決着
少し遅れました。
一万字を超えてしまったので長いですが、途中で切るのもなんなのでそのまま投稿します。ご容赦を。
「(遅かったか!)」
馬車から飛び降りたジンの頭を占めるのは、その一言だった。
手強い相手だと言う事は承知していたが、まさか僅かな時間の間に五人中三人も戦闘不能の状態にまで追い込まれているとはジンは思っていなかった。しかも一人は上体は起こしているもののダメージは深そうで、実質女性魔術師一人が無事という状況だ。
この女性もゲルドが余裕を見せて歩みを止めたからこそ無事だったが、ジンが来たタイミング的には全滅していてもおかしくなかった。
ジンは改めて敵の強大さを認識し、目の前にいる人物がトロンの冒険者ギルドで聞いた元Bランク冒険者であることを確信した。
「おお~。助っ人がきたぞ! よかったな~、ザック」
まるで本当に助けが来ているのを喜んでいるかのように、ゲルドはザックに話しかける。
何故なら誰が何人来ようとゲルドは「ただ殺すだけ」なので大した問題ではないと言う事だ。それは凶人であり、狂人の思考でもあった。
「もうやめてくれ、ゲルドさん! どうしちまったんだよ!」
まさかのジンの登場によって女性魔術師の危機は一旦去ったものの、依然として危機的状況にあるのは変わらない。
変わらぬ絶望感に、ザックが思わず嘆きの声をあげた。
「ん? だってジェシーは死んじまったんだぞ? 別に良いだろ、お前達も死んだって」
当たり前かのように言うゲルドの顔は、どこまでも真面目だ。そこには最愛の人を失い、心を壊してしまった一人の男がいた。
絶句してしまったザックを横目に、今度はジンがゲルドに話しかける。
ジンの『地図』に反応があった冒険者集団がザックのパーティだった事は、そのザック達が過去に接点のあるゲルドとこうして遭遇した事も含めて奇縁と言うべきだろう。しかし、今はそこを気にしている場合ではない。
「ゲルドさんでよろしいですよね? 私はジンと言います。一応お尋ねしますが、このまま大人しく捕まっては戴けないですよね?」
その内容に一瞬ゲルドはきょとんとした顔を見せると、噴き出した後に馬鹿にしたように笑った。
「ぶふっ、はあっはっははは。……何言ってんだ、お前。これからやっと楽しい殺戮のお時間が始まるんじゃないか! 安心しろよ、ちゃんとお前もその仲間も殺してやるからさ」
ゲルドも当然ジンが一人でここに来たとは思っていない。ジンが飛び降りた後に馬車は少し離れた所に停まったが、ジンの仲間が姿を隠しつつ近づいて来ている事は理解していた。
「ザックも、メリーもアシュリーも、ヒギンズにガストンもみ~んな殺す! お前も殺すし、仲間も殺す! その後も殺して殺して、殺しまくってやらぁ!」
その台詞とともに、ゲルドは狂ったように笑い出した。
発言にあったメリーとは女性魔術師の名前で、アシュリーが神官、ヒギンズやガストンは最初にやられた二人の戦士の名前だ。ゲルドは彼ら『巨人の両腕』の事をちゃんと過去に可愛がっていた後輩達だと認識しつつ、その上で殺そうとしていた。
過去に存在したザック達の頼れる兄貴分は現在はおらず、そこにはただ独りの凶人がいるだけだった。
そう咆えるゲルドを、ジンは黙って見ていた。そこに僅かに残っていた躊躇いは消えており、ジンの目には決意の光のみがあった。
「弱虫が、よく咆えるな」
ボソッと呟かれたジンの言葉は、それでいてよく通った。
いつもの敬語は消え、その声音は冷たいものだった。
「何だと?」
哄笑をぴたりと止め、ゲルドが狂気をむき出しにしてジンを睨みつける。
「弱虫だと言ったんだよ。怖いから八つ当たりしているだけの『ただの弱虫』だよ、あんたは」
ジンはゲルドがそうなった理由を認識しつつ、あえてそう『挑発』した。
ゲルドが最愛の恋人と仲間を一度に失い、それに対する怒りと独り残された恐怖から壊れてしまった事は理解できる。仮に自分に置き換えた場合には、決してゲルドの様にならないとはジンには言えなかった。それは想像するだに恐ろしい、決してそうなってはいけない恐怖だ。
だが、だからこそジンは『挑発』した。
それは、ゲルドのターゲットを自分に集中させようという目論見もあった。現在前衛として対抗できるのはジンしかおらず、他の人間にターゲットが移る事は、その人間の死を意味していたからだ。
と同時に、決してゲルドのようにはなるまいと、ジンが自分を戒める為にあえて言ったところもあった。
それに、ゲルドはジンの仲間を殺すと言った。事実、このままならばゲルドはそうするだろう。だが、それはジンがゲルドと同じ立場に置かれるということでもある。それはジンにとって許される事ではなく、ゲルドをこのままにしておく訳にはいかないという、強い怒りをジンに生じさせた。
そしてこの怒りの感情こそが、今のジンにとって何より必要なものだった。
「まず俺から殺してみろ、出来るもんならな!」
ジンはそう言って槍剣を構え、それとほぼ同時にゲルドが奇声をあげて襲い掛かってきた。
「がああっ!」
「喝!!」
ゲルドの『威圧』をジンが同じ『威圧』で返す。スキルレベルで劣るジンの『威圧』は無効化されるが、ゲルドの『威圧』も同時発動したジンの『気合』によって無効化された。
黒い大剣がジンを袈裟切りにせんと襲うが、それをジンがグレイブで迎撃して火花を散らす。
ゲルドの剣圧に打ち負けてよろめくジンを逃すまいと、続けて繰り出された二撃目が襲うが、これも何とかはじき返す事に成功した。
だが、止まらないゲルドの連撃が、次々とジンを襲う。さながら黒い暴風のように大剣を叩きつけるゲルドに対し、ジンは必死にグレイブを合わせてそれをしのいだ。
しかし、相手はAランク間近と呼ばれた男だ。凌ぎきれなかった攻撃はジンの体にダメージを与え、その体力を削っていった。
凶人ゲルドのレベルは45、それに対するジンは蔦魔獣との戦いを経て一つ上がり、現在のレベルは20だ。その差は25と、実に二倍以上のレベル差がそこには存在した。
しかも、ゲルドは冒険者として15年以上のキャリアがある。培われた経験と磨き上げられたスキルレベルは、当然のごとくジンを凌駕していた。
そう考えると、ジンは善戦していると言って良いだろう。油断があったとは言え、Bランクのザック達が数合で地に伏したのに対し、すでにジンの打ち合いは数十合を数えている。しかもジンは細かいダメージを受けつつも、未だその身に致命傷となる一撃は受けていなかった。
普通ならそんな事はありえないのだが、それを可能とする理由もあった。
前述したようにゲルドとジンのレベル差は二倍以上だが、実はステータスとしてはそこまでの差は無い。
ゲルドもここまで上り詰めた事実が示すように、そのステータスは決して低いものではない。獣人であるゲルドは元々戦士向きのステータスをしていることもあり、戦士として見れば充分Aランクとなれるだけのステータスだと言ってもいいほどだ。
しかし、ジンの成長率は異常だ。
ゲーム設定のレベルアップ補正を持つジンは、レベル19の現時点でそのステータスは一般的なBランクの範囲を超え、例えばSTRだけで見れば一般的な成りたてのAランクを凌駕している。
無論あくまで一般的なものと比べた場合の話であり、戦士向きのステータス成長率を持つ獣人であるゲルドの方がレベル差もあって基本的にジンより能力値は高い。だが、打ち負けつつもギリギリでジンが立て直す事が出来ているのも、この事が一つの理由として挙げられるのだ。
「がああああっ!」
「うおおおおおっ!」
倒れないジンに対する苛立ちでゲルドが咆えるのに対抗し、負けじとジンも己に気合を入れる。ここで気を抜く事はジンの死を意味し、それは『巨人の両腕』やアリア達の死も意味する事になるのだ。
ジンの守るという意志はその潜在能力の全てを揺り動かし、そしてそれは急速に磨かれていく。
その人物の技量を現すスキルレベルだが、これを上げるのに有効なのはやはり実戦だ。
例えば『剣術』で考えた時には毎日の素振りも勿論重要だが、その習熟が進むにつれて、やはりより実戦に即した模擬戦等の方が効果的となる。それが指導なのか試合なのかは別にしても、相手の技量が高いほど高度な経験を積む事が出来るだろう。
ましてや、それが命懸けの実戦であればなおさらだ。図らずも高レベル、高スキルのゲルドとの実戦は、皮肉な事にジンにとってこの上ない経験だった。
そして、さらにここで大きな影響を与えるのがジンが持つ才能スキル、『武の才能』だ。『身体操作補正』を内包するこのスキルは、武術や体を使う事全般の各種スキル習得率を上げ、さらにはスキルのレベルアップスピードを向上させるものだ。
ゲームでも初心者向けの便利なスキルではあったが、この世界への転生で生じた変化は便利どころの話ではない。スキル『限界』を現す意味のMAXが、いくつかのスキルと共に転生の際に『レベル最大』の意味で変換され、当初設定されていた数倍の効果を持つ事になった。
この凶悪とも言える効果を持つ『武の才能』は、高い技量を持つゲルドとの命懸けの実戦においてジンに大量の経験を与え、既存のスキルのレベルアップだけでなく新しいスキルも次々とジンに習得させていった。
かと言って一足飛びにゲルドのスキルレベルを超える事はさすがにないが、それでも通常では考えられないスピードでジンのスキルは成長していった。
そしてこれこそが、ジンがゲルド相手に持ちこたえられている二つ目の理由だった。
ガキン! ガツ! ガン! ガキッ! キキン!
荒野にかん高い剣戟の音が響き渡る。
ゲルドは最初のうちこそ挑発された怒りのままに大振りで荒い攻撃だったが、それでも耐えるジンを甘く見るのを止め、今ではこの戦いに集中して精緻な攻撃も加えている。
「がああっ!」「喝!」
ゲルドは咆哮と共に『威圧』を繰り出し、それに対抗してジンも『気合』で耐える。しかし、防がれる前提で放たれた『威圧』にゲルドが拘泥するはずもなく、それに覆いかぶせるように大剣の一撃がジンを襲う。
「くっ!」
何とか反応してグレイブをかざすジンだったが、それはフェイントでしかなかった。
生じた隙を狙い、ゲルドが足甲に覆われた重い蹴りをジンの右わき腹に叩き込んだ。
「ぐあっ」
吹き飛ばされ、体勢を崩したジンにゲルドの追撃が迫るが、それをジンは倒れた勢いを利用して転がってかわした。
少し距離が空き、そのまま対峙するゲルドとジン。ずっと猛攻を続けていたゲルドもさすがに荒い息を吐いているが、それ以上にジンの疲労の色は濃かった。
「ちっ。しぶといな、お前。普通ならもう1~2回は死んでてもおかしくないはずなんだがな」
いまいましそうにゲルドが言うが、実はそれは真実でもある。
いくら先に述べたような理由があるとは言え、ジンがこれまで大小様々なダメージを幾度となく喰らっているのは事実だ。槍越しに攻撃を受けたザックが一撃ですぐには立ち上がれないダメージを受けたように、ジンもそうなってもおかしく無い攻撃を何度も受けている。そうでありながら何故ジンが耐え続けていられたのか。
それはジンの『傷つかない体』と、『無限収納』を利用した回復ポーションのがぶ飲みのおかげだった。
ザックの場合もそうだが、鎧で大剣による「斬る」という現象を防いだとしても、与えられた衝撃は鎧に包まれた内部の体にダメージを与える。これに特化したのがレイチェルなどが使うウォーハンマーなどだが、ゲルドの高い筋力から繰り出される重い大剣の一撃もかなりの衝撃ダメージを与える事が可能だった。
その衝撃は骨折や内臓破裂という状態を引き起こすに充分なダメージだったが、ジンのVRゲームだった頃から引き継いだ特性である『傷つかない体』のおかげで、そうした状態異常になる事は無かった。
傷つかないとは言えそのダメージによってHPは減るのは変わらないのだが、それでも骨折などにより武器が振れなくなったり、内臓への深刻なダメージで動きが鈍る等といった状態に追い込まれないだけで充分なアドバンテージだった。
後は減ったHPを、ポーションを使って回復させるだけだ。
本来HPを回復させる為にはポーションを飲むか傷ついた箇所に直接掛ける等のアクションが必要となる。だが実戦においてそのアクションは決定的な隙になりかねなく、特に対人戦闘においては難しいタイミングが要求される。
そんな普通なら困難なアクションだが、ジンの場合は『無限収納』から使用するイメージだけでポーションを摂取する事が可能だ。
このまさにゲーム的なポーションの使い方で、ジンはゲルドの猛攻を受けつつ減ったHPを回復させることが出来ていたのだ。
実はここまで挙げたジンが持ちこたえている理由の中で、ジンがゲルドと対峙する根拠として考えていたのはこの『傷つかない体』と『無限収納』を利用したHP回復方法だけだ。
自分のステータスは若干高いだろうとは思っていたものの、まさかBランクと比べても遜色が無い程とは考えていなかったし、『武の才能』についても此処までの効果を発揮するとは考えもしていなかった。
これら全てが総合的に力を発揮したからこそジンが今でも生きている事を考えると、こうしてゲルドに戦いを挑んだジンがどれほど無謀だった事かは言うまでも無い。
いくら本来はザック達『巨人の両腕』のメンバーと協力して立ち向かうつもりだったとは言え、ジン達がこの場に到着した頃には彼らはほぼ全滅に近い状態だった。そんな彼らの状況を認識したならば、ジンは馬車から降りずにその場から立ち去るのがパーティリーダーとして採るべき決断だっただろう。
例えそれが非情な決断だとしても、パーティメンバーの命を預かる身としてはそれが正解だったはずだ。
しかし、ジンにはそれが出来なかった。
老人だったジンは長い人生経験の中で、何度も死による別れを経験してきた。新しい命が産まれる事もあれば、死んで失われる命もある。それは至極当たり前のことではあるが、命が失われる事が悲しい事も当たり前の話だ。
老人であったジンにとって死は身近で、決して忌避するだけのものではなかった。老人においての死は安らぎでもあり、ある意味解放でもあった。少なくとも、ジンが老人だった頃には自らそう感じていた。
だが、それが奪われる命であるならば話は別だ。
今まさに失われようとする若い命を前にして、ジンは自分を抑えることが出来なかった。
頭ではリーダーとして採るべき選択ではない事は理解しても、心と体が勝手に反応してしまっていたのだ。
今回の様に他人の生死が懸かっている時、特にそれが若い命であれば尚更ジンは自らの命を顧みずに行動してしまう。これはジンの弱点と言っても良いだろう。
しかし、これはジンがこの世界で冒険者という職業を選択した根本的な理由でもあり、ある意味二度目の生を受けたジンが己に課した存在意義でもあったのかもしれない。
いずれにせよ今のジンはただただ生き延びる事に精一杯で、自らの行動を省みる余裕はなかった。だが、仲間達の事を忘れているわけでも、決して無かったのである。
「どうした、すぐに殺すんじゃなかったのか? 随分時間がかかっているじゃないか」
体勢を立て直したジンが再度ゲルドを挑発するが、実際のところはボロボロの状態だ。
実はこの世界のHP回復ポーションは服用回数に限界があり、10本を越えた頃から効き目が悪くなり始め、今では使用しても微々たる量しか回復しなくなった。
ゲームから持ち込んだポーションにはそんな制限はないが、手持ち全てをリエンツの街の子供達の為に残して来た為に現在は、ジンの手元に一本も残っていない。また、この旅の中で複製完了した五本のポーションも、今は別の理由でジンの手元に無かった。
そんな危うい状況でありながら、ジンは挑発を続けた。
再び激昂して襲い掛かろうとしたゲルドだったが、何かに反応してその場を飛びのくと同時に剣を振るった。
ゲルドを襲った二本の炎の槍のうち、一本はゲルドが振るった剣によって防がれたものの、もう一本が飛び退ったゲルドの左足を焼いた。
「ちっ!」
大きく舌打ちしたゲルドの目は、『炎の槍』の魔法を放ったアリアと『巨人の両腕』の女性魔術師であるメリーの二人の姿を捉えた。
だが勿論その二人だけではない。魔法に続いてエルザとザックにより放たれた二本の矢は、ゲルドにかわされたもののさらに時を稼ぎ、その間にジンの横にはヒギンズとガストンがそれぞれの武器を構えて並んだ。そのすぐ後ろには、回復役のレイチェルとアシュリーが控えてる。
ジンは一人では無い。ジンがゲルドを引き付けている間に、頼れる仲間達が反撃の準備を整えてくれていたのだ。
それはまさに賭けだった。
ジンはこの場に到着する前に、アリア達に手持ちの複製ポーションを全て渡していた。
ゲームのご都合主義を基にしたこのポーションは、回復量こそ20と多くはないが、この世界のポーションとは違って対象が死亡していない限りは状態に関係なく一瞬でHPを20回復する。それが内臓破裂や骨折といった重傷でもだ。
当初はアリア達の安全の為に配られた五本のポーションだったが、それが危険な状態だったヒギンズとガストンの命を救い、同じく行動不能だったザックとアシュリーを復活させたのだ。
ジンが馬車を飛び降りる直前に出した「ジンが引き付けている間に全員を回復させる」という指示は、様々な問題点を孕みつつもアリア達によって実行されたのだ。
ジンは独りでゲルドの攻撃に耐えられるのか?
そもそも倒れている冒険者達は生きているのか?
ゲルドに気付かれてしまわないか?
他にも様々な問題点がありつつもそれが実行されたのは、ジンがやってくれるというアリア達の信頼の証であると同時に、勝利の為には自分達四人だけなく此処にいる冒険者全員の力が必要だという冷静な判断もあった。
全てはジンがゲルドの注意を引き続けられるかという一点に懸かっていたが、今回はその賭けに勝つ事が出来たという事だ。
「くっくっく。何だよおい、勢ぞろいじゃねえか」
だが、この期に及んでもゲルドの態度は余裕なままだ。
実際その場に立ってはいるものの、『巨人の両腕』の面々のダメージは深い。回復役のレイチェルとアシュリーは、今もヒギンズとガストンに回復魔法をかけ続けている状態だ。
しかし、ジンを含めたこの体力に不安がある三人でゲルドを抑えなければ、その大剣を前にした後衛の面々はひとたまりも無いだろう。それはレベルで劣るジン達のパーティには尚更だ。
「まさか勝てると思ってんじゃねえだろうな? お前らごときが「負けん!!」……」
ゲルドの言葉を遮ってジンが叫ぶ。
「ゲルド! お前がこうして凶行を繰り返すのを、お前の仲間達が喜ぶはずが無いだろう! お前は死んでいった仲間達の想いを裏切り、生きているザックさん達の想いも裏切った。 皆が尊敬し、愛していたゲルドはもういない!」
叫びながらジンの頬を一筋の悲しみの涙が流れる。
独り残されたゲルドも確かに悲しいだろう。それは自分に置き換えたときに良く分かる。
しかし、もし現在のゲルドを亡くなった仲間達がみたら、一体何と思うだろうか。頼れる兄貴分だった頃のゲルドの仲間達が、現在のゲルドの姿を喜ぶはずが無いのだ。
死んだゲルドの仲間達の事を想い。
ゲルドによって奪われたいくつもの命を想い。
そして凶行に及んだゲルドの悲しみを想い。
ジンはこの世界に来て初めての涙を流した。
「いい加減目を覚まさんか!! このど阿呆が!!」
それはジンにとって久しぶりの本気の叱責であり、最後通告でもあった。
「……うるせえ、うるせえ、うるせえ! うるせえんだよ!! ぶっ殺してやらあ!!」
一瞬棒立ちになったゲルドだったが、すぐに立ち直って叫び返すと、ジン目掛けてまっすぐに突っ込んできた。
「死ね! 死ね! 死ね! 死ねよ!!」
ゲルドは叫びながら、狂ったようにジンに大剣を叩きつける。それは今までの攻撃の比ではなく、ジンの言葉がゲルドの逆鱗に触れた事は間違いないだろう。
しかし、ジンは死が身近だった老人ゆえに、日々様々な事件や事故で失われる若い命に敏感だった。新聞やTVでそうした情報が流れるたびに悲しく、悔しい思いをしたものだ。
老人だった頃にそうした事件に自分が巻き込まれる事は無かったが、今まさにその渦中に飛び込んだジンは、どうしても言わずにいられなかったのだ。
「うぉおおおお!!」
負けじと咆哮し、ゲルドと打ち合うジン。
すぐさまヒギンズとガストンがカバーに入ったので事なきを得たが、それがなければジンは保たなかったかもしれない。
みるみるうちに減っていくHPだったが、レイチェルやアシュリーがそれを回復し、彼女達への攻撃はジン達三人が通させない。ザックやエルザの弓がゲルドを牽制してその動きを助け、隙を見て放たれるアリアとメリーの魔法がゲルドのHPを少しずつ削る。
魔法ダメージは鎧での軽減が少ししか出来ず、着実にゲルドの体力を減らしていく。前衛三人の連携も次第と機能し始め、ジン達の攻撃も少しずつゲルドへと届くようになっていった。
前衛が崩れない事で回復や後衛の攻撃が有効に働き、ゲルドのダメージは増すばかりだ。
ゲルドの鎧に覆われていないむき出しの腕や顔などには切り傷が刻まれ始め、それが段々と増えてゲルドは血まみれになっていく。
だが、このまま押し切る事が出来るほど、ゲルドは簡単な相手ではない。
「があああああああああ!!!」
ゲルドが大きく咆哮すると、ただでさえ太い腕などの全身の筋肉が膨れ上がる。全身には血管が浮き上がり、膨張した筋肉のせいでゲルドの体が一回り大きく感じるほどだ。
これは『狂化』というレアスキルで、HPが三割以下の時しか発動しない等の条件がつくものの、STRが増えて攻撃力が跳ね上がる強力なスキルだ。
その膨れ上がった筋肉の一撃は強烈で、盾で防いだはずのガストンを体ごと吹き飛ばす。だが、その強引な動きで出来た隙を狙い、ヒギンズがゲルドに一撃を入れた。しかし、ゲルドはその一撃に血を流しながらも堪えた様な様子は見せず、平然と返す刀でヒギンズに強烈な一撃を放った。
「危ない!」
かろうじてジンが突き出したグレイブがその威力を弱めたものの、ジンのグレイブと共にヒギンズも吹き飛ばされ、この瞬間に前衛としてゲルドの前に立っているのは徒手空拳のジンのみとなった。
ジンのピンチを救うべくエルザ達の弓が放たれ、アリア達の魔法がゲルドを襲う。矢は切り払われてダメージを与える事は出来なかったが、炎の槍はゲルドの左腕を焼いた。
しかし、『狂化』は筋力を上げるだけでなく、痛みも感じにくくさせる効果も持っている。一方で受けるダメージが増えるというデメリットの為にゲルドの左腕はもう使い物にならないが、今のゲルドの状態ならば片手で大剣を扱う事も問題なく出来る。
理性を無くす事はないものの、副作用によりゲルドの頭の働きは若干鈍くなっている。その鈍くなった頭でも、ゲルドは徒手空拳のジンの姿を見て勝利を確信したのだろう。受けたダメージを気にする事無く、ゲルドは唇を吊り上げた。
「うおおおおお!!」
ジンは新たな武器を出す事無く、拳を握り締めると大剣を持ったゲルドに殴りかかる。それはゲルドにとっては、ジンが自棄になってとった行動に見えただろう。
ジンの動きは付け焼刃とは思えないほど鋭いものだったが、それでもグレイブに比べればその攻撃力は微々たる物だろう。ゲルドは余裕を持ってジンを迎えうち、勝利の確信と共にその大剣を振るった。
「死ね」
その言葉と共にゲルドの大剣が袈裟懸けにジンを襲う。
しかし、その大剣にジンの左腕の手甲が叩きつけられる。ガンツ謹製のその左腕の手甲は、マッドアントクイーンの素材をたっぷり使った簡易的な盾と言えるものだ。
大剣の勢いに押しこまれつつも、ジンへの致命的な一撃を防いでいる。だが、例えこの攻撃を凌いだとしても、決定的な攻撃手段のない今のままではすぐにやられてしまうだろう。
事実、大剣の一撃を防がれつつもゲルドはそう考えていたし、武器を持たないジンでは自分の脅威とはならないと思っていた。
だが、ジンは只の戦士ではない。
ここまで一貫してグレイブのみを使い続け、状況にあわせて武器を替える事をしなかった。グレイブが失われた今も、新しい武器を出さずに徒手空拳でゲルドに挑んでいる。それはザック達の目を気にしての事ではなく、全てはこの時の為、ジンを単なる戦士だと思わせる為だけに打たれた布石だった。
そう、ジンは魔法も一切使っていなかった。
ジンは左腕の手甲で大剣を防ぎつつ、残された右腕をゲルドの顎目掛けて突き出して叫ぶ。
「マナライフル!!」
その言葉と共に、ジンの右手の平から魔力で作られたライフル弾が発射される。
顔面は首を振ることで回避されやすい為、狙ったのは避けにくい首から顎の部分だ。
まさかジンが魔法を、しかも詠唱を省略して発動できるとは思ってもいないゲルドだったが、それでも流石はAランクに近い冒険者と呼ばれた男だった。
勘で危険を察したのか、この近距離で放たれた魔法に反応して回避行動をとろうとする。
しかし、ゲルドの油断によって生じた反応の遅れは、至近距離で放たれたジンの魔法を完全に回避する事を許さなかった。ゲルドの回避行動によって少しずれたものの、ジンの魔法はゲルドの首の右側を頚動脈ごと抉り取った。
「……」
一瞬の間とともに頚動脈からあふれ出す大量の血液。
ゲルドの手からこぼれた大剣は地面に突き刺さり、空いた右手を首に当ててあふれ出す血液を感じるゲルド。次にその手を眼前に持って来るとべったりと自らの血で汚れたその手の平を見つめ、そこで何故か笑みを浮かべた。
それはこれまで見せてきたような歪んだものではなく、恐らく昔はこうだったのではないかと思わせる良い笑顔だった。
「持ってけ」
ゲルドはそう言って地面に突き刺さった大剣をこずくと、ゆっくりと大剣が傾いて地面に落ちる。
そしてゲルドは浮かべた笑顔のまま、自らも後ろ向きに倒れこんだ。
真っ直ぐに音を立てて倒れこんだゲルドは、空を見上げた仰向けの体勢のまま僅かに口元を動かし、何かに語りかけるかのようにして笑顔のままでその動きを止めた。
ゲルドが倒れた事が信じられないのか、しばらくの間その場を静寂が支配する。
ジンは死体となったゲルドに近づくと、手をやって開いたままの目を閉じさせる。
そして両手を合わせて目を瞑り。
「南無阿弥陀仏」
そう唱えた。
ジンはこの世界に地獄という考え方があるのかは知らない。しかし遠く数万年の罰の先、何時か自らが犯した罪を浄化し終えた後には、再び別れた仲間達と出会えるように祈った。
元年寄りとは言えそこまで宗教に熱心だった訳ではなかったジンなので、それはいくつかの宗教感がごっちゃになったある意味では現代の日本人らしい宗教感だ。
しかし、そこに込められているのは真摯な祈りだった。
人によってはそれは偽善であり、ゲルドによって失われた命の事を考えていない行為だと思うものもいるかもしれない。しかし、それでもジンは手を合わせる事を止めないだろう。
そしてジンはゲルドの死に様を戒めとし、己の罪も意識しながら、これからも生きていくのだ。
このような結末となりましたが、いかがだったでしょうか?
宜しければご意見ご感想をお聞かせください。
感想はちょっとという方は、面白かった以上の場合だけ評価いただければ幸いです。
次回は1日前後の予定です。
ありがとうございました。