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少女とドラゴン

作者:中島アキラ

 少女は飽きていた。
 まともに食べられる物もなく、泥水を啜って生きることに途方もなく飽いていた。

 家はだいぶ前に燃えてしまった。住んでいた街は瓦礫の山と化してしまった。美しい川と豊かな自然を売りとしていた国も今は枯れ果てた灰色の大地が広がっているだけと聞く。
 いつからこんな世界になってしまったのか、少女は覚えていない。初めからそうであったかのように思えるし、暖かで幸福な世界があったようにも思える。何れにしろどうでもいい事だ。既に少女の目には暗闇しか映していない。もう時期死ぬことに変わりはないのだから。

 少女は目を閉じて死を待った。
 瞬間、地の揺れを感じ取る。とうとう地割れでも起きたか、と瞼を上げると、そこにはドラゴンがいた。
 山のような体躯、(いかめ)しい顔つき、巨大な翼、滑らかな鱗、鋭い牙、太い爪。
 その爪先で一突きすれば少女の命など瞬く間に散るだろう。絶対的強者の存在感。ドラゴンこそまさしくこの不毛な世界の覇者であると言っていいほど、その姿は雄大で神々しかった。

 誰もが恐怖し、生を諦める存在を前にしながらも、少女は微笑んでいた。

「お腹空いているんでしょう? 私を食べていいよ」

 少女の言葉にドラゴンは驚いた。同時に不愉快だった。少女の目に映るのは雄々しきドラゴンの勇姿ではない。自らの死にゆく未来だけだ。それが何より気に食わなかった。

「舐めるな、小娘。貴様のような死に損ないを誰が食うか」

「大きなお声ね。それだけ元気があればこの世界でも生きていけそうね」

「無論だ。我はこの世界で一番強い。我にできぬ事はない」

「そう……。それは凄いね」

 少女がちっとも凄くなさそうに言うので、ドラゴンはますます不愉快になった。
 いっそのこと本当に食ってしまおうか、とドラゴンは悩む。しかし、ただ食うだけでは何とも面白みがない。故に、ドラゴンは少女に食べ物を与えた。
 食えば気力も漲る。そうして生にしがみつかせ、生きる気力を持たせた矢先に食ってしまおう、そう考えた為に出た行動だった。

 食糧を与えられた少女だが、どうにも体調が芳しくない。
 ドラゴンは食べ物を与えた矢先に死なれては困る、と自らの翼の下で少女を休ませた。

「優しいね。貴方のお名前は?」

「名前など無い」

「そう。私と一緒だね」

 そう言って少女が微笑むと、ドラゴンはなぜだか不愉快になった。

 
 ドラゴンが少女を休ませてから三日後、少女の体調は依然良くない。

「脆弱な人間め。何故こうも体調が戻らんのだ」

「ごめんね……」

 少女の目には相変わらず生気がない。ドラゴンは次第に焦りを感じ始めていた。自分にできない事はないと言っておきながら、目の前の少女は今にも死にそうである。自身の強さに誇り持っていたドラゴンが焦りを覚えるのも当然であった。

「我が助けてやっているのだ。勝手に死んではならぬぞ」

「そうだね……」

 ドラゴンは歯噛みした。
 少し生気を宿らせば遠慮なく食い殺してやったものを、とひ弱な少女を睨んだ。


 ドラゴンはその後もあらゆる手段を用いて少女の体調改善に奮闘した。
 時には伝説を謳われる剣を見せ、またある時は山のような金銀財宝を見せ、どうにかして少女に生きる気力を持たせてやろうとした。
 しかし、少女はまるで興味がないのか、ニコニコとしながらも、いつもの生気のない目で見つめるばかりである。

 とうとう手段も思いつかなくなったドラゴンが苦し紛れに持ってきたのは、甘い香りを放つ花であった。

「いい香り……」

 少女はいつものニコニコとした顔ではなく、憂いを帯びた笑みを浮かべた。相変わらず目には生気がないが、明らかな変化だった。
 初めて少女が興味を示した、とドラゴンは実感した。
 その日から、ドラゴンが持ってくる物は花だけになった。
 少女はとりわけ香りの強い花を好んだ。甘い匂いを放つもの、爽やかな匂いを放つもの、果物のような匂いを放つもの。様々な種類の花をこの不毛な世界において探し出すのは大変ではあったが、確かな手応えを感じていたドラゴンは少女のために彼方此方を探し回っては持ち帰ってきた。


 あらゆる花を摘み取ってきたが、少女の体調は戻らない。  
 とうとう新たに見つかる花も無くなり、ドラゴンは途方に暮れた。

「もうお前が好きそうな花は何処にも無い。体調はまだ戻らないのか」

「そう……みたい……。でも気にしないで……。私は…とても幸せだよ」

「嘘をつくな。お前の目は暗いままだ。とても幸せそうには見えない」

「そんなこと……ないよ。こんなにいい……香りに…囲まれているんだもの」

 そう言って少女はいつもの顔で微笑んだ。やはり目には生気がない。
 少女の周囲はいつの間にか色とりどりの花で埋め尽くされていた。殆どが萎れ枯れつつあるが、多彩な花の中で横たわった少女は花畑で昼寝を楽しんでいるようにも見えた。

「ねぇ、一つ……お願いがあるの……。」

「何だ?」

「貴方が……初めて持ってきてくれた花……。あの……花の香りを……もう一度…嗅ぎたいの」

「少し待っていろ」

 ドラゴンが少女と過ごした中で、初めて聞いたお願いであった。
 これで気力を取り戻せるかもしれない。そう考えると気持ちも先走った。
 大空を舞い、目当ての花を探し求める。途中邪魔しに来た人間を炎の息で焼き殺し、抵抗を見せた街を踏み潰し、軍を集めた国を焼け野原に変えた。
 そうして一輪の花を見つける。探していた花である。


「小娘、見つけてきたぞ」

「あり……がとう。私の体の上に置いて……」

 ドラゴンは少女の上に花を落とした。少女はそれを手探りで手繰り寄せる。

「ああ……。この花……。やっぱりいい香り……」

 少女の顔に憂いが浮かぶ。花を持ってくるといつも見せた表情である。

「ねぇ、この……花はどんな色? ずっと……気になって……いたの」

「お前、目が見えていなかったのか……? いったいいつから?」

「貴方に会う……少し前から……。だから貴方の顔もわから……ないの……。
 ねえ、貴方には……ここがどんな風に……見えている……の? これだけ……いい……香りがいっぱいするんだもの、とても…いい景色なんだよね?」

「ああ………。世界で一番綺麗な景色だ。世界で一番強い我が言うのだから間違いはない」

 ドラゴンは初めて嘘をついた。
 哀れだったからなどという陳腐な理由ではない。もっと大事な何かをドラゴンは学んだ気がしていた。故に嘘をついた。少女にいつも通り笑っていて欲しくて。
 少女は小さく「ありがとう」と呟くと、呼吸を止めた。少女は眠りについたのだ。安らかな寝顔だった。目を閉じた少女は生きてはいない。だが『生』を感じさせる穏やかな表情をしていた。

 ドラゴンは吠えた。ただひたすら空に向かって。



 それから長い長い時が過ぎた後、ドラゴンは息絶えた。
 一度滅んだ世界は新たな形で生まれ変わろうとしていた。

 生まれ変わった世界で人々は語り継ぐ。
 かつてドラゴンの子どもを人間が殺し、ドラゴンは報復のために家を焼き、街を潰し、国を焼いた。そして世界は滅び、新たに生まれ変わったのだ、と。  
 そのドラゴンが眠る場所は色とりどりの花が咲き乱れる神秘的な場所であり、決して足を踏み入れてはならない、と。

 美しい花畑で、ドラゴンは今日も少女と共に過ごす。

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