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くるくる来る

作者:yoshina
 次はあなたの番です。
 そう言われたら、何の番だと思う? 

 人間は等しく生まれ、等しく死ぬ。
 でもその間に平等は無くて。
 誰かに重みがかかると、誰かにその代償が回る。
 ぐるぐるそれが巡り巡って、最終的に誰かがそれを受取ったまま、死んで行くんだ。

                 * 
 「学校」とは残酷な世界だ。子供はみな平等の地位を持ち、誰でも誰かをどうにかする力があった。
 隣の席の子を好きになれば、好きだと言っていい。後ろの席の子を嫌いになれば、無視すればいい。自分たちとは違う生き物だと思えば、排除すればいい。

 私のクラスに、とても無口でいつも本を読んでいる女の子が居た。目つきも悪いし、背もひょろっと高い。その背中を丸くして、分厚い本を黙々と読んでいた。
 「十五少年漂流記」とか、「若草物語」とか、「注文の多い料理店」とか。タイトルは知ってるけど、読んだことは無い本ばかりだった。私たちの輪から一人外れて、その子は毎日違う本を読む。
 どう見ても、私たちとは違う世界に住む生き物。
 気持ち悪い。
 いらいらする。
 だから私たちクラスメイトは、その子をこっちの世界に引きずり込んで、消そうとした。
 無視して、筆箱隠して、机に落書きをした。無意識に違う子の机に触れば、
「触らないでよ、菌が移るでしょ」
「それにくさいしな」
 おろおろとするその子を囲んで、女の子も男の子も笑い合った。
 あっちが悪いのよ。
 違う世界に住んでいるあの子が悪いのよ。
 それが、私たちの言い分であり、むしろ正義のつもりだった。

「ねえねえ、そのノートの一ページ頂戴」
 ある日の昼休み。珍しく本ではなく、何か書き物をしていたその子に私は指をさして言った。指の先にはピンク色のノート。下のほうに花柄も描いてあるかわいい紙。
 それが、その子がまるで私たちと同じ世界に住んでいるように思えてしまって、不快だった。
 突然のお願いに、案の定その子は戸惑う素振りを見せた。机の前に立つ私たちを見上げた後、何かを言おうと口を開いたけど、再び閉じてうつむいた。
 今までそんな馴れ馴れしいこと言ったことないのだ。どんな答えをしたらいいのかわからないのだろう。
「いいじゃん、一ページくらい。どうせまだ残ってるんだし」
 私の隣の友達も楽しそうに言う。
 そこでその子はやっと黙って頷き、丁寧にノートから一枚紙を切り取った。私はそれを受け取る。紙をよく見れば、花柄の間に蝶々もいた。
 そして私は、友達のほうに視線を移し、二人で口角を上げた。
「あ、やっぱりいいわ。いらない」
 その紙を、びりびりに引き裂いた。
 紙をくれた、違う世界の生き物の目の前で。
 あの顔は今でも忘れられない。
 絶望感とか、悲壮感とか、そういうものをもっと越えた、それこそ違う生き物を見るかのような目だった。
 涙が浮かんだのを見て、私たちは泣かれる前に、紙きれを床に落としたまま校庭に向かった。
 それでもその子は毎日学校に黙って来て、私たちに虐げられて、黙って下校した。何を考えているのかわからなくて、余計にキモかった。

 小学校三年から六年までの間、ずっとそんな感じだった。あまりにも日常的な行為だったので、六年のころになるとその子をいじめることは生活の一部になっていた。
 でも中学は、離れた。
 その子が私立の女子校に進んだからだ。風の便りで、学校のバスケ部に入ったと聞いた。
 意外すぎる選択で私は最初にわかに信じられなかった。
 あのとろくて長距離走でいつもドべただった子が?
 昼休み、ずっと本を読んでて、無理やり私たちに外に連れ出され、延々とこおりおにの鬼役をやらされたあの子が?
 けれど、中二の頃地元の駅で大きなスポーツバッグを抱えるその子を見て、認めざるを得な無かった。
 バッグには「籠球」の文字。いつも教室にいた色白い子が、少しだけ日に焼けているようにも見えた。
 あの子は駐輪場から自転車を出しているところだったので、横断歩道を挟んだ向こうにいる私には気づかないようだった。
 私だけが、あの子を気にしている。その事実が何となく嫌だったので、私は踵を返して足早に違うルートから家に帰った。
 帰る途中、胸の奥でちりちりする何かが私の心をひっかき続けたけど、一晩経てばすっかりあの子の日焼けした顔など忘れてしまっていた。

                 *

 私は、二十三歳になった。社会人になった。職業は、地元の精密機械メーカーの受付嬢。職業上、土日祝日はいつも休みだ。
 ゴールデンウィークに開かれた、今回の同窓会はちょっと気合を入れたお化粧で参加した。一応、婚約中の彼氏はいるんだけどね。でも同窓会っていつもより綺麗に見せたい心理が働くじゃない。
 ホテルのホールに入ると、懐かしい顔もあれば、今でもちょくちょく会う顔もあった。みんなに適当に挨拶をして、最終的には現在も親交が続いている友人と落ち合った。立食パーティーだったので、友人が用を足しにホールを出ると、独りになる。
 一時的な一人など、どうってことない。
 わざわざ別の話し相手を探すめんどうもする気にはならない。
 そういえば、昔はちょっとでも一人になると不安になって、すぐに他の相手を探したものだ。一人の時間を作りたくなかった。
 幼い頃のしょうもない依存を思い返し、自嘲した。
 ホールを見渡せば、他にもちらほら一人で立っている同級生が居る。 彼等は旧友と話しに来た、というより見に来たんだろう。
 学生生活を終え、社会に出た同い年がどんな風になったのか。そういう興味が彼らをここに呼び寄せたのだ。
 今ならわかる。 
 人が、敢えて一人になる理由が。
 ぐるりとあたりを観察しながら、そんなことを考えていると、ある一点で視線が止まった。自分がそれを認識する前に、体が勝手にフリーズした。
 胸の奥底で、かつての引っかき傷が膿を出す。

 一人の女性が、こちらに向かって歩いてくる。背筋をぴんと伸ばし、着なれた感のあるピンクベージュのスーツをまとった女性が。
 あの子だ。
 私は一瞬でわかった。中学二年生の時以来、きれいさっぱり忘れていたあの子だ。
 自然と鼓動が速くなる。
 理由は、もちろん「アレ」。今の今まで忘れていたくせに、思い出した途端冷や汗が流れた。
 いや、忘れていたんじゃない。
 忘れていたふりをしていたんだ。
 でも、ここで同じように忘れたふりなんてできないはず。
 どうしよう。
 どうしよう。
 それでもこの場から立ち去る理由が見つからなくて、立ちすくんだ。そしてついに、あの子は私の目の前で止まった。
 息が詰まる。
「久しぶり」
 小学生の時からは想像できない、からっとした笑顔で挨拶をしてきた。気さくそうな、それでいてキャリアウーマンっぽい知的な目。
 私も何とか、「ええ、こんにちは」と答える。ここで、「こんにちは」はおかしいだろうとか、考える余裕がなかった。
「中学離れたから、すごい懐かしいよね。さっき違う子から聞いたんだけど、婚約したんだってね。おめでとう」
 馴れ馴れしく、肩をぽんと叩いてきた。
 私はただ頷き返す。
 もしかして、彼女も「なかったこと」にしたいのだろうか。過去のいじめは、彼女にとっても汚点だとしたら。無かったことにして、学生生活を綺麗な記憶にするためにここに来たのだとしたら。そんな考えがよぎって、私も社交辞令的な曖昧な笑顔を浮かべた。
 それをきょとんした目で見て、彼女は噴きだす。
「ちょっと、どうしたの? 久しぶりすぎて私のこと覚えてない?」
 あわてて、私は横にぶるぶると首を振った。
 すると、彼女はもう一度私の肩をたたく。
「良かったよかった。これで忘れられてたら、どうしようかと思った」
 私の顔を覗き込んで、彼女は白い歯を見せる。口を小さく動かして何かを呟いた。
 彼女の一言は早口だったので、途中の「…た…ばん…」というところだけ言ったのがわかった。何のことかしら。
 戸惑う私に、彼女は肩から手を離し言葉を続けた。
「実は私ね、ここのホテルのウエディングプランナーになったの。だから今日休憩中に寄ったんだ」
 そうなんだ、と相槌を打てば、彼女は名刺を差し出してくる。左下の隅っこに可愛いピンクの小花がちょこんとプリントされた、華やかな仕事にふさわしい名刺。確かにここのホテルの名前と資格が肩書として載っている。なるほど、だから参加リストに名前がなくても来れたのか。
「婚約中なら、結婚式のこと何でも聞いてね。どこのホテルが人気とか、どこが安いとかもこっそり教えるし」
 茶目っ気も交えた親切に、今度こそ私は相好を崩した。
 綺麗な友人関係。
 きっと私も彼女も目指すところは同じなのだ。私はそれを確信する。
 彼女は、他の人とは変わってた昔の自分を反省しているのかもしれない。
「いつごろ結婚式とか予定はあるの?」
「半年後くらいにしようかなって思ってるけど」
「じゃあ、今はまだ手探り状態のときね。その名刺の裏に、私のアドレスが入ったバーコードリーダがあるから。何か気になることあったら連絡して頂戴」
 つまり、この場だけでは無くてこれからも繋がりを持ちましょうってことなのか。
 さすがに心のどこかでためらう部分があり、すぐには返事ができず目が泳ぐ。
「ああ、これは営業じゃないから大丈夫よ。ただのアドバイスに留めておくから」
 押し売りと誤解されたと思ったのか、彼女は手をひらひらさせてフォローを入れた。それこそ誤解だったが、反対に私を安心させた。
「ありがとう。じゃあ、またメールさせてもらうわね」
「うん、待ってる。……安心して。私は何もしないから」
 何か引っかかるものを感じたけど、私は頷いて名刺をバッグに入れた。
 その時、彼女の後ろのほうから、用足しに行っていた友人が足早に戻ってくるのが見えた。彼女もそれに気づいて、右半身を横に向けた。
「じゃあそろそろ休憩終わるし、行くわ」
「ええ、お仕事がんばって」
「あなたも大変になるだろうけど、頑張ってね」
 結婚の準備のことを指してるのだろう。
 もう一度、ありがとうと言えば、彼女は少しの間黙った後踵を返した。
 そして一歩踏み出すか否か、のところで。



「今度は、いらないなんて言えないでしょうけどね」



 え?
 私が聞く返す間もなく、そのまま颯爽と彼女は去って行った。
 すぐにすれ違いで友人がやってきて、私に今の女性は誰かと聞いてきた。
 この友人は一年から二年までの間だけ同じクラスだったので、彼女のことは知らない。私は適当に「高学年の時クラスが一緒だった子」と答える。
 そのまま、再び他愛もない会話が始まるが、私は彼女の言葉が気にかかっていた。
 遠い昔、同じ言葉を聞いたようなデジャビュ。
 そういえば、あの名刺の色もどこかで見たことある。
 一体、どこで見たのかしら。
 そんなあやふやな疑問は、すぐに消えてしまったけれど。


 しかし、そう遠くない未来、私はもう一度思い出すことになる。
 正確にいえば、半年後。
 もうすぐそこに、私の背後に「それ」が来ていることをこの時の私は知らない。
 ただ膿だけが、化膿の速度を早めていた。











――アナタノバンヨ…






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