シーン2
奈落を鳴動させるは、深紅と濃藍の稲妻。
荒れ狂う破壊の本流の渦中、鳴海は人外たちが繰り広げる死闘に言葉を失う。
「こんな……」
然もありなん。――もはやそれは、人の切り結びあいと呼べるものではなかったのだから。
電光石火の踏鳴りが地を揺るがし、流星雨と化した剣戟が激突する度に、
「ほほ、気を抜くと首が落ちますよ!」
発生した衝撃波によって、周囲の物質が塵へと変わってゆくのだから。
「――戯れるかッ!」
竜と悪魔が繰り出す一刀は、確実にそれが終わりの一撃であると思えるほどに凄まじく……脆弱な肉体を持った――もはや彼らにとって紙切れ同然の人間など、この剣圧が触れるだけで肉片と化す。
「このままじゃ……」
されど鳴海は、絶剣の応酬が長くは続かぬことを理解していた。
然り。強大なる敵を前に竜は――アリアは防戦一方に追い込まれていたのだ。
「ククッ、ご自慢の運動性に精彩を欠いているようですが?」
地龍からの熱線をかわした怨敵に対し、ネビュロスはスラスター光を爆発させ――衝撃波を引き連れやってきた極超音速の斬撃をアリアはかろうじて打ち払うが、
『冥府の女王よ、かの者の魂を砕け散らせたまえッ!』
打ち下ろしの槍斧を弾いた硬直を狙われ、至近から冷気呪文の洗礼を浴びてしまう。
「ぐ、ぅ……ッ!?」
一瞬にして凍結し、砕け散りゆく物質。
「アリアッ!」
したたかに壁面へと叩きつけられたアリアは、剣を杖代わりに力なく立ち上がり、
「ほぅ、今ので終わったと思ったのですが……なかなかに粘りますねぇ?」
血色の双眼を兜から覗かせるネビュロスは、炎の翼が消えた竜をあざ笑う。
「アリアが、あんなにも一方的に……」
あまりにも圧倒的な戦闘力の差。
「所詮は四百年前の骨董品。たとえ貴方が十全の状態であろうと、いまの私なら容易く残骸にすることができる」
余裕綽々のネビュロスは、勿体つけるかのように言葉を切り、
「そろそろ首を刎ね飛ばし、腹の中に隠してあるものを引きずり出してやろうと思うのですが……そこで案山子となっている役立たずを守るために、大切な熱量を割き続けていてもよろしいのですか? ――このままでは、貴方の敗北は確定となるのでは?」
「な……」
愉悦を帯びた怪物の言に、鳴海はうめき声をもらす。
「まったく……。貴方の思考は、まるで理解ができません。――彼は不死だというのに、なぜ熱量不足になるまで結界を維持する必要があるのでしょうか?」
然り。非情ではあるが、ネビュロスの言は正しい。
たとえ戦闘力は皆無であろうと、無限の再生能力を持つ鳴海ならば死ぬことはないのだから。
「アリア……」
その選択をアリアが拒んだのは、ひとえに情。
無機質な機械とは異なる、感情を持つ生物であるがゆえである。
けっして合理的ではない、贅肉だらけの……。
「むしろ手足を切り落とし、グールたちを生みだしたほうが勝算があった――」
さらなる嘲弄を浴びせるべく、ネビュロスは口を開くが、
「もはやおぬしは……ヒトの心が理解できなくなってしまったのじゃな」
アリアに被せられた言葉、そして視線の意味に気付く。
それは敵意とは異なる、憐憫のまなざし……。
彼にとっては、最上級の侮蔑のまなざし――。
「……その生意気な目玉をくり抜き、ホルマリン漬けにして飾ってあげましょう」
悪鬼の形相となったネビュロスは、攻防一体の中段――正眼の構えを取ったアリアに対し、おぞましいばかりの殺意をぶつけ、
「472号、これは貴方に対する教育でもあります。――無力なる道具が破壊されるさまを、とくとまなこに焼き付けなさい」
張り詰めた空気の中、相克する両者は静かに息吹く。
終焉は一瞬――。
されど傍観者であった鳴海の後悔は、無限に続くことになるであろう。
「僕は……」
八坂鳴海は、己以外を守ったことがない人間だった。
痛みを与えられるのが怖くて、すべてに怯えて逃げ出して――ずっと殻に閉じこもり、みじめな自分を刃物で傷つけながらも愛し続けていた。
そう、これからもずっと……。
「だめじゃ鳴海ッ!」
アリアの制止の声もむなしく、鳴海は安全地帯から飛び出す。
「……阿呆が」
なんの策もない、ただの猪突猛進。
舌打ちしたネビュロスは、水を差した愚か者に一閃を浴びせ、
「あ、があァァ――ッ!」
左腕を切り飛ばされた鳴海は、遅れてやってきた衝撃波によってズタズタにされる。
「鳴海ッ!」
「やれやれ、恐怖のあまり誤作動でも起こしましたか?」
鳴海に駆け寄ろうとするアリアを、だがネビュロスは刃で牽制し、
「教えたはずです。貴方は独力では生きられぬクズなのだと。……そんなゴミ虫にも劣る存在に、この場で何ができるというのです?」
血だるまとなった実験動物に向け、苛立ちを混じえた声を送る。
「大人しく檻の中で震えていなさい。――それがモルモットに許された、相応しい生き様なのだから」
されど激痛に神経を焼かれ、絶望的な恐怖に射竦められながらも、
「嫌だ……」
鳴海は拾い上げた左腕を癒着させ、ふたたびネビュロスに突進していく。
「僕はもう……逃げだしたりはしない!」
そして鳴海の瞳は緋色へと変わり、
「愚かな。――ならば達磨となり、己の無力さを知るがいいッ!」
ネビュロスの怒りが伝播した地龍たちは、四肢を奪おうと咆哮を上げるが、
「なにッ!?」
煉獄の炎によって灰塵と化し、蟲使いは変貌した弱者の姿に戦慄を覚える。
進むか、踵を返すか。
ヒトの人生は、それで決まる。
「僕は――アリアを守り通してみせるッ!」
紅蓮の炎につつまれし、漆黒の篭手。
「馬鹿な、外殻甲冑だと!?」
闇を穿つ閃光と化した拳は、
「か、は……ッ!」
鋼よりも強固な装甲を破壊し、ネビュロスの禍魂を粉砕するに至る。
然り。これぞ八坂鳴海が獲得した新たなる力の片鱗であり……悲しき宿命を背負うことになる彼に残された武具のひとつであった。