ある魔法使いの手記
前に投稿した「嘘使いと呼ばれた魔法使いの物語」の別視点の話。
ただ、これだけ読んでも意味は通じるようにはできてるはずです
<ある魔法使いの手記>
今、私の手元に一通の手記がある。
これは1年前、中の都において起こったある事件を考察する上で欠かすことのできない重要な証拠書類のひとつだ。
これを読むと、現在一般に知られている事実とはまた違った事実を見い出すことができるが、惜しむらくは、様々な配慮においてこの真実が世間に知られることはない。だから、せめて私だけでもこの物語をいつまでも覚えておこうと思う。
これは、ある双子の姉妹の物語だ。
*
春うららかな陽射しの中、あたたかで柔らかな風に送られて私達は双子の赤ん坊として生まれました。
両親は子供に恵まれず、丈夫な赤ん坊を授かることが長年の夢だったので、ようやく授かった子供が双子だったということでたいへん喜んでくれたそうです。しかも、予言使いのばば様が私たちのことを100年に一度の才能と予言していたので、街をあげて祝福してくれたと聞いています。
一般的に知られてることですが、私たちの国では、誰しも生まれながらにしてなにか特別な力を授かっています。それはその人の個性、育った環境とさまざまな要因によって、成長しながらいろいろな形をもって発現してゆくものなのですが、私たち姉妹に限っては、なぜか生まれた時からその力を発現することができました。
私の力は闇の力。
妹の力は光の力。
闇の力といっても、世間で思われているほど別段恐ろしいものではありません。世の中、光があれば、闇もある。皆が働く昼の時間もあれば、体を休める夜の時間もあるのと同じことです。私たちの国ではそれは当たり前のことでしたので、子供の時分においてもわけへだてなく平等に健やかに育てられました。
ただ、それぞれが持つ属性のせいなのでしょうか、私達姉妹は双子というのにまったく似てはおりませんでした。私がどちらかというとかたい感じに見られがちなのに対し、妹はいつもやわらかい雰囲気を漂わせていて、見た目は瓜二つなのに、間違われたという記憶はほとんどありません。
特に子供の頃の記憶を思い出すとしたら、私はいつも妹をつれて遊び歩いていたように思います。妹はどちらかというと引っ込み思案で、外で遊ぶ時は必ず私の後をちょこちょことついてきていました。そのくせ好奇心は人一倍強いので、時々ちょっと目を放した隙にとんでもないことをやらかして、よく大人にみつかって二人で大目玉をくらったものです。
8歳になると私たちの国では学校に通う決まりがあります。
団体生活によって人としての決まりを学んだり、またはそれぞれの特性を伸ばして1人前の魔法使いになるための準備期間です。私達2人も8歳になる年の春に近所の学校に入学しました。
しかし、そのときすでに私たち2人の力は大人の魔法使いにも匹敵するほどのものでした。周りの子供たちの中にはいまだに力の片鱗さえ発現できていない者もいたりするので、正直私には周りの級友達はとても物足りないものとして映っていました。それでも、学校というのは魔法を学ぶだけの場所ではなく、それ以外の様々なことが当時の私には新鮮で、それなりに楽しい生活を送っていました。
妹もまた学校生活を楽しんでいるようでした。心のやさしい妹は周りからの人望も厚く、たまに妬んだ人間のやっかみにさらされて傷ついたりもしていたようですが、私がそれとなくフォローすることで概ね問題なく毎日の暮らしを送っていました。
ただ、今にして思うとひょっとするとフォローされていたのは私のほうではないかという気もします。前述したように私たち2人の力はすでに強大で、周りの級友達と比べても群を抜いていました。私にはどうしてこんなに簡単なことができないのだろうと逆に不思議に思うことが多々あり、どこか心の片隅で天狗になっている自分がいました。
だから私はなにかにつけて孤立しがちでした、無駄に自信がありすぎたといえるでしょう。しかし、そんな時、さりげなく私を孤立しないようにしむけるのが妹でした。いつものマイペースな微笑みを浮かべてそっと私の後ろに立っているのです。すると妹に引きずられるように周りのみんなも寄ってきて、いつの間にか私もその人の輪に取り込まれていました。妹にそのつもりがあったのかどうかは私は結局一度も聞いたことはありませんでしたが、あの娘はいつもあたたかく全体の調和を見守っているようなところがありました。
そんな妹に変化が現れたのは13歳のときでした。
もともと、どこかぼんやりしているような娘ではあったのですが、その頃特にその傾向が顕著になっていたからです。普段から態度やしぐさを見ていた私にはすぐにピンとくるものがあったので、年頃なのだからそっと見守ってあげようと思い黙っていましたが、しばらくすると妹の方から、時々不自然なタイミングで会話のなかにあるクラスメートの名前が出てきたりするようになりました。
そのクラスメートとはひとりの幻使いでした。
人当たりは悪くないのですが、どこか陰気で、いつもひとりでいるような男の子です。
なにをいってもあたりさわりのないような返事しかしないので、周りのみんなは“幻使い”という彼の属性を揶揄して“嘘使い”と呼んで馬鹿にしていました。
“よりによってそんな男の子に恋心を抱くなど”と私は妹の男を見る目のなさに少し呆れましたが、ほおっておけばすぐに熱も下がるだろうと思ったのでその時はなにも言いませんでした。
しかし、思い違いをしていたのは私のほうでした。
妹の熱はいっこうに冷める気配がなかったからです。むしろ気持ちが抑えきれないとでもいうような様子が言葉やしぐさの端々にちらほらと見え隠れしています。そのくせ、そういう方面にかぎっては持ち前の引っ込み思案が顔をだすようで、なんの進展もなく月日だけがいたずらに流れていきました。
18歳になった年、私たちの国ではある成人のしきたりがあります。魔法使いとして1人前となるために旅に出る、というものです。その旅において魔法を人々の幸せのために使えた者が、初めて1人前の魔法使いとして認められ、故郷に帰ることが許されます。
しかし、この旅は意外に厳しい面も孕みます。それまでどちらかというとたいした苦労もなく育ってきた若者がなんの保障もない世界にいきなり放り出されるからです。それは魔法使いの力をもってしても楽なものではなく、通常は何人か仲のいい者でパーティーを組んでこの旅に望むことになります。
そしてこうした習慣は当初の旅の危険を分担するというものとは別に、若者たちの求愛の場という側面も持ちます。旅の苦楽を共にした男女が旅を終えた後結婚するということは私達の国では決してめずらしいことではありません。
私は妹と二人で旅に出るつもりでした。2人の力を持ってすればこんな旅などとるに足らないもので、むしろ旅の仲間などがいても足手まといにしかならないと私は考えていたからです。気立てがよく器量もいい妹は異性にもてたので、いくつかの誘いはあったようですが、それらの誘いもすべて断っていたようなので彼女も私と同じ思いに違いないとそのときは勝手に思い込んでいました。
しかし、出発を1週間後に控えたある夜、妹はとんでもないことを言い出しました。
“嘘使いと旅に出たい”という妹のその申し出は、私にとって青天の霹靂で、ここ数年の妹の様子から、とっくに熱は冷めたものと思っていたためよけいに困惑させられてしまいました。
しかし、こうなった妹が意外に頑固だということも知っていたので仕方なくでも納得するしかありません。相手があの嘘使いというのが私にはとても理解できませんでしたが、相手が誰であれ、いずれ訪れる状況でありますし、変に反対しても意固地になるだけだと思ったからです。
結局、妹の申し出を受け入れて、その夜はそのままそれぞれの部屋に別れたのですが、次の日、街に出てみると状況が変わっていました。
嘘使いが人知れず一人きりで旅立っていたからです。
街ではさすがに無茶だという声も上がっていましたが、別に前例のないことでもないので特にこれといって大騒ぎするほどの者もおりません。ただ“幻使い”という嘘使いの特性もあるので、ひょっとしたら帰ってくることができないかもしれないというのが大方の意見でした。
案の定、妹は露骨に動揺しました。口にこそ出しませんがそわそわと落ち着きなく今にもこの場から飛び出しそうな様子です。実際、そうするつもりだったのでしょうが、さすがにそのような妹をひとりで旅立たせるのは無謀でしかなかったので、その場は必死に彼女を諫めました。
結局、次の日、私達は予定を早めて2人で出発することになります。
外の世界は私の予想以上に過酷でした。
出る前に用意した路銀もすぐに底をつき、毎日の食べ物を確保することもままなりません。様々な自然の脅威。それまで味わったことのないような疲労。正直そんな中私が挫けないでいられたのは、魔法使いとしての力と妹の存在があったからでした。妹は嘘使いを探すつもりだったようですが、魔法使いとはいえ万能ではありません。まったくあてのない人間を探す術などあろうはずもなく、結局いたずらに時間だけが過ぎていきます。嘘使いに近づいているのか、全然見当違いを探しているのか判断することもできず、嘘使いに関しては正直私は絶望的だと思っていました。
妹も相当辛かったと思います。
いくら魔法の力が強大だといっても、彼女の体力に関しては普通の女の子と同じです。私の前では苦しいそぶりを見せないようにしようとしているようでしたが、そんな空元気のほうがむしろ哀れで、何度嘘使いの探索を打ち切ろうと言おうと思ったかしれません。しかし、その度に、時々哀しそうに空を見上げる妹の姿が目に浮かび。
筋違いですが、何度も嘘使いのことを恨めしく思いました。
そうこうしているうちに私達はある国に辿り着きます。
その国は一部の人たちが富を独占してしまっていて、一般の平民には満足に食べ物も与えられないありさまでした。町の様子はさびれてしまい、お店から物を盗んだり、人を襲って物を盗んだりという光景が当たり前のように広がっています。
私達は魔法の力を使いその国の元凶を正しました。
すべてが終わって国中の人々から感謝の意の宴を催された夜。
私はとうとう妹に嘘使いの探索を打ち切ることを提案しました。妹は決して首を縦に振ろうとはしませんでしたが、私が嘘使いもすでに旅を終えて帰っているかもしれないことを指摘すると、ようやく納得してくれたようでした。
しかし、故郷にかえっても、意に反してというか、やっぱりというか、嘘使いは帰っていませんでした。私達は旅先の功績が認められて1人前の魔法使いの称号も受け取りましたが、妹は家族との対面もおざなりに再び嘘使いの探索に出ようとします。私たちがどんなに宥めても、“一人でも行く”と我を張るばかりで取り付く島もありません。
仕方なく私は予言使いのばば様に相談することにしました。なんのあてもないまま再び旅に出ることだけはしたくなかったからです。
しかし、この行動は思いもかけない結果を生み出しました。なんとばば様の力によってあっさり嘘使いの居場所が判明したのです。
その時の旅は非常に楽なものでした。今度は目的地もはっきりしていたので旅慣れた私達にはなんの苦労もありません。妹の顔にも以前の旅ではみられなかった笑顔が浮かんでいて、“初めからこうしていればよかった”とふたりで笑いあったり、“嘘使いを見つけたらどうするの?”と妹をからかったりして私達は初めて旅を楽しむことができました。
しかし、妹にとって幸せな時間はそう長くは続きませんでした。
嘘使いを見つけたときのことは、私は今でもはっきりと思い出すことができます。
柔らかな日差しが降り注ぐ街道で、小さくできた人だかり。美しい歌声がする真ん中で、嘘使いは見たことがないような微笑みを浮かべていました。しかし、その笑顔の先にいるのは見知らぬ女の子で、吟遊詩人らしいその少女と一緒に観客に向けて劇を披露しています。
妹は呆然とした様子で立っていました。
しばらくすると何も言わずに人ごみから離れていきます。私もその後をすぐに追いかけたのですが、どうすることもできません。
魔法使いでなくとも、あの二人の様子を見ればその関係を思い図る事はできるでしょう、嘘使いと吟遊詩人の少女の間に入り込めるような隙間がないことは一目瞭然。
妹に対しかけてやる言葉も浮かばぬまま。
結局、私達は一言も言葉を交わすことなく故郷に帰りました。
故郷に帰ったあとも妹は落ち込んでいたようですが、私は逆にこれでよかったのではないかと思うようになりました。嘘使いの消息がわからぬままだらだらと下手に想い続けるよりも、すっぱりあきらめるきっかけになったと思ったからです。実際、しばらくすると妹も吹っ切ることができたらしく、以前のような笑顔を浮かべることができるようになりました。
中の都から招聘の知らせがあったのはそんな時です。
私達にはその時すでに魔法使いの国でもトップの実力があったので、周りの国にもそれなりに噂は広まっていました。私達自身、旅を終えた後はこれといった目的もなく過ごしていたので、むしろよい機会と思いその誘いを受けます。
はじめて着いた中の都は、私には驚嘆の一言でした。
見たこともないような高い建築物。道端を彩る沢山の露天商。
通りを流れる膨大な人の波にのまれないようにしながら妹と2人で宮殿を目指したのをまるで昨日のことのように思います。
そして王子に初めてお目にかかったのもあの時でした。
魔法使いの国において、人を好きになるということは選択肢のひとつでしかありません。これは実際に私の故郷を見てみるとよく分かるのですが、よその国と比べてとても独身の割合が多いのです。酒を好む人もいれば好まない人もいるように、誰かを好きになる人もいれば、一生恋愛をすることもなく人生を終える人もいてあたりまえ、というものの考え方をします。だから、初めて旅に出た時、他の国の人たちが強迫観念のように恋愛感情をもっているのを見て私はそのことをとても不思議に思いました。すぐに、私達の国の場合は魔法という一人でも生きていける力が心の余裕に繋がっているためだろうと納得し、思春期と呼ばれる期間をなんの変化もなくやりすごした自分もまた、一生人を好きになることはないに違いないと思いこんでいました。
だから、本当のことをいうと妹と嘘使いのことも私にはよくわかっていませんでした。
どうして妹があんなに必死になるのか、どうして嘘使いのような男を選んだのか。
本来の私であれば、王子様に恋をするというシチュエーションは一笑に付していたに違いないと思います。
しかし、人の流れが2つに分かれ、多くの供のものを引き連れて堂々と進むその姿。そして、そらすことなく前を見据えるそのまなざしをひとめ目にした時、私は生まれて初めて理屈ではないという言葉の意味を知りました。
宮殿についた私達に与えられた役職は宮廷付きの見習い魔道士でした。
はじめのうちこそ様々な様式やしきたりを覚えることが大変でしたが、それもすぐに慣れることができ、魔道士としての仕事も着実にこなしていくことができたと思います。
そして時間がたつうちに王や王子と顔をあわせる機会も増え、いつの間にか私の名前を覚えていてくださるまでになりました。
都にやってきて1年半程の時間がたった頃。
私達は中の都において絶大な信頼を得ていました。
“双天の魔道士”という近隣の諸国においても知らぬ者のない天才的な双子の魔法使い。
私自身もまたそう呼ばれることで心を奮い立たせ、都のために尽くすことに喜びを感じ、毎日が本当に充実しておりました。王子に対する想いも募るばかりで、このまま都の中で出世を続けることができれば、もしかすると王子の妃として迎えてもらうことができるのではないかと夢想したことも1度や2度ではありません。
妹もまた都に来てから大きく変わりました。かつてのどこかおっとりとしたようなところは完全に影をひそめ、てきぱきと物事にむかう姿はとても凛々しく宮殿の男性達の注目の的です。
それらすべては、私にとってとてもかけがえのない大切なものでした。
しかし、そんな折、宮殿において催されたある食事会の席でひとつの噂が話題にのぼります。
それが、諸国を旅する吟遊詩人と幻使いの話でした。
私にはそれが嘘使いのことだということがすぐにわかりました。
めずらしもの好きの王がその話題に関心を示したのを見て、私は少し妹のことが心配になりましたが、しかし、妹は何事もなかったように私に向かって微笑みかえし、大丈夫だというようにゆっくりと頷きます。それを見て私は以前の妹とは違う成長した姿を実感し、安心しました。
久しぶりに見た嘘使いは以前とは見違えるような青年に成長していました。ただ、かつての面影もたしかに残っており、そのことはどこか私を安心させます。
しかし、その場に控える皆は誰も嘘使いのことなど見ていませんでした。謁見の間の関心は、嘘使いの隣に佇む美しい吟遊詩人に注がれていたのです。
王子さえもどこか陶然とした表情をうかべているのは私には納得できませんでした。
その日の夜、宮殿で立食パーティーが開かれました。
私が王に挨拶にいくとそこには主賓の嘘使いと吟遊詩人も揃っています。妹と共に目の前の男を追いかけた日々が懐かしく思いうかび、私が心の中で苦笑していると嘘使いもそのときになってようやく、かつてのクラスメートである私のことを思い出したようでした。久しぶりに言葉を交わし、お互いの近況などを話します。その時、ふと誰かの視線を感じたのでそちらのほうに目を向けると、そこにはなにかをこらえるような表情をした妹が、嘘使いと吟遊詩人のことを見ていました。
それを見た瞬間、私は初めて妹がいまだに嘘使いのことを諦められないでいることを悟りました。とてもいたたまれない気持ちになりましたがその時の私には妹にかける言葉はありません。
彼女の気持ちが痛いほど理解できたからです。
見ていられない私は、酔いをさますために中庭にでていきました。
私はあの時中庭に出たことをいまでも後悔しています。どうしていつもは飲まない酒を、あの時に限って酔うほど飲んでしまったのか、どうして聞こえてきた声に耳を澄ませて聞きとろうなどとしたのか、身勝手な言い分であるのは承知していますが、もし過去を操れるのであればあの時の自分にこそ使いたい力です。
その時、ほろ酔い加減の私の耳に飛び込んできたのは、
『吟遊詩人を王子の妃にどうか』
という王と王子の話し声でした。
気がつくと私は全速力で駆けていました。
酔いのまわった足がふらふらともつれますが、思いとはうらはらに止まってくれる様子はありません。頭の中でくわんくわんと耳障りな音がしますが、私はお構いなしに階段を駆け上り、宮殿の自室に飛び込みました。
それからの私は正気を失っていたとしかいいようがないことを始めてしまいました。古に封印された闇の呪法の封印を解き始めたのです。
────かつて大いなる恐怖を撒き散らした呪い。
────いかなる術をもっても防ぐことができない闇
────呪われたものは数限りない苦しみに悶えながら死に晒し
────死した後もとこしえの闇の最果てに囚われ続けるのみ
愚かという言葉では生ぬるすぎます。
正気を失ったなどとは言い訳でしかありません。
心の中で燃え滾るような嫉妬。
じくじくと頭の中で蠢く羨望。
すべて私の意志でした。
しばらくすると妹が私の部屋にやってきました。
私のただならぬ様子にわずかに表情を曇らせますが何もいわずに黙ってその場に佇み続けます。
私も妹のことは無視して封印解除の儀式を続けます。
闇の瘴気が充満しはじめた部屋のなかに、ぽつりと妹の声がしました。
『こんなこと、あの人はみとめない』
私の声がそれに答えます。
『ただの魔法使いではこの力はとまらない』
その時の私には妹の真意がわかりませんでした。
そして、次に私がめざめたのはすべてが終わった後。
私の傍らにはかつて妹であったものが倒れています。
────か細い腕はありえない方向に折れ曲がり
────すらりとした足は膝のところからちぎりとられ
────体には大きな風穴があき
────あの美しかった美貌も原型を留めぬほどずたずたに引き裂かれ
その時はじめて私は自分が行ったことの意味を知りました。
今、この手記は私の最後の力を使って書かれています。
すべてが終わった後、私は嘘使いの物語を聴きました。
物語の中で嘘使いは光に包まれながら天に昇っていったというくだりがありましたが、それはおそらく妹の光の力によるものです。決して逃れられぬ呪いの力をそらす為に、自分を犠牲にして嘘使いを守ろうとしたのだと思います。
嘘使いの命を救うことこそかないませんでしたが、呪いを引受けることだけには成功し、今、妹の魂はとこしえの闇に囚われています。
助けるためには誰かが彼女の呪いを引き受けないといけません。
だから、私はこれから闇の力を使って闇の最果てをめざそうと思います。
おそらく私は帰ってこれません。しかし、最後にひとつだけ心残りなことがあります。
それは妹がすべての元凶だと思われていることです。
本来ならば私がその無実を証明するべきなのでしょうが、もし、信じてもらうこともできず、証明もできぬまま、妹を助けることもなく幽閉されたりした場合のことを考えると、恐ろしくてこういう手段をとることにしました。
まことに勝手な言い草ですがこの手記を読んだあなたにお願いがあります。どうかここに書かれた真実を世間に公表して下さい。
そして最後にもうひとつだけお願いがあります。
妹の亡骸をどこかに安全なところに安置してください。
もし私が彼女の魂を開放することができたときに、その魂がこちらに帰ってくるときの道標になることができるからです。
この件に関わった皆様、申し訳ありませんでした。
わたしがすべての元凶です。
*
私はこの手記を読むといつもいたたまれない気持ちになる。
実際生きていた頃の2人のことを知っている為ということもあるのだろうが、どうしてもこの姉妹を責める気持ちが湧いてこない。
10日程前に、空一面を覆うような神々しい蜃気楼が現れるという現象があった。宮殿の一角からその蜃気楼にむけて無数の光の粒子がゆっくりと上っていくのを見たという目撃証言もあり、あとで宮殿を調べたら件の亡骸がどこにも見当たらなかった。
あの蜃気楼はいったいなんだったのか・・・・・
安っぽいロマンチシズムかもしれないが、あれはかの幻使いが悲しい定めの姉妹を迎え入れた祝福のしるしだと思いたい。
<おわり>
批判でも構いません、忌憚ないご意見を