは扉付近に立ったままの結希に近寄り、群青色のネクタイを掴む。


「それと、私に隠しごとは絶対するなよ? 私の前では貴様のすべてを曝け出せ」


 コバルトブルーにはなかった熱が、紅蓮には灯っていた。今までずっと真顔を貫いていたヒナギクは、唾を飲み込む結希を見上げて妖しく微笑む。


「……もし断ったら?」


 現に結希は、百妖家に近い将来百鬼夜行が起こる可能性が高いことを隠していた。そのことを、総大将という立場のヒナギクにも教えるつもりは毛頭ない。


 スザクと一緒に背負い、二人で戦うと決めているのだから。


「その時は調教だ」


 冗談なのか本気なのか、ヒナギクの場合はわからなかった。


「本当に、〝ヒナギク〟がやれるならな」


 卑屈になるのはもうやめた。

 結希にとっての今のヒナギクは、親しくもなく身分も高い同級生ではない。似たような使命を持つ、血に囚われた生徒会の仲間であり背中を預けられる戦友だ。


「……なんだと?」


 片眉を上げて自分を睨むヒナギクとは違い、結希は笑った。ネクタイを掴むヒナギクの細い手を左手で外し、右手の指で空を切る。


「これは……結界か!?」


「じゃあ、また明日な」


 驚きの声を出す半妖のヒナギクを置いて、結希は生徒会室を後にした。プライドの高そうなヒナギクを思って、あえて振り返ることはしなかった。

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