第2話 誕生日プレゼント
実在の書籍や過去の人物の名前が出てきますが、存命人物の名前は著名人も含めて登場しません。ご了承ください。
説明し忘れていました。私の席が前から三番目、という話はしましたね?私の教室は、六節編成で、教室に向かって右側、つまり廊下側から三列目に湯口さんの席が、四列目に私の席が、それぞれあります。
そして、私の列の一番先頭は、クラスの副委員長の席です。
私のクラスは、ノーマルなクラスなので、学級委員長が男子、副委員長が女子です。
湯口さんが、教室を出て行った後、幸村君と藍野さんが、教室に、はいってきました。幸村君は、副委員長である、菊井さんの、彼氏。幸村君と藍野さんは、私達とは、別のクラス。入ってきた用件は・・・・。
二人は、菊井さんの席に、次々と、お菓子を、おいていきました。菊井さんの、机の上には、山のように、お菓子が、積み上げられていきます。
この光景を見て、私は、今日が菊井さんの、誕生日だと、知りました。
私も、湯口さんの誕生日に、プレゼントを贈ったことが、あります。
金は書籍代に使うもの、というのが、ポリシーの私は、女性へのプレゼントは、100以下に抑えること、と決めています。
プレゼントを催促してきた、湯口さんに対しても、プレゼントは、近所の量販店で買った、99円のお菓子。半面に、チョコが塗られた、クッキーの箱です。
これを渡す前の日に、まだ小学六年生の、妹に相談したことが、誤りでした。
「女の子にプレゼントを渡すの?それなら、そのまま渡したらダメ。リボンぐらいはつけないと。」
「え?リボン?そんなの、もってないけど?」
「シールで貼るタイプのリボン、私がもっとるから、あげる。」
「ああ、ありがとう。」
そういわれて、私は、妹からもらったリボンを、その安物のクッキーの箱に、貼り付けました。
「あと、メッセージカードも書かな!」
「ちょっとまて!それは誤解を招く!」
「え?」
「お前、ちょっと、勘違いしていないか?」
妹は、最後まで私にメッセージカードを書くように勧めましたが、それを無視して翌日に、リボン月のプレゼントを湯口さんに渡すと・・・・・・。
「ちょっと!これ、誰にもらったと思う?」
湯口さんが、湯口さんと同郷出身の、上野君に、うれしそうな声で話しかけます。
「そういう情熱的なプレゼントを贈るのは、俺しかいない。」
冗談で返事した北野君相手に、湯口さんは、
「それがな、深山君なんやで!」
と、真相を告げると、北野君も、かなり驚いていました。
うん?リボンだけでも、勘違いされて、いませんか?
なんか、嫌な予感がして、それ以降、女子へのプレゼントには、決して、リボンをつけないようにしています。
そういうことを、思い出しながら、菊井さんの机の上に、山のようにお菓子を、積み上げる、幸村君を見ていると、おもわず、笑いが、こぼれました。
「おい、深山、なんか、文句あるんか?」
幸村君が、私の笑に気付いたのか、若干の、怒りを含ませて、聞いてきます。
「いえ、なにもありません・・・・・・。」
そういいつつ、私は、教室を出て、御手洗いへと、向かいました。
私が、教室へ戻ると、部屋には、かなり、クラスメイトが、登校していました。
菊井さんは、クラスの注目を集めていましたが、そこへ、私を呼ぶ声がしました。声のする方を見てみると・・・・。
上野が、いました。
「深山、マヨネーズの無料券、いるか?」
「うん?どんな奴や?」
「セブンイレブンでもらってきた。」
「そうか。」
「じゃあ、やる!」
「おい、こんなぐしゃぐしゃなのを押し付けるなよ!」
そういいつつ、私は、半強制的に押し付けられた、広告らしき紙と、菊井さんとの席を、交互に眺めました。
「よし、これで僕が菊井さんに、このマヨネーズの無料券をあげたら、幸村とのギャップの大きさに笑いをとれるな。」
「おい、お前、それはやめとけ!」
「いや、だって、絶対、それは受けるぞ?幸村君があれだけ送っているところへ、マヨネーズの無料券だったら・・・・。」
「お前、ガチでやめろ!」
上野君は、自分が渡した無料券を、私から奪い取り、ゴミ箱へ捨ててしまいました。
あ~あ、面白くない。
その日の昼休みは、文系クラスの福山君と、図書室で、ハイデガーの思想から、ファシズムとはどのようなものか、話し合ったり、してました。恥ずかしながら、この時、私はハイデガーがどういう人物なのか、知りませんでした。
高校の図書室には、『日本人は民主主義を捨てたがっているのか?』という、岩波ブックレットの本がありました。帯の部分に「熱狂無きファシズム」という文言があったので、同じく安東政権をファシズム的だと見做していた私は、その表題に惹かれたのですが、中身は従来の岩波系知識人によるステレオタイプな保守政権批判であって、そのような左派的なファシズム観は私を満足されることはできませんでした。ファシズムの本質はプロレタリア独裁体制であって、ヒトラーもムッソリーニも、近衛文麿も、みんな社会主義者だったことを、こうした本は都合よく忘れてしまっています。
「こういう、左翼によるステレオタイプな見方には満足できないんだよなぁ~。」
こう私がつぶやくと、福山君も、私の感覚に首肯してくれました。
さて、昼もすぎ、一日の授業も終わり、放課後になる前に行われるショートホームルーム(SHR)も終了して、みんなが下校の準備をしている頃。
私は、菊井さんの席の前に。
「菊井さん、今日ねえ、貴女にマヨネーズの無料券をプレゼントしようとしたんだけど、上野君に邪魔されちゃったんですよ~。」
そう、私は、上野のほうをちらちら見ながら、発言。
「そうなん?」
「上野が『お前、ガチでやめろ!』とか言って、ゴミ箱にほかしちゃってねぇ。」
「そりゃあ、当たり前だろ!あんなもん、だれがプレゼントさせるかぁ!」
そう、上野が、会話に入ってきたかと思うと、再び背中を見せて、掃除場所に、向かいました。
「じゃあ、その無料券、頂戴?」
「いや、ゴミ箱の中ですよ!?」
「ゴミ箱の中から持ってきて?」
こういうセリフを笑いながら言う、副委員長はそういう人です。
「いや、さすがに、ゴミ箱に入ったやつを、誕生日プレゼントにするわけにはいきませんよ・・・・。」
そう、笑いながら、私は、教室を、後にしました。