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成し遂げた事

お待たせしました

 ジン達がグレッグへの報告を済ませてギルドを出た頃には、時刻は既に夕方近くになっていた。

 せめて今日中にクラークとビーンの元へは帰還の報告をしたかったのだが、さすがに二箇所を回る時間の余裕はない。ジン達は仕方がないので一旦ここで解散し、手分けして用事を済ませる事にした。

 ジンは調合士のビーンの所へ、レイチェルは神殿のクラークの所へとそれぞれ報告に向かい、エルザは一足先に戻って二週間以上不在だった自宅の掃除を担当してもらう。本格的な掃除は明日全員でやればいいので、エルザがやるのはメインの共有部分だけだ。

 独り割りを食う形になったエルザだったが、些細な事とは言え快く引き受けてくれたのがジンには嬉しい。なので今日の夕食のメニューはエルザが好きなハンバーグにしようとジンは思った。

 そんな暢気なジンの思考は天然なだけでなく、ホームに帰ってきた安心感のせいもあるかもしれない。

 エルザ達と別れたジンは、少しだけ良い気分でビーンの薬屋へと向かった。


「まあまあ、ジンさん。いらっしゃい」


 ビーンの店に着いたジンは、奥さんのマギーの歓迎を受けた。ビーン夫妻の子供が今回の『魔力熱』に直接被害を受けていた訳ではないが、友達やご近所には小さな子供も少なくはなく、『魔力熱』の治療法を見つけたジン達に対する感謝の気持ちは大きかったのだ。

 ジンは前回と同じ部屋へと案内され、呼ばれたビーンもすぐにやってきた。


「ジンさん、お帰りなさい。よくぞやってくれました! ありがとう!」


 部屋に入るなり満面の笑顔でそう話すビーン。今回ジンは禁忌の『滅魔薬』ではなく、根本的な『魔力熱』の治療法を見つけて来た。この事によって子供達の命が救われただけではなく、それはこの世から禁忌の薬のレシピを一つ消す事が出来る事も意味した。

 そして、それは禁忌のレシピの継承者であるビーンにとって、この上ない喜びだった。


「いえ、ビーンさんこそお疲れ様でした。今回子供達に犠牲者が出なかったのは、ビーンさんのおかげでもあります」


 そう言ってジンもビーンの労をねぎらう。魔法治療に飛び回った神殿の神官達と共に、ビーンが作る解熱薬無しには今回の最良の結果はなかったとジンは思っている。この街の薬屋はビーンのところの一軒だけではないが、一番熱心に取り組んでくれたのは間違いないのだ。

 当初予定していた『滅魔薬』を使うことは無かったが、そこには共に困難に立ち向かい、そして乗り越えた男達の連帯感と喜びがあった。


 その後いくつかの話をした後、ジンはビーンの店を出る事にした。勿論『滅魔薬』の真実などについては話していない。それは今は話せない事だ。

 ジンにビーンと祝杯を挙げたいという気持ちがないわけではなかったが、自宅で掃除に励むエルザの事を考えると長居する気にもなれなかったのだ。

 だが、いずれクラークや皆で飲みたいものだと、ジンはその機会を楽しみにしつつビーンに別れを告げた。






 その後ジンはまっすぐ自宅に戻るのではなく、肉屋や八百屋等の商店が立ち並ぶ一画へと向かった。

 そこは冒険者ギルドからの帰り道にあり、比較的自宅に近い事もあって良く利用しているのだ。目的は勿論、今晩のメニューのハンバーグの材料を買う為だ。

 久しぶりに自宅で料理する事もあり、自然とジンの気分も弾んでいた。


「こんばんは~」


 たった二週間ちょっと振りなのに少し懐かしささえ感じる自分に驚きながら、ジンは肉屋の店主へと声をかける。


「今日は牛肉を「おお! あんた、確かジンって名前だったよな?!」」


 ジンが注文するのを遮って、店主が勢い込んで尋ねてきた。ジンが店主に名乗った事はなかったが、よくギルドからの帰りにエルザ達と一緒に店に来ていたので、その時にでも呼びかけられたのを聞いていたのだろう。

 筋肉質マッチョで強面の店主なだけに迫力は充分だ。


「え、ええ、そうですが。どうかしたのですか?」


 鼻息も荒く尋ねてくる様子に少し面食らいつつもジンが答えると、その返事を聞いた店主は一転して笑顔を見せた。


「おお、やっぱりそうか! あんただよな、子供達の病気を治してくれたの。ホンとありがとな!!」


 そう言ってジンの肩をバンバンと叩いてくる店主。正確にはジンは治したのではなくて治療法を伝えたのだが、当人にとっては大した問題ではないのだろう。ジンのおかげで子供が助かったという事には変わりない。


「い、いえ、大した、事では、ありませ、んから」


 叩かれて途切れ途切れになりつつもジンが返事をしていると、隣の八百屋や近くにある他の店からも人が集まってきた。


「何?! その兄ちゃんがジンってやつか?」

「おお、ありがとな。兄ちゃん! おかげでうちの子が助かったよ」

「ありがとうね、お兄さん。ほんと一時はどうなる事かと……」


 そうして口々にお礼を言ってくる人々に囲まれ、ジンは噂の浸透具合に驚きを隠せない。ジンが思わず肯定してしまったが為に、話がどんどん広がっていった。


「何、何? 誰なの?」

「子供の病気を治した人だって」

「ええ?! それはお礼を言わなきゃ!」

「俺も!」

「私も!」


 遅めの夕方という事もあり、ピークは過ぎているものの人通りも少なくはない。ジンを囲む輪がどんどん広がっていき、このままではパニックになりそうな所で……


「ストーップ!!」


 そんな人々をジンが制止した。

 その『気合』を込めたジンの声はよく通り、『威圧』こそ使っていないものの人々を静かにさせるのには充分だった。


 だが静かになったとは言え、自分を見つめるたくさんの視線は変わらない。強い視線に思わずジンも気圧されそうになるが、逃避行動なのか可笑しな疑問が脳裏に浮かんだ。


「(咄嗟とっさに出たのが、日本語じゃなくて英語なんだな)」


 思わず出た言葉が「静かに」とか「止まって」じゃなくて、英語の「ストップ」を使った自分が可笑しく。その英語を自動的にこの世界の言葉に翻訳するシステムも可笑しい。そして何より、こんな時にこんな事を考えている自分がまず可笑しい。

 ふと気付くとジンの緊張が嘘の様になくなり、周りの視線も気にならなくなった。そしてジンはこの機を逃さず話し始めた。


「確かに私が治療に一役買ったのは事実です。ですがそれはたまたま・・・・です。むしろ治療に奔走した神殿の皆さんや、解熱薬を提供し続けた薬屋の皆さん、それに問題解決の為に動いていた冒険者ギルドの皆さんがいたからこそ出来た事です。私は別の依頼中にたまたま閃いただけで、こうして皆さんから感謝いただけるのは嬉しいのですが、私は大したことはしていません。ですからお礼は私ではなく、他の頑張った皆さんにしてあげてください」


 ジンの声は大声という訳ではなかったが、少し遠い人の耳にも良く届いた。

 一部グレッグとの話し合いで決めた嘘が混じっていたが、基本的にジンは本音で語りかけていた。


「それにこんなに人が集まると危ないし、通行の邪魔にもなります。もう夕方ですからお家にはお腹をすかせた子供達が待っているでしょうし、商店主の皆さんは書き入れ時ですので働かないと」


 笑顔で少し冗談めかしてジンが言うと、つられたのか静かだった周囲でも少し笑いがおきた。


「皆さんの気持ちは確かに受け取りました。私も嬉しいです。ありがとうございます。ですが、もう解散しましょう」


 最後にジンがそうまとめると、落ち着いたのか一人、また一人と買い物や商売に戻っていき、ようやくいつもの状態に戻っていった。


「ふう」


 思わずため息をつくジンの傍には、肉屋の店主だけが残っている。その店主は感心したようにジンを見つめていた。


「大したもんだね~。もっと自慢してもいいのに」


「いえ、本当に私は大した事はしてませんから」


 自分がした事を誇る気持ちはあるが、それはグレッグやビーン、クラークにガンツやペルグリューンなど、様々な人(神獣)の協力なしには成し得なかった事だ。もしジンが自慢するとしたら、自分だけでなく関わった全員を自慢するだろう。


「はははっ。騒がせて悪かったね。それで何が欲しいんだい?」


 ぶれないジンの態度に店主は笑い、ようやく商売の話が始まった。

 ジンは3kg以上はありそうな牛肉の一塊を購入する旨を店主に伝える。ハンバーグ自体も数回分作るつもりだが、あまった肉も『無限収納』に入れておけば腐らないので問題ない。猪肉は『無限収納』にまだまだストックがあるので、今回ここで購入するのは牛肉だけだ。


「はい、お待たせ。あと、これはおまけだ」


 店主は包装紙代わりに使われる殺菌作用のある大きな葉で包まれた肉を差し出すが、その包みが何故か二つもある。


「冒険者だから食うだろ? しっかり精をつけて今後も頑張ってもらわんといかんからな」


 そう言って店主は豪快に笑う。筋肉質マッチョな店主がジンを見る目は、とても優しかった。


「……ありがとうございます。ありがたく頂戴します」


 一度は断ろうとしたジンだったが、思い直して素直に好意を受け取る事にした。時にはそうする事が何より相手に喜ばれる事もある。

 ジンは感謝しつつ受け取った。


「おう。俺はトッドっていうんだ。また来いよ」


「はい」


「それと……」


 ジンの返事を笑顔で受け取ったトッドは、最後に深々と頭を下げた。


「本当にありがとう」


 トッドの二人の息子も、ジンのおかげで『魔力熱』の苦しみから救われたのだ。先程からジンが言っていた事を理解した上で、トッドは真剣な口調で感謝の気持ちをジンに伝えた。


「はい!」


 その事を感じたジンは今回は否定せず、答える声には自然と喜びの感情がこもっていた。






「ただいま~。ごめん、開けて~」


 商店街で買い物を済ませたジンが帰宅を告げる。だが玄関を開けて中に入るのではなく、何故か外から呼んでいた。


「おかえり」「おかえりなさい」


 それに応えて、エルザと先に帰っていたレイチェルが迎えに出て玄関を開ける。そしてドアを開けて見たジンの姿に驚きの声をあげた。


「「え? どうしたんだ(ですか)その格好は?」」

 

 玄関先に佇むジンは両手からあふれんばかりの肉や野菜、魚やお酒にお菓子などを抱えていた。それは落ちないのが不思議なほどの量だった。


「後で話すから、とりあえず持って~」


 そうお願いするジンの言葉には若干の疲れが感じられた。ステータス的に重量は問題ではないが、精神的に疲れたのだろう。


 あれからジンは野菜を買いに八百屋に寄ったが、そこでもお礼と共に大量のおまけを持たされた。その時点で両手はふさがっており、ジンもこれ以上買い物をするつもりはなかったのだが、通りにある商店から次々と「持って行きな」と声をかけられた。

 何か購入したわけでもないのでジンもさすがに遠慮したが、いいからいいからと結局抱えるようにして持つ事になった。ここで『身体操作』のおかげで下手にバランス感覚も良い事もあり、際限なく載せられた結果が山の様にお土産を抱えて帰ってきた今のジンの姿だ。


「詳しくは夕食の時にでも話すよ」


 エルザ達のおかげでようやく一息ついたジンは、休むまもなく夕食のハンバーグの準備に取り掛かった。本来は2~3回分をまとめて作るつもりだったが、精神的に疲れたので作るのは今晩の分だけだ。

 そうしてようやく後は焼くだけとなった頃、ギルドでの報告等を終えたアリアがやってきた。引越しは未だ先だが、今日は夕食を一緒にとる予定だったのだ。


「「おかえり」」「おかえりなさい」


 これから一緒に住むことになる仲間にかける言葉とすれば、これ以外には考えられないだろう。


「……ただいま」


 アリアは少しだけ恥ずかしそうに、けれども嬉しそうに微笑して応えた。





 その後夕食では予定通りハンバーグがメイン料理として食卓に上った。ソースはマヨネーズとケチャップを混ぜたオーロラソースと、大根おろしに醤油と柑橘系のすっぱい果汁の絞り汁を加えたものの二種類だ。付け合せはポテトフライやサラダで、飲み物はとっておきの赤ワインだ。

 そうして料理やお酒に舌鼓を打ちながら、ジンは商店街での出来事を皆に語って聞かせた。


 ジンが語る街の人の反応は、この街に帰ってきて外で遊ぶ子供達の姿を見た時と同じく、彼女達に達成感を与えるものだった。

 まだ目立つつもりがなかったジン達にとっては少しだけ困ったのも事実だが、それでも喜びの方が断然大きい。おどけて話すジンは勿論、聞いているアリア達も笑顔だ。


 今回商店街でジンが見せた「決して自慢せず、自分ではなく周囲の人を褒める」という態度や言葉は、それを直接見聞きした人々の口から街全体に広まっていく事になる。そしてほとんどの人々は好意的に受け止め、特に子供が『魔力熱』にかかっていた家庭ではそれが顕著だった。

 正式なパーティ名が決まっていない為に広まるのはジンの名前だけだったが、その名前はリエンツの街において確固たる知名度を持つ事となった。


 また、好意的に受け止めたのは街の人々だけではない。ジンが名指しで褒めた神殿や薬屋は勿論、名が売れたジンに色々と文句をつけたいはずの冒険者達も好意的に受け止める者が多かった。

 というのも、これまではギルドに依頼をする一部の人間だけしか接点がなかったのが、今回子供を持つ親やその周囲の人達といったリエンツの街の大多数がジン=冒険者の世話になったと言える。

 接点が少ない為に誤解を受け、今ひとつ信用が置けない荒くれ者と思われてたのが、今回の件で大きく見直される事になったのだ。


 元々リエンツの冒険者はグレッグ達ギルドの指導もあってモラルも高く、問題をおこすような人物はほとんどいない。仮にいたとしてもすぐに教育・・される。

 そんな彼らが街の人に見直され、言ってみれば正当に評価され始めて嬉しくないわけが無い。そうした住民の変化はリエンツの街所属の冒険者に自信と誇りを与え、今後他の街の冒険者とは一線を画した良い変化を見せる事となる。


「「「乾杯」」」


 そんな変化を未だジン達は知らないが、祝杯を挙げるジン達の顔も、彼らと同じく自信と誇りに満ちた笑顔だった。

推敲が甘いので、何か表現がおかしいところがあれば修正します。

次回からは出来るだけいつものペースに戻せるよう頑張ります。

一応予定としては4日か5日の更新予定です。

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