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ハーレム禁止の最強剣士!  作者: 青葉台旭
アハトグレイヴ編
33/57

スュン、オート麦の粥に挑戦する。

1、スュン


 ゆっくりと目を開ける。

 カーテン越しの朝の光が、ぼんやりと室内を照らしていた。

(えっと……ここは……ああ、人間の都市国家(まち)か。人間の都市国家(まち)サミアのエルフ公使館だった……)

 ふかふかの枕から頭だけを起こし、部屋の隅に置いてある水時計に視線を向ける。朝の六時あたりに水位があるように見えた。

 どさっ、と頭を枕の中に落とした。目蓋(まぶた)を閉じ、夢うつつの心地よい意識の中で考える。

(オリーヴィア様は何時(なんじ)って言ってたっけ……たしか七時……もうちょっと寝ていても良いか……でも、もう起きた方が良い……でも、あと、もうちょっと……ああ、このベッドは本当にふかふかで気持ちが良いな……)

 ベッドから体を起こす気になったのは、意識の力というより、単に尿意が強くなってきたからだ。

 部屋を出ようと扉を開けた所で、ああ、そうだった、洗面室も各部屋に一つずつあるのだったと引き返す。

 スュンが住んでいたエルフの森の家には、屋内から直接出入りできる手洗い場は無かった。いったん家の外へ出て、敷地に建てられた(かわや)で用を足す。

 つい、その習慣が出てしまった。

 まだ完全に()めない頭で用を()して、洗面台で手を洗いながら鏡に写る自分の顔を見る。我ながらボーッとした情けない顔をしている。

 洗面室を出て、ベッドに腰かけた。枕を見る。このまま倒れ込んで、もう一度寝たい。七時の集合まで、まだ時間はある。

「きょうは、勤務初日だぞ」

 自分に(かつ)を入れるためシャワーを浴びることにした。

 シャワーの後、エルフ剣女の正装に着替えて部屋のカーテンを開け、東向きの窓から差し込む朝日を全身で受ける。

 ()(がね)を外してガラス窓を全開にしてみた。冷たい清らかな空気が室内に流れ込んで来る。

 うーん、と全身を伸ばして深呼吸。

「よし、完全に目が覚めたっ」

 窓からは中庭を見下ろせた。人間の侍女(メイド)たちが大きな庭用の(ほうき)敷石(しきいし)()いている。てきばきと手際よく働くその姿は見ていて気持ちが良いくらいだ。

「私も、がんばるぞ」

 水時計を見ると約束の時間まで、まだ三分の一時間ほど余裕があったが、スュンは食堂へ行くことに決めた。

 

2、オリーヴィア


 スュンがエルフ専用の食堂に行くと、意外なことにオリーヴィアは既に窓際のテーブルに座ってハーブ茶を(すす)っていた。

 急いで、そのテーブルへ向かう。

「お、遅れて申し訳ありません」

「別に遅れてなんかいないわ。私のほうが早過ぎただけ。まあ、とにかくお座りなさい」

 テーブルの向かいに座る。

「おはようございます」

「おはよう」

 若い人間の侍女(メイド)が、すっ、と近づいてくる。

「果物とオート麦の(かゆ)を。それと朝向きのハーブ茶のお代わりをちょうだい。スュンも同じもので良い?」

「は、はい。お願いします」

「じゃあ、それを二人分」

「かしこまりました」

 注文を受けた侍女(メイド)が去って行く。

 その時、スュンは視界の(すみ)で「何か」が動くのを感じた。

 異様な、「何か」が。

 はっ、として、窓の外を見る。

 中庭を(はさ)んだ向かい側の建物、東館の屋根の上に、一瞬、それが見えた。

「スュン」

 オリーヴィアが呼びかける。

 (あわ )てて緑のエルフ(グリーン・エルフ)の上司の方へ視線を戻した。

「は、はい」

「どうしたの、突然、窓を見たりして」

 緑のエルフ(グリーン・エルフ)がエメラルド色の瞳を窓の外に向けた。

「あの……向かい側の建物の、屋根の上に人影が……」

「人影? まさか」

 もう一度、窓から向かいの屋根を見る。

 誰もいなかった。

 オリーヴィアに視線を戻すと、困惑したような顔でスュンを見ている。

「気のせいじゃないの?」

「気のせい……でしょうか? 分かりません……黒いマント姿の男が屋根の上に立っていたように見えたのですが……」

「う~ん。朝から、何か、おかしいわね。昨日は良く眠れた?」

「は、はい。ぐっすりと休めました」

「まあ、良いわ。一応、警備の者に言って調べさせておきます」

「す、すみません」

「別に謝る事でもないけど……今度は、私の話に集中してちょうだい……今日の予定を言うわ。朝食が終わったら、午前八時半までは自由時間とします。八時半に中庭に集合という事にしましょう。それから馬車に乗って、仕立て屋へ行きます」

「仕立て屋、ですか」

「そう。周りを見て」

 スュンは食堂内を見回す。何人かがテーブルに座って朝食を()っていた。男のエルフ、女のエルフ……

「みんな、人間風の格好をしているでしょう? この公使館では……エルフの職員は全員、人間と同じ服を着る事になっている。厳密には人間『風』の服装だけど。金具や装飾類は全て貴金属製という特別仕様の服。ここの職員は人間に変装することが多いから、日頃から慣れておきなさいという公使閣下の方針です。もちろんスュンにも従ってもらうわ」

「わかりました」

「それから、これを」

 緑のエルフ(グリーン・エルフ)が小さな麻の巾着袋(きんちゃくぶくろ)を二つ、テーブルの上に置いた。

「開けて中を見なさい」

 言われたとおり、巾着(きんちゃく)(ひも)をほどいて中を見る。銀貨だった。もう一つの袋も開けてみると、こちらには銅貨が入っている。

「ここに居る限り、衣食住すべて公使館持ちで済むけど、とにかく人間社会は、(かね)(かね)(かね)よ。何をするにも金が要る。それは、人間社会で活動するための必要経費だと思いなさい。何を買っても良いけれど、無駄遣いはしないこと。わかった?」

「はい。わかりました」

 その時、侍女(メイド)が朝食を乗せた盆を持って来た。

 二人分の食事をテーブルに並べる。

「さあ。食べましょう。ここのオート麦(かゆ)は、けっこう()()()わよ」

「オート麦(かゆ)……ですか……」

「ひょっとして、穀物を食べるのは、初めて?」

「……はい」

「じゃあ、まあ、一口食べて、ごろうじろ」

 恐る恐る、銀製の(さじ)を皿の中のどろどろとした物の中に入れて、(すく)い上げる。

 オリーヴィアを見上げると、そのどろどろした物を(うま)そうに口に運んでいた。思い切って、スュンも口の中に入れてみた。

 甘い味と香りが口の中に広がる。意外と(うま)い。

「どう? なかなかでしょう? 楓の樹液(メープル・シロップ)と少々の塩で味付けされているらしいけど……それだけじゃない、何か隠し味が入っているのね。見た目より複雑な味わいがする」

 うまそうにスプーンを口へ運ぶスュンを見て、オリーヴィアが満足げな顔で言った。

「穀物類は、人間が一番栽培に力を入れている植物よ。つまり、一番食べている植物でもあるという事。まずは、色々な穀物類を食べる事から始めなさい。小麦、大麦、米……それから乳製品……牛や山羊(やぎ)の乳から作った加工食品……を食べ、それに慣れたら、魚、肉、と、徐々に胃を慣らしていけば良いわ。山羊の乳くらい、飲んだことあるでしょう?」

「はい……幼い頃は……最近は、飲んでいませんが」

「獣の乳を発酵させた『チーズ』という食べ物があって、これが中々(なかなか)やみつきになる美味しさなのよ。この平野には……人間の世界には、色々な食べ物があるわ。その料理法も。よくもまあ、こんな料理を考えたものだというくらい手の込んだものが、何百、何千種類と、ね……森の中で木の実や果物や(きのこ)類を簡単に調理して食べているだけの我々エルフとは大違い。まあ逆にエルフにとって有りふれた食べ物が、人間社会で珍重される例もあるけど。スュンは、松の木の根元に生える(きのこ)を知っているでしょう? あれを人間社会(こっち)では『松茸』と言ってね……この人間社会では大した金額で取引されている。大きな物だと銀貨何枚もするくらい」

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