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テクノポリスの太陽
作:谷川修一郎


 日光を受けて銀色に煌くビル群の隙間を、色とりどりのホバーカーが規則正しく一列になって泳いでいく。空を飛ぶ車の列は、地上から見上げると綺麗な格子模様でも描くかのように、あちこちの中空で立体的に交差していた。
 ラッシュアワー第一便の人間たちは、冷気の溜まった地下から這い上がってくるなり、降り注ぐ陽の眩しさと暑さに立ちくらみを起こす。それでも立ち止まらずに歩き続けるのは、腕時計が彼らに刻々と過ぎ行く時間を教えるからだ。時計の秒針は、人の生死に関わらず、今までもこれからも動き続けていく。そして生きるものたちに焦燥を与える。
 車を空に追いやった人間たちは、その広い地上の道を一かたまりの群集となって行進する。日除けのシェードのない場所は、なるべく早足で歩くが、それ以外のところでもやはり急ぎ足で歩いた。前を歩く人の背に歩調を合わせることが暗黙のルールでもあるかのようにしてできた隙間のない群集は、駅を中心とした波紋状となって滞りなく街中に広がっていく。
 頬を伝う汗を拭ったとき、ナオヤはその足を止めた。
 すぐ後ろを歩いていた人間が、少しむっとした表情を投げてナオヤを抜いていった。後続はその男に倣い、列を微妙にまげてナオヤを避けながら続いていった。
 特殊プラスチック製のシェードは、紫外線などの人体に対して有害な光線の八割を遮断したが、光そのものはほぼそのまま透過させるという最新技術によるものだったから、道は決して暗くはない。そのはずなのにコンクリートの無機質な大地は人々の心に影を落としていった。この街で育つ植物といえば、コケかカビの種類であった。それも人が見えないところにひっそりと育つぐらいである。
 ナオヤは瞬きもせずにシェードの向こうの太陽を見つめ続けた。目を潤していた涙が乾いていくと、じっとりした痛みが目を襲った。太陽はたしかにそこにあったが、シェードが特定の光を遮断したためか輪郭がぼやけて見える。いくら有害ではない光線だからといっても直視に耐えられるものではなく、ナオヤの網膜には光が残像となって焼き付いていた。
 名前を呼ぶものがあった。それでナオヤは目をつぶり、その声に振り返った。
 光の残像が邪魔をする視界の中に見つけたのは、女性の姿だった。おそらくは同僚のうちの誰かであるが、ナオヤには判別がつかなかった。
「太陽病ですか」
 女はそう訊いた。太陽病。それは無機質な世界への消極的な反逆。たとえ非健康的でも太陽の下で暮らすという人間的な生活に憧れて街からエクソダスしていった若者たちの心理を揶揄した流行り言葉だった。
「ただの立ちくらみだよ」
 ナオヤは自分のことを若者だとは思っていなかった。数え年で29、もう良い年齢である。エクソダスという言葉にも、何の魅力も感じない。
 残像の消えていく視界のなかに見つけたのは、後輩の中沢リナだった。無事を知ると彼女は小さく微笑んで、急かすようにナオヤの肩を押した。
「急がないと遅刻しますよ。もうすぐ八時です」
 小さく頷くとナオヤはまた前を見て歩き出した。ナオヤが動き出すと歪んでいた行進が、徐々に修正されていく。不整脈が正された街は、そうやってまた健常を取り戻し一つの固体としての新しい一日を始めようとしていた。

 朝と晩に何度ずつかあるラッシュアワーを除けば、街の底はいつだって空っぽだった。
時たま地下街を目指す人の影はあったが、それが群れになることはなかった。街の人間は、もう誰もシェードを過信していない。有害な光線の八割除去しても、発癌率は上昇する一方だった。
 ナオヤも皮膚癌を恐れる人間のうちの一人だ。普段ならば昼飯など社内食堂でちゃちゃっと済ますところだが、その日はどうしても外へ出てどこかで食事を取りたい気分になった。
「え、外で食事ができるところですか」
 尋ねられた守衛は突然の質問に、おどおどして目を泳がせた。無理もない。その街にあった定食屋は客足の遠退きから、ほとんどが撤退を余儀なくされていたのだった。少なくとも、駅からナオヤの勤めている会社までの道のりには店らしい店は一軒もなかったし、それ以外のところを好んで歩き回るような輩はそうそういるものではなかったのだから。
 守衛もそれほど物好きな人間ではなかったらしく、思い悩んだ挙句、地下鉄構内の立ち食い蕎麦屋をあげるぐらいだった。
「申し訳ありません。ここしばらくは社食で済ませてしまうことが多かったもので」
「それは僕もだよ。どうもありがとう」
 礼をいうと、ナオヤは金属探知機を潜り抜け、ビルから出ていった。

 街の大部分はシェードの下にあったが、ところどころに穴があいていた。ホバーカーはその穴を通じて地上と上空を行き来している。ナオヤの会社から最寄りの穴、第二ターミナルの広場には客待ちのタクシーが二台並んでいたが、運転手らは揃って新聞紙を広げていて、ナオヤの姿には気付いていなかった。
 前に並んでいるホバーカーの窓をノックすると、ようやく運転手は客の存在に気付き愛想笑いを浮かべた。後部座席の扉が音もなく持ち上がる。
「腹が減っているんだ。どこか美味いものの食えるところへ行ってくれ」
 ふっくらとしたシートに掛けるなりナオヤはそう命じた。
「ご存知でしょう。今のご時世、どこへ行ったって同じものしか出てきませんよ。どうしてもっていうのなら、エンパイア・ホテルへご案内いたしますが、値は張りますよ」
 エンパイア・ホテル。街でも一番高いビルの最上階には、景色を一望できる展望レストランがあるという。ただし、そこには選ばれた人間だけが出入りするという話だった。会員制というわけではないのだが、出てくる料理の値段を考えれば一般従業員にとって高嶺の花であった。ユートピア生活を望む一般従業員らにとって、一銭でも無駄に使う余裕はない。ユートピア移住費だけでも早く稼ぐ必要があった。
 ユートピアとは防紫外線シェルターで完全に覆われた人類の理想郷である。この街には育たないような植物でも楽々と育てられるような整った環境と、いかなる天災、核による汚染さえも完璧に遮断する機密性が売りであった。
 エンパイア・ホテルで暮らす人間は、ユートピア行きを断られた富裕層だった。
 過去に犯罪歴があるものをユートピアは悉く拒んでいったため、エンパイア・ホテルのような金持ちが道楽で余生を過ごすという施設がこの街にも建てられたのだ。
 ユートピア入りを目指していたナオヤにも、エンパイア・ホテルで食事をするという経験はなかった。
「どうしましょう」
 首だけ振り向いた形の運転手がもう一度尋ねた。
 そのとき、またタクシーの窓を叩く影があった。ナオヤは、防紫外線の真っ黒い窓に顔を寄せて、その影を下から覗き込んだ。
 眉間に皺を寄せて心配そうな表情をつくった中沢リナがそこには立っていた。
「扉を開けてくれ」
 ナオヤは運転手にそう頼んだ。

 エンパイア・ホテルの五十六階ターミナルでタクシーを降りたナオヤとリナは、覚束ない足取りでエントランスへと続く厚い赤絨毯の道を歩いた。制服を着込んだ従業員たちたちは、分不相応な人間の到来を歓迎しきれない様子で、無表情の中に嫌悪感を漂わせながら「いらっしゃいませ」と口々にしていた。
「先輩、どうしてまたこんなところへ」
 リナは他の人たちに聞こえないような小声でナオヤに尋ねた。居心地の悪さから、彼女はずっと視線をあちこちに走らせたり、地面に落としたりを繰り返していた。
「理由なんかないさ。ただ美味いものを食いたくなっただけだよ。大丈夫、お金のことなら心配しないで良いから。今日は俺のおごりだよ」
 周囲に配慮をするリナとは対照的に、ナオヤは堂々としていた。声も、彼女ほど小さいものではない。
「そういう問題じゃないんです。私は先輩が太陽病にかかったんじゃないかって心配で」
「太陽病ね。或いはそうなのかもしれない。僕ら都市生活者は太陽を恐れすぎている。それは認めるべきだ。若者たちが日陰よりもお日様の照らす庭で遊びたがっているのにも共感できる。それを太陽病というのなら、あるいは」
「ちょっと、勘弁してくださいよ」
「中沢さん。君は俺のことを会社へ密告することができる。そうすれば、幾らかの金額が君の通帳には追加記載されるだろう」
「いい加減にしないと怒りますよ」
 リナはアーモンド形の目を吊り上げて、きつい眼光をナオヤに放ったが、彼は少しも動じない。その様子に余計苛立ちを覚えながらもリナはナオヤのすぐ後を追った。赤絨毯の道の先にある回転扉をくぐると、荘厳な作りのエントランス・ホールへと出る。真紅の絨毯で敷き詰められたホールの両端には古代ギリシアの神殿を思わせる、頂点に渦巻き模様の装飾の入ったイオニア式の柱が等間隔で並んでいた。カクテルグラス片手におしゃべりを楽しんでいた宿泊客たちは、分不相応な人間がテリトリーを侵犯したのを知るや、敵意を迸らさんばかりの眼光をナオヤらに向けた。
 眼光の槍を潜り抜けるようにナオヤとリナはホールを中央へと進んでいく。先には一つ上のフロアへと続くゆったりとした螺旋階段がある。空きっ腹の命じるままにナオヤは螺旋階段を一歩、また一歩と登っていった。
「中沢さん、振り返ったら塩の柱になるよ」
 冗談めかしてナオヤは言った。
「私、クリスチャンではありません」
「ただの比喩さ。これは俺からの助言」
 もちろんリナにもナオヤの言わんとしたことの意味は分かっていた。もし、押し寄せてくる眼光のどれか一つにでも引っかかってしまったのなら途端に歩けなくなってしまうのではないか。彼女自身もそのことを意識していたのだった。

 エンパイア・ホテル最上階の展望レストランは円形で、一時間をかけてゆっくりと一回転する仕組みだった。どこの席にかけようとゆっくり食事を楽しんでいれば、街中を隈なく見下ろすことができる。ただし、金持ちたちの関心は、もはや下界の忙しさや寂しさには向いていなかった。食事をしているものたちが食事の手を止め、ふっと窓の外へ視線を投げるとき、必ずといっても上あごを突き出していた。彼らの関心は、太陽にあった。
 窓際の二人掛けの席に案内されたナオヤは、下界を寂しげに眺めていた。日光を反射させて輝くホバーカーが見えた。人影は一つも見つからなかった。
 シルク製のテーブルクロスの上には革表紙の厳ついメニュー帳と、山のような形に折られたナプキン、それから三対のナイフとフォークにスープ用のスプーンが整列していた。どれも都市生活者たちにとっては始めて目にするものばかりだった。
 一先ずナプキンを横に除けるとナオヤはメニュー帳を開き、アリの行列のようなフランス語の文字列を一つ一つ追って、給仕へ二人分の注文をした。自分には天然ラム肉のソテーを、リナにはラムチョップを。前菜にはオマール海老の地中海風サラダを頼んだ。
「本当にこんなところへ来て大丈夫なんですか?」
 すっかり雰囲気に圧されて怯えきっているリナが確認するように聞いた。
「ちょっとぐらい遅刻したって仕事には差し支えないだろ。注文をしたら一応連絡をいれておくよ。それで良いだろ。それとも午後に何か特別な仕事でも入っているのかい」
「そうではなくて、お金の問題です」
「さすがに天然牛を食べるほどは持ち合わせていないよ。でも十年以上働いているんだから、普通に食事をするぐらいなら屁でもない」
「こんなところで無駄遣いしていたら、ユートピアへ行けなくなってしまいますよ」
「もう良いんだよ」
 リナにはナオヤの真意が分からない様子だったが、それきり話題はなくなってしまった。ただ運ばれてきた料理に一言二言ずつのコメントをつけながら順々にあけていくというだけの、さほど楽しくもない食卓。後から入ってきた婦人グループの、下品な笑い声が食卓を一層寂しいものへと変えていた。
 しかり、料理が不味かったということでは決してなく、提供されるものはどれも一級品であった。ナオヤの胃に収まったラム肉のソテーも、一見、社内食堂で出てくるのと大差ないように見えるが、咀嚼すれば分かるとおり繊維質ではなく、ただ蕩けるように柔らかい。何より、天然の羊肉に味や香りがあるということがナオヤにとって最大の発見だった。クローン羊は食べやすさを優先させる余り、そういった余剰な部分をばっさりカットしてしまったのだった。

 サイコロ状にカットされたキウイやリンゴなどといったフルーツが炭酸の泡の中で揺れていた。スプーンで救ってみると赤や緑のサイコロは、シャンデリアの光や外光を受けてきらきらと煌いた。缶詰の果物とは比べようもないほどに新鮮であった。
 さっきまで不満顔だったリナの口元も自然とつりあがる。本人もすっかり失くしていたとものだと思い込んでいた乙女心が、色とりどりの食べられる宝石を前に蘇っていく。
 そんなリナの様子を見て、ナオヤも楽しい気分になる。
「どうしてこんな場所に来たのか、さっき中沢さんはそう言ったよね」
 名前を呼ばれたリナははっとして、ナオヤの目を見た。
「ソイレント・グリーンっていう映画を見たことがあるかい」
「おどろおどろしいタイトルですね。聞いたこともないです」
「百年ぐらい前のSF映画なんだ。人口過多で食べるものがなくなっていくって、そういう話」
「食べ物がなくなるというのは現実そっくりですね」
「SFはいつだって現実世界よりも先行してきたんだよ。ソイレント・グリーンの世界では人類の大部分が栄養価のある紙っぺらみたいな簡易食品を食べることで生活をしているんだ」
「どうしてクローン羊に気付かなかったんでしょうか」
 現実世界においての食糧問題は培養クローン羊で大部分が賄われていたからだ。培養クローン羊は、天然羊の八倍のスピードで成長し、餌もいらない。また栄養価も高く、肉もたくさん取れるよう品種改良が進んでいるのだった。リナの言うとおり、この時代の人間たちにとって、クローン技術という解決策は珍しい方法ではなかった
「映画をつくった時代が、まだクローンという考えにまで達していなかったからかもしれない。クローン技術というのは遺伝子情報と構造が発見されて以降の発想だからね」
「ちょっと想像できません。紙に栄養を吸入させることができるぐらいに科学技術が発達しているのなら必然的に遺伝子工学の技術も進んでいると思います」
「そんなこと言うなよ。作り話の話なんだから。大昔の人間は大砲の砲弾になることで月に行けるなんていう物語も作っているんだ。とにかく、ソイレント・グリーンの世界では、ほとんどの人間がその紙っぺらを食べていた。でも富裕層や特権階級の人間は、紙っぺらではなくて本物の食料を食べていたんだ」
「天然羊」
 思い出したようにリナは口にした。
「そういうことだ。主人公はそいつらの家を訪ねたときに、イチゴをくすねて、それを食べたんだ。こうやって舌を出してペロリとね。俺にはそのシーンを忘れることができなかった」
「イチゴを食べたくて、ここに来たっていうことですか」
「いや、まさか天下のエンパイア・ホテルに来るだなんてタクシーに乗るまでは想像もしていなかったよ。前から予定していれば、もう少しまともな服装を揃えられたのにね。俺はただ、美味いものを食べたかったんだよ。下界の、栄養価ばかり高くて味のしない料理ではなくて。ねえ中沢さん、君は天然羊の味を知ってしまった上で、まだ社内食堂のクローン羊料理を食べることができるかい?」
「できますよ。これはこれ、それはそれ、です」
「それは良かった」
 含みのある言い方に、リナはまた何か良くないことを想像し始めていた。
「先輩、きちんと話をしましょう。私のほうのカードも切りますから、先輩も思うこともすっかり話してください」
「カード、ね。君らしいよ」
「ええ、そうです、ご察しの通り、私は部長に頼まれて、ここしばらく先輩をつけさせてもらっていました。太陽病の気があるのなら、すぐにでも報告するよう命じられています」
「それで、もう報告は済んだの?」
「いえ、私はまだ先輩のことを正常だと判断していますから」
「ありがとう。嬉しいよ。でもね中沢さん、太陽病っていうのは気が狂うのとも違うんだよ。ただ偽ものに囲まれていることにどうしても耐えられなくなって、心の奥が本物を希求する、そんな衝動のことなんだ」
「先輩が居なくなったら、大勢の人間や都市の発展にも影響が出ます。もしエクソダスを考えているのなら、もう一度考えてください」
 フルーツポンチの炭酸がぱちぱちとはじけて、時間が動いていることを二人に教えていた。リナの真っ直ぐな眼差しが、ナオヤの俯きかけている目を突き刺している。
 ナオヤは右腕をテーブルの上に乗っけた。それから一度リナによく見ろと目配せをし、スーツの袖を捲し上げた。筋肉のほとんどついていない細い腕があらわになる。目を引くのは黒い肉の膨らみだった。
 リナは驚愕し、思わず乗り上げかけていた身体を椅子の背へと落とす。
「安心してくれ。エクソダスはしない。俺は最後までこの街でやりとおすよ。君たちを困らせるようなことはしない。ただし食事ぐらいは好きなものを食べさせて欲しい。良いだろ」
「良くありません。今からでも病院へ行くべきです」
 激しい口調でリナが責めるように言った。
「不味い飯を食いながら、余生を潰していく。そんなのは最悪だ」
「それでも、それでも……」
 言葉になりきらない想いが、涙となってリナの目から流れ落ちていく。
「自分の力ではどうにもならないことだってある。たとえお金があったって審査に通らなければユートピアには行けないようにね。エンパイア・ホテルで余生を暮らす人間たちの気持ちには共感できるところもあるんだ。でも中沢さん、君はそうじゃない」
 ナオヤの言おうとすることを追いかけるのに夢中で、自分の言葉が見つからないリナは、ただぼんやりと、その黒い腫瘍を見つめていた。人間を内側から破壊していく癌細胞。小さければ除去できるというのに、どうしてナオヤはこんなになるまで放置していたのか。彼女には生きるという権利を放棄しているようにしか見えなかった。
「もっと早く治療を受けていれば、助かったかもしれないのに、君はそう思ったかもしれない。俺もその通りだと思う。例えばね、地球だってもっと早い時期から二酸化炭素削減を徹底していれば、オゾン層を必要以上に壊すことにもならなかったのかもしれない。でも、事実、俺たちの祖先にはそれができなかったんだ」
「そんなことはない。日本は京都議定書を遵守していたわ」
「日本だけが遵守していようと二大大国がともに破っていたのなら意味のない話だよ。おりこうさんにモラルを守っていても、オゾン層が壊されるのを止められなければ意味がないんだ。そして我々人類にはそれができなかった。さて、悪いのは誰だろう」
「二大大国」
 リナの声には覇気がなかった。
「それは責任転嫁でもある。確かに議定書に従わず二酸化炭素を撒き散らかした国には問題もあるが、それを止め切れなかった国には問題がなかったのか。また、二酸化炭素をまき散らかさなければならないような時代を作り上げた先人たちには責任がないのか。俺は考えて一つの結論に達したんだ。誰も悪くない、ってね」
 そう言いながら右腕の腫瘍を左手でなぜるナオヤを、リナは一層愛しく思った。と同時に、自分には相容れない何かを、途方もない距離を感じた。
 違和感を払拭するようにリナは右手の甲で涙を拭った。
「私には何が出来ますか」
 リナは精一杯の力を込めて言った。
「一刻も早くお金を貯めて、ユートピアへ行くことだけだ」
 言い切ったナオヤの目にも、うっすらと涙の幕が張っていた。
 フルーツポンチの水面で永遠なる太陽が力なく揺れていた。














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