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Scene 1. 好奇心
「記念すべき初日がこの天気か……」
 天然パーマだろうか、軽くカールのかかったショートの髪をした少女は、新たな住み処となって間もない、鉄筋コンクリート建て大きな家を跡にした。
 初めて着る制服、シンプルな割にセンスが良くて好きだった。安物の透明ビニール傘に当たる雨粒が、不規則だけど心地良いリズムを重ねる。
 少女の名前は乙川早知世おとがわさちよ。今日六月十五日から爽林高校の一年生として転入する。
「こんなに湿度が高いと、身体が錆び付いてしまいそう」
 半ば冗談のような独り言。元の居住地では、降雨量は日本よりも遙かに少なかった。
 学校までは途中満員電車に揺られ、おおよそ予定通りに到着。校門を通って同じ制服の生徒が次々と学校の中へ吸い込まれていく。あちこちから響く賑やかな声。
(今日からここで、私の自由な人生が始まるのね……)
 そんな思いを胸に秘め、早知世は学校の中へ、そして今日は転入初日と言うこともあってまずは職員室に顔を出し、始業チャイムが鳴るまで応接コーナーで待機する。
 始業チャイムが鳴った後、担任教諭に呼ばれ、自分が所属することになるクラス、1年A組の教室へと向かう。期待と不安感の入り交じる複雑な感情が交錯する。
(こんな程度で拍動が三十七%上昇するなんて……、私もデリケートになったものね。これは進化? それとも退化?)
 担任教諭と共に教室へ。クラスメイトとなる生徒全員の視線が早知世に集まっているのをひしひしと感じる。
「えーそれでは、今日からこのクラスの新しい仲間となる転校生が入りましたので紹介します。これから自己紹介してもらいますが、今日から皆さんと一緒に勉強したりクラブ活動したり遊んだりする事になります。皆さんも同じクラスの仲間として乙川さんを迎えてあげて下さいね」
 ざわつく教室。
「それでは、自己紹介の方、お願いしますね」
「はい」
 担任教師に促され、早知世は教壇中央に立ち、クラスメート全員を見渡す。
「はじめまして、私、『乙川早知世』といいます。アメリカのカリフォルニア州から来ました」
「おーっ!」
「すげー。帰国子女か?」
 教室内がさらにしばらくざわつく。
「はい静かに!」
 担任教諭が諭す。静寂。
「現地に住んでた頃は、友達から『サリー』っていうニックネームで呼ばれていたので、『サリー』って呼んでもらっても構いません」
 非常に流ちょうな日本語。
「さっき帰国子女なんて話もちょっと聞こえたんですが、私の両親は元々日系人ですし、私自身生まれはそもそもアメリカ……ちょうどシリコンバレーのあたりです。来日するのは今回が初めてになりますし、今後日本に帰化永住する事になります。色々慣れないこともあるかと思いますが、これからよろしくお願いいたします」
 深々とお辞儀する。皆の拍手が聞こえた。
「じゃあ余り時間がないから、クラスの全員一人ずつ席立って名前だけ言ってください」 担任教諭の指示で、廊下列の前から順に席を立って各自の名前だけをぽんぽんと言って行く。普通ならこの程度では顔と名前を一致させる事はまず不可能なのだが、早知世は記憶力に抜群の自信があったので、スムーズに頭の中に入っていく。
「それじゃあ乙川さんの席は、窓際から二列目の一番後ろの席になるんで、そちらに座って下さい。……一村」
「はい」
 担任教諭に呼びかけられる美紗。
「お前の隣の席だから、上手にサポートしてやってくれよ」
「はい」
 返事はしたものの、美紗には何をどうしたらいいか余りよく判らなかった。
 早知世が美紗の隣の席に座る。
「一村美紗さんでしたよね」
「はい」
「これからよろしくお願いしますね」
 早知世が美紗ににこやかに握手を求めてきた。
「あ、よろしく」
 美紗も手を差し出し軽く握手をかわした。
(この人、どんな性格なんだろう……)
 美紗は無意識のうちに早知世の心の中を覗こうとした。古来からの魔女の血筋を継ぎ、十三歳に「白の魔女」としての洗礼を受け、極めて強力な魔法の能力を身につけた美紗は、いわゆるテレパシー能力や透視能力も身につけて自在に使いこなす事が出来た。だから相手の心の中を覗いたり感情を正確に感じ取ったりするのは造作でもないのだ。もっとも、この能力が便利な反面、美紗自身の心を逆に苦しめてしまう場面が決して少なくないのもまた事実なのだが……。
(あれ?)
 美紗は戸惑った。
(乙川さんの心が全然読めない)
 こんな事など滅多になかった。相手がテレパシー防御能力のある魔女や特殊能力者ならいざ知らず、普通の人間に対してこういったケースはまずあり得ない。
(他の人の心は……?)
 美紗はテレパシーの方向を変えて、自分の前の席に座っている男子生徒の心を読んでみた。すると、その内容がはっきり鮮明に美紗の心に伝わってくる。
 改めて美紗は、テレパシーの方向を早知世の方向に向けてみた。しかし相変わらず心が読めない、全く読めない。どんなに自分自身の感受能力を上げても、微細な波動さえ伝わって来ないのだ。
(何者なの……この人?)
 美紗は今度は、能力の種類をテレパシーから透視に切りかえた。既に授業は始まっていて、顔は教壇の方を向けるしかないが、それでも自分の真横にいる早知世の姿を感覚的に透視することはできる。
(……え? ええっ!)
 美紗は驚きのあまり危うく声を出しそうになって口を覆った。
 美紗が見た早知世の姿は想像を絶するものだった。なんと、身体の中には様々な機械や電子部品があちこちに埋めこまれていたのだ。その割合はおそらく半分以上。骨格さえ完全に機械化された部分もある。早知世の頭部はもっと凄かった。頭脳は人間の脳とコンピュータが極めて密接に融合しており、顔の各部分にも多数の機械部品・電子部品が埋めこまれていたのだ。
(……心が読めないのも何となく……でもこれってどういう事? 彼女……まさかロボットなの?)
「……一村、一村!」
 教諭の声。
「あ、は、はい!」
「何ぼーっとしているんだ。立って教科書の文章を読んでみろ」
 そういえば一限目は国語の時間。
「七十二ページ四列目からだよ」
 早知世が小声で教えてくれる。
 慌てて教科書を開いて読み始めた。
 最初は少しもたついてドキドキしたが、やがていつものとおりの調子で落ち着いて読み進めていく。国語の授業での朗読はわりと好きだ。読んでいくうちに、言葉の中に自分の感情が入り込んでいける。
「はい、そこまで。授業以外のことに気をそらしたらダメだぞ」
「はい、すみません」
 席に着く美紗。少ししょげる。
「一村さん、ドンマイ」
 隣から小声、早知世が屈託のない笑顔を美紗に向けていた。
「あ、ありがと」
 ちょっぴり気恥ずかしくなりながらも感謝する。
(この子、悪い子じゃないのかもしれない)
 美紗の直感が反応した。美紗の直感は割とよく当たる。これは魔女の洗礼を受ける以前からそうだった。魔力でまれに現れる「未来視」と違い、極めて漠然とした感覚的なものである。やはり魔女である自分の母親、佐夜子から「魔法とは無関係の、人間誰にでもある感覚」と教わっていた。
 ちょっとほっこりする美紗。

 そうこうするうちに一限目は終了。
 と同時にクラスの大半が一斉に早知世の周りに集合。美紗もその中に否応なく巻き込まれる羽目となった。
「ねぇねぇ、英語しゃべってみて」
「外人の友達いるの?」
「彼氏いる? 好みのタイプは?」
「どこに住んでんの? お屋敷なの?」
「趣味は何? スポーツとかやるの?」
「ストーップ! そんなにいっぺんに質問されたら答えられないよ!」
 早知世が両耳をふさいで笑いながら大声をあげる。
 一斉に沈黙。
「えーっと、今までの中で聞き覚えある質問は……『担任教諭のカツラ取った姿見たことある?』だっけ?」
 一同大爆笑。
「誰も言ってねーしぃ~」
「可笑しい、可笑しすぎる! てか、乙川何で知ってるぅ?」
「え、うそ? あの髪かつらだったの? 三ヶ月間全然知らなかったよ」
「やだ、あなたマジで知らなかったの?、結構有名よ」
「アメリカのリサーチ力おそるべしぃ~」
 クラスメイトのあちこちで大盛り上がり。
 満を持して早知世が口を開く。
「さすがにカツラ取った姿までは見なかったけどぉ~、髪の毛不自然にズレてるのは、判ったよっ☆。あれ絶対ヤバいって!」
 再び大爆笑。
「髪ズレキター!」
「女の観察力ってそこまで凄いのか?」
「てかオトコがニブイのよ!」
「ちょっと待ってよ、じゃあ今まで気付かなかったアタシはどーなんのよぉ~」
「どうせならオトコになってみる?」
「うっさ~い!」
「いててて、つねんなつねんな!」
 早知世はまたしてもクラスメイトのやりとりやリアクションをニコニコしながら観察している。
 一方美紗は、そんな早知世の様子を冷静に観察していた。
(何だろうこの子……。やっぱり普通の人間なのかな?)
超先進……っぽくない! (「……っぽくない!」シリーズ Episode 2)
 2010/08/22 Release
 2010/09/05 Minimum retake
Copyright 2007 Seagull White / Dreamers' Soft&media Products.
著者(Author): Seagull White
制作(Production): Dreamers' Soft&media Products (D'SmP)
This text work is licensed under a Creative Commons 表示 2.1 日本 License.


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