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凶人ゲルド

 街道は結界装置が定期的に設置され、魔獣が寄り付きにくい比較的に安全な道だ。しかし、コストや地形の問題から、必ずしも街同士を最短距離で結んでいるわけではない。

 それは今回も同様で、トロンの街からリエンツの街までを直接結ぶ街道は存在しない。その為、街道を通ってリエンツの街に戻るには、一度中継地点を経由して遠回りしなければならないのだ。

 魔力熱の問題が解決した今となっては特に急ぐ必要も無いのだが、ジン達は街道ではなく最短距離を進む事を選択していた。

 それは早く帰って皆の無事な姿を見たかっただけなのだが、ジン達にとってはそれで充分急ぐ理由となった。


 こうしてトロンの街を離れて数時間後、ミーティングも一段落しようとする頃になって、ジンの『地図』に人の反応があった。

 ジン達の進行方向とは少しずれた所にある『地図』上に光る5つの点は、ゆっくりと遠ざかるように移動している。街道から外れている事もあり、恐らくは徒歩の冒険者なのだろうとジンは推測する。

 反応があった時には一瞬身構えたジンだったが、さすがに盗賊に遭遇するはずもないよなと苦笑して気を緩める。


 だが、その瞬間を見計らったかのように、『地図』上に新しく一つの光点が追加された。


 脳裏にトロンの街の男性職員から聞いた話が思い出され、ジンの背筋に寒気が走る。

 仲間を失い、独り盗賊に堕ちた冒険者。

 Aクラス間近の実力を持ち、既に何人もその手に掛けた凶人。

 王都近くに潜伏しているとの推測だったが、もしそれが間違っているとしたら……。


 ジンはすぐに馬車のスピードを落とし始め、背後のアリア達に声を掛ける。


「聞いてくれ! 俺の『地図』に反応があった。少し先に冒険者と思われる集団がいるが、そこに一人の人間が近づいている」


 すぐに馬車が完全に停止し、その間にジンが何を言わんとしているのかがアリア達にもわかった。


「トロンで聞いた盗賊だっていうのか?」


 エルザがそうジンに尋ねるが、まさかという想いの方が強く、それはアリアやレイチェルも同様だった。


「はっきりとは判らない。ただ、その可能性は充分あると俺は思う」


 それこそ全滅を免れたパーティの生き残りだという可能性もあるが、そうでなければ独り盗賊と堕ちた冒険者と状況が似すぎている。


「時間がない。ここはそうだと仮定して話を進めよう。違っていれば笑い話で済む」


 そのジンの言葉に頷く三人。その顔つきがより真剣なものに変わる。


「相手は高レベルな元冒険者だ。俺達がとる行動は二つ。先に接触する冒険者集団に戦闘を任せ、俺達は逃げるというのが一つ。その冒険者集団と合流し、協力して倒すのが二つ目だ。俺は二つ目をとりたい」


 冒険者ランクCとなる条件の一つとしてレベル15以上というものがあるが、これがランクBで30以上になり、Aでは50以上となる。

 ジン達の実力的なものはともかくとして、レベル的には20前後と所詮しょせんCランク程度でしかない。

 それに対して相手がAランク間近と言われた元冒険者となれば、レベルも50近い可能性がある。レベルによって上がるステータスには個人差があるとは言え、それでも倍かそれ以上あるレベルの敵相手に対抗できるかどうかはわからない。

 しかし、それでも冒険者集団が負けた場合の事や、今後おこすであろう凶行を考えた時には、ジンに逃げると言う選択肢を選ぶ事は出来なかったのだ。


 こうしている間にも両者の距離は近づいている。急いで結論を出しても、間に合うかどうか微妙だ。しかし、懸かっているのはジンだけでなく、パーティ全員の命なのだ。パーティ方針の決定をするこの時間は、ジンにとっては譲れないものだった。


「行こう!」「「行きましょう!」」


 しかし、そんな問いは無用とばかりに、即決して答えを出すアリア達三人。少し驚いたジンだったが、すぐに笑みを浮かべて言った。


「よし、行こう!」


 ジンはすぐさま馬に鞭をいれ、急いで冒険者の集団がいる方向へと馬車を走らせた。





 さて、ジン達が決断する少し前に時を遡ろう。

 五人の冒険者集団ことBクラスパーティ『巨人の両腕』は、討伐依頼の為に依頼先の村へと移動しているところだった。


「あー、何か調子でねえな」


 そうぼやくのは、昨日ギルドで絡んできたザックだった。彼はこの『巨人の両腕』で遊撃の役目を持つ軽戦士だ。槍と弓を器用に使い分ける実力者と、トロンの冒険者ギルドでも一目置かれる存在だ。

 彼のほかに前衛の戦士が二人、後衛には魔術師と神官が一人ずつで、この二人が女性だ。これに中衛とも言える遊撃手のザックを加えた計五人が、『巨人の両腕』のパーティメンバーとなる。

 しかし、現在のザックの姿にはBクラス冒険者を思わせる覇気は感じられず、それは他のメンバーにも程度の差はあれど共通していた。


 半月ほど前になるが、彼らは以前世話になっていたパーティ『怒りの巨人』が、リーダーだったゲルドを残して壊滅したという知らせを受けた。それだけでもショッキングな出来事だったのだが、つい10日ほど前には今度はゲルドが盗賊に堕ちたという情報が入った。

 彼らは以前の豪快で面倒見の良い兄貴肌のゲルドの姿を知っていただけに、それはとても信じられる話ではなかった。しかし、次々に入ってくる追加情報が、それがまぎれも無い事実であると言う事を彼らに理解させた。

 ショックでしばらくは依頼をする気もおこらず、酒を飲んで憂さを晴らしていたのが昨日までの彼らの姿だった。


 そんな中でジン達と出会い、彼らが何を感じたのかは定かではない。しかし、ようやく重い腰を上げた彼らが手ごろな近場の依頼でもこなすかと、目的地の村へと移動中なのが現在の状況だ。


「まだお酒が抜けていないんじゃないでしょうね? あんたは酒癖が悪いのに、いつも飲みすぎなのよ」


「酒は残ってねえよ。……確かに昨日も迷惑をかけたとは思ってるけどさ」


 パーティメンバーの女性魔術師に責められ、ばつが悪そうにザックが答える。

 ザック自身も酒癖が悪いとわかっているが、どうしても酒を飲み始めると止まらず、こうしたやり取りもいつもの事だった。


「昨日は結局空振りだったから、まだマシだったけど……。ふふっ。しかし、妙に礼儀正しくて変な子だったわね」


 いつものように絡もうとして、見事にかわされたザックの姿を思い出す女性魔術師。しかも絡まれた当人は終始笑顔で対応しており、帰り際にはわざわざ絡んできた相手のいるテーブルに寄って挨拶をしていったのだ。

 あの後に彼らはジンとザックの話題で一盛り上がりしたのだが、それは彼らにとって久々に陰鬱さのない話題だった。


「ああ。次に会う事があったら、ちゃんと謝るつもりだ」


 ジン達に実害は与えなかったとは言え、酒が抜けたザックにとっても反省するところだった。


「ていうか、いい加減あんたは酒を「気をつけろ! 誰かいるぞ!」」


 女性魔術師の台詞を遮って、パーティリーダーが注意を促す。

 そこは流石Bランクパーティと言うべきか、即座に反応して各自が身構えた。


「おおう。熱烈歓迎じゃねえか。嬉しいねえ」


 そうしてザック達が警戒していると、ニヤニヤといやらしい笑いを顔に浮かべながら悠然と男が姿を現した。

 男の二の腕や太もも、それに頭部はむき出しのままだが、それ以外は黒鉄で作られたとおぼしき無骨な鎧で包まれており、一見して業物だと分かる大剣を肩に担いでいる。それは歴戦の冒険者を連想させる格好だが、その身にまとう雰囲気が違う。

 それは荒々しくも禍々しい、鬼気とでも言うべきものだった。


「まさか……」


 その姿を見て思わずザックの口から言葉が漏れる。


 過去に自分達が憧れ、そのパーティ名にあやかって自分達のパーティ名も名づけた。豪快でよく笑う兄貴分で、パーティメンバーの一人である女性戦士との仲は、何時か自分もああなりたいと思わせるほどに仲睦まじいものだった。

 彼らが街を離れてから未だ10年も経っていないが、記憶にあるその快活な姿など見る影も無かった。


「まさか、ゲルドさんですか……?」


 搾り出された声が思わず震えてしまう。


「おいおい、ザック~。水くせえじゃねえか。もう見忘れたってか? そうだよ、俺だよ。ゲルド様だよ~」


 ザックの記憶にあるゲルドは、こんな粘つくような喋り方などしなかった。変わってしまったという事実が、ようやくザックの中に浸透し始める。


「何だよ、お前達。揃いも揃って変な顔をしやがってさ~」


 それでもゲルドはニヤニヤ笑いをやめず、大げさな身振りで空いている左手で顔を覆って天を仰いだ。

 その姿はどこか滑稽こっけいで、しかし同時に狂気を感じさせるものだった。


 ザック達はゲルドが盗賊に堕ちたという事実は理解していたつもりだったが、かと言って自ら攻撃を仕掛ける事もせず、警戒しつつも結果的には立ち尽くしていただけだった。


 だが、それが決定的な失策となる。


「んじゃ、そろそろ……」


 ゲルドはその姿勢のまま、手の隙間からザック達をねめつける。

 まだ剣が届く距離では無いとは言え、いつの間にかゲルドはザック達のすぐ近くまで接近していた。


「死ねや!」


 その言葉と共にザック達を強烈なプレッシャーが襲い、同時にゲルドが襲い掛かる。

 少し離れていた距離は瞬時に詰められ、飛び込みと同時に振り落とされた大剣はプレッシャーによって反応が遅れたリーダーを地に叩き付けた。

 肩から背中にかけて鎧が破壊されたが、倒れこんだのがかえって良かったのか、戦闘不能とはいえどもまだ息はある。

 すぐさま立ち直ったもう一人の前衛が剣を振るうがそれは簡単にかわされ、逆に大剣の一撃を喰らう事になった。


「ぐぁあっ!」


 どてっぱらを直撃した大剣の一撃は鎧を破壊し、吹き飛ばされた彼は悶絶して意識を失ってしまう。

 二人ともかろうじて息はあるものの、これで前衛の二人は戦闘不能となり、残るは遊撃手のザックと後衛の二人だけだ。

 後衛の二人は魔術と回復術をそれぞれ得意としており、近接戦闘はさほど得意ではない。前衛としてゲルドの相手をするのはザックしか残っていない。

 ザックは焦り、頬を冷や汗が流れる。


「あれえ~? お前達はまだこんなに弱かったっけ?」


 その凶行の数々は聞いていたとは言え、やはり信じたくは無かったのだろう。本来なら此処まで一方的な展開にはならなかったはずなのだが、発見しておいて攻撃もせず、接近を許してしまっていたのが勝負の分かれ目だった。


「まあ、いいや。とりあえず二人に止めを刺しとくかな」


「やめろ!」


 倒れ伏す仲間に剣を振り下ろそうとするゲルドに、そうはさせないとザックが飛び掛る。

 一人でどうか出来る相手ではないのは承知の上だが、それでも黙ってみているわけにはいかなかった。

 後衛の二人は呪文の詠唱を始めるが、回復魔法についてはある程度対象に近づく必要がある。前衛二人が健在な状態ならともかく、現状では近づくのは自殺行為でしかない。しかし、倒れた二人には一刻も早い治療が必要だろう。女性神官は決死の覚悟で近づくが、それをゲルドが見逃すはずも無い。

 ゲルドの凶刃が彼女を襲う。


「させん!」


 体勢を崩しつつもザックがかろうじてその刃を受け流す事に成功するが、それすらもゲルドには予定通りだった。


「がっ!」


 体勢を崩したザックを狙い済ましたゲルドの大剣が襲い、反射的にかざされた槍ごとザックを吹き飛ばす。


「ぎゃっ」


 続けて守るものの無い神官の彼女を、ゲルドは蹴りによって吹き飛ばした。

 ごつい足甲グリーブから繰り出された一撃は、彼女の意識を刈るのに充分な威力だった。


「ざ~んね~ん」


 少し遅れて放たれた魔術師の魔法も、大剣の腹で受けられてダメージを与える事が出来ない。

 まだ意識があるのはザックと魔術師だけだが、ザックは吹き飛ばされてからまだ起き上がれていない。


「やっぱ魔術師は厄介だね~。死んじゃおうっか」


 ゲルドは口元をゆがめると、魔術師に向けて歩き出す。その鬼気に呑まれ、魔術師は詠唱する事も出来ずにその場に立ち尽くす。


「やめろ! やめてくれ!!」


 必死に体勢を立て直して起き上がろうとするザックだったが、このままでは間に合いそうも無い。悲痛な叫びがこだまする。


 しかし、何かに気付いたようにゲルドの歩みは止まり、すぐにザックの目にもこちらに向けて突っ込んでくる馬車の姿が見えた。


 そして若干スピードが遅くなったもののそれでも未だ速い馬車の中から、一つの影が飛び下りてきた。

お待たせしました。

内容が内容ですので、次も2~3日以内に更新したいと考えております。


お好きじゃない展開の方も多いでしょうが、出来ればご容赦ください。

私も早くほのぼのしたいです^^;

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