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ハーレム禁止の最強剣士!  作者: 青葉台旭
アハトグレイヴ編
32/57

スュン、公使に会い、シャワーを見て驚く。

1、コスタゴン


 馬車は、夕暮れの都市を走った。

 城壁を(くぐ)って半時間ほどで、都市国家サミアのエルフ公使館に到着した。

 四階建ての大きな建物だった。

「今われわれが見ているのは、南門。人間の商人やサミアの官僚の出入りに使われる。まあ、お客さん用の玄関口ね」

 オリーヴィアの言葉にスュンが頷く。初めてこの公使館に入ったとき、スュンとヴェルクゴンもこの入口を使った。

「この他に、(やかた)には職員専用の北門があって、我々エルフや現地職員……つまり、我々が雇った人間たち……は、通常は北門を使う。ペーター、では、そちらへ」

「かしこまりました」

 馬車は、大きな館の周囲をぐるりと半周するかたちで北門へ移動する。

「当たり前の話だけど……エルフ公使館のために働く種族にはエルフと人間の二種類がある」

 車内でオリーヴィアが説明を始めた。

「人間は、さらに三種類に分けられる」

 そう言って、数をかぞえるように、右手の人差し指を立てて見せた。

「第一に、ペーターのような『御者』……彼らはエルフに絶対服従するよう精神を『調整』されているから一番信用できる。ひと通りの暗殺術も身に着けているし、色々と使()()()()が良いわ」

 そして二本目の指を立てる。

「第二に、かつてのリトマンのような、裏社会で我々の手足となって諜報活動をする『協力者』……まあ人間にとっては『裏切(うらぎ)り者』ということになるのかしらね。金貨いくらで人間社会の情報を横流しするのだから」

 そして三本目。

「第三に、合法的に求人をして雇い入れた、まっとうな『現地職員』……主に、事務員、身の回りの世話(せわ)をする侍女(メイド)、料理人、それから警備員など」

 馬車が、北門に()いた。

 門の両側に剣士が一人ずつ立っていた。筋骨たくましい大男だ。身長はどちらも百九十セ・レテム以上はあるだろう。

 後部座席の窓からオリーヴィアが目配(めくば)せをすると、剣士たちは重い門の扉を開け始めた。

 門の中へ馬車ごと乗り入れると、そこは、広い殺風景な庭だった。

 灰色の敷石が地面を隙間(すきま)なく(おお)い、唯一(ゆいいつ)、ポツンと一本、庭の真ん中に生えた(かえで)の木の周辺部だけ土が露出している。

 木のまわりにベンチが幾つか置いてあった。

「さあ、()りましょう」

 庭の敷石の上にエルフたちが降り立つと、ペーターは馬車の扉を閉め、東の建物へ馬をゆっくりと歩かせて行った。

 オリーヴィアが説明する。

「公使館は、この庭の三方を囲むようして建つ三つの建物から成っている。南側に立つ南館、または本館とも呼ぶけれど、公使館の主要な業務のほとんどはこの本館で行われる。それから西館は、いわば『居住区』。公使館のエルフ全員と、人間の現地職員の一部が寝泊まりする職員宿舎。……東館は、一階と二階が吹き抜けになっていて、公使館所有の魔法機械馬車を何台も格納してある。三階以上は、資料室やら実験室やらその他もろもろ。どの建物も四階建てで、一階二階が『人間の階』で、三階四階が『エルフの階』になっている。エルフの階はドアノブから何から全て純金・純銀製、人間の階は鉄や銅などの卑金属を使っているという違い。私に付いて来なさい。公使閣下にご挨拶をしなければ」

 南側に建つ本館に入り、大きな折り返し階段を最上階の四階まで(のぼ)った。

 各階の階段付近には必ず二人一組で人間の剣士が立っている。

 公使の執務室は、南館の四階中央だった。

 緑のエルフ(グリーン・エルフ)が扉をノックすると、「(はい)りたまえ」という男の声が聞こえた。

 中に入る。

 黒々とした立派な書き物(づくえ)の向こうに、エルフの男が座っていた。

 この館の主、コスタゴン公使だ。

 ルストゥアゴンと同じ「ライト・エルフ」の一族。大長老ルストゥアゴンよりも若く、二十五歳で一旦(いったん)成長が止まるエルフの大多数よりは年老いて見える。人間が「中年」と呼ぶ年齢の者たちに似た外見。二百歳から二百二十歳の間だろうか。

 優男(やさおとこ)風のスラリとした男が多いエルフ族にあって、コスタゴンは、ガッシリとした広い肩、短い首、角ばった頭蓋骨(ずがいこつ)という珍しい体形をしていた。

 大きな耳さえなければ、人間社会で重い荷物を運ぶ肉体労働者といっても通用するだろう。

「クラスィーヴァヤの森への一時帰国を終え、ただいま戻りました」

 オリーヴィアがエルフ式の挨拶をする。

 あわててスュンも(なら)った。

「ごくろうさん」

 公使は、挨拶のしぐさを返すでもなく、(ただ)ぼそりと(つぶや)くように言った。

 青灰色の瞳が動いて、視線がスュンの顔に向けられた。

「これが……」

「はい。先日、(わたくし)の部下になる許可を頂いた、スュンです」

「公使館で働くことをお許し頂きありがとうございます。ご期待に沿うよう全力を尽くします」

「あ、そう。がんばりなさい」

「は、はい」

「ところでスュン、確か報告書には十七歳と書いてあったが、間違いないかね?」

「はい。十七歳です。今年、正式に長老会から『成人』として認めて頂きました」

「君の現在の能力評価だが……これから私が言う通りで間違いないかね?

 その一、擬態(ぎたい)魔法は自分自身の肉体に対してまでで、衣服や身に着けた小物類に使う事は出来ない。

 その二、治癒(ちゆ)系の魔法は、切り傷の簡単な止血と痛み止めは修得済みだが、解毒(げどく)の魔法は使えない。

 その三、聴覚(ちょうかく)拡大の魔法は、合格レベル。

 その四、視覚(しかく)拡大・透視術(とうしじゅつ)は未修得。

 その五、浮遊魔法は、ひととおり修得しているが、一度に持ち上げられる重量は、自分自身を含めて二人分の体重を少し超える(くらい)まで。

 その六、魔法を使って斬撃力を増加させる剣術を取得した『魔法剣女』

 その七、金属を(つか)んだように見せる手品は、現在、訓練中。

 以上。……なのだが」

 コスタゴンは書類も見ずにスュンの顔を見つめたまま、すらすらと彼女の能力を列挙してみせた。

「これで、間違いないかね?」

「はい」

「フムン……」

 机の向こうの公使は「大丈夫なのかね?」とでも言いたそうな目で、オリーヴィアに視線を移した。

 公使の部下である緑のエルフ(グリーン・エルフ)の女が、スュンを(かば)って言った。

「たしかにスュンの魔法は未熟ですが、まだ若いだけあって、われわれ年長のエルフとは違った視点や発想を持っています。いや、年齢がどうこうというより、彼女自身の持って生まれた個性として、ものの考え方に他のエルフには無い『何か』が有るような気がします。私は、そこを『買って』います」

「他のエルフには無い考え方、か……まあ良い。オリーヴィア、その少女については、お前の好きにするが良い。ただし、分かっているとは思うが……『自己中毒の魔法』だけは、しっかり教えておけよ」

「わかりました」


2、オリーヴィア


 公使の執務室を出たあと、廊下を歩きながらオリーヴィアがスュンに言った。

「この公使館には十九人のエルフが居て、全員、この敷地内で寝泊まりしている」

「十九人? たった十九人ですか?」

「そう。スュンが来たから、今日からは一人増えて二十人。それ以外は全員、雇われた人間の職員よ。エルフ公使館といっても、数としては圧倒的に人間の方が多い。彼らを管理するのが我々エルフの仕事という訳。煩雑(はんざつ)な事務処理や交渉の下準備は全て人間に任せる。エルフは人間たちに作らせた書類に目を通して、交渉の最終段階で人間と相対(あいたい)すれば良い。……あとは『裏の仕事』ね。この件に関しては、私の付き人をしながら徐々に学んでいってもらうわ。……十九人……じゃなかった、スュンも入れて二十人のエルフ全員に、専用の執務室と寝泊まりするための部屋が与えられる。まずは、執務室に案内するわ」

「……あの……先ほどコスタゴン様がおっしゃっていた『自己中毒の魔法』というのは……」

「ああ。あれ、か」

 オリーヴィアの顔が固くなる。

「本来、外へ発散させるべき攻撃魔法を自分の体内に作用させ、体の内側から自分自身の体組織を破壊する。つまり……『自決用の魔法』というわけ。敵に()()りにされた時のための」

「自決用の魔法……!」

「場合によっては死んだ方がましなくらい悲惨な状況もありうるからね。エルフ側の情報が外に漏れる危険性もあるし。万が一のため、ここに居るエルフは全員修得しているわ」

 廊下を歩きながら、女上司は淡々とスュンに説明した。

 三階に降り、南館の端の部屋の前で止まる。

「今日から、ここが、あなたの仕事場よ。まあ、見習いのうちは、この部屋を使って一人で仕事をすることも無いでしょうけれど」

 オリーヴィアが扉を開けて見せた。

 スュンが(のぞ)くと、広さは館主コスタゴンの部屋の三分の一以下だったが、壁紙といい絨毯(じゅうたん)といい、備品の机も、棚も、簡素(シンプル)だが趣味が良く、機能的で居心地が良さそうだった。

「次は、西館へ……宿舎へ案内します。付いていらっしゃい」

 本館と西館を(つな)ぐ渡り廊下を渡って、二人はそのまま西館の三階に入った。

 四人掛けのテーブルが何脚も置いてある広い部屋に案内される。

 数人のエルフが、切った果物をつまんだり、お茶を飲んだりしている。

「ここがエルフ専用の食堂。人間の料理人がエルフのために朝、昼、晩と食事を作ってくれる。前もって頼んでおけば『訓練用の料理』も作ってくれるわ」

「訓練用の、料理……ですか?」

「つまり、普段エルフ(われわれ)が食べているような果物や木の実主体の食事ではなく、人間が食べている、獣の肉を使った料理、という意味ね。……人間に化けたときのために、ひととおり人間と同じものを食べる訓練は受けておいた方が良い。最近は上流階級のご婦人方の間で『菜食主義』なんていうのも流行(はや)っているから、それで押し通せることも多いけどね」

「獣の肉を食べるのですか?」

「場合によっては。最初は生臭(なまぐさ)くて仕方が無かったけど……なに、慣れてしまえば案外、美味しいものよ。私なんか、今では、真っ赤な血のしたたる焼き肉を無性(むしょう)に食べたくなる事があるくらい」

「うう……」

「ちょうど夕食(どき)で良かった。われわれも食べましょう。それから同僚のエルフたちを紹介する」


3、スュン


 この公使館に務めている他のエルフを紹介され、果物とハーブ茶の夕食を()ったあと、同じ建物の、スュンに(あて)がわれた部屋に案内された。

 森の家よりは、ずっと小さい。しかし必要最小限の家具は備え付けてあるし、案外(あんがい)、住み心地は良さそうだった。

「スュン、ちょっとこっちへ来てみなさい」

 奥にある二つの扉のうちの一つを開いて、オリーヴィアが呼ぶ。

 スュンが行ってみると、天井、壁、床、上下左右全てに陶器製のタイルがびっしり貼られた小部屋だった。

 壁から金の取っ手のようなものが二つ()えている。

 天井近くには、やっぱり金製の、下向きに首をたらした朝顔(あさがお)のような金具。

「この取っ手を、こうして回すと……」

 突然、天井近くに生えた下向きの朝顔(あさがお)から雨のように水が噴き出した。

 すぐに取っ手を逆に回して水を止める。

「ここは『夕立ちの部屋(シャワー・ルーム)』と言って、私が思うに、人間の生み出した最高の発明品」

「シャ……シャワー・ルーム」

「来るとき馬車の窓から見上げた『空中水路』を思い出して」

「……はい」

「あそこからここまで金属製の(くだ)で水を引いてきて、取っ手を回すと水が出る仕組み。二つの取っ手のうち、一つはお湯用で、屋上の湯沸かし装置は一日中、昼も夜も人間たちに交代で番をさせて火を絶やさないようにしているから、いつでも暖かいお湯を浴びることが出来る」

「……」

(すご)すぎて、開いた口が(ふさ)がらない、って顔ね」

「は、はい」

「それから……」

 いったん、シャワー室を出て、今度は(となり)の扉を開けた。

「こっちが、お手洗い」

 洗面室の中には洗面台と便器があったが、井戸から水を()んで()めて置く(おけ)が無かった。その代わり、天井から銀製の細い鎖がぶら下がっていた。

「原理は同じよ。この鎖を引くと」

 陶器製の便器の中に、勢いよく水が流れる。

「……と、いうわけ。用を足したあと鎖を引いて水を流すことで、常に便器を清潔に保てる」

 オリーヴィアの説明を一通り聞き終えて、ベッドのある部屋へ戻った。

「じゃあ、今日のところは、これで終わりにしましょう。あの水時計は」

 そういって、部屋の(すみ)にある時計を指さす。

「ペーターが人間の侍女(メイド)たちに言って水を入れて調整させて置いたはずだから、正確でしょう。明日の朝七時に食堂へ来ること。それまでは自由時間とします。長旅だったから、ゆっくり休むといいわ。私の部屋は、ここから三つ目だから、何かあったら扉をノックしなさい」

「わかりました」

「……じゃあ……」

 オリーヴィアを見送るためにスュンが廊下に出ると、そこにペーターが立っていた。

 両手にスュンとオリーヴィアの手荷物を持っている。

「あ、ありがとう」

 いつから、この男は部屋の前に立っていたのだろうか。ノックもせずに。

 スュンは自分のスーツケースを受け取る。

 ペーターは、もうひとつのスーツケースを持って、オリーヴィアの後ろに付いて歩きだした。

 扉を閉め、小さな書き物(つくえ)の上に荷物を置く。

 中から寝間着(ねまき)を取り出して、エルフ剣女の服を脱ぎ、着替えた。

 そのままバタンとベッドの上に体を投げ出す。

 シーツも布団も枕も清潔そのものだ。これも『人間の侍女(メイド)』とやらに準備させて置いたのか。

「たいしたものだ……ここでは全てが組織立っているのだな。命令系統と上下関係がしっかりと確立されているのだ。その結果として、ひねれば出てくるシャワーのお湯や、(ちり)一つなく掃除の行き届いた部屋や、清潔に保たれたベッドがある。今日から私も、その組織の一員になった訳だ」

 人間の街に来た初日に、もう、森の暮らしを(なつ)かしく思っている自分に気が付いて、可笑(おか)しくなった。

 森では長老会の通達があったとき以外、自由気ままに暮らすことが出来た。

 これからは、そういう訳には行かない。

 ふと、シャワー室に通じる扉を見る。

 立ち上がって寝間着(ねまき)を脱ぎ、一糸まとわぬ姿になった。

「会いたくて、たまらないぞ」

 自分自身の体に指を這わせながら一人(つぶや)いて、シャワー室へ向かった。

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