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嘘使いと呼ばれた魔法使いの物語

嘘使いと呼ばれた魔法使いの物語



むかしむかし、あるところに魔法使いの国がありました。

魔法使い達は、火を扱う者、水を操る者、風を呼ぶ者、といったように、その人の個性にあわせて使える魔法も分かれています。

そんな中、ひとりの“幻使い”がいました。

その幻使いは、とてもやさしい反面、とても気弱で、争いを好みません。

だから、他人と争わないように、いつもいつもあたりさわりのないことを言って他の魔法使いと衝突しないようにしていました。しかし、どんなに人付き合いには嘘が必要であったとしても、たとえそれがやさしい心遣いの中からうまれたものであったとしても、嘘はしょせん嘘でしかありません。いつしか周りの魔法使い達は、そんな誠意を感じられない彼のことを“幻使い”ではなく”嘘使い“と呼ぶようになりました。





魔法使いの国には18歳になると1人前と認められる為の旅に出るという掟があります。

自分の魔法を世の中の為に使って、人の役に立った時初めて1人前として認められるのです。18歳になった嘘使いにもその順番がまわってきました。

まわりの魔法使い達は言いました。『幻は幻、しょせん嘘でしかない、一体どうやって他人に幸せを与えられるのか。一生1人前として認められずに旅を続けることになる。』

しかし気弱な嘘使いは言い返すこともせず、いつもの微笑みを浮かべてひとりでひっそりと旅に出ていきました。





旅はとてもつらいものでした。路銀もすぐに底をつき、なれない歩きは拙い体力にはとてもこたえます。それでも地道な嘘使いは持ち前の我慢強さによって、一歩一歩確実に旅を進めていきます。





嘘使いがある冬の国にたどりついた時、ひとりの少女に出会いました。

白くて大きな雪の結晶がとどまること無く降りしきる。真っ暗な夜空を見上げると数えることのできぬ程のそれがいつまでもいつまでも、どこまでもどこまでも途切れることなくあたり一面を白一色に染め上げる。

その真っ白な中に、ひとりぽつんと赤い頭巾をかぶった女の子が倒れていました。

心優しい嘘使いが慌てて女の子を抱き上げると、女の子は寒さでどうしようもないほど震えています。手持ちの防寒着で暖めてやってもとても足りるものではありません。すぐに火をおこそうとしましたが、嘘使いは火をおこすための道具をすでに切らしていたので、火をおこすこともできません。

見るに見かねた嘘使いは幻の魔法を使いました。燃え盛る焚き火の幻です。

しんしんと雪が降る積もる中、ぱちぱちとはぜる音に真っ赤な炎の照り返しが赤々とふたりを照らします。

しかし、どんなに勢いよく燃え上がろうとしょせん幻は幻、暖まるはずがありません。



・・・・・・いつの間にか女の子は動かなくなってしまいました。





挿絵(By みてみん)






また、ある時に嘘使いが訪れたのは貧しい国でした。

その国は一部の人たちが富を独占してしまっていて、一般の平民には満足に食べ物も与えられないありさまです。町の様子はさびれてしまい、お店から物を盗んだり、人を襲って物を盗んだりという光景が当たり前のように広がっています。そんな中、嘘使いは路上で飢えて倒れている一人の少年を見つけました。

心優しい嘘使いが慌てて男の子を抱き上げると、男の子は飢えでどうしようもないほど衰弱しています。手持ちの食べ物を与えてやろうと思っても、嘘使い自身丸一日なにも食べておらず、手持ちなどあるはずもありません。

見るに見かねた嘘使いは幻の魔法を使いました。おいしそうなパンの幻です。

ふっくらと湯気の立った、やわらかな焼きたてのパン。男の子は涙を流しながらむさぼりつきました。

しかし、どんなにおいしそうに見えようとしょせん幻は幻、お腹が膨れるはずがありません。



・・・・・・涙を流しながら男の子は動かなくなってしまいました。





ある国では、とうとう嘘使いは旅の疲れで倒れてしまいました。

しかし、ある老婆の看病により、程なく嘘使いは元気を取り戻ことができます。

そして、なにかお礼をしたいと思った嘘使いがその旨を伝えると、老婆は『ずっと昔に出て行った息子に、死ぬ前にもう一度会いたい。』と言いました。

すぐに嘘使いは周りの国を巡って、老婆の息子を探し当てることに成功します。

ところが、探し当てた息子は賞金首の山賊で、老婆のことを話しても歯牙にもかけないありさま。

しかたがないので嘘使いは幻の魔法を使いました。老婆の息子に化けます。

家に帰ると老婆はとても喜びました、成り行き上嘘使いも息子のふりを続けます。しかし、さすがの嘘使いも1週間も芝居をするとしんどくなってきました。

そして、“さて、どうやってこの状況を切り上げようか”と嘘使いが考え始めた2週間目の朝、老婆は眠るように息を引き取ってしまいました。



・・・・・・あとには、どこか釈然としない嘘使いがひとりぽつんと取り残されました。




こうした旅の中で嘘使いは、これまでも感じていた自分の幻使いという能力の無力さを、より強く実感するようになりました。嘘使いがどんなに力をふるってもしょせん幻は幻、嘘は嘘。なんの力も持ちません、なにも本当のものではありえません。結局、故郷のみんなが言っていた通りになってしまいました。



あてもない嘘使いの旅は続きます。



挿絵(By みてみん)







ある街道を歩いていた時、嘘使いはひとりの吟遊詩人と出会いました。

異国の物語を奏でるその娘の透きとおった美しい歌声に、嘘使いは思わず聞き惚れて足を止めます。

────とある平凡な町民の波乱にみちた人生の物語。

────とある国の間抜けな王子と頼りない侍女の冒険譚。

────どこか遠くの、夢のような国を求めて旅立った3人の乞食の話。

吟遊詩人が奏でるそれらの歌は、博識であったはずの嘘使いにも聞いたことがないようなものばかりでした。不思議に思った嘘使いが目の前の娘にそのことを尋ねると、『全部私の創作だから。』という答えが返ってきました。

なんとなく肩透かしをくらったような気分になった嘘使いは『しょせん嘘か。』と思わず呟きます。

しかし、その言葉を聴いた吟遊詩人が、どこか自信満々な目をして堂々と言い放った言葉は、強く嘘使いの心を掴みました。


「私の嘘には夢がある。」



挿絵(By みてみん)






それから2人は共に旅をするようになります。

吟遊詩人の作り物の歌にあわせて、嘘使いの操る幻が劇をする。

そんな薄っぺらで慎ましやかなものでしたが、意外に人々の評判は悪くないものでした。





ある時嘘使いは吟遊詩人に尋ねました。

どうしてでたらめな物語の語り部などをやっているのかと。

本来吟遊詩人とは、多少の脚色はあるにせよ実際にあった事柄を物語として歌うものです。目の前の娘のように、1から10まで作り物の歌を歌うということはありえないことなのです。

しかし嘘使いのその質問に吟遊詩人は自信を持って答えます。

“嘘は嘘。たしかに何の力も持ち得ない。腹の足しにもなりえない。それでも言葉は人の心に響くことができる。それは立派な力となる。”

その言葉は、嘘使いの嘘に対する心の在り方とあまりにかけ離れたものでした。

どうしても納得できない嘘使いは自分のこれまでの旅を吟遊詩人に聞かせます。

────嘘使いの幻の魔法。

────魔法使いの旅の意味。

────震えながら死んでいった女の子。

────泣きながら死んでいった男の子。

────真実を知ることなく死んでいった老婆。

────これまでの旅にあった様々な出来事。


黙って聞いていた吟遊詩人は最後に一言いいました。

「あなたの嘘にも意味はある。」


それを聞いた嘘使いは、生まれて初めて幻使いという自分の力を嬉しく思うことができたような気がしました。









月日が流れ、二人で旅をするようになって2度目の春が巡ってきました。

そのころには吟遊詩人と嘘使いの評判は国々に広まり、様々なところで2人の噂が囁かれ、そしてその噂は多くの国々を束ねる、中の都の王の耳にも入るほどのものとなりました。

2人は王の召還に応じて中の都を目指します。



諸国を旅してまわる、美しく成長した吟遊詩人とたくましく成長した魔法使い。

そこにはかつての気弱な嘘使いの面影はありませんでした。





都に着くと、2人は人々に暖かく迎えられました。

様々な国を巡って見聞を深めた2人の作った物語は人々の心を捉えます。

都中の人々が2人の物語でもちきりとなり、寝ても醒めても2人の話。

中でも吟遊詩人の美しさはすぐに都中の噂にのぼりました。


謁見の間においても王は吟遊詩人のことをいたく気に入り、心の中で密かに王子の妃にどうだろうかと考えました。共に控えた王子もすぐにその美しさに心奪われてしまいます。



そんな様子をおもしろくなく眺めるひとりの魔法使いがいました。

ひそかに王子の妃の座を狙っていた宮廷付きの女魔道士です。

彼女はすぐに呪いの儀式をはじめます。

それは魔法使い達の間でも禁断とされる死の呪いでした。





物語の披露式典の前日に倒れた吟遊詩人のことはすぐに都中に広まりました。

王は都中から優れた薬師を呼び寄せて彼女の病を治そうとしますが一向に治る気配がありません。

心配になった嘘使いが試しに彼女を診てみると、魔法使いである彼には吟遊詩人にかけられたおそろしい呪いのことがすぐにわかりました。

────逃れられぬ運命。

────逆らうことの許されぬ定め。

────禁断の呪法。

すべてを理解した嘘使いは吟遊詩人にそのことを隠すことなく伝えます。

あたりさわりのない慰めなど彼女が望んでいないことを彼は知っていたからです。

すべてを聞いた吟遊詩人はゆっくりとうなずくと、うろたえることなくまるで体力を温存するかのように目をつぶりました。

彼女の辞書に『あきらめ』という言葉はないのです。


嘘使いはそんな吟遊詩人が大好きでした。





夜になってみんなが寝静まった頃、嘘使いはひときわ強い呪いの力を感じました。

すぐに幻の魔法を使って吟遊詩人と嘘使いの姿を取り替えます。


挿絵(By みてみん)


すると呪いの力は吟遊詩人の姿をとった嘘使いに向けて流れ込んできました。

大きく暗い怒涛の奔流は嘘使いの体を貫きます。それでも嘘使いはくじける事無く魔法の力によって呪いの力を跳ね返そうとします。

魔法使いの呪いは魔法使いの力によって防ぐしか方法がないのです。

呪わしき古の邪法と幻の魔法がせめぎあい。

呪いの力は、嘘使いの幸せを掴むための腕を奪います。

呪いの力は、嘘使いの大地を駆けるための足を奪います。

呪いの力は、嘘使いの世界を見渡すための眼を奪います。

嘘使いから様々なものが奪われていき、とうとうなにもかもがなくなってしまいました。大きな黒い呪いの力は、最後のひとかけらを取り込むためにゆっくりと鎌首をもたげます。



・・・その時、最後に残った嘘使いの心のひとかけらが、呪いを術者に跳ね返すことに成功しました。





呪いから解き放たれ目を覚ました吟遊詩人が、傍らに倒れた嘘使いに気づいた時、彼女はすべてを理解しました。

堪えきれなくなった彼女は泣き叫びながら、嘘使いのことを罵ります。

自分勝手に物事を進めた嘘使いのことが許せなかったからです。

どうすることもできない自分自身の無力さが悔しかったからです。


薄れゆく意識のなか、嘘使いは不思議と怖くはありませんでした。

どこか心地よい満足感に包まれながら、真っ暗な空間にかすかに広がる吟遊詩人の罵りの声を耳にしたような気がしました。


ただ、彼女が怒る理由はとてもよく理解できるような気がしたので


・・・・最後に、ほんの少しだけ“ごめんな”と思いました。




吟遊詩人の腕の中で嘘使いの体がゆっくりと光につつまれます。

その光は小さく弾け、無数の粒となって見えなくなっていきます。

体全体が光の粒となって腕がすっと軽くなり


・・・・やがてすべてがなくなりました。


夜空を見上げると数々のきらびやかな光がきらきらと瞬いています。

────それはとても懐かしいような

────それはとても暖かいような

嘘使いだった無数の光達は、王宮の屋根を抜け満点の星空にむけてゆっくりとのぼってゆきました。






次の日、予定通り物語の披露式典が開かれました。

昨日あれほど苦しそうだった吟遊詩人は嘘のように元気になっていて、皆安心しましたが、いつも彼女の傍らに佇む嘘使いの姿が今日は見当たりません。

それでも、式典は滞りなくすすんでいくので、物語が聴けるのであれば、と人々は吟遊詩人の歌声に集中します。



そうして、都中の人々が固唾をのんで見守る中

“嘘使いと呼ばれた魔法使いの物語”が語られました。


 



  <おしまい>


批判でも構わないので、感想いただけたら嬉しいです。

理解しづらかったところなど教えていただけたらとても参考になります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 非常に素晴らしい作品です! 人の心情がよく伝わってきてとても面白かったです。 普通に売り出しても問題は無いのでは?と思うくらい。 このような作品をもっと読みたくなりました。 ありがとうござ…
[良い点] とっても面白かったです! 最初は何気なく見ていただけなのですが、途中からのめり込んで読んでしまいました。 魔法の中でも「幻」を使う魔法使いを主人公にするところがまた興味をそそりました。
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