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野良怪談百物語

迷子のヒロくん

作者: 木下秋

 私が十八歳の時の話です。



 私は当時、全寮制の女子高に通っていました。その帰り道、公園の前を通っていた時のことです。


 子どもの泣き声が聞こえてきて、私は公園の方に目をやりました。見ると、誰もいない公園の真ん中で一人、五才くらいの男の子がうずくまって泣いていました。



(どうしよう……)



 私は少し悩みましたが、無視して通り過ぎることもできず、公園の中に入って男の子に近付きました。



「どうしたの?」



 私が声を掛けると、その子はハッと顔を上げ、私の顔を見ました。でも、すぐにクシャッと顔を歪めて、また泣き始めてしまいます。



「よしよし……」



 私はその子の頭を撫で、怖がらせないように――安心するようにと、声をかけ続けました。



 ……その時私は、胸が締め付けられるような――その子が愛おしくて、たまらなくなってしまうような――それまで生きてきて感じたことのない、不思議な気持ちになりました。――それは、強烈な母性でした。(私が守ってあげなくちゃ……なんとかしてあげなくちゃ……!)という、使命感にも似た決意を固め、その子を抱きしめました。



「どうしたの? 迷子になっちゃったの?」



 私がそう聞くと、男の子はコクリと頷きました。



「名前は?」



「ヒロくん」



 やっと発した言葉は泣き声混じりで、それでもがんばって答えたのだということがわかりました。私はヒロくんを安心させようと意識して笑顔を作って、



「そっか。じゃあ、ヒロくん。お母さん探すの、お姉さんが手伝ってあげるからね。安心していいよ」



 そう、言いました。



「……! うん!」



 ヒロくんは初めて、笑顔を見せてくれました。真っ赤に腫らした目で――それでもニッコリと、微笑みました。――広告などに起用される子どもモデルのような整った顔立ちではないけれど、それでもなんだか妙に愛嬌があって、かわいいなぁと思わされました。



 私はヒロくんの手を取って、そこらじゅうを歩きました。……それでも、それらしき人は見つかりませんでした。



 警察に行こうとも思ったのですが――なぜだか私は、



「ねぇ、お姉さんの部屋、来る?」



 ――と、言っていました。



 ヒロくんが「うん!」と返事をしたので、私は自分の住む寮に、ヒロくんを連れて行こうとしました。……でも、私の心の中では葛藤が渦巻いていたのです。



(私ったら……何を考えているのかしら……!)



 私は、ヒロくんがかわいくて、たまらなかったのです。



(……このままヒロくんを、“自分のもの”にしたいだなんて……!)



 ……恐ろしいことを考えている。そう、思いました。でも、こんなかわいい子を一人、公園に置いて何処かに行ってしまうだなんて……! そう思うと、私は顔も知らないヒロくんの母親に対する“怒り”に囚われてしまって、(ヒロくんを私が育てたい……。ヒロくんは私と一緒にいる方が、きっと幸せなんだ。そうに違いない……!)……後先考えられずに、そう思ってしまうのでした。



 ヒロくんと手を繋いで寮の自室の前まで行くと、私は「ちょっと待っててね」と言って手を離し、バッグから鍵を取り出して扉を開けました。



「はい、どうぞ上がって。……あれ?」



 ……見ると、ヒロくんはどこにもいなくなっていました。自室のある二階の廊下にも、階段の下にも、道路に出ても――ヒロくんの姿は、どこにも見えなかったのです。



(どうして……)



 私は言葉にできない程の喪失感を感じて、その場で泣き崩れました。(私はなんて恐ろしいことを……)(ヒロくんはきっと知らない人に部屋に連れ込まれそうになって、“怖い”と感じたんだわ……)(あの子は今も、一人で……)……さまざまな感情がせめぎ合い、涙が止まらなかったのです。



 自室に戻った後も、私は罪悪感と心配で心を痛めていました。次の日の朝になってようやく心は落ち着きましたが、それからずっと、ヒロくんの事は忘れられずにいたのでした。







 ――あれから十年。私は、一人の男の子を出産しました。名前は、「ひろ」。ヒロくんのことがずっと忘れられず、男の子を産んだら付けようと決めていた名です。




 尋は今年で三才になりますが……あの日見たヒロくんに、だんだん似てきています。

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― 新着の感想 ―
[一言] おっと、犯罪の匂いがプンプンと。これが青年と少女なら完全な変態なのですが、男と女を入れ替えるだけできれいなものとなってしまうのはズルいですよね。怖いっちゃ怖いんですけど。
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